悪役令嬢、婚約破棄に「御意」と答えて即帰宅。

ちゃっぴー

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「――クラーク・フォン・グランヴェル。其方を本日付けで廃嫡とし、王位継承権を剥奪する」

王城、謁見の間。

国王陛下の重々しい声が響き渡った。

玉座の前で跪いているのは、やつれ果てたクラーク殿下だ。

ここ一ヶ月、トイレ掃除という過酷な労働(殿下比)に従事させられた結果、彼の手は荒れ、以前のような傲慢な表情は消え失せていた。

「……はい。謹んでお受けいたします」

殿下は力なく頭を下げた。

「僕は無能でした。条約書にコーヒーをこぼし、それを隠そうとし、あろうことかヨーネリアに尻拭いをさせ……王となる資格など、欠片もありませんでした」

殊勝な態度だ。

トイレ掃除は人の心を清めるのだろうか。

陛下の横に控えるアレクセイ閣下が、冷徹に告げる。

「本来なら国外追放ですが、ヨーネリア嬢の嘆願により『平民への降格』に留めます。……感謝するのですな」

「ありがとう、アレクセイ。そして……ごめんよ、ヨーネリア」

殿下はチラリと私を見た。

その目は、捨てられた子犬のように潤んでいる。

「君の言う通りだった。僕は君に守られていただけの、ただの飾り物だったんだ」

「……気づくのが遅すぎます」

私は淡々と返した。

「ですが、気づかないまま国を滅ぼすよりはマシです。平民として、一からやり直してください。……掃除のスキルは身についたようですし、清掃業者なら即戦力になれますよ」

「ううっ……トイレはもう見たくないよぉ……」

殿下は泣き崩れた。

これで一件落着。

……と、誰もが思ったその時だった。

「――では、陛下。最終報告をさせていただきます」

凛とした声が、静寂を切り裂いた。

声の主は、殿下の隣で小さくなっていたはずのミーナ様だ。

彼女はスッと立ち上がると、ドレスの裾を翻し、陛下に向かって深々と一礼した。

「えっ? ミーナ……?」

殿下が涙目で顔を上げる。

「な、何をしているんだい? 君は関係ないよ。座っていなさい」

「黙りなさい、元・殿下」

「ひっ」

ミーナ様の声色が、いつもの「ふわふわボイス」から「ドスの利いた低音」に変わった。

彼女は懐から、分厚い革張りの手帳を取り出した。

「クラーク殿下の観察記録、および適性検査の結果をご報告します。……結論から申し上げますと、『王としての資質ゼロ』。いえ、マイナスです」

「な、なに……?」

会場がざわめく。

私は眉をひそめた。あの手帳、彼女がいつも「推し活動」に使っていたメモ帳ではないか?

陛下が重々しく頷いた。

「うむ。ご苦労だったな、監査官ミーナ」

「監査官!?」

殿下と私が同時に叫んだ。

「陛下、どういうことですか?」

私が尋ねると、陛下は苦笑した。

「実はな、我が国には古くから『王配選定の儀』と同時に行われる『王族監査制度』があるのだ。婚約者候補の中に一人、王家の密偵(監査官)を紛れ込ませ、王太子の素行を内側からチェックさせるという……」

「そ、それがミーナだったのか!?」

殿下が絶叫した。

「そ、そんな! 君はドジで、何もできなくて、僕のことを『すごーい!』って褒めてくれるだけの女の子じゃ……」

「演技です」

ミーナ様は真顔で言い放った。

「『何もできない女』を演じていれば、殿下の油断を誘えますから。……それにしても、貴方はチョロすぎました。私が『すごーい』と言うたびに鼻の下を伸ばして、機密情報をペラペラ喋るんですもの。監査が楽で助かりましたわ」

「ガーン……!!」

殿下はショックで石化した。

ミーナ様は手帳を開き、ペラペラとめくった。

「四月三日、公務をサボって昼寝。減点五十。五月十日、予算会議中に落書き。減点三十。……そして先日の条約書汚損事件。あれで決定打です。評価は『F(不可)』。廃棄処分が妥当かと」

辛辣すぎる。

しかし、ミーナ様はそこでパタンと手帳を閉じ、クルリと私の方を向いた。

その瞳が、いつもの「キラキラモード」に変わる。

「ですが! この監査任務において、私は一人の『真の王』を見出しました!」

嫌な予感がする。

私の背筋に悪寒が走った。

ミーナ様は両手を広げ、高らかに叫んだ。

「ヨーネリア・フォン・エッセン様! 彼女こそが、この国の王に相応しいお方です!!」

「……は?」

「見てください、このスコアを!」

ミーナ様は手帳を掲げた。

「決断力、SSS! 事務処理能力、測定不能(神レベル)! カリスマ性、悪役令嬢級! そして何より、あのダメ王子をここまで更生させた指導力! ……彼女以外に、誰がこの国を任せられるというのですか!」

「いや、ちょっと待ちなさい」

私が止めようとするが、ミーナ様は止まらない。

「陛下! 私は提案します! クラーク殿下を廃嫡する代わりに、ヨーネリア様を次期女王として迎えるべきです! 彼女が玉座に座れば、我が国のGDPは三年で五倍になります!」

「GDP五倍……」

陛下がゴクリと喉を鳴らした。

「悪くない……。いや、むしろ魅力的だ。ヨーネリア嬢の有能さは、アレクセイからも聞いている」

陛下の目が、獲物を狙う商人の目になった。

「ヨーネリア嬢。どうだ? 王家に入らないか? アレクセイを王配(夫)にすれば、最強の政権が誕生するぞ」

「お断りします!!」

私は即答した。全力で。

「王妃とか女王とか、冗談じゃありません! 王城という巨大なブラック企業のトップになれと言うのですか!? 過労死します!」

「週休三日を保証しよう」

「信用できません! アレクセイ閣下を見ていれば分かります。この国のトップ層はワーカホリックの巣窟です!」

私は閣下を見た。

「閣下! なんとか言ってください! 私を過労死させる気ですか!」

しかし、閣下は腕を組んで考え込んでいた。

「……ふむ。ヨーネリアが女王か。悪くない響きだ」

「閣下!?」

「君が頂点に立ち、私がその下で実務を取り仕切る。……君の命令なら、私はどんな汚れ仕事でも喜んで遂行するだろう。……ゾクゾクするな」

「ドMですか貴方は! 目を覚ましなさい!」

この男、私に関することになると判断能力がバグる。

ミーナ様が追い討ちをかける。

「そうです! 女王ヨーネリア万歳! 私はその靴を磨く係に立候補します!」

「却下だ! 全員正気に戻れ!」

私は叫んだ。

これはまずい。非常にまずい。

「悪役令嬢」としての汚名は晴らせたが、今度は「有能すぎて王位を押し付けられる」という新たなバッドエンド・フラグが立ってしまった。

(逃げなきゃ……!)

私の脳内コンピューターが、緊急脱出ルートを検索し始めた。

「……陛下。その件は持ち帰って検討させていただきます(永久に)。本日はこれにて!」

私はカーテシーもそこそこに、踵を返した。

「あ、待ってくださいヨーネリア様!」

「逃がすな! 国の宝だ!」

「ヨーネリア、待て! 女王になったら僕を養ってくれ!」

背後から追ってくる、狂信者(ミーナ)、労働の鬼(陛下)、寄生虫(元王子)。

「絶対にお断りですーーっ!!」

私はドレスの裾をまくり上げ、謁見の間を全力疾走で逃げ出した。

アレクセイ閣下だけが、その背中を愛おしそうに見つめながら呟いた。

「……やはり、逃げ足の速いウサギだ。だが、王城の出口は全て封鎖済みだぞ?」

私の「自由への逃走」は、まだ始まったばかりである。
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