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ズズズズズ……。
大地を揺るがす地響きと共に、地平線の彼方から黒い奔流が押し寄せてくる。
それは、隣国ガルガディア帝国が誇る最強の騎士団「黒竜騎士団」の主力部隊、一万騎だった。
彼らは、皇帝シリウスからの「王国軍が攻めてきた」という急報(実際には私が送った『集金イベント開催のお知らせ』)を受け、主君を救うべく、不眠不休で駆けつけてきたのだ。
「陛下ーーッ!! ご無事ですかーーッ!!」
先頭を駆けるのは、熊のような巨躯を持つ将軍、ガルド。
彼は血走った目で、ミルク・シティの正門前になだれ込んできた。
「賊軍はどこだ! アレクサンダーとかいう愚か者はどこにいる! 俺がこの戦斧でミンチにしてやる!」
ガルド将軍は鼻息荒く、周囲を見回した。
部下の騎士たちも抜剣し、殺気立っている。
「……遅いぞ、ガルド」
その殺気を、冷ややかな声が制した。
正門のカフェテラスで、優雅にモーニングコーヒーを飲んでいたシリウスだ。
その向かいには、当然のように私が座り、焼きたてのクロワッサンを齧っている。
「へ、陛下!?」
ガルド将軍が馬から飛び降り、跪く。
「申し訳ありませぬ! 道中、馬を潰す勢いで急いだのですが……! して、敵軍は!? 包囲されているのでは!?」
「敵なら、そこにいるぞ」
シリウスがコーヒーカップを持ったまま、顎で指し示した。
「えっ? どこに……?」
将軍が視線を巡らせる。
そこには、新しい作業着を着て、楽しそうに道路工事をしている男たちの姿があった。
「おーい、そこの新入り! セメント持ってこい!」
「へい! 今行きます!」
「今日の昼飯、豚の生姜焼きらしいぞ!」
「マジか! 午後も頑張るぞー!」
平和だ。
あまりにも平和で、活気に満ちている。
「あ、あれは……?」
「元・王国軍だ」
シリウスが淡々と告げる。
「えっ? は?」
「ミルクが全員買収した。今はラテ商会の正社員だ」
「ば、ばいしゅう……?」
将軍の脳が処理落ちする音が聞こえるようだ。
「じゃ、じゃあ、王太子アレクサンダーは!?」
「あっちの山の方角だ。地下深愛好家(トロッコ押し)として、元気に労働に勤しんでいる」
「ろ、ろうどう……?」
「そして、王国そのものも、昨夜ミルクが買い取った。現在、この地は彼女の私有地だ」
「か、かいとった……?」
ガルド将軍は口をパクパクさせ、私とシリウスを交互に見た。
そして、理解を超えた現実に耐えきれず、白目を剥いて叫んだ。
「わ、わけがわかりませぇぇぇん!!」
◇
誤解(という名の事実)を解くのに、小一時間を要した。
状況を飲み込んだガルド将軍は、私に向かって深々と頭を下げた。
いや、頭を下げるというより、何か恐ろしい魔物を見るような目でおののいている。
「……つまり、ミルク嬢。貴女はたった一人で、血を一滴も流さず、一国と軍隊を飲み込んだと?」
「ええ。効率的でしょう?」
私は電卓を叩きながら微笑んだ。
「戦争なんてコストの無駄ですもの。破壊して再建するより、そのまま吸収合併(M&A)した方が、資産価値を維持できますわ」
「……」
将軍がシリウスに向き直る。
「陛下。……この女性、敵に回してはいけません。帝国の騎士団を一万ぶつけても、給料袋一つで懐柔されそうです」
「ああ、分かっている。だから俺が飼い慣らしている……つもりだったのだがな」
シリウスは苦笑し、私を見た。
「どうやら、俺の出る幕はなかったようだな」
彼の言葉には、少しだけ自嘲の色が混じっていた。
「俺は最強の武力を持って、貴様を守るつもりでいた。だが……貴様は、俺の剣など必要としていなかったな」
彼は寂しげに、腰の剣を撫でた。
「氷の皇帝」と恐れられた彼にとって、武力こそが自分の存在意義。
それを、私が「経済力」という別の力で上書きしてしまったのだから、立つ瀬がないのだろう。
(……面倒くさい男心ね)
私は心の中で溜め息をつき、飲み干したコーヒーカップを置いた。
「勘違いしないでください、パートナー」
私は席を立ち、シリウスの目の前に立った。
「必要なかった? とんでもない」
「……慰めはいい」
「慰めではありません。事実です」
私は彼の胸元の、最高級の生地でできたマントを指先で摘まんだ。
「いいですか? 私がここまで大胆に動けたのは、貴方の『武力』という担保があったからです」
「担保?」
「ええ。もし私が失敗しても、後ろには『大陸最強の皇帝』が控えている。その絶対的な安心感(セーフティネット)があったからこそ、私は全財産をかけた大博打(ギャンブル)が打てたのです」
私は彼の瞳を真っ直ぐに見つめた。
「金だけでは国は守れません。暴力だけでも国は富みません。……『金』と『剣』。この二つが揃って初めて、最強の国家運営ができるのです」
私はニヤリと笑った。
「ですから陛下。貴方はこれからも、私の最強の『用心棒』でいてください。私が稼ぎ、貴方が守る。……完璧なビジネスモデルだと思いませんか?」
シリウスが瞬きをする。
やがて、その口元にいつもの不敵な笑みが戻ってきた。
「……ククッ。用心棒、か。皇帝をそこまで安く使うのは、世界広しといえども貴様だけだぞ」
「あら、高く買っていますわよ? 私の『愛(仮契約)』を報酬として支払っているのですから」
「……一本取られたな」
シリウスは立ち上がり、私の腰を引き寄せた。
周囲に一万人の騎士団がいる前で、堂々と。
「おい、ガルド! 全軍に告ぐ!」
シリウスが朗々と声を張り上げる。
「このミルク・ド・ラテこそが、我が帝国の未来の皇后であり、俺が唯一認めた『対等のパートナー』だ! 全員、皇帝に対するのと同じ敬意を持って彼女に接せよ!」
「「「ははぁーっ!!」」」
一万人の騎士が一斉に跪く。
金属音が波のように広がる光景は、圧巻だった。
まあ、私の目には「一万人の新規顧客(消費者)」に見えているのだけれど。
「……陛下、調子に乗りすぎです」
「いいだろう。事実だ」
シリウスは私の耳元で囁いた。
「これで、貴様はもう逃げられんぞ。帝国の軍事力も、貴様の手駒になったわけだ」
「……返品は不可ですよね?」
「ああ。クーリングオフ期間は終了した」
彼は楽しそうに笑う。
その笑顔を見て、私もつられて笑ってしまった。
「仕方ありませんね。……では、この一万人の食費と滞在費、きっちり帝国に請求させていただきますわ」
「好きにしろ。俺の財布は貴様のものだ」
こうして、最強の「金」と「剣」のタッグが、名実ともに完成した瞬間だった。
しかし、平和な時間は長くは続かない。
買収した王国(元子会社)の整理、周辺諸国への根回し、そして何より……シリウスとの「結婚式」という、人生最大かつ最高額のイベントが待ち受けているのだから。
大地を揺るがす地響きと共に、地平線の彼方から黒い奔流が押し寄せてくる。
それは、隣国ガルガディア帝国が誇る最強の騎士団「黒竜騎士団」の主力部隊、一万騎だった。
彼らは、皇帝シリウスからの「王国軍が攻めてきた」という急報(実際には私が送った『集金イベント開催のお知らせ』)を受け、主君を救うべく、不眠不休で駆けつけてきたのだ。
「陛下ーーッ!! ご無事ですかーーッ!!」
先頭を駆けるのは、熊のような巨躯を持つ将軍、ガルド。
彼は血走った目で、ミルク・シティの正門前になだれ込んできた。
「賊軍はどこだ! アレクサンダーとかいう愚か者はどこにいる! 俺がこの戦斧でミンチにしてやる!」
ガルド将軍は鼻息荒く、周囲を見回した。
部下の騎士たちも抜剣し、殺気立っている。
「……遅いぞ、ガルド」
その殺気を、冷ややかな声が制した。
正門のカフェテラスで、優雅にモーニングコーヒーを飲んでいたシリウスだ。
その向かいには、当然のように私が座り、焼きたてのクロワッサンを齧っている。
「へ、陛下!?」
ガルド将軍が馬から飛び降り、跪く。
「申し訳ありませぬ! 道中、馬を潰す勢いで急いだのですが……! して、敵軍は!? 包囲されているのでは!?」
「敵なら、そこにいるぞ」
シリウスがコーヒーカップを持ったまま、顎で指し示した。
「えっ? どこに……?」
将軍が視線を巡らせる。
そこには、新しい作業着を着て、楽しそうに道路工事をしている男たちの姿があった。
「おーい、そこの新入り! セメント持ってこい!」
「へい! 今行きます!」
「今日の昼飯、豚の生姜焼きらしいぞ!」
「マジか! 午後も頑張るぞー!」
平和だ。
あまりにも平和で、活気に満ちている。
「あ、あれは……?」
「元・王国軍だ」
シリウスが淡々と告げる。
「えっ? は?」
「ミルクが全員買収した。今はラテ商会の正社員だ」
「ば、ばいしゅう……?」
将軍の脳が処理落ちする音が聞こえるようだ。
「じゃ、じゃあ、王太子アレクサンダーは!?」
「あっちの山の方角だ。地下深愛好家(トロッコ押し)として、元気に労働に勤しんでいる」
「ろ、ろうどう……?」
「そして、王国そのものも、昨夜ミルクが買い取った。現在、この地は彼女の私有地だ」
「か、かいとった……?」
ガルド将軍は口をパクパクさせ、私とシリウスを交互に見た。
そして、理解を超えた現実に耐えきれず、白目を剥いて叫んだ。
「わ、わけがわかりませぇぇぇん!!」
◇
誤解(という名の事実)を解くのに、小一時間を要した。
状況を飲み込んだガルド将軍は、私に向かって深々と頭を下げた。
いや、頭を下げるというより、何か恐ろしい魔物を見るような目でおののいている。
「……つまり、ミルク嬢。貴女はたった一人で、血を一滴も流さず、一国と軍隊を飲み込んだと?」
「ええ。効率的でしょう?」
私は電卓を叩きながら微笑んだ。
「戦争なんてコストの無駄ですもの。破壊して再建するより、そのまま吸収合併(M&A)した方が、資産価値を維持できますわ」
「……」
将軍がシリウスに向き直る。
「陛下。……この女性、敵に回してはいけません。帝国の騎士団を一万ぶつけても、給料袋一つで懐柔されそうです」
「ああ、分かっている。だから俺が飼い慣らしている……つもりだったのだがな」
シリウスは苦笑し、私を見た。
「どうやら、俺の出る幕はなかったようだな」
彼の言葉には、少しだけ自嘲の色が混じっていた。
「俺は最強の武力を持って、貴様を守るつもりでいた。だが……貴様は、俺の剣など必要としていなかったな」
彼は寂しげに、腰の剣を撫でた。
「氷の皇帝」と恐れられた彼にとって、武力こそが自分の存在意義。
それを、私が「経済力」という別の力で上書きしてしまったのだから、立つ瀬がないのだろう。
(……面倒くさい男心ね)
私は心の中で溜め息をつき、飲み干したコーヒーカップを置いた。
「勘違いしないでください、パートナー」
私は席を立ち、シリウスの目の前に立った。
「必要なかった? とんでもない」
「……慰めはいい」
「慰めではありません。事実です」
私は彼の胸元の、最高級の生地でできたマントを指先で摘まんだ。
「いいですか? 私がここまで大胆に動けたのは、貴方の『武力』という担保があったからです」
「担保?」
「ええ。もし私が失敗しても、後ろには『大陸最強の皇帝』が控えている。その絶対的な安心感(セーフティネット)があったからこそ、私は全財産をかけた大博打(ギャンブル)が打てたのです」
私は彼の瞳を真っ直ぐに見つめた。
「金だけでは国は守れません。暴力だけでも国は富みません。……『金』と『剣』。この二つが揃って初めて、最強の国家運営ができるのです」
私はニヤリと笑った。
「ですから陛下。貴方はこれからも、私の最強の『用心棒』でいてください。私が稼ぎ、貴方が守る。……完璧なビジネスモデルだと思いませんか?」
シリウスが瞬きをする。
やがて、その口元にいつもの不敵な笑みが戻ってきた。
「……ククッ。用心棒、か。皇帝をそこまで安く使うのは、世界広しといえども貴様だけだぞ」
「あら、高く買っていますわよ? 私の『愛(仮契約)』を報酬として支払っているのですから」
「……一本取られたな」
シリウスは立ち上がり、私の腰を引き寄せた。
周囲に一万人の騎士団がいる前で、堂々と。
「おい、ガルド! 全軍に告ぐ!」
シリウスが朗々と声を張り上げる。
「このミルク・ド・ラテこそが、我が帝国の未来の皇后であり、俺が唯一認めた『対等のパートナー』だ! 全員、皇帝に対するのと同じ敬意を持って彼女に接せよ!」
「「「ははぁーっ!!」」」
一万人の騎士が一斉に跪く。
金属音が波のように広がる光景は、圧巻だった。
まあ、私の目には「一万人の新規顧客(消費者)」に見えているのだけれど。
「……陛下、調子に乗りすぎです」
「いいだろう。事実だ」
シリウスは私の耳元で囁いた。
「これで、貴様はもう逃げられんぞ。帝国の軍事力も、貴様の手駒になったわけだ」
「……返品は不可ですよね?」
「ああ。クーリングオフ期間は終了した」
彼は楽しそうに笑う。
その笑顔を見て、私もつられて笑ってしまった。
「仕方ありませんね。……では、この一万人の食費と滞在費、きっちり帝国に請求させていただきますわ」
「好きにしろ。俺の財布は貴様のものだ」
こうして、最強の「金」と「剣」のタッグが、名実ともに完成した瞬間だった。
しかし、平和な時間は長くは続かない。
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