婚約破棄を快諾する。悪役令嬢の愛からは逃げられない。

ちゃっぴー

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王都の大聖堂。


ステンドグラスから極彩色の光が降り注ぐ中、パイプオルガンの荘厳な音色が響き渡る。


通常なら、神聖で厳かな空気に満ちるはずの場所だ。


しかし、今日の大聖堂は、どこか異様な緊張感に包まれていた。


「……ねえ、あのステンドグラスの裏に、スナイパーいない?」


「祭壇の花、あれ食虫植物じゃないか?」


「神父様の服の下、防弾チョッキに見えるんだけど……」


参列した貴族たちは、冷や汗を拭いながらヒソヒソと囁き合う。


彼らの予感は正しい。


この結婚式は、キャサリン・ウォーレン(今日からアッシュフォード)が総指揮を執る、『対テロ・対妨害・対浮気・完全防衛型ウェディング』なのだから。


          ◇


「新郎新婦、御前へ」


震える声で神父が告げる。


ギルバートとキャサリンは、祭壇の前へと進み出た。


ギルバートは純白のタキシード姿。その銀髪とアメジストの瞳が、光を受けて神々しいまでに輝いている。


一方、キャサリン。


彼女のウェディングドレスは、レースとシルクをふんだんに使ったプリンセスライン。長いトレーンがバージンロードを覆い、その美しさは参列者の溜息を誘った。


だが、ギルバートだけは知っていた。


(……重い)


腕を組んでいる彼女の体重が、見た目以上に重いのだ。


彼は小声で囁いた。


「ねえ、キャサリン。そのドレス、何キロあるの?」


キャサリンは聖女のような微笑みを崩さず、腹話術で答える。


「総重量三十五キロですわ」


「三十五!? 鎧じゃん!」


「その通りです。このレース生地にはミスリル銀糸が織り込まれており、刃物を通しません。コルセットには衝撃吸収材、スカートの中にはガトリング砲……いえ、予備のブーケ(鉄球入り)を仕込んであります」


「ガトリングって言いかけたよね!?」


「全ては、式中に暴漢が現れた際、即座に殲滅するためです。旦那様は私の後ろに隠れていてくださいね。私がドレスの裾を翻して、敵を一掃しますから」


「花嫁が殲滅しないで……」


ギルバートは遠い目をした。


しかし、不思議と恐怖はない。


この重装備も、彼女の「愛の重さ」を物理的に具現化したものだと思えば、むしろ愛おしくさえ感じるのだから、彼も大概である。


          ◇


「では、誓いの言葉を」


神父が聖書を開く。


彼の手が震えているのは、リハーサルの時にキャサリンから『読み間違えたら、その聖書を丸呑みしていただきます』と脅されたからだろう。


「新郎、ギルバート・アッシュフォード。あなたは、健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、妻を愛し、敬い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」


ギルバートは、まっすぐにキャサリンを見た。


その瞳には、迷いなど微塵もない。


「誓います。……あと、怠惰なる時も、面倒くさい時も、自分では何もできない時も、一生彼女に管理され、甘え続けることを誓います」


「え?」


神父が固まる。


会場がざわめく。


「管理され……?」


「甘え続ける……?」


しかし、キャサリンだけは頬を染めて、うっとりと身悶えていた。


「ああ、旦那様……! なんて素敵な誓い! 公衆の面前での『ヒモ宣言』、最高です!」


「ヒモじゃないよ、専業主夫(家事手伝いなし)だよ」


「では次、新婦、キャサリン・ウォーレン」


神父が気を取り直して(あるいは諦めて)続ける。


「あなたは、健やかなる時も、病める時も……」


「省略して結構です」


キャサリンが遮った。


「は?」


「私の誓いは、そんな定型文(テンプレート)では表現しきれません」


キャサリンは神父からマイクを奪い取った。


そして、会場全体に響き渡る声で、高らかに宣言を開始した。


「私、キャサリンは誓います!」


彼女はギルバートに向き直り、その両手を握りしめる。


「貴方様が健やかなる時は、その健康を維持するためにカロリー計算を徹底します! 病める時は、私が世界中の名医と薬草を集め、地獄の底からでも連れ戻します!」


「おお……」


「貴方様が老いて、歩けなくなったら私が背負います! ボケて私の名前を忘れたら、毎日一万回耳元で囁いて思い出させます!」


「それはちょっと怖いかも」


「そして!」


キャサリンの瞳が、狂気的な輝きを帯びる。


「死が二人を分かつまで、と言いますが……私はそんな甘いことは言いません。死んでも、魂まで追いかけます!」


「!?」


会場の貴族たちが戦慄する。


「もし貴方様が先に逝かれたら、私は即座に蘇生魔術を起動します! それでもダメなら、私も後を追って霊界へ殴り込み、閻魔大王の首根っこを掴んででも貴方様を奪還します!」


「閻魔様、逃げてー!」


「いいえ、逃がしません。貴方様は永遠に、未来永劫、輪廻転生しても私のものです! 来世も、そのまた来世も、私が必ず見つけ出し、お世話し、管理させていただきますわ! 覚悟はおありですか!?」


キャサリンの絶叫に近い愛の告白。


もはやプロポーズではない。


永遠のストーキング宣言だ。


普通なら、ここで新郎が悲鳴を上げて逃げ出す場面だ。


しかし。


ギルバートは、ふわりと笑った。


「……うん。わかった」


彼は、恐れる様子もなく頷いた。


「僕みたいな面倒くさがり屋を、来世まで面倒見てくれるなんて……君くらいだよ、キャサリン」


「旦那様……!」


「いいよ。僕の魂、君にあげる。好きにして」


ギルバートは自ら、キャサリンに顔を寄せた。


「誓いのキス、するんでしょ?」


「は、はいっ!」


キャサリンは慌ててマイクを放り投げた(セバスがスライディングキャッチした)。


「角度は四十五度! 顎のラインを美しく見せつつ、鼻が当たらない最適なポジション! シミュレーション通りに!」


キャサリンが計算高い顔で位置調整をしようとした、その時。


チュッ。


ギルバートが、不意打ちで彼女の唇を塞いだ。


「……んぐっ!?」


計算も、角度も、全て無視した、ただの優しいキス。


会場から、割れんばかりの拍手と歓声が上がった。


「おめでとう!」


「ヒューヒュー!」


「公爵、やるなぁ!」


長い、長いキスの後。


唇を離したキャサリンは、茹でダコのように真っ赤になっていた。


「だ、だだだ、旦那様……! ルール違反です! 計算が! 私の完璧な計画が……!」


「いいじゃん。こっちの方が、ドキドキしたでしょ?」


ギルバートは悪戯っぽく微笑む。


「……はい。心拍数が二百を超えました。AEDが必要かもしれません」


キャサリンはへなへなと崩れ落ちそうになり、それをギルバートが支える。


「ほら、しっかりして。退場だよ、奥さん」


「は、はい……旦那様……」


          ◇


フラワーシャワーの中、二人はバージンロードを歩く。


空からは、キャサリンが用意したドローン部隊が、計算され尽くした軌道で花びらを撒き散らしている。


「綺麗だね」


「ええ。花びらの落下速度、風向、全て計算通りです」


教会の外に出ると、青空が広がっていた。


そこには、キャサリンが用意した『新婚旅行用・完全装甲馬車』が待機している。


「さあ、行きましょう旦那様! これから一ヶ月、無人島でのハネムーンです! 島全体に結界を張り、二人きりの完全隔離生活を楽しみましょう!」


「無人島……。ご飯はどうするの?」


「現地調達です! 私が魔獣を狩って捌きます!」


「サバイバルだ……」


二人は馬車に乗り込む。


見送りの人々が手を振る中、馬車は走り出した。


その背後で、ブーケトスの時間がやってきた。


「あ、ブーケ忘れてた!」


キャサリンは窓から身を乗り出し、後ろに向けてブーケを投げた。


「幸せになりたい方は、命がけで受け取ってくださいませー!」


ヒュンッ!!


剛速球で放たれたブーケは、風切り音を立てて空を裂いた。


「はっ、速い!?」


「あれ凶器だろ!」


令嬢たちが逃げ惑う中、ブーケは見事に放物線を描き――。


ドンッ!


教会の鐘楼にいた、怪しい人影(エドワードの残党か、新たな刺客か)に直撃した。


「ぐはぁっ!?」


人影が落下してくる。


「あら、害虫駆除も完了しましたわ」


キャサリンはニッコリと笑って窓を閉めた。


「流石だね、キャサリン」


「偶然ですわ」


馬車の中で、二人は寄り添う。


ギルバートは、キャサリンの左手の薬指に輝く指輪を愛おしそうに撫でた。


そこには、GPS発信機とバイタルセンサー、そして微量の盗聴機能が組み込まれていることを彼は知っている。


だが、それを外そうとは思わない。


「……幸せだなぁ」


「私もです、旦那様」


「これからも、僕を管理してくれる?」


「ええ。死ぬまで、死んでも、宇宙が消滅しても」


重すぎる愛の言葉。


しかし、ギルバートにとっては最高の子守唄だった。


「おやすみ、キャサリン」


「おやすみなさいませ、私の愛しい公爵様」


馬車は地平線の彼方へ、二人だけの楽園(監禁場所)へと消えていく。


こうして、ヤンデレ悪役令嬢と呪い公爵の結婚式は、一人の死者も出さず(重傷者は一名)、無事に幕を閉じたのであった。

甘く、激しく、そしてどこまでも平穏な新婚生活が始まる。
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