悪役令嬢、婚約破棄に「御意」と答えて即帰宅。

ちゃっぴー

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「――準備はいいか、ヨーネリア」

「はい。いつでも出撃可能です」

今夜は王宮主催の舞踏会。

本来なら、貴族の男女が優雅にダンスを踊り、愛を語らう場である。

しかし、私たちにとっては違う。

ここは『情報収集』と『派閥の牽制』、そして『売られた喧嘩を買う』ための戦場だ。

ベルンシュタイン公爵邸のエントランス。

アレクセイ閣下は、漆黒の夜会服に身を包み、いつも以上に冷徹な美貌を輝かせていた。

対する私は――。

「……ふむ。やはり、そのドレスは素晴らしいな」

閣下が私の姿を見て、満足そうに頷いた。

私が着ているのは、今夜のために特注した『ミッドナイトブルー』のドレス。

一見すると、シンプルで洗練されたAラインのドレスだ。

しかし、その本質は別にある。

「解説しましょう、閣下」

私はドレスの裾を少し持ち上げてみせた。

「まず、スカート部分。通常よりもスリットを深く入れてあります。これにより、緊急時にはドレスを着たまま全力疾走、およびハイキックが可能です」

「機動性は重要だ」

「次に、ウエスト部分。コルセットを排除し、特殊な伸縮素材を使用しました。これにより、フルコースの料理を完食しても腹部が圧迫されず、長時間の演説でも呼吸が乱れません」

「エネルギー補給と持久力の確保だな」

「そして、ここが最大の特徴です」

私はドレスのドレープ(ひだ)に隠されたポケットから、シュッと音を立てて『何か』を取り出した。

「小型計算機、メモ帳、そして印鑑。全て隠しポケットに収納可能です。ダンスの最中に密約を交わしても、その場で即座に契約書を作成できます」

「完璧だ」

閣下は感嘆の声を漏らした。

「美しさと機能性、そして攻撃力を兼ね備えている。まさに君のための『戦闘服』だ」

「ありがとうございます。ちなみに靴のヒールは鋼鉄製ですので、護身用の武器にもなります」

「頼もしい限りだ。では、行こうか。……私の自慢の婚約者を、見せびらかしにな」

閣下が私の手を取り、エスコートする。

私たちは戦場へ向かう戦士の顔つきで、馬車に乗り込んだ。



王宮の大広間。

シャンデリアの輝き、オーケストラの調べ、そして香水の匂い。

私たちが会場に入った瞬間、ざわめきが広がった。

「あれは……アレクセイ公爵?」
「隣にいるのは、噂のヨーネリア嬢か?」
「なんて凛々しい立ち姿だ……」
「ドレスの色が地味じゃない? もっとフリルとか付ければいいのに」

好意的な視線と、品定めするような視線が交差する。

しかし、私たちは動じない。背筋を伸ばし、堂々と会場を歩く。

その時。

「よ、ヨーネリア! 来ていたのか!」

人混みをかき分けて現れたのは、クラーク殿下だった。

隣には、今日もピンク色のドレスを着たミーナ様がいる。

殿下は私の姿を見て、鼻で笑った。

「はん! なんだその地味なドレスは! 色は暗いし、飾りもない! まるで喪服じゃないか!」

殿下は大声で嘲笑した。

「ミーナを見ろ! このふんわりとしたリボン! レース! これこそが王太子の婚約者に相応しい『可愛らしさ』だぞ!」

「あー、殿下。そのリボン、さっきスープに浸かってましたよ」

ミーナ様が冷静に突っ込むが、殿下は聞こえていない。

「ヨーネリア、お前には華がないんだよ! そんな格好でダンスが踊れるのかね?」

周囲の貴族たちも、「確かに地味ね」「色気がないわ」とヒソヒソ笑っている。

私は扇を口元に当て、冷ややかに殿下を見下ろした。

「殿下。このドレスの価値が理解できないとは……美的センスの欠如を疑いますわ」

「な、なんだと!?」

「フリルやレースは、可動域を制限し、火災のリスクを高め、さらにスープに浸かるという衛生上の問題もあります。非効率の塊です」

「可愛ければいいんだよ!」

「機能美こそが至高です」

平行線だ。

そこで、隣にいたアレクセイ閣下が口を開いた。

「クラーク殿下。貴方の目は節穴ですか?」

「なっ……! 不敬だぞアレクセイ!」

「事実を申し上げたまでです。よくご覧なさい。彼女のドレスのラインを」

閣下は私の腰に手を回し、グイッと引き寄せた。

「無駄な装飾がないからこそ、彼女の姿勢の良さと、身体のラインの美しさが際立っている。……まるで研ぎ澄まされた名刀のようだ」

「め、名刀……?」

「さらに、この深い青色は知性の象徴。彼女の冷徹な瞳の色とも調和している。……私にとっては、どんな宝石よりも彼女の方が輝いて見えますが?」

閣下は私の耳元で囁いた。

「特に、このスリットから覗く脚のラインが……計算され尽くしていて唆(そそ)る」

「……閣下、それはセクハラぎりぎりです」

「事実だ」

閣下の堂々たる溺愛(?)発言に、周囲の令嬢たちが頬を赤らめ、殿下が口をあんぐりと開けた。

「ぐぬぬ……! 負け惜しみを!」

その時、ミーナ様が私の前に飛び出してきた。

「あのっ! ヨーネリア様!」

「……なんですか、ミーナ様」

「そのドレス……どこで仕立てたんですか!?」

ミーナ様は目をキラキラさせて、私のドレスを凝視している。

「え?」

「すごい! ポケット付いてますよね!? これならお菓子を隠し持てます! それに、動きやすそう! 私、フリフリのドレスだと転びそうで怖くて……!」

「……まあ、隠しポケットの用途はお菓子ではありませんが」

「カッコイイです! 『出来る女』って感じです! 私も次からそういうのにします!」

「おいミーナ! やめろ! 君はピンクだ! フリルだ!」

殿下が悲鳴を上げるが、ミーナ様は聞く耳を持たない。

「ヨーネリア様、後で仕立て屋を紹介してください!」

「検討しておきます」

結局、殿下の「地味攻撃」は、閣下の「溺愛フィルター」とミーナ様の「信者フィルター」によって無効化された。

「……音楽が始まりましたね」

オーケストラがワルツを奏で始めた。

閣下は私の前に跪き、手を差し出した。

「踊っていただけますか? 私の美しき戦友(パートナー)」

「喜んで。……ただし、足を踏んだらペナルティですよ?」

「善処しよう」

私たちはホールの中央へと進み出た。

ステップを踏む。

私のドレスは、回転するたびに美しく翻り、足元の動きを妨げない。

「……踊りやすい」

「だろう? 君の動きに合わせて設計されている」

私たちは流れるように踊った。

周囲のカップルが優雅さ(見た目)重視で緩慢に動く中、私たちのダンスはキレがあった。

キレすぎて、もはや格闘技の演舞に見えるかもしれない。

「ターン、三回」

「御意」

クルクルクルッ! ピタッ!

遠心力を利用した高速スピンからの、完璧な静止。

ドレスの裾がバサッと音を立てて舞い、私の鋼鉄ヒールが床をカツンと鳴らす。

「おお……」

会場から、ため息ともどよめきともつかない声が漏れた。

それは「美しい」というより、「強い」という称賛だった。

「最高だ、ヨーネリア」

閣下は踊りながら、恍惚とした表情で言った。

「君とのダンスは、まるで難解なパズルを解いている時のような高揚感がある」

「……それは褒め言葉として受け取っておきます」

曲が終わると、会場からは割れんばかりの拍手が起こった。

私たちは息一つ切らさず、優雅に礼をした。

「……ふふっ」

私は顔を上げ、小さく笑った。

「どうしました?」

「いえ。……意外と悪くないものですね、舞踏会も」

「そうか。なら、次はタンゴでも踊るか?」

「いいですね。もっと激しく、情熱的に行きましょう」

私たちは互いに不敵な笑みを交わした。

部屋の隅で、クラーク殿下が「な、なんであんなにキレキレなんだ……」と引いているのが見えたが、もはやどうでもよかった。

今夜の勝者は、間違いなく私たちなのだから。

そして、この舞踏会をきっかけに、王都の社交界では「機能性ドレス」が密かなブームとなる。

「ポケット付きドレス、入荷待ち三ヶ月」というニュースが新聞に載るのは、もう少し先の話である。
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