悪役令嬢、婚約破棄に「御意」と答えて即帰宅。

ちゃっぴー

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「……行きたくありません」

水曜日の午後。

私は招待状をデスクの上に放り投げ、深い溜息をついた。

「時間の無駄です。生産性がゼロです。この時間があれば、北部の運河建設の進捗状況を確認できるのに」

「そう言うな。これも社交(仕事)のうちだ」

アレクセイ閣下が、苦笑しながら私を宥めた。

招待状の送り主は、マリベル侯爵令嬢。

『反宰相派』の筆頭貴族の娘であり、社交界の女王蜂(自称)だ。

「『ヨーネリア様の新しい門出をお祝いするお茶会』……だそうです。字面は綺麗ですが、行間から『お前を吊るし上げて笑い者にしてやる』という殺意が滲み出ています」

「だろうな。誘拐に失敗した連中の腹いせだろう」

閣下は涼しい顔で紅茶を啜った。

「断ってもいいが、そうすると『逃げた』と噂されるぞ。君のプライドが許さないのではないか?」

「うっ……」

痛いところを突かれた。

私は「逃亡」という言葉が嫌いだ。戦略的撤退ならまだしも、敵前逃亡は私の美学に反する。

「……わかりました。行きます」

私は立ち上がり、戦闘服(ドレス)の準備をするためにクローゼットへ向かった。

「ただし、タダでは帰りませんよ。彼女たちの家の『弱み』というお土産をたっぷり持ち帰ってきますから」

「ほどほどにな。……あまりいじめすぎるなよ?」

「それは向こうの出方次第です」

私は不敵に微笑んだ。



会場となったのは、マリベル侯爵邸の広大な庭園だった。

咲き誇る薔薇、高級な磁器、そして着飾った令嬢たち。

しかし、その空気はピリピリと張り詰めている。

「ごきげんよう、ヨーネリア様。お忙しい中、よくいらっしゃいましたわ」

主催者のマリベル様が、扇で口元を隠しながら近づいてきた。

その目は笑っていない。

「てっきり、お仕事でお疲れで、欠席されるかと思っていましたのよ? ほら、最近は宰相閣下の『雑用係』として、あくせく働いていらっしゃるそうですから」

先制攻撃だ。

周囲の令嬢たちが「クスッ」と嘲笑を漏らす。

「公爵令嬢だったのに、労働者階級に落ちるなんてお可哀想」

「きっとお金に困っていらっしゃるのね」

なるほど。そういう路線か。

私は扇をパチリと開き、優雅に微笑み返した。

「ご配慮ありがとうございます、マリベル様。ですが、ご心配には及びませんわ」

「あら、強がらなくてよろしくてよ?」

「強がり? まさか。私は『国の運営』という、最も高尚でクリエイティブな業務に携わっているのですから」

私は胸を張った。

「貴女方がドレスの色選びに三時間迷っている間に、私は三つの法案を通し、国の税収を五%向上させました。……私の労働が、貴女方の優雅な生活(インフラ)を支えているという自覚はおありで?」

「なっ……!?」

マリベル様の眉がピクリと動く。

「な、生意気な! 所詮は労働でしょう! 貴族の令嬢たるもの、労働など下々の者がすることですわ! 私たちは美しく着飾り、殿方に見初められることこそが仕事なのです!」

「ふむ。つまり貴女は『観賞用植物』であると?」

「は?」

「自ら生産活動を行わず、ただそこにいて養われるだけの存在。……経済学的に言えば『扶養家族』あるいは『金食い虫』ですが」

「き、金食い虫ですってぇ!?」

周囲がざわつく。

私は畳み掛けた。

「それに、殿方に見初められるのが仕事と仰いますが……マリベル様、貴女の婚約者のドルン伯爵令息、最近視線が冷たくありませんか?」

「えっ……な、なんでそれを」

「彼が経営する貿易会社、先月の決算で大赤字を出しましたからね。貴女が先週お買い上げになったそのダイヤのネックレス……彼の会社の運転資金を圧迫している原因の一つですよ」

「うそ……」

マリベル様の顔が青ざめる。

「私なら、ネックレスを売って彼に補填してあげますけどね。それが『内助の功』というものでは?」

「ぐぬぬ……!」

マリベル様は言葉に詰まった。

そこへ、取り巻きの一人が加勢に入ってきた。

「よ、よくもマリベル様にそんな口を! 貴女だって、クラーク殿下に婚約破棄された『傷物』じゃないの!」

「そうよそうよ! 殿下に愛想を尽かされたくせに!」

来た。婚約破棄ネタだ。

想定の範囲内である。

私は紅茶を一口飲み、ふうと息を吐いた。

「……情報が古いですね。アップデートをお勧めします」

「なんですって?」

「殿下に捨てられたのではありません。私が殿下を『損切り』したのです」

「そんぎり?」

聞き慣れない単語に、令嬢たちが首をかしげる。

「将来性のない株を持ち続ける投資家はいませんでしょう? 殿下の成長曲線と、私の労力コストを比較検討した結果、これ以上の投資は無駄だと判断して手放したのです」

私はにっこりと笑った。

「おかげで今は、優良物件(アレクセイ閣下)に再就職できました。株価もストップ高ですわ」

「な、なんて可愛げのない言い方……!」

「可愛げ? それは数字になりますか? 国の予算になりますか?」

「なりませんけど……!」

「なら不要です。感情論で腹は膨れませんから」

完全論破である。

令嬢たちは「うぐぐ……」と唸り、反論の糸口を探している。

その時だった。

「す、すごいですわ……!」

庭木の茂みから、感動に震える声が聞こえた。

ガサガサッ!

「キャッ!? な、何!?」

飛び出してきたのは、頭に葉っぱをつけたミーナ様だった。

なぜここにいる。

「ミーナ!? 貴女、クラーク殿下の新しい……!」

マリベル様が指差す。

ミーナ様はそれを無視し、私の元へ駆け寄ってきた。

手にはメモ帳とペン。

「ヨーネリアお姉様! 今の『損切り』の下り、最高でした! 『可愛げは数字になりますか?』――名言です! 座右の銘にします!」

「……ミーナ様。なぜ貴女がここに?」

「招待されてないんですけど、お姉様の雄姿を見たくて塀を乗り越えてきました!」

「不法侵入です。警備兵を呼びますよ」

「そんなことより、見てくださいこれ!」

ミーナ様は、一枚の紙を広げた。

それは、なんとも下手くそな……いや、味のある似顔絵だった。

私が令嬢たちを言葉のナイフで滅多刺しにしている図だ。タイトルは『断罪の女神』。

「これをお姉様のファンクラブ会報の表紙にします!」

「ファンクラブがあるんですか!?」

「はい! 会員番号1番は私、2番はクラーク殿下(無理やり入会させました)、3番はアレクセイ閣下(勝手に登録しました)です!」

「……解散させなさい、今すぐ」

カオスだ。

マリベル様たちがポカンとしている。

「な、なんなのよこれ……。わけがわからないわ……」

マリベル様が頭を抱えた。

「もういいわ! 帰って頂戴! 貴女がいると空気が悪くなるわ!」

「あら、残念。これから皆様の実家の『脱税リスト』を読み上げて、経営改善のアドバイスをして差し上げようと思いましたのに」

私が懐から分厚いファイルを取り出すと、令嬢たちの顔色が一斉に変わった。

「えっ」

「脱税……?」

「お父様の裏帳簿……?」

「ご希望の方には、この場で公表しますが?」

「い、いえっ! 結構です!」

「お引き取りください! お土産のケーキはホールで差し上げますから!」

「二度と呼ばないで!」

彼女たちは悲鳴を上げて散り散りになった。

完全勝利である。

私はファイルをしまい、満足げに頷いた。

「ふむ。効率的に片付きましたね」

「さすがです、お姉様! 悪を断つその姿、痺れます!」

ミーナ様がパチパチと拍手をする。

「さて、ミーナ様。帰りますよ」

「はい! お供します!」

「その前に、貴女には不法侵入の始末書を書いてもらいます」

「ええーっ!?」

私たちは優雅に(片方は連行される形で)お茶会会場を後にした。

帰り道、私はもらったホールケーキの箱を手に、少しだけ笑みがこぼれた。

「……閣下と食べるには、少し甘すぎるかしら」

「私が毒見しますよ!」

「貴女にはあげません」

こうして『お茶会戦争』は、私の圧勝で幕を閉じた。

翌日から、私の元には貴族の令嬢たちから「経営相談」の手紙が殺到することになるのだが……それはまた、別の話である。
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