婚約破棄?悪役令嬢は愛より小銭を稼ぎたい!

ちゃっぴー

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「ワン、ツー、ワン、ツー……あ、痛っ!」

「すまない、ココア。計算に気を取られていた」

「もう、三回目ですよオーナー! 私の足は床板じゃありません!」

公爵邸のダンスホール。

隣国の「関税撤廃権」を賭けたチークダンスコンテストに向け、私とルーカスは猛特訓をしていた。

しかし、前途は多難だった。

「ルーカス様、もっと腰に手を回して! 密着度が足りません!」

「密着……このくらいか?」

「近すぎます! 呼吸困難で死にます!」

「難しいな……。適正な距離感がつかめない」

ルーカスが困ったように眉を下げる。

彼はビジネスの距離感(交渉相手の喉元に食らいつく距離)は完璧だが、恋人同士の距離感(甘く囁き合う距離)に関しては、驚くほど不器用だった。

ホールな隅では、家令のセバスチャンが蓄音機の針を落とし、深いため息をついている。

「……前途多難ですな。お二人とも、動きが『商談』なんですよ。もっとこう、情熱的に! 愛を込めて!」

「愛、か……」

休憩中。

ルーカスはベンチで水を飲みながら、深刻な顔で悩んでいた。

「セバスチャン。……『愛』とは具体的にどう表現すればいい? 可視化できる指標はあるのか?」

「旦那様……愛は数字ではありません。言葉や態度で示すものです」

セバスチャンは懐から一冊の本を取り出した。

『恋する乙女のバイブル ~冷血公爵もイチコロ☆恋愛テクニック100選~』という、毒々しいピンク色の表紙の恋愛小説だ。

「これを参考にしてください。たとえば……『褒め言葉』です。『君の瞳は星のように美しい』とか」

「……なるほど。褒めればいいのか」

ルーカスは真剣に頷き、そして私の方へ歩いてきた。

私は汗を拭きながら、次のステップの確認をしていた。

「ココア」

「はい? なんでしょう」

ルーカスが私の前に立ち、じっと顔を覗き込む。

そして、意を決したように口を開いた。

「君の肌は……素晴らしい」

「えっ? (あ、美肌水の話?)」

「キメが細かく、水分含有量が適切だ。市場価値に換算すれば、最高級のシルクをも凌駕する『高付加価値素材』だと言える」

「……はあ。どうも(素材扱い?)」

「そして君の瞳。その茶色は、焙煎したばかりのコーヒー豆のように芳醇で……見ているだけでカフェイン摂取時のような覚醒作用がある」

「……褒めてるんですか? それ」

「ああ。最大限の賛辞だ。君を見ていると、私の脳の処理速度が向上する」

私は苦笑した。

「ありがとうございます。オーナーも素敵ですよ。その無駄のない筋肉、労働力として最高です」

「……うむ。ありがとう」

二人の会話を聞いていたセバスチャンが、ガクリと膝をついた。

「ダメだ……この二人、ロマンチックの回路が断線している……」

***

「クソッ……なぜだ」

その夜、ルーカスは執務室で頭を抱えていた。

「ココアの反応が薄い。セバスチャンの言う通りに褒めたはずなのに、ときめいているように見えなかった」

彼は焦っていた。

先日の「契約終了(離婚)」騒動で、彼は痛感したのだ。

金だけの繋がりでは、ココアはいつか去ってしまうかもしれない。

彼女を繋ぎ止めるには、もっと強力な……そう、「感情」という鎖が必要だと。

「やはり、待遇改善(インセンティブ)が必要か……」

ルーカスは再び恋愛指南書(セバスチャンから没収したもの)をめくった。

『テクニックその2:プレゼント攻撃! 彼女の欲しがるものをサプライズで贈ろう!』

「欲しがるもの……。ココアが喜ぶもの……」

ルーカスの脳裏に浮かんだのは、ココアが金貨を見てニタニタしている顔だけだった。

「……現金か? いや、現金を渡すのは給料と変わらん。もっとこう、サプライズ感のある……」

彼はハッと閃き、ペンを走らせた。

***

翌日の朝食時。

「おはよう、ココア。……君にプレゼントがある」

ルーカスが少し照れくさそうに、一枚の紙を差し出した。

私はトーストを齧りながら、それを受け取った。

「プレゼントですか? 珍しいですね。……これは?」

それは、リボンがかけられた羊皮紙だった。

中を開くと、そこには複雑な数式とグラフが描かれている。

『ヴァレンタイン領・向こう十年間のキャベツ収穫予想図、および先物取引権』

「……なんですか、これ」

「キャベツだ」

ルーカスがドヤ顔で胸を張る。

「君は以前、食材原価の変動を気にしていたな? だから、向こう十年のキャベツ価格を固定できる権利をプレゼントしよう。これで市場価格が高騰しても、君だけは安値で仕入れられる」

「…………」

私は絶句した。

確かに嬉しい。商売人としては、喉から手が出るほど欲しい権利だ。

でも、これを「朝食のサプライズプレゼント」として渡す男の神経はどうなっているのか。

「……オーナー。これ、花束の代わりですか?」

「花は枯れるが、権利は枯れない。資産価値としてはこちらが上だ」

「ロマンがない!!」

私は思わず叫んだ。

「嬉しいですけど! めちゃくちゃ助かりますけど! ……なんか違います!」

「違う? 何がだ? もっと長期の、二十年契約がよかったか?」

「そういう問題じゃありません!」

私はキャベツの権利書を懐にしまい(ちゃっかり貰う)、ため息をついた。

「はぁ……。オーナー、恋の駆け引きが下手すぎます」

「む……」

「いいですか? 女性が欲しいのは、お得な権利書ではなく、もっとこう……大切にされているという『実感』なんです」

「実感……。キャベツの安定供給こそが、最大の安心感ではないのか?」

「食卓の安心感の話はしてません!」

私は席を立ち、ルーカスの椅子に近づいた。

そして、彼のネクタイを少しだけ直してあげた。

「……例えば、こういうことです」

「えっ」

「ただ、触れる。目を見て、話す。……数字の損得抜きで、相手のことを考える時間を作る。それが一番のプレゼントですよ」

至近距離。

私の指先が彼の首元に触れる。

ルーカスの喉仏がごくりと動くのがわかった。

「……ココア」

「はい」

「……君の時給は高い。その君が、無償で私のネクタイを直してくれている。……これは、莫大な『愛』の投資と考えていいのか?」

「……っ」

また金の話!

私は呆れて、ネクタイをキュッと強めに締めた。

「違います。これは『身だしなみ指導料』として、後で請求しますから!」

「ぐっ……苦しい……」

「お支払いは、今日のダンス練習での『ノーミス』でお願いしますね!」

私はプイと背を向け、食堂を出て行った。

扉の向こうで、私は自分の顔が熱くなっているのを感じて、パタパタと手で扇いだ。

(……もう。なんであんなに不器用なのよ)

キャベツの権利書なんて。

でも、彼が私のために一晩中考えてくれたと思うと……。

「……悪くない、かも」

権利書を胸に抱きしめると、なんだかキャベツの匂い……ではなく、彼の不器用な優しさが香ってくる気がした。

***

一方、食堂に残されたルーカス。

彼は緩んだネクタイに触れ、呆然としていた。

「……失敗したか?」

「大失敗ですな」

いつの間にか背後に立っていたセバスチャンが、やれやれと首を振る。

「旦那様。キャベツで落ちる女性はいません。……まあ、ココア様は懐にしまっていましたが」

「彼女は受け取ったぞ。つまり、脈はあるということか?」

「それは単に『得だから』です。……はぁ、これは長期戦になりそうですな」

セバスチャンは新たな指南書を取り出した。

『実践編:嫉妬作戦 ~他の異性の影をチラつかせて焦らせろ!~』

「旦那様、次はこれで行きましょう。……ちょうど、建国パーティーには旦那様の『元婚約者候補』のご令嬢たちも参加されるはず」

「嫉妬……か。リスクが高いな」

「ハイリスク・ハイリターンこそ、旦那様のお好きな言葉でしょう?」

「……一理ある」

ルーカスは真剣な顔で頷いた。

「よし、採用だ。……次の作戦は、『モテる男アピールによる市場価値の吊り上げ』で行く」

「(ああ……また変な方向に行きそうだ……)」

セバスチャンの不安をよそに、公爵様の「下手くそな恋の駆け引き」第二ラウンドのゴングが鳴ろうとしていた。

果たして、私の鈍感な心(と鋭い金銭感覚)に、彼の想いは届くのだろうか?

……とりあえず、キャベツの先物取引の手続きだけは、忘れないうちにやっておこう。
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