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「――さて。お話しいただけますか?」
薄暗い地下牢。
鉄格子の向こうで椅子に縛られているのは、王城の会計課に勤める古株の男、ガストンだ。
彼は脂汗を流し、頑なに口を閉ざしている。
「……知らぬ存ぜぬだ。俺は何もやっていない」
「往生際が悪いですね」
私は鉄格子の前に立ち、手元のファイルをパラパラとめくった。
「先日、クラーク殿下が隠れようとした書物庫から発見された『裏帳簿』。……筆跡鑑定の結果、貴方のものと一致しました」
「……!」
「中身は興味深いものでしたよ。城の備品購入費の水増し、架空の人件費の計上、そして横領した資金の送金先……」
私はファイルを閉じ、冷ややかに彼を見下ろした。
「バロン男爵。……あの誘拐事件の黒幕ですね?」
ガストンの肩がビクりと跳ねた。
そう、この男はバロン男爵と結託し、城の予算を横領していた共犯者だったのだ。
隣に立っているアレクセイ閣下が、低い声で告げた。
「証拠は揃っている。騎士団に拷問される前に、全てを吐いた方が身のためだぞ」
閣下の背後には、拷問器具を持った強面の看守たちが控えている。
しかし、ガストンはニヤリと笑った。
「へっ。証拠? 筆跡なんて似ている奴はいくらでもいる。決定的な証拠がない限り、俺は喋らないね」
彼は余裕を見せた。
「それに、俺は会計課の重鎮だぞ? 俺がいなくなれば、城の経理は回らなくなる。……俺を逮捕すれば、困るのはアンタたちだ」
なるほど。自分の立場を盾にしてきたか。
「……ふむ」
閣下が眉を寄せ、私を見た。
「ヨーネリア。どうする? 物理的に口を割らせるか?」
「いえ、野蛮ですわ閣下。血を見ると服が汚れますし、後の掃除が大変です」
私はニッコリと笑った。
「ここは私にお任せを。……彼には、肉体的な痛みよりも恐ろしい『地獄』を味わっていただきましょう」
私は看守たちに下がれと指示し、ガストンの目の前に小さな机と椅子を用意させた。
そして、そこにドサッと山のような書類を置いた。
「な、なんだこれは……?」
ガストンが不審げに見る。
「貴方が過去二十年間に担当した、全ての領収書と決算書のコピーです」
「は?」
「これから貴方には、この全ての書類の『再チェック』を行っていただきます」
私は懐から、赤ペンを取り出した。
「ただし、ただのチェックではありません。……私が『一円単位』の計算ミス、摘要欄の誤字脱字、印鑑の角度のズレに至るまで、全てを指摘します。貴方はそれを、徹夜で、一人で、全て修正印を押して書き直すのです」
「は……? 何を言って……」
「さらに」
私はファイルを机に叩きつけた。
「貴方が横領した金で購入した、愛人へのプレゼントのリスト……これも全て、奥様に郵送済みです」
「なっ……!?」
「奥様からの返信が届いていますよ。『明日、実家のお父様と弁護士を連れて面会に行きます』とのことです」
「ひぃっ!?」
ガストンの顔色が土気色になった。
「そ、それは勘弁してくれ! カミさんは怖いんだ! 実家は武闘派の伯爵家なんだぞ!」
「あら、知りませんでした。……では、尋問を続けます」
私は赤ペンをカチカチと鳴らした。
「今からこの部屋の鍵を閉めます。トイレ休憩なし、食事なし、睡眠なし。……この山のような書類のミスを全て修正し、横領の全貌を自白する報告書を書き上げるまで、ここからは出られません」
私は彼の耳元で、悪魔のように囁いた。
「これぞ、『終わらない書類整理の刑』。……精神が崩壊するのが先か、指が腱鞘炎で動かなくなるのが先か。楽しみですね?」
「や、やめろ……! そんな地味で陰湿な拷問があるか!」
「地味? いいえ、事務官にとっては最大の恐怖ですわ。……さあ、一行目から間違っていますよ? やり直し」
「ああっ!?」
私は彼の手枷を外し、ペンを握らせた。
「ほら、書いて。……書かないなら、奥様をここにお通しします」
「書く! 書きます! うわぁぁぁん!」
ガストンは泣きながらペンを走らせ始めた。
「平成二十年の三月……三百円のズレ……ううっ、細かい! 目がチカチカするぅ!」
「字が汚い。書き直し」
「ひぃぃぃ! すみませんんん!」
その光景を見ていたアレクセイ閣下が、ドン引きしていた。
「……ヨーネリア。君、本当に悪魔だな」
「お褒めいただき光栄です。悪役令嬢たるもの、敵の弱点を的確に突き、最小のコストで最大の自白を引き出すのが嗜みですので」
一時間後。
ガストンは完全に心が折れ、横領の全貌、共犯者の名前、隠し口座の暗証番号まで、全てを綺麗に清書した報告書を提出した。
「……もう許してください。田舎に帰って農業します……」
「結構。ですが、まずは刑務所でその計算能力を活かして、囚人たちの作業日報のチェック係でもなさい」
私は冷たく言い放ち、報告書を回収した。
「一件落着ですね、閣下」
「……ああ。君を敵に回すとどうなるか、改めて骨身に沁みたよ」
閣下は少し顔を引きつらせながらも、私の肩を抱いた。
「だが、これで城内の膿は出し切れた。……君のおかげだ」
「どういたしまして。……あ、ちなみに」
私は報告書の最後の一枚を指差した。
「彼、クラーク殿下の『お小遣い帳』の改竄も手伝っていたようです。『国民への寄付』という名目で、新作のおもちゃを買っていた形跡が」
「……あの馬鹿王子、便所掃除だけでは足りんようだな」
閣下の目に、再び殺意の炎が灯った。
こうして、私の「事務的拷問」によって事件は解決し、平和が訪れた……かのように見えた。
しかし、ガストンが最後に吐いた言葉が、新たな波乱を呼ぶことになる。
『……気をつけろ。城にはもう一人、俺なんかよりヤバい奴がいる』
『そいつは隣国のスパイなんかじゃない……もっと、上からの監視者だ』
その言葉の意味を、私たちが知るのはもう少し先の話である。
薄暗い地下牢。
鉄格子の向こうで椅子に縛られているのは、王城の会計課に勤める古株の男、ガストンだ。
彼は脂汗を流し、頑なに口を閉ざしている。
「……知らぬ存ぜぬだ。俺は何もやっていない」
「往生際が悪いですね」
私は鉄格子の前に立ち、手元のファイルをパラパラとめくった。
「先日、クラーク殿下が隠れようとした書物庫から発見された『裏帳簿』。……筆跡鑑定の結果、貴方のものと一致しました」
「……!」
「中身は興味深いものでしたよ。城の備品購入費の水増し、架空の人件費の計上、そして横領した資金の送金先……」
私はファイルを閉じ、冷ややかに彼を見下ろした。
「バロン男爵。……あの誘拐事件の黒幕ですね?」
ガストンの肩がビクりと跳ねた。
そう、この男はバロン男爵と結託し、城の予算を横領していた共犯者だったのだ。
隣に立っているアレクセイ閣下が、低い声で告げた。
「証拠は揃っている。騎士団に拷問される前に、全てを吐いた方が身のためだぞ」
閣下の背後には、拷問器具を持った強面の看守たちが控えている。
しかし、ガストンはニヤリと笑った。
「へっ。証拠? 筆跡なんて似ている奴はいくらでもいる。決定的な証拠がない限り、俺は喋らないね」
彼は余裕を見せた。
「それに、俺は会計課の重鎮だぞ? 俺がいなくなれば、城の経理は回らなくなる。……俺を逮捕すれば、困るのはアンタたちだ」
なるほど。自分の立場を盾にしてきたか。
「……ふむ」
閣下が眉を寄せ、私を見た。
「ヨーネリア。どうする? 物理的に口を割らせるか?」
「いえ、野蛮ですわ閣下。血を見ると服が汚れますし、後の掃除が大変です」
私はニッコリと笑った。
「ここは私にお任せを。……彼には、肉体的な痛みよりも恐ろしい『地獄』を味わっていただきましょう」
私は看守たちに下がれと指示し、ガストンの目の前に小さな机と椅子を用意させた。
そして、そこにドサッと山のような書類を置いた。
「な、なんだこれは……?」
ガストンが不審げに見る。
「貴方が過去二十年間に担当した、全ての領収書と決算書のコピーです」
「は?」
「これから貴方には、この全ての書類の『再チェック』を行っていただきます」
私は懐から、赤ペンを取り出した。
「ただし、ただのチェックではありません。……私が『一円単位』の計算ミス、摘要欄の誤字脱字、印鑑の角度のズレに至るまで、全てを指摘します。貴方はそれを、徹夜で、一人で、全て修正印を押して書き直すのです」
「は……? 何を言って……」
「さらに」
私はファイルを机に叩きつけた。
「貴方が横領した金で購入した、愛人へのプレゼントのリスト……これも全て、奥様に郵送済みです」
「なっ……!?」
「奥様からの返信が届いていますよ。『明日、実家のお父様と弁護士を連れて面会に行きます』とのことです」
「ひぃっ!?」
ガストンの顔色が土気色になった。
「そ、それは勘弁してくれ! カミさんは怖いんだ! 実家は武闘派の伯爵家なんだぞ!」
「あら、知りませんでした。……では、尋問を続けます」
私は赤ペンをカチカチと鳴らした。
「今からこの部屋の鍵を閉めます。トイレ休憩なし、食事なし、睡眠なし。……この山のような書類のミスを全て修正し、横領の全貌を自白する報告書を書き上げるまで、ここからは出られません」
私は彼の耳元で、悪魔のように囁いた。
「これぞ、『終わらない書類整理の刑』。……精神が崩壊するのが先か、指が腱鞘炎で動かなくなるのが先か。楽しみですね?」
「や、やめろ……! そんな地味で陰湿な拷問があるか!」
「地味? いいえ、事務官にとっては最大の恐怖ですわ。……さあ、一行目から間違っていますよ? やり直し」
「ああっ!?」
私は彼の手枷を外し、ペンを握らせた。
「ほら、書いて。……書かないなら、奥様をここにお通しします」
「書く! 書きます! うわぁぁぁん!」
ガストンは泣きながらペンを走らせ始めた。
「平成二十年の三月……三百円のズレ……ううっ、細かい! 目がチカチカするぅ!」
「字が汚い。書き直し」
「ひぃぃぃ! すみませんんん!」
その光景を見ていたアレクセイ閣下が、ドン引きしていた。
「……ヨーネリア。君、本当に悪魔だな」
「お褒めいただき光栄です。悪役令嬢たるもの、敵の弱点を的確に突き、最小のコストで最大の自白を引き出すのが嗜みですので」
一時間後。
ガストンは完全に心が折れ、横領の全貌、共犯者の名前、隠し口座の暗証番号まで、全てを綺麗に清書した報告書を提出した。
「……もう許してください。田舎に帰って農業します……」
「結構。ですが、まずは刑務所でその計算能力を活かして、囚人たちの作業日報のチェック係でもなさい」
私は冷たく言い放ち、報告書を回収した。
「一件落着ですね、閣下」
「……ああ。君を敵に回すとどうなるか、改めて骨身に沁みたよ」
閣下は少し顔を引きつらせながらも、私の肩を抱いた。
「だが、これで城内の膿は出し切れた。……君のおかげだ」
「どういたしまして。……あ、ちなみに」
私は報告書の最後の一枚を指差した。
「彼、クラーク殿下の『お小遣い帳』の改竄も手伝っていたようです。『国民への寄付』という名目で、新作のおもちゃを買っていた形跡が」
「……あの馬鹿王子、便所掃除だけでは足りんようだな」
閣下の目に、再び殺意の炎が灯った。
こうして、私の「事務的拷問」によって事件は解決し、平和が訪れた……かのように見えた。
しかし、ガストンが最後に吐いた言葉が、新たな波乱を呼ぶことになる。
『……気をつけろ。城にはもう一人、俺なんかよりヤバい奴がいる』
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