婚約破棄?悪役令嬢は愛より小銭を稼ぎたい!

ちゃっぴー

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「……ふぅ。今月の決算報告、完了です」

公爵邸の執務室。

私は羽ペンを置き、分厚い帳簿をパタンと閉じた。

窓の外はすっかり暗くなっている。

アホ王子と元聖女を鉱山へ送り出してから一週間。

公爵家の財務状況は、劇的に改善していた。

「見てください、オーナー。今期の純利益、目標値の三〇〇%達成です。鉱山からの臨時収入に加え、王室からの賠償金(分割払い)も順調に入金されています」

「ああ。君のおかげだ」

向かいの席で書類に目を通していたルーカスが、顔を上げて微笑む。

「家令のセバスチャンも、最近は『予算が余って使い道に困る』と嬉しい悲鳴を上げているよ。……君が来る前の火の車が嘘のようだ」

「ええ。無駄を削ぎ落とし、新たな収益源を確保する。私の仕事(ミッション)は完璧に遂行されました」

私は満足げに頷き、そして――懐から一枚の羊皮紙を取り出した。

それは、私たちが最初に交わした『業務委託契約書(兼、婚姻契約書)』だった。

「ということで、オーナー」

「ん?」

「そろそろ、この契約を『終了』しませんか?」

「…………は?」

ルーカスの動きがピタリと止まった。

持っていたペンが、手から滑り落ちてカランと音を立てる。

「……今、何と言った?」

「契約終了、すなわち離婚です」

私は淡々と説明を始めた。

「この契約の主な目的は、『公爵家の財政再建』および『私の身の安全の確保』でしたよね? 財政はV字回復しましたし、脅威だったジェラルド殿下たちもいなくなりました。つまり、契約の目的は全て達成されたわけです」

「……」

「これ以上、私がここに居座る理由はありません。高額な報酬(利益の四割)を払い続けるのも、公爵家にとってはコストの無駄でしょう? ここらで手打ちにして、私は私の店に戻ります」

合理的かつ完璧な提案だ。

私は「どうです? 気が利くでしょう?」という顔で同意を求めた。

しかし。

ルーカスの顔色は、アホ王子の借金発覚時よりも青ざめていた。

「……却下だ」

「はい?」

「その提案は、経営判断として致命的なミスがある。却下する」

ルーカスが立ち上がり、私の手から契約書を奪い取った。

「ミ、ミス? どこにですか? 損益分岐点はクリアしていますし、これ以上の契約延長は……」

「『機会損失(オポチュニティ・ロス)』だ!!」

ルーカスが叫んだ。

普段、どんなトラブルにも動じない彼が、声を荒げている。

「き、機会損失?」

「そうだ! 君がいなくなったら、今後の『成長戦略』はどうなる!? 鉱山の管理は? 王都の独占販売権の運用は? 誰がやるんだ!」

「それは……モカやセバスチャンに引き継ぎますから。マニュアルも作りましたし」

「マニュアルで君の代わりが務まるものか! 君のその、悪魔的で創造的な閃きは、君という人間にしか出せない『無形資産』だ!」

ルーカスは机を回り込み、私の肩をガシッと掴んだ。

その瞳は必死で、どこか焦っているように見えた。

「それに……コストの無駄と言ったな? とんでもない。君への報酬など、君が生み出す利益に比べれば誤差の範囲だ。投資対効果(ROI)は無限大なんだぞ!?」

「は、はあ……高く評価していただき光栄ですが……」

私は彼の剣幕に押され、少し後ずさった。

「でも、いつまでも『偽の夫婦』を続けるわけにもいかないでしょう? ルーカス様も、そろそろ本当の奥様を迎えたいでしょうし」

「本当の、奥様……?」

「ええ。家柄が良くて、おしとやかで、金の話より詩の話ができるような素敵な公爵夫人を。……私のような『守銭奴令嬢』が居座っていては、婚活の邪魔になります」

私がそう言うと、ルーカスは信じられないものを見るような目で私を見つめた。

そして、深いため息をつき、額に手を当てた。

「……はぁ。君は……本当に、数字には強いが、人の感情(こうどうげんり)には鈍感だな」

「感情? 感情で計算は合いませんから」

「そこだ。そこが問題なんだ」

ルーカスは私の目線に合わせて屈み込み、真剣な眼差しを向けた。

「いいか、ココア。……私は、契約更新を希望する」

「更新ですか? 条件は?」

「期間は……無期限(終身)。報酬は……私の全財産と、これからの人生全て」

「……はい?」

私は耳を疑った。

全財産? 人生?

「えーと、それはつまり……ヴァレンタイン家の資産を全て私に譲渡するということですか? 税金対策ですか?」

「違う! そうじゃない!」

ルーカスが頭を抱える。

「つまり、私は君と……ビジネスパートナーとしてだけでなく、生涯のパートナーとして……」

彼が言いかけた時、執務室のドアがノックされた。

「失礼します、旦那様。……お取り込み中申し訳ございませんが、緊急の案件が」

セバスチャンだ。

彼は深刻な顔で、一枚の手紙をトレイに乗せて入ってきた。

「隣国の皇帝陛下より、至急の親書でございます。『建国記念パーティー』の件ですが……」

「ああ、あの招待状か。行く手配はしているが?」

「それが……追加の要望がありまして。『当日はダンスパーティーにて、各国の代表カップルによるチークダンスコンテストを行う。優勝賞品は、隣国との関税撤廃権とする』とのことです」

「「関税撤廃権!?」」

私とルーカスの声が重なった。

関税撤廃。

それは貿易を生業とするヴァレンタイン家にとって、年間数億ゴールドの利益に直結する、喉から手が出るほど欲しい権利だ。

「……ココア」

ルーカスがゆっくりと私を見た。

その目は、先ほどの「愛の告白(未遂)」の甘い色から、一瞬で「狩人」の色に変わっていた。

「契約終了の話は一時凍結だ。……このコンテスト、勝たねばならない」

「……同感です。関税がなくなれば、輸入食材の原価が二割下がります」

私の脳内計算機も、即座に「離婚」から「利益」へとモードを切り替えた。

「優勝するためには、完璧な『夫婦の絆』を見せつける必要がある。……そうだよね?」

「ええ。ビジネスライクな関係では、審査員の心証が悪くなります」

「よし。では、契約を『強化』しよう」

ルーカスは契約書を机の引き出しにしまい、鍵をかけた。

「これより、『チークダンス優勝対策本部』を立ち上げる。目標は優勝、そして関税撤廃だ。……協力してくれるな? 私の妻として」

「もちろんです、旦那様。……成功報酬は弾んでくださいね?」

「ああ。望むものを何でもやろう」

二人はガッチリと握手を交わした。

ロマンチックな雰囲気になりかけたのに、結局「金」の話でまとまってしまった。

けれど、私の胸の奥で、少しだけホッとしている自分がいた。

(……よかった。まだ、この家を出て行かなくて済む)

その安堵感が、単なる「安定した職場」への執着なのか、それとも「彼」への執着なのか。

私はまだ、その勘定科目を『未分類』のままにしておくことにした。

「じゃあオーナー、早速ダンスの練習をしましょうか。……私の足を踏んだら、罰金ですよ?」

「お手柔らかに頼むよ、鬼コーチ」

私たちは笑い合い、夜更けまでステップを踏んだ。

離婚の危機は去った。

しかし、次に待ち受けるのは、隣国の皇帝や各国の強豪カップルたちが集う、華やかでドロドロとした社交界の頂上決戦。

そこで私たちは、本当の意味での「パートナー」としての真価を問われることになるのだった。
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