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「……曲が変わりましたね」
激しいワルツが終わり、会場にはゆったりとしたバラードが流れ始めた。
照明が少し落とされ、大人の雰囲気が漂う。
私は乱れた呼吸(といっても、特殊コルセットのおかげで軽微だが)を整えようと、アレクセイ閣下の腕から離れようとした。
「閣下。ミッション・コンプリートです。周囲への威嚇は十分に行えましたので、一度補給(休憩)に戻りませんか?」
「待て」
閣下は私の腰に回した手を解かなかった。
それどころか、グイッと私を引き寄せた。
「……え?」
私の体は、閣下の胸板に密着した。
近い。
さっきまでの「戦闘的な距離」ではない。これは……いわゆる「チークダンス」の距離だ。
「もう一曲だけ付き合え。……今度は、戦うためではなく、楽しむために」
閣下の声が、私の耳元で甘く響いた。
「は、はい……業務命令であれば」
私はドギマギしながら、閣下の肩に手を回した。
ゆっくりとしたリズムに合わせて、体を揺らす。
周囲の視線など、もう気にならなかった。
私の意識は、目の前の男――アレクセイ閣下に占領されていたからだ。
「……ヨーネリア」
「はい」
「今日の君は、本当に綺麗だ」
「……先ほども聞きました。『機能的で美しい』と」
「あれは建前だ」
閣下は私の髪に指を通し、優しく撫でた。
「機能性などどうでもいい。ただ、君がそこにいるだけで、私の世界は彩りを取り戻す。……君を見ていると、胸の奥が熱くて、痛いんだ」
「……!」
私は息を飲んだ。
閣下の瞳は、いつもと違っていた。
冷徹な計算も、政治的な意図もない。ただ純粋な、熱情のようなものが渦巻いている。
「……閣下。それは不整脈の可能性があります。至急、医務室へ……」
「茶化すな」
閣下は私の言葉を遮り、さらに顔を近づけてきた。
鼻先が触れそうな距離。
お互いの吐息がかかる。
「ヨーネリア。私は今まで、君を『有能な補佐官』として側に置いてきたつもりだった」
「……はい。最高のビジネスパートナーだと」
「だが、最近は計算が狂っている」
閣下は苦しげに眉を寄せた。
「君が他の男と話していると腹が立つ。君が笑うと嬉しくなる。君がいなくなると、不安でたまらない。……これは、業務上の必要性を超えている」
閣下の指先が、私の頬をなぞる。
その熱さに、私の体温も急上昇していくのがわかった。
「君を誰にも渡したくないのは、仕事のせいだけではないらしい」
「……っ」
思考回路がショートした。
エラー。エラー発生。
私の脳内コンピューターが、真っ赤な警告灯を点滅させている。
『想定外の入力あり。処理不能。論理的解釈、不可能』
「か、閣下……」
私は震える声で言った。
「て、定義を……明確にしてください!」
「定義?」
「その感情の分類コードは何ですか!? 『信頼』ですか? 『友情』ですか? それとも『執着』ですか!? 曖昧な変数は計算式に組み込めません!」
私はパニックになり、早口でまくし立てた。
数字や論理で武装しなければ、この甘い空気に飲み込まれてしまいそうだったからだ。
閣下はきょとんとした後、ふっと優しく微笑んだ。
「……君は、まだ言葉が必要か」
「当たり前です! 契約書には明記されていない事項です!」
「ならば、行動で示そう」
「え?」
閣下の顔が、さらに近づく。
あと五センチ。
あと三センチ。
あと一センチ。
唇が触れるか触れないか、そのギリギリの距離で、閣下は囁いた。
「……愛している、と言えば、計算が合うか?」
「~~~~っ!!」
ボンッ!
私の頭の中で、何かが爆発する音がした。
顔が熱い。いや、全身が熱い。
心臓が早鐘を打って、肋骨を突き破りそうだ。
私は反射的に、閣下の胸をドンと押してしまった。
「……ふ、不適切です!!」
「なに?」
「ここは公衆の面前です! そのような機密事項(愛の告白)を、セキュリティの甘い場所で漏洩させるとは、危機管理意識が低すぎます!」
私は真っ赤な顔で叫んだ。
「この件に関しては、後日、防音設備の整った会議室で、正式な議事録を取りながら審議します! ……い、以上!」
私はクルリと背を向け、逃げ出した。
「あっ、ヨーネリア! 待て!」
閣下の呼ぶ声を背に、私は「鋼鉄ヒール」の機動力を活かして、バルコニーへと全力疾走した。
夜風に当たりながら、私は燃えるような頬を手で扇いだ。
「……馬鹿。馬鹿じゃないの」
ドキドキが止まらない。
『愛している』。
その言葉が、頭の中でリフレインしている。
「……計算が合うか、ですって?」
私は手帳を取り出し、震える手で書き込んだ。
『変数X(アレクセイ閣下の感情)= LOVE(確定)』
『変数Y(私の感情)= ……』
そこでペンが止まる。
「……まだ、未確定よ。保留。……保留なんだから」
私はそう自分に言い聞かせたが、口元が勝手に緩んでしまうのを止めることはできなかった。
会場の中では、取り残された閣下が、呆気に取られつつも愛おしそうにバルコニーを見つめていた。
「……逃げ足の速いウサギだ。だが、捕まえるのも時間の問題だな」
その夜の舞踏会は、私たちにとって「ただの仕事」から「特別な夜」へと変わった分岐点となった。
二人の距離、あと一センチ。
そのわずかな隙間が埋まるのは、もう少し先の、大きな事件の後になる。
激しいワルツが終わり、会場にはゆったりとしたバラードが流れ始めた。
照明が少し落とされ、大人の雰囲気が漂う。
私は乱れた呼吸(といっても、特殊コルセットのおかげで軽微だが)を整えようと、アレクセイ閣下の腕から離れようとした。
「閣下。ミッション・コンプリートです。周囲への威嚇は十分に行えましたので、一度補給(休憩)に戻りませんか?」
「待て」
閣下は私の腰に回した手を解かなかった。
それどころか、グイッと私を引き寄せた。
「……え?」
私の体は、閣下の胸板に密着した。
近い。
さっきまでの「戦闘的な距離」ではない。これは……いわゆる「チークダンス」の距離だ。
「もう一曲だけ付き合え。……今度は、戦うためではなく、楽しむために」
閣下の声が、私の耳元で甘く響いた。
「は、はい……業務命令であれば」
私はドギマギしながら、閣下の肩に手を回した。
ゆっくりとしたリズムに合わせて、体を揺らす。
周囲の視線など、もう気にならなかった。
私の意識は、目の前の男――アレクセイ閣下に占領されていたからだ。
「……ヨーネリア」
「はい」
「今日の君は、本当に綺麗だ」
「……先ほども聞きました。『機能的で美しい』と」
「あれは建前だ」
閣下は私の髪に指を通し、優しく撫でた。
「機能性などどうでもいい。ただ、君がそこにいるだけで、私の世界は彩りを取り戻す。……君を見ていると、胸の奥が熱くて、痛いんだ」
「……!」
私は息を飲んだ。
閣下の瞳は、いつもと違っていた。
冷徹な計算も、政治的な意図もない。ただ純粋な、熱情のようなものが渦巻いている。
「……閣下。それは不整脈の可能性があります。至急、医務室へ……」
「茶化すな」
閣下は私の言葉を遮り、さらに顔を近づけてきた。
鼻先が触れそうな距離。
お互いの吐息がかかる。
「ヨーネリア。私は今まで、君を『有能な補佐官』として側に置いてきたつもりだった」
「……はい。最高のビジネスパートナーだと」
「だが、最近は計算が狂っている」
閣下は苦しげに眉を寄せた。
「君が他の男と話していると腹が立つ。君が笑うと嬉しくなる。君がいなくなると、不安でたまらない。……これは、業務上の必要性を超えている」
閣下の指先が、私の頬をなぞる。
その熱さに、私の体温も急上昇していくのがわかった。
「君を誰にも渡したくないのは、仕事のせいだけではないらしい」
「……っ」
思考回路がショートした。
エラー。エラー発生。
私の脳内コンピューターが、真っ赤な警告灯を点滅させている。
『想定外の入力あり。処理不能。論理的解釈、不可能』
「か、閣下……」
私は震える声で言った。
「て、定義を……明確にしてください!」
「定義?」
「その感情の分類コードは何ですか!? 『信頼』ですか? 『友情』ですか? それとも『執着』ですか!? 曖昧な変数は計算式に組み込めません!」
私はパニックになり、早口でまくし立てた。
数字や論理で武装しなければ、この甘い空気に飲み込まれてしまいそうだったからだ。
閣下はきょとんとした後、ふっと優しく微笑んだ。
「……君は、まだ言葉が必要か」
「当たり前です! 契約書には明記されていない事項です!」
「ならば、行動で示そう」
「え?」
閣下の顔が、さらに近づく。
あと五センチ。
あと三センチ。
あと一センチ。
唇が触れるか触れないか、そのギリギリの距離で、閣下は囁いた。
「……愛している、と言えば、計算が合うか?」
「~~~~っ!!」
ボンッ!
私の頭の中で、何かが爆発する音がした。
顔が熱い。いや、全身が熱い。
心臓が早鐘を打って、肋骨を突き破りそうだ。
私は反射的に、閣下の胸をドンと押してしまった。
「……ふ、不適切です!!」
「なに?」
「ここは公衆の面前です! そのような機密事項(愛の告白)を、セキュリティの甘い場所で漏洩させるとは、危機管理意識が低すぎます!」
私は真っ赤な顔で叫んだ。
「この件に関しては、後日、防音設備の整った会議室で、正式な議事録を取りながら審議します! ……い、以上!」
私はクルリと背を向け、逃げ出した。
「あっ、ヨーネリア! 待て!」
閣下の呼ぶ声を背に、私は「鋼鉄ヒール」の機動力を活かして、バルコニーへと全力疾走した。
夜風に当たりながら、私は燃えるような頬を手で扇いだ。
「……馬鹿。馬鹿じゃないの」
ドキドキが止まらない。
『愛している』。
その言葉が、頭の中でリフレインしている。
「……計算が合うか、ですって?」
私は手帳を取り出し、震える手で書き込んだ。
『変数X(アレクセイ閣下の感情)= LOVE(確定)』
『変数Y(私の感情)= ……』
そこでペンが止まる。
「……まだ、未確定よ。保留。……保留なんだから」
私はそう自分に言い聞かせたが、口元が勝手に緩んでしまうのを止めることはできなかった。
会場の中では、取り残された閣下が、呆気に取られつつも愛おしそうにバルコニーを見つめていた。
「……逃げ足の速いウサギだ。だが、捕まえるのも時間の問題だな」
その夜の舞踏会は、私たちにとって「ただの仕事」から「特別な夜」へと変わった分岐点となった。
二人の距離、あと一センチ。
そのわずかな隙間が埋まるのは、もう少し先の、大きな事件の後になる。
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