婚約破棄を快諾する。悪役令嬢の愛からは逃げられない。

ちゃっぴー

文字の大きさ
25 / 28

25

しおりを挟む
「――却下です」


アッシュフォード公爵邸のダイニングルーム。


そこは今、優雅な食事の場ではなく、戦時中の司令本部のような様相を呈していた。


テーブルの上には、山のようなカタログ、招待客リスト、そして布地のサンプルが散乱している。


その中心で、キャサリンは冷徹に言い放った。


「この『鳩を飛ばす演出』は却下。鳩が空中でフンをして、旦那様の純白のタキシードを汚す確率が〇・〇三パーセントあります。リスクが高すぎます」


「え、鳩ダメなの? 平和の象徴なのに」


向かいの席で、頬杖をついているギルバートが不満そうに口を尖らせる。


彼は既に三時間、この「作戦会議」に付き合わされていた。


「平和は鳩が運んでくるものではありません。私が物理的・魔術的に構築するものです。代わりに『魔導ドローンによる花びら散布』を採用します。これなら軌道制御が可能で、旦那様の頭上に花びらが積もる量まで計算できますから」


「……ロマンがないなぁ」


「ロマンで飯は食えませんし、命も守れません。次、招待客の席次について」


キャサリンは巨大な図面を広げた。


そこには、式場のレイアウトが緻密に描かれているが、所々に不穏な書き込みがある。


『狙撃ポイント(封鎖済み)』
『緊急脱出ルートA~D』
『不審者即時拘束エリア』


「招待客の身元調査(スクリーニング)は完了しました。過去に犯罪歴のある者、旦那様に敵対的な派閥に属する者、そして……」


キャサリンの目が鋭く光る。


「過去に旦那様を見て『あら、素敵』と頬を染めたことのある令嬢。これらは全て『危険人物リスト』に分類し、末席……いえ、会場外のモニター観覧席へ隔離します」


「それ、会場に誰もいなくならない?」


「ご安心を。最前列は私の実家の者と、厳選された『無害なおじいちゃんおばあちゃん貴族』で固めました。彼らなら、旦那様を見ても『孫のようだ』と微笑むだけで、性的な視線を向けることはありません」


「性的って……」


ギルバートは溜息をついた。


「ねえ、キャサリン。普通の結婚式でいいんだよ? みんなに祝福されて、美味しいもの食べて、それで終わりでいいじゃん」


「普通? 旦那様、何を仰いますか」


キャサリンはバッと立ち上がり、身を乗り出した。


「これはただの儀式ではありません。私が貴方様の『正当なる所有者(妻)』であることを、全宇宙に向けて宣言する『聖なる防衛ライン構築式典』なのです!」


「名前が重いよ!」


「そのためには、一点の曇りも、一ミリの隙も許されません。……特に、食事に関しては」


キャサリンは指をパチンと鳴らす。


セバスがワゴンを押して入ってきた。


そこには、色とりどりの美しいウェディングケーキ(試作品)が載っていた。


「わぁ、美味しそう!」


ギルバートが目を輝かせて手を伸ばそうとする。


「待て」


キャサリンがその手をピシャリと叩いた。


「痛っ」


「まだ検食が済んでいません。見た目に騙されないでください、旦那様。この生クリームの中に、遅効性の毒が含まれていないと誰が言い切れます?」


「いや、君が雇ったシェフが作ったんでしょ?」


「人間は裏切る生き物です。……セバス、毒味を」


「畏まりました」


セバスが無表情でケーキを一口食べる。


もぐもぐ。


「……異常ありません。非常に美味でございます」


「ふむ。では次は化学分析です」


キャサリンは懐から試験紙を取り出し、クリームに突き刺した。


変色なし。


「よし。……念のため、当日はケーキ入刀の直前に、私が全解毒魔法(アンチドート)と、胃薬を混ぜ込んでおきますね」


「え、味変わらない?」


「大丈夫です。無味無臭の最高級解毒剤を取り寄せましたから。これで万が一、誰かがヒ素を混入しても、ただのスパイスとして消化されます」


「どんな胃袋にするつもりだよ!」


ギルバートは呆れたが、キャサリンは大真面目だ。


「飲み物も全て、未開封のボトルを私がその場で開栓します。グラスも私が洗浄し、指紋認証ロック付きのケースで保管した物のみ使用します」


「……僕、喉渇いて死ぬかも」


「ご心配なく。点滴の用意もございます」


「結婚式で点滴は嫌だ!」


          ◇


午後。衣装合わせの時間。


ギルバートは、純白のタキシードに着替えさせられ、鏡の前に立たされていた。


「……どう?」


彼は照れくさそうに振り返る。


銀髪とアメジストの瞳が、白の衣装に映えて、まるで童話の王子様そのものだった。


そこにいた仕立て屋の店主が、思わず感嘆の声を漏らす。


「おお……なんと美しい。これほどタキシードが似合う殿方は見たことがございません!」


「……ふぅーっ、ふぅーっ」


隣で、キャサリンが過呼吸を起こしていた。


「キャ、キャサリン?」


「だ、旦那様……尊い……! 直視できません、網膜が焼けます……!」


キャサリンは手で目を覆いながら、指の隙間からガン見している。


「そのウエストのライン! 肩幅との黄金比! そして首元の開いたシャツから覗く鎖骨のセクシーさ! ……ダメです、これでは参列者の女性全員が妊娠してしまいます!」


「しないよ! 生物学的にありえないよ!」


「露出を減らしましょう。マントをつけますか? それとも全身着ぐるみで?」


「主役が着ぐるみってどういうこと!?」


「冗談です(本気)。……ですが、本当に素敵です」


キャサリンは呼吸を整え、ゆっくりと近づいた。


そして、ギルバートの襟元を優しく整える。


「私が磨き上げた最高傑作……。世界に見せるのが惜しいくらいですわ。本当は、私だけの秘密にしておきたいのに」


その瞳が、とろりと潤んでいる。


ギルバートはドキリとした。


普段の狂気じみた管理者の顔ではなく、ただ愛する男に見惚れる女性の顔。


「……キャサリン」


「はい」


「君のドレス姿も、早く見たいな」


ギルバートが微笑むと、キャサリンは顔を真っ赤にして後ずさった。


「ま、まだです! 私のドレスは当日まで内緒です! 今見せたら、貴方様の心拍数が上がりすぎて式まで持ちませんから!」


「そんなに凄いの?」


「ええ。防御力と美しさを兼ね備えた、最強の戦闘用ウェディングドレスですわ!」


「戦闘用!?」


不安な単語が聞こえたが、ギルバートは聞かなかったことにした。


          ◇


夜。


嵐のような準備が終わり、二人はリビングでぐったりとしていた。


「……疲れた」


ギルバートはソファに沈み込んでいる。


「お疲れ様でした、旦那様。ですが、これで準備は九割完了です」


キャサリンがハーブティーを差し出す。


「明日は本番です。天気予報は快晴。風速二メートル。絶好の結婚式日和ですわ」


「うん……」


ギルバートは天井を見上げた。


「ねえ、キャサリン」


「はい」


「本当に、僕でいいの?」


ふと、漏れた言葉。


キャサリンが手を止める。


「……どういう意味でしょう?」


「だって、君は優秀だし、綺麗だし、もっとちゃんとした人がいるんじゃないかって。僕みたいな、生活能力ゼロの引きこもりじゃなくて……」


ギルバートは、いまだに自分への自信が持てずにいた。


彼女が凄すぎるがゆえの劣等感。


キャサリンはカップを置き、静かにギルバートの前に跪いた。


そして、彼の手を取り、自分の頬に寄せる。


「旦那様。……私は、完璧な人間など愛せません」


「え?」


「自分で何でもできる人間なんて、私の出番がないではありませんか。私がご飯を作らなくても生きていける? 私が服を選ばなくても外に出られる? ……そんなの、私にとっては『不要』と言われているのと同じです」


彼女は、少し狂気を孕んだ、しかし深い愛に満ちた瞳で彼を見上げた。


「貴方様がダメであればあるほど、私は輝けるのです。貴方様が私を必要としてくれるその欠落(穴)こそが、私の居場所なのです」


「……キャサリン」


「だから、そのままでいてください。一生、私に甘えて、私に依存して、私なしでは生きられない体でいてください」


キャサリンはニッコリと笑った。


「それが、私にとっての『幸せ』なのですから」


ギルバートは呆気にとられ、それから吹き出した。


「ふっ……あはは!」


「な、何がおかしいのですか?」


「いや……君らしいなって。やっぱり君は、世界一重い女だね」


「最高の褒め言葉です」


ギルバートは身を乗り出し、彼女の額にキスをした。


「わかった。覚悟を決めるよ。……一生、君に飼われるよ」


「はい! 責任を持って飼育……いえ、愛させていただきます!」


二人は笑い合った。


不安は消えた。


残るは、明日を迎えるだけだ。


          ◇


そして、結婚式当日。


王都の大聖堂は、朝から厳戒態勢(キャサリン指揮)が敷かれていた。


入り口には金属探知ゲート。


参列者の持ち物検査を行う黒服の男たち(ウォーレン家の私兵)。


上空には監視ドローン。


「……これ、どこの要人のサミット?」


「いいえ、結婚式です」


参列した貴族たちが震え上がる中、鐘の音が鳴り響く。


カーン、カーン、カーン。


重厚な扉が開かれる。


「新郎新婦、入場!」


光の中に現れた二人の姿に、会場中が息を呑んだ。


純白のタキシードを着たギルバート。


そして、その隣には――。


「……美しい」


誰もが言葉を失うほどの、圧倒的な花嫁姿のキャサリンがいた。


だが、よく見るとそのドレスの裾からは、チラリと銀色の何かが覗いていた。


(……あれ、鉄板入ってない?)


(ブーケの中に、スタンガン仕込んでない?)


気づいた者もいたが、誰も口には出さなかった。


二人は祭壇へと進む。


最強のヤンデレ結婚式が、今、幕を開ける。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】旦那様、わたくし家出します。

さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。 溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。 名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。 名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。 登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*) 第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中

さようなら、お別れしましょう

椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。  妻に新しいも古いもありますか?  愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?  私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。  ――つまり、別居。 夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。  ――あなたにお礼を言いますわ。 【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる! ※他サイトにも掲載しております。 ※表紙はお借りしたものです。

なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」 彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。 そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。 「…レオンハルト・トレヴァントだ」 非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。 そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。 「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」 この判断によって、どうなるかなども考えずに… ※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。 ※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、 ※ 画像はAIにて作成しております

処理中です...