婚約破棄?悪役令嬢は愛より小銭を稼ぎたい!

ちゃっぴー

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「きゃあ! ヴァレンタイン公爵様、素敵ですわ!」
「まあ、なんて凛々しい立ち姿……!」

隣国の建国記念パーティー。
金銀財宝で飾られた大広間は、各国の要人たちでごった返していた。

私たちの目的は二つ。
一つは、ここで有力者たちに『ウィックド・カフェ』のフランチャイズ展開を売り込むこと。
もう一つは、メインイベントの『チークダンスコンテスト』で優勝し、関税撤廃権を勝ち取ることだ。

「さあ、稼ぎ時よココア。名刺(割引券付き)を配りまくるのよ!」

私は気合を入れて会場に乗り込んだ。
……はずだった。

「あの……公爵様? 今夜のパートナーはどちらに?」
「もしよろしければ、私と一曲……」

私の視線の先には、色とりどりのドレスを纏った令嬢たちに包囲されているルーカスの姿があった。

いつもの彼なら、「近寄るな、香水が臭い」と一蹴するところだ。
しかし今夜の彼は違った。

「……やあ、君のドレスは美しいね(棒読み)」
「君の瞳も……そう、サファイアの相場くらい輝いている(視線が泳いでいる)」

ぎこちない笑顔で、令嬢たちの相手をしているのだ。
しかも、チラチラとこちらを見ながら。

(な、なによアレ……)

私は手に持っていた名刺の束を握り潰した。

(愛想を振りまくなんて、キャラじゃないでしょ。それに、あの令嬢たち! 私のオーナーにベタベタ触らないで! そのスーツ、私が経費で新調した高級品なんだから!)

イライラする。
猛烈にイライラする。

私は深呼吸をして、自分に言い聞かせた。
「落ち着きなさいココア。あれは『営業活動』よ。彼が人気者になれば、公爵家のブランド価値も上がる。つまり私の利益になる……そう、これはビジネスにとってプラスなこと……」

言い聞かせるが、胸の奥がチリチリと焼けるように熱い。
激辛クッキーを食べた時とは違う、もっと不快で、粘着質な熱さだ。

「あら、ココアさん。顔色が優れませんわね?」

背後から声をかけられた。
振り返ると、家令のセバスチャンがニヤニヤしながら立っていた。

「……セバスチャンさん。あの状況、何とかしてください。オーナーが囲まれていて、商談(ダンスの打ち合わせ)ができません」

「おや、ご心配なく。あれは旦那様の『市場価値調査』でして」

「市場価値?」

「ええ。旦那様がどれだけ他の女性に需要があるかを確認するテストです。……どうです? ココア様から見て、他の女性に囲まれる旦那様は?」

セバスチャンが試すような目で私を見る。
私はフンと鼻を鳴らした。

「別に。……効率が悪いだけですわ。あんな中身のない会話に時間を使うなんて、機会損失(オポチュニティ・ロス)も甚だしい」

私は強がって背を向けた。

「私は向こうで、ビュッフェの原価計算でもしていますから!」

***

ビュッフェコーナー。
私は山盛りのローストビーフを皿に取り、フォークで突き刺した。

「……あいつ、鼻の下伸ばしちゃって。何が『サファイアの相場』よ。滑ってるわよ」

パクッ。
肉を口に運ぶ。

「……味がしない」

最高級の牛肉のはずなのに、ゴムを噛んでいるみたいだ。

いつもなら、「この肉の仕入れ値はいくらかしら」「このソースの隠し味は転売できるかも」と脳内計算機がフル回転するのに。
今は、頭の中に数字が浮かばない。

代わりに浮かぶのは、さっき見たルーカスの笑顔(引きつっていたが)と、彼の腕に触れていた令嬢の白い手。

「……ムカつく」

ガチャン。
フォークを取り落としてしまった。
皿の上の肉汁が、ドレスに跳ねる。

「あ……」

染み抜き代、金貨一枚。
ああ、また無駄な出費。

その時だ。
会場が一際大きく沸いた。

「まあ! 公爵様がダンスに誘っていらっしゃるわ!」

見ると、ルーカスが一人の令嬢に手を差し伸べていた。
私の知らない、グラマラスな美女だ。

「(……は?)」

私との約束は?
ダンスコンテストのために練習したんじゃないの?

頭の中が真っ白になった。
計算機が壊れたみたいに、エラー音が鳴り響く。

『警告:契約違反の可能性』
『警告:独占禁止法に抵触』
『警告:精神的ダメージ、許容範囲を超過』

「……許さない」

私はドレスの裾を翻し、ホールの中央へと早足で向かった。
損得勘定?
知るか、そんなもの!

「お待ちください、公爵閣下!」

私は人垣を割り、ルーカスと美女の間に割って入った。

「コ、ココア……?」

ルーカスが目を丸くする。
その顔には、驚きと……ほんの少しの『期待』が浮かんでいることになど、気づく余裕はなかった。

「その物件(公爵)は現在、商談中です!」

私はルーカスの腕をガシッと掴み、自分の元へ引き寄せた。

「は?」
美女が呆気に取られる。

「申し訳ありませんが、彼は私と『独占契約』を結んでおります。他社様への貸し出しは、オプション料金を含めてもお断りしておりますの!」

私は美女を睨みつけ、そしてルーカスに向き直った。

「オーナー! 貴方もです! 契約書第5条、『業務時間内の浮気(よそみ)は違約金対象』と明記しましたよね!?」

「そ、そんな条項あったか……?」

「今作りました! 遡及適用(そきゅうてきよう)します!」

私は彼の胸ぐら(高級シルクのタイ)を掴み、叫んだ。

「貴方が他の女性と踊っていると……私の生産性が落ちるんです! イライラして計算が合わないし、お肉の味もしないし、仕事にならないんです!」

会場中がシーンと静まり返る。
「生産性」という単語で嫉妬を表現する女など、前代未聞だろう。

しかし、ルーカスは――。

「……ぷっ」

吹き出した。

「な、何がおかしいんですか!」

「はははっ! 生産性が落ちる、か。……なんて君らしい『愛の告白』なんだ」

「こ、告白じゃありません! 業務改善要求です!」

ルーカスは笑いを堪えきれない様子で、それでも優しく、私の腰に手を回した。

「わかった。要求を受け入れよう。……私の不徳の致すところだ」

彼は私の耳元に唇を寄せ、囁いた。

「実は、さっきの彼女はサクラだ。セバスチャンが雇った『嫉妬誘発エージェント』だよ」

「……は?」

私は遠くを見た。
柱の陰で、セバスチャンが親指を立てて「グッジョブ」のサインを出している。

「……あ、あの古狸!」

「だが、効果はあったようだ。……君がこんなに熱くなってくれるなんて、投資した甲斐があった」

ルーカスは嬉しそうに私の手を取る。

「私の市場価値(人気)など、君というたった一人の顧客に認められれば、それで十分だ」

甘い声。
熱い掌。
そして、私だけを見つめる瞳。

私の胸のモヤモヤは一瞬で吹き飛び、代わりに心臓が早鐘を打ち始めた。

(……悔しい)

完全に計算通りに踊らされた。
私の負けだ。

でも、この敗北感は、不思議と不快ではなかった。

「……違約金、高いですよ?」

私が上目遣いで睨むと、ルーカスは破顔した。

「ああ。一生かけて払わせてもらおう」

その時、ファンファーレが鳴り響いた。

『これより! メインイベント、チークダンスコンテストを開催いたします!』

司会者の声が響く。

「さあ行こう、ココア。……我々の『愛(ビジネス)』の力を見せつける時だ」

「ええ。優勝賞品、絶対にかっさらいますわよ!」

私は覚悟を決めた。
このドキドキも、顔の熱さも、全て『必要経費』として計上してやる。
そして、そのリターンとして、最高の勝利と……彼との未来を手に入れるのだ。

「ステップ、間違えないでくださいね?」

「君こそ」

私たちはしっかりと手を繋ぎ、スポットライトの中へと躍り出た。
私の『誤算』から始まった恋のダンスは、今、最高潮のメロディを奏でようとしていた。
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