断罪中にお腹が鳴る!食欲に正直に生きたら騎士団長に胃袋を掴まれました

ちゃっぴー

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「……じーっ」


「……。おい、いい加減にしろ。人の咀嚼をそんなに熱心に観察するな」


騎士団演習場の奥にある、簡素な休憩室。
サイラスは、ミミルが持参したハニーマスタードチキンサンドを手に、眉間に深い皺を刻んでいた。
目の前では、公爵令嬢が身を乗り出し、獲物を狙う猛禽類のような目で彼の口元を見つめている。


「申し訳ございません。ですが、サイラス様が咀嚼されるたびに動く、その顎のラインと側頭筋の連動……。芸術点、満点ですわ! パンを噛み切る際の、その絶妙な力加減! もはやこれは、一つの演武ですわね!」


「……貴様、本当に頭は大丈夫か。昨日、王子に捨てられたショックで、脳のどこかが焼けたのではないか?」


「失礼な。焼けたのは、昨日のステーキの表面だけですわ。今の私は、かつてないほど冷静にサイラス様の美しさを分析しております」


ミミルはそう言いながら、自分用のサンドイッチを豪快に一口齧った。
もぐもぐと頬を膨らませるその姿は、およそ「氷の毒婦」とは程遠い、リスのような愛嬌がある。


「ふう……。それにしても、サイラス様。お口に合いましたかしら? そちらのソース、隠し味にハチミツを贅沢に使っておりますの」


「…………悪くない。鶏肉の火入れも適切だ。騎士団の食堂も見習ってほしいものだ」


「あら、嬉しい! では明日からは、私の専属シェフに騎士団のメニュー監修をさせましょうか? もちろん、代価はサイラス様の『本日の一ポーズ』ということで!」


「却下だ。そんな不純な動議、騎士団の歴史に泥を塗る」


サイラスは最後の一切れを口に放り込むと、備え付けの水を一気に飲み干した。
その際、力強く動く喉仏を見て、ミミルは「ご馳走様です」と心の中で拝んだ。


「……時に、ラングレー嬢。一つ聞きたい」


「何かしら? スリーサイズでしたら、今のところウエストは食後でプラス三センチですわよ」


「そんなことは聞いていない。……貴様、王宮では随分とカレン嬢を虐げ、殿下を困らせていたという噂だったが。今、目の前にいるのは、ただの食いしん坊の変質者だ。どちらが本性だ」


サイラスの射抜くような視線。
並の令嬢であれば、その威圧感に縮み上がるところだが、ミミルはケロリとしていた。


「どちらも私ですわ。カレン様に関しては……そうね、あの方が欲しがるものは、私にとっては『お腹が膨れないもの』ばかりでしたの。宝石、地位、王子の愛……。そんな形のないものを競い合うなんて、私には少々、カロリーの無駄遣いに思えたのですわ」


ミミルは指についたソースを、はしたなくもペロリと舐めた。


「私はただ、美味しいものを食べて、美しいものを愛でたいだけ。ジュリアス殿下は、私のその『食欲』と『情熱』を、冷酷な執着だと勘違いされたのでしょう。……まあ、あの方の薄い胸板を毎日見せられる苦行から解放されたのですから、感謝しているくらいですわ」


「……。お前、殿下の前でもそんな調子だったのか?」


「ええ。殿下が愛の詩を囁いている間に、私は今日の晩餐のメニューを暗唱していましたもの。……あ、もしかして、それが『無視された』と受け取られて、嫌がらせ認定されたのかしら?」


「自業自得という言葉を知っているか」


サイラスは呆れたように吐き捨てたが、その瞳に宿っていた警戒心は、いつの間にか薄れていた。
目の前の女は、毒婦などではない。
ただ、驚くほど真っ直ぐに、自分の欲求に忠実なだけなのだ。


「サイラス様。私、決めましたわ」


「……何をだ。嫌な予感しかしないが」


「今日から毎日、ここへ通いますわ! 貴方に美味しい食事を届け、私は貴方の筋肉を補給する。これぞ、完璧なWin-Winの関係ではありませんか!」


「Winなのは貴様だけだろうが! おい、勝手に決めるな!」


サイラスの抗議を無視し、ミミルは空になったバスケットを抱えて立ち上がった。
彼女の足取りは、まるでダンスを踊っているかのように軽い。


「では、明日は『牛タンの赤ワイン煮込み・サンド仕立て』を持参いたしますわね。楽しみにしていてくださいな、サイラス様!」


「待て! 牛タンだと……? それは、重くないか……?」


「ふふふ。筋肉にはタンパク質が必要ですもの。それでは、ごきげんよう!」


嵐のように去っていくミミルの背中を見送りながら、サイラスは一人、休憩室で溜息をついた。
……が、その鼻先にはまだ、先ほど食べたハニーマスタードの甘い香りが残っている。


「……明日も、来るのか」


無意識のうちに、サイラスの口角がわずかに上がったのを、見た者は誰もいなかった。
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