婚約破棄?悪役令嬢は愛より小銭を稼ぎたい!

ちゃっぴー

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「ココア。……そのドレスは、なんだ?」

夜会の出発前。

玄関ホールに現れた私を見て、ルーカスが珍しく目を丸くしていた。

私が身に纏っているのは、深紅のイブニングドレス。

しかし、ただのドレスではない。

胸元には宝石の代わりに『ウィックド・カフェ』のロゴバッジが輝き、スカートの裾には金糸で『定休日:毎週火曜』と刺繍が施されている。

さらに、手には扇子ではなく、新商品のパンフレットの束が握りしめられていた。

「なにって、動く広告塔(ビルボード)ですが?」

私はくるりと回ってみせた。

「今日の夜会は、国王陛下主催のパーティー。国内の富裕層が一堂に会する、絶好のマーケットです。ただ踊って飯を食うだけで終わらせるなんて、機会損失(オポチュニティ・ロス)も甚だしいですわ」

「……なるほど。ドレスの裾に定休日を刺繍する令嬢は、建国以来君が初めてだろうな」

ルーカスは呆れたように言ったが、その口元は緩んでいた。

「だが、理に適っている。新聞広告を打つより、ターゲット層に直接視覚情報を植え付ける方が宣伝効果は高い」

「でしょ? それに、このドレスは古着屋で金貨一枚で買ったものを、メイドのマーサにリメイクさせたものです。原価は激安です」

「完璧だ。では行こうか。……戦場へ」

ルーカスが腕を差し出す。

私はその腕に、恋人としてではなく、頼れる営業パートナーとして手を添えた。

「ええ。今夜の目標売上、金貨五百枚ですわ!」

***

王宮の大広間。

シャンデリアの輝き、生演奏の調べ、そして着飾った貴族たちの笑い声。

煌びやかな社交界の華――。

しかし、私たちが足を踏み入れた瞬間、その空気はピリリと凍りついた。

「見ろ……あれが噂の『悪役令嬢』だ」

「隣にいるのは『冷徹公爵』……なんて組み合わせだ」

「聞いたか? 公爵家の庭を畑に変えたらしいぞ」

「恐ろしい……」

ひそひそ話がさざ波のように広がる。

普通の令嬢なら扇子で顔を隠して俯くところだろう。

だが、私はその視線の一つ一つを「見込み客」としてカウントしていた。

(あそこの太った伯爵夫人は肌荒れを気にしているわね……カモだわ)

(向こうの令嬢グループは、退屈して刺激を求めている……激辛スナックのターゲットね)

私の目が¥マークになっていることに気づかず、一人の恰幅の良い男が近づいてきた。

私の父、ガナッシュ伯爵だ。

顔を真っ赤にして、血管が切れそうだ。

「コ、ココア……! 貴様、どの面下げてここに来た!」

「あらお父様、ご機嫌よう。どの面と言われましても、招待状が届いていましたので。公爵夫人(予定)として」

「ふざけるな! お前のせいで、私は社交界の笑い者だ! 『娘さんは下町で唐辛子を売っているそうですね』と嫌味を言われる私の身にもなれ!」

「嫌味? それは羨望の裏返しですわ。現に、我が社の利益率は父上の貿易事業の倍ですが?」

「金の話しじゃない! 品位の話だ! 今すぐ帰れ! これ以上恥を晒すな!」

父が掴みかかろうとした、その時。

スッ、とルーカスが私の前に立ちはだかった。

「……義父上(予定)。私の大切な『最高財務責任者』に、手荒な真似は控えていただきたい」

その声は、氷点下の冷たさだった。

周囲の空気が一気に下がる。

「ル、ルーカス公爵……し、しかし、これは家の教育の問題で……」

「彼女の教育なら、私が毎日受けていますよ。『経済学』のね。……それに、ガナッシュ伯爵。貴方の商会の株価、最近乱高下しているようですが? 王太子殿下への『不良債権』が原因では?」

「っ……!!」

父の顔色が土気色に変わる。

痛いところを突かれたようだ。

「これ以上騒ぐなら、私が保有している貴方の商会の株、全て売り払っても構いませんが」

「ひっ……ご、ご無礼いたしましたぁっ!」

父は脱兎のごとく逃げ出した。

「さすがオーナー。脅しのキレが違いますね」

「事実を述べただけだ。さて、邪魔者は消えた。営業開始といこうか」

ルーカスがニヤリと笑う。

音楽が変わり、ダンスの時間が始まった。

貴公子たちが令嬢を誘う、ロマンチックなひととき。

しかし、私は壁際に陣取り、パンフレットを広げた。

「さあさあ奥様方! ダンスで汗をかいて化粧崩れを気にするより、永遠の美を手に入れませんか!?」

私の声に、近くにいた貴婦人たちがギョッとして振り返る。

「な、なによ急に……」

「永遠の美ですって? 怪しいわ」

「怪しくありません! 見てください、この私の肌!」

私は自分の頬を指差した。

連日の激務と金勘定にもかかわらず、私の肌はツヤツヤと輝いている(理由は、まかないの野菜たっぷりスープと、ストレス発散=金儲けのおかげ)。

「これは、私が開発した『悪役令嬢の美肌水(ただのキュウリエキス)』の効果です!」

「ま、まあ……確かに綺麗だわ」

「最近、お肌の曲がり角で悩んでいて……」

貴婦人たちが少しずつ寄ってくる。

そこへ、すかさずルーカスが援護射撃を入れる。

「……僕からも保証しよう。彼女の肌の水分量は、平均的な貴族女性より二〇パーセント高い」

「きゃあ! 公爵様!?」

「あ、あの冷徹公爵が褒めた!?」

「公爵様が言うなら間違いないわ!」

イケメン公爵の「科学的根拠(適当)」というお墨付き。

これ以上のキラーフレーズはない。

「そ、それ、おいくらなの!?」

「私も欲しいわ!」

「あら、皆様お目が高い! 通常価格、金貨三枚ですが、今なら『夜会限定セット』で金貨五枚! ……あ、間違えました。二本で金貨五枚です!」

「買うわ!」

「私も!」

一瞬にして、ダンスホールの一角がバーゲン会場と化した。

私はパンフレットを配り、予約票に名前を書かせ、次々と契約を結んでいく。

「皆様、お支払いは後日、公爵邸の『ウィックド・販売所』まで! 現金一括でお願いしますね!」

「ココア様、こっちの化粧水も!」

「ココア様、あの唐辛子スナックも予約できる!?」

貴婦人たちの熱気に、男性陣が呆然としている。

ダンスの相手を放り出して買い物に夢中になる妻や娘たちを見て、彼らは肩をすくめた。

「……なんだ、あの騒ぎは」

「ココア・ガナッシュ……恐ろしい女だ」

その騒ぎを、遠くから忌々しげに見つめる二つの影があった。

ジェラルド殿下と、聖女マシュマロだ。

「くそっ……! なんであの女が主役みたいになっているんだ!」

殿下はグラスを握りつぶしそうに震えている。

「殿下、落ち着いてくださいまし。所詮は下品な商人ですわ」

マシュマロも扇子で顔を隠しながら、毒づく。

「それにしても……あのお化粧品、ちょっと気になりますわね。私の肌、最近乾燥気味で……」

「マシュマロ!?」

「冗談ですわよ! ……でも、悔しい! 殿下、何か言ってやってください!」

煽られたジェラルド殿下は、意を決して私の元へと歩いてきた。

人垣をかき分け、私の前に立つ。

「ココア! いい加減にしろ! 神聖な夜会を市場(バザール)にするな!」

殿下の怒声に、買い物をしていた貴婦人たちが静まり返る。

私は予約票へのサインを止め、ゆっくりと顔を上げた。

「あら殿下。お久しぶりです。……借金の返済期限、明後日ですがご用意は?」

「うっ……! そ、その話は今関係ない!」

「関係大ありです。私がこうして働いているのは、誰かさんが国庫を使い果たしたせいで、経済を回さなきゃいけないからですよ?」

「き、貴様……!」

「それに、『市場にするな』と仰いますが、殿下の着ているその燕尾服。どこの仕立てですか?」

「は? 王室御用達の『ロイヤル・テーラー』だが……」

「そのテーラー、先月倒産しかけましたよね? 未払いのツケが溜まりすぎて」

「……!!」

「それを救済したのが、我がガナッシュ商会です。つまり、殿下が今それを着ていられるのは、私の商売のおかげなんですよ?」

「な、なんだと……!?」

会場中から、「まあ……」「王太子殿下、借金まみれなの?」「服も買えないなんて」というヒソヒソ声が聞こえてくる。

ジェラルド殿下は顔を真っ赤にして、パクパクと口を開閉させた。

完全に論破され、言葉が出てこない。

そこへ、マシュマロが涙目で割って入ってきた。

「酷いですわココア様! 殿下を公衆の面前で侮辱するなんて! やっぱり貴女は悪役令嬢です!」

「ええ、悪役令嬢ですが何か? 聖女様のように清貧を気取って借金を踏み倒すより、悪役として稼いで納税する方が、よほど国のためになりますけど」

「きぃぃぃっ!」

マシュマロが地団駄を踏む。

その拍子に、彼女が首から下げていたネックレスが揺れた。

私はそれを見逃さなかった。

「……あら? そのネックレス」

「ふふん、素敵でしょう? 殿下がプレゼントしてくださったの」

「ええ、素敵ですね。……質屋の『ゴールド・ラッシュ』で見た覚えがありますわ。先週、殿下が持ち込んだ私の母の形見の宝石と引き換えに手に入れた安物(イミテーション)とよく似ていますが」

「は?」

マシュマロが固まる。

殿下が青ざめる。

「で、殿下……? これ、安物なんですの……? それに、元婚約者のお母様の形見って……」

「い、いや! 違う! これは最高級のダイヤで……!」

「鑑定しましょうか?」

ルーカスが懐からルーペを取り出し、スッと前に出る。

「鉱物の鑑定も私の趣味でしてね」

「ひぃっ! や、やめろ!」

殿下はマシュマロの手を引いて、逃げるようにその場を去ろうとした。

「帰るぞマシュマロ! 気分が悪い!」

「ちょ、殿下! 説明してくださいまし!」

二人が退場していくと、会場には一瞬の静寂が訪れ――そして、爆笑が起こった。

「傑作だ!」

「王太子、逃げたぞ!」

「ココア嬢、最高だ!」

笑い声とともに、再び注文の嵐が私に押し寄せる。

「ココア様、私にもその美肌水ちょうだい!」

「私も! 借金王子に負けない強い肌になりたいわ!」

結局、その夜の夜会は、私の独壇場となった。

用意した予約票は完売。

持参したパンフレットもなくなった。

「……ふぅ。完売御礼ですね」

夜会の終わり。

私は心地よい疲労感と共に、バルコニーで夜風に当たっていた。

ルーカスが隣に並び、グラスを差し出す。

中身はシャンパン……ではなく、冷たい水だ。

「お疲れ様。見事な営業成績(セールス)だった」

「ええ。これで当面の運転資金と、公爵邸の修繕費は確保できました」

「君といると退屈しないな。ダンスを一曲も踊らなかった夜会は初めてだが、今までで一番楽しかった」

ルーカスが月を見上げて笑う。

私は水を飲み干し、彼を見つめた。

「踊りたかったですか? オーナー」

「……少しだけな」

「じゃあ、一曲だけ」

私は空になったグラスを置き、手を差し出した。

「追加料金はいただきませんので」

「それはお得だ」

ルーカスは私の手を取り、腰に手を回した。

音楽はもう終わっている。

聞こえるのは、虫の声と風の音だけ。

私たちはバルコニーの狭いスペースで、不格好に、けれど確かにステップを踏んだ。

「……背が高いですね」

「君が小さいんだ」

「踏まないでくださいよ、私の靴。安物じゃないんですから」

「善処する」

甘い言葉も、ロマンチックな雰囲気もない。

けれど、彼の体温が伝わってくるこの距離が、不思議と悪くないと思った。

(……まあ、これも『福利厚生』の一環ってことで)

私は胸の奥の温かい感情に、適当な勘定科目を貼り付けて、公爵様のリードに身を任せた。

夜会は大成功。

そして、私の「悪役令嬢ビジネス」は、王都の貴婦人たちを味方につけ、さらなる拡大を見せようとしていた。

一方その頃。

王宮の片隅で、借金まみれの王子と、嘘がバレかけた聖女の間に、決定的な亀裂が入り始めていたことを、私はまだ知らなかった。
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