悪役令嬢は婚約破棄がお好き。

ちゃっぴー

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「止まるな! 手を動かせ! 金ならある! 資材も山ほどある!」

「「「へい、お嬢(ボス)!!」」」

辺境の荒野に、活気あふれる掛け声と、ハンマーの音がオーケストラのように響き渡っていた。

シリウス陛下からの融資(金貨五万枚)が決定してから一ヶ月。

私たちの拠点は、劇的な進化を遂げていた。

豊富な資金力を背景に、大陸中から優秀な土木魔導師や建築家を高給でヘッドハンティング。

彼らを二十四時間体制(三交代制・深夜手当完備)で稼働させ、突貫工事を行った結果――。

「……お嬢様。ここ、本当に一ヶ月前まで更地でしたか?」

ベッキーが完成したばかりのレンガ造りのメインストリートを歩きながら、呆然と呟く。

「ええ。金と権力(コネ)があれば、地図なんて簡単に書き換えられるのよ」

私は満足げに頷いた。

かつて「魔の荒野」と呼ばれた場所は、今や幾何学的に整備された区画整理都市へと変貌しようとしていた。

中央には巨大なオリハルコン精錬工場。

その周囲には、作業員たちのための宿舎、食堂、商店が軒を連ね、夜になっても魔石灯の明かりが消えることはない。

人はここを、敬意(と畏怖)を込めてこう呼ぶようになった。

新興都市『ミルク・シティ』と。

「住民登録数もすでに千人を超えたわ。王国の重税に耐えかねた商人や職人たちが、雪崩を打って移住してきているもの」

「税金が安くて、仕事が山ほどある。彼らにとっては天国でしょうね。……支配者が『守銭奴の悪魔』であることを除けば」

「あら、私は慈悲深い領主様よ? 働けば働くほど給料を出すんだから」

私は建築中の新庁舎(私の執務室兼金庫)を見上げた。

順調だ。順調すぎる。

だが、私の商魂はこれくらいでは満たされない。

工場だけでは「生産都市」止まりだ。

もっと外貨を稼ぐには、人がわざわざ足を運びたくなる「魅力(コンテンツ)」が必要なのよ。

その時だった。

ドォォォォォンッ!!

突然、街の北側、工場建設予定地のあたりで爆音が轟いた。

地面が揺れ、白い煙がもうもうと立ち昇る。

「な、なんだ!?」

「敵襲か!?」

住民たちがパニックになる。

「ベッキー、行くわよ!」

私はスカートを捲り上げ、現場へとダッシュした。

   ◇

「お、お嬢! 大変だ!」

現場に到着すると、ドワーフの棟梁ガンテツが、全身ずぶ濡れになって走ってきた。

「どうしたの! 魔物の襲撃!?」

「いや、違う! 地熱発電用の穴を掘ってたら、いきなり熱湯が吹き出しやがった! 止まらねぇんだ!」

「熱湯?」

私は彼が指差す方を見た。

そこでは、掘削した穴から、白い湯気を伴った大量のお湯が、間欠泉のように噴き上がっていた。

シューシューという音と共に、硫黄の独特な香りが漂ってくる。

作業員たちが「あちち!」「やべぇ、現場が水浸しだ!」と逃げ回っている。

普通なら、工事の失敗であり、大事故だ。

だが。

「……くんくん」

私は鼻を動かした。

この匂い。そして、肌に触れた蒸気のしっとりとした感触。

「……成分分析、急いで!」

私は懐から試験管を取り出し、噴き出すお湯を採取した。

即座に片眼鏡(モノクル)の鑑定スキルを発動させる。

『分析結果:温度42度。泉質は弱アルカリ性単純泉。効能は疲労回復、神経痛、そして――美肌効果(特大)』

カチャリ。

私の脳内で、計算機が弾かれる音がした。

「……勝った」

「へ? お嬢?」

私はガンテツの肩をガシッと掴んだ。

「でかしたわ、ガンテツ! これはただの熱湯じゃない! 『液状の金貨』よ!」

「はぁ? 金貨?」

「そう、温泉よ!」

私は両手を広げ、天に噴き上げるお湯を仰いだ。

「ああ、神よ(というか地殻変動よ)、感謝します! これで最後のピースが埋まったわ!」

私は近くの岩の上に飛び乗り、混乱する作業員たちに向かって叫んだ。

「総員、聞けぇッ!! 工期変更だ! 工場の建設は一時中断! 最優先でここに『巨大温浴施設』を作るわよ!」

「お、おんよく……?」

「風呂よ! ただの風呂じゃない。貴族たちが大金を払ってでも入りたがる、豪華絢爛なリゾート・スパよ!」

私は熱弁を振るう。

「いい? 世の中の貴族や金持ちは、常に疲れているの! 派閥争い、跡目争い、嫁姑問題! 彼らが求めているのは『癒やし』よ!」

「癒やし……」

「このお湯には、肌をツルツルにし、疲れを吹き飛ばす効果がある。これを『聖なる泉』として売り出せば、王都や帝国から、暇を持て余した有閑マダムや引退した高官たちが大挙して押し寄せるわ!」

私は指を突き立てる。

「入浴料、宿泊費、食事代、マッサージ代、そしてお土産の『温泉饅頭』! 観光産業は、煙突のない工場よ! 粗利率が桁違いなの!」

私の説明を聞いて、ベッキーが手帳を開いた。

「なるほど。工場の排熱を利用して温水プールを作り、冬でも常夏のリゾートを演出するわけですね。……相変わらず、転んでもタダでは起きないどころか、地面を掘って金を掘り当てるお方です」

「ガンテツ! 設計図は私の頭の中にあるわ! 露天風呂は岩風呂にして、滝を作るの! 打たせ湯よ! それとサウナ! 『整う』快感を異世界に布教するのよ!」

「お、おう! よくわからねぇが、でかい風呂を作ればいいんだな! 任せろ、ドワーフの石材加工技術を見せてやる!」

ガンテツがニカッと笑い、職人たちに号令をかける。

「野郎ども! お嬢のご乱心だ! いや、いつもの『金儲けの神託』だ! 風呂を作るぞぉぉ!」

「「「うおおおおぉぉぉっ!!」」」

さっきまでパニックだった現場が、一瞬にして熱狂的な建設現場へと変わった。

「ベッキー、貴女は広報担当よ」

「はい」

「至急、ポスターとチラシを作成して。『奇跡の秘湯、発見! 飲むだけで若返る(※個人の感想です)』くらいの煽り文句で、各国の社交界にばら撒きなさい」

「誇大広告スレスレですね。承知しました」

噴き上がる温泉の向こうに、私は幻を見た。

湯煙の中に浮かぶ、巨大なホテルと、そこで金を落としていくカモ……いや、お客様たちの行列を。

「ふふふ……忙しくなるわよ。ミルク・シティを、大陸一の『搾取……いえ、楽園』にするんだから!」

こうして、辺境都市ミルク・シティは、単なる工業都市から、大陸初の一大温泉リゾート地へと舵を切ったのである。

その噂は、風に乗って遠く離れた王都にも届くことになる。

『北の辺境に、死者も蘇る奇跡の泉が湧いたらしい』

そんな尾ひれのついた噂を、美容と健康に悩む「あのヒロイン」が聞き逃すはずがなかった。
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