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「……はしたない。あんな地面に座り込んで、お肉に食らいつくなんて。公爵令嬢としての矜持はどこへ捨ててしまわれたのかしら」
騎士団演習場を見下ろす観覧席。
カレン・ベルナルド男爵令嬢は、扇で口元を隠しながら、わざとらしい溜息をついた。
その視線の先には、木箱をテーブル代わりにして、山盛りの「特製カツサンド」を頬張るミミルの姿がある。
「全くだ。あのように野蛮な姿、正視に耐えん。カレン、やはり君を正妃に選んだ私の判断は正しかったよ」
隣に立つジュリアス王子が、鼻を鳴らして同調する。
二人は今日、抜き打ちの「視察」と称して、ミミルの醜態を直接笑いものにするためにやってきたのだ。
しかし、カレンの胸中は穏やかではなかった。
(……おかしいわ。あんなに惨めな境遇になったのに、どうしてあんなに肌がツヤツヤしているの!?)
カレンの予想では、ミミルは今頃、絶望でやつれ、ボロボロの目元を隠して震えているはずだった。
だが、視界に入るミミルは、昨日の断罪劇など記憶にないかのように、実に「美味しそうに」食事を楽しんでいる。
しかも、その隣には――。
「……おい、ラングレー嬢。マスタードが頬についているぞ」
「あら! 大変ですわ! サイラス様、この貴重なソースを一滴たりとも無駄にはできません! ……あ、拭いてくださるの?」
無口で知られる騎士団長サイラスが、あろうことか自らの指で、ミミルの頬を拭ったのだ。
それだけではない。
サイラスはミミルが差し出した「おまけのポテト」を、当たり前のように口に運んでいる。
「なっ……ななな、何を……!? あのサイラス団長が、女と食べ物を分け合っているだと!?」
ジュリアスが驚愕のあまり、身を乗り出した。
カレンも、握りしめた扇をへし折りそうなほど力を込める。
(そんなはずないわ! あの団長様は、私が挨拶しても『邪魔だ、どけ』としか言わなかった鉄壁の男なのに!)
「殿下、あのような不潔な真似、見過ごせませんわ! わたくし、ミミル様を諭して参ります!」
カレンは、悲劇のヒロインのような表情を作り、足早に演習場へと降りていった。
その後ろを、怒り心頭のジュリアスが追う。
「――まあ! ミミル様、なんてことでしょう!」
カレンの鋭い声が、平和なランチタイムを切り裂いた。
ミミルは、カツサンドを口に運ぶ手を止め、ゆっくりと振り返った。
「あら、カレン様。それにジュリアス殿下も。……ごめんなさい、今は接客用の胃袋が塞がっておりますの。ご用件は、このカツサンドが胃に収まってからでもよろしいかしら?」
「ミミル! 貴様、自分の立場を分かっているのか! 婚約破棄され、公爵家の面汚しとなった身でありながら、騎士団長をたぶらかすとは!」
ジュリアスが怒鳴りつけるが、ミミルは小首を傾げるだけだ。
「たぶらかす? 失礼な。私はただ、サイラス様のバルクアップをお手伝いしているだけですわ。見てください、この上腕三頭筋。昨日よりも確実に、ソースのノリが良さそうな張り具合ですわよ」
「何をわけの分からないことを……! サイラス! 貴様もだ! こんな女に鼻の下を伸ばして、訓練を疎かにするとは何事か!」
矛先を向けられたサイラスが、ゆっくりと立ち上がった。
その威圧感に、ジュリアスが一歩後ずさる。
「……殿下。私は、頂いた食事を消費するために訓練の強度を上げているだけです。それに、このサンドイッチは非常に栄養価が高い。兵士の士気向上にも繋がっています」
「士気だと!? ただの飯ではないか!」
「ただの飯ではありませんわ、殿下。これは私の『愛』と『カロリー』の結晶ですもの」
ミミルが胸を張って言い切る。
カレンは、ここぞとばかりに攻撃を仕掛けた。
「ミミル様……本当はお辛いのでしょう? 殿下に捨てられた悲しみを、暴飲暴食で紛らわして……。わたくし、同じ女性として見ていられませんわ。そんなに空腹なら、ベルナルド家の余り物でもお届けさせましょうか?」
慈悲深い聖女を演じるカレン。
だが、ミミルは彼女を憐れむような目で見つめ返した。
「……カレン様。お言葉ですが、ベルナルド家の余り物では、私のこの『推しへの情熱』は満たせませんわ。それに、貴女、少しお顔が浮腫んでいらっしゃいません?」
「えっ……? ふ、浮腫んで……?」
「ええ。きっと、殿下の横で少食を装うあまり、深夜にこっそりお砂糖たっぷりのお菓子を食べていらっしゃるのね。分かりますわ、そのストレス。でも、我慢は体に毒ですわよ? ほら、この特製カツ、一切れ差し上げましょうか?」
「なっ……な、なな、なんですって!? わたくしが深夜にお菓子を!? デタラメを言わないで!」
カレンの顔が真っ赤に染まる。
実際、彼女はジュリアスの前で「小鳥のような食事」を演じる反動で、毎晩自室でクッキーをドカ食いしていたのだ。
「図星ですわね。カレン様、幸せを掴むにはまず、自分の胃袋に正直になることですわ。……殿下、あとのことはお任せしますわね。私はサイラス様と、午後の『背筋鑑賞会』の約束がありますので」
「待て! ミミル! 話はまだ終わって――」
「殿下、しつこい男はカロリーが低い割に胸焼けがしますわよ。お気をつけて」
ミミルは、完璧な淑女の微笑みを浮かべ、サイラスと共に再び訓練場の奥へと消えていった。
後に残されたのは、図星を突かれてプルプルと震えるカレンと、かつての婚約者に「低カロリーな男」と断じられたショックで立ち尽くすジュリアスだけだった。
(おかしいわ……。私が勝者のはずなのに、どうしてこんなに惨めな気持ちなの!?)
カレンの計算は、ミミルの「底なしのポジティブ(と食欲)」を前に、完膚なきまでに崩れ去ったのである。
騎士団演習場を見下ろす観覧席。
カレン・ベルナルド男爵令嬢は、扇で口元を隠しながら、わざとらしい溜息をついた。
その視線の先には、木箱をテーブル代わりにして、山盛りの「特製カツサンド」を頬張るミミルの姿がある。
「全くだ。あのように野蛮な姿、正視に耐えん。カレン、やはり君を正妃に選んだ私の判断は正しかったよ」
隣に立つジュリアス王子が、鼻を鳴らして同調する。
二人は今日、抜き打ちの「視察」と称して、ミミルの醜態を直接笑いものにするためにやってきたのだ。
しかし、カレンの胸中は穏やかではなかった。
(……おかしいわ。あんなに惨めな境遇になったのに、どうしてあんなに肌がツヤツヤしているの!?)
カレンの予想では、ミミルは今頃、絶望でやつれ、ボロボロの目元を隠して震えているはずだった。
だが、視界に入るミミルは、昨日の断罪劇など記憶にないかのように、実に「美味しそうに」食事を楽しんでいる。
しかも、その隣には――。
「……おい、ラングレー嬢。マスタードが頬についているぞ」
「あら! 大変ですわ! サイラス様、この貴重なソースを一滴たりとも無駄にはできません! ……あ、拭いてくださるの?」
無口で知られる騎士団長サイラスが、あろうことか自らの指で、ミミルの頬を拭ったのだ。
それだけではない。
サイラスはミミルが差し出した「おまけのポテト」を、当たり前のように口に運んでいる。
「なっ……ななな、何を……!? あのサイラス団長が、女と食べ物を分け合っているだと!?」
ジュリアスが驚愕のあまり、身を乗り出した。
カレンも、握りしめた扇をへし折りそうなほど力を込める。
(そんなはずないわ! あの団長様は、私が挨拶しても『邪魔だ、どけ』としか言わなかった鉄壁の男なのに!)
「殿下、あのような不潔な真似、見過ごせませんわ! わたくし、ミミル様を諭して参ります!」
カレンは、悲劇のヒロインのような表情を作り、足早に演習場へと降りていった。
その後ろを、怒り心頭のジュリアスが追う。
「――まあ! ミミル様、なんてことでしょう!」
カレンの鋭い声が、平和なランチタイムを切り裂いた。
ミミルは、カツサンドを口に運ぶ手を止め、ゆっくりと振り返った。
「あら、カレン様。それにジュリアス殿下も。……ごめんなさい、今は接客用の胃袋が塞がっておりますの。ご用件は、このカツサンドが胃に収まってからでもよろしいかしら?」
「ミミル! 貴様、自分の立場を分かっているのか! 婚約破棄され、公爵家の面汚しとなった身でありながら、騎士団長をたぶらかすとは!」
ジュリアスが怒鳴りつけるが、ミミルは小首を傾げるだけだ。
「たぶらかす? 失礼な。私はただ、サイラス様のバルクアップをお手伝いしているだけですわ。見てください、この上腕三頭筋。昨日よりも確実に、ソースのノリが良さそうな張り具合ですわよ」
「何をわけの分からないことを……! サイラス! 貴様もだ! こんな女に鼻の下を伸ばして、訓練を疎かにするとは何事か!」
矛先を向けられたサイラスが、ゆっくりと立ち上がった。
その威圧感に、ジュリアスが一歩後ずさる。
「……殿下。私は、頂いた食事を消費するために訓練の強度を上げているだけです。それに、このサンドイッチは非常に栄養価が高い。兵士の士気向上にも繋がっています」
「士気だと!? ただの飯ではないか!」
「ただの飯ではありませんわ、殿下。これは私の『愛』と『カロリー』の結晶ですもの」
ミミルが胸を張って言い切る。
カレンは、ここぞとばかりに攻撃を仕掛けた。
「ミミル様……本当はお辛いのでしょう? 殿下に捨てられた悲しみを、暴飲暴食で紛らわして……。わたくし、同じ女性として見ていられませんわ。そんなに空腹なら、ベルナルド家の余り物でもお届けさせましょうか?」
慈悲深い聖女を演じるカレン。
だが、ミミルは彼女を憐れむような目で見つめ返した。
「……カレン様。お言葉ですが、ベルナルド家の余り物では、私のこの『推しへの情熱』は満たせませんわ。それに、貴女、少しお顔が浮腫んでいらっしゃいません?」
「えっ……? ふ、浮腫んで……?」
「ええ。きっと、殿下の横で少食を装うあまり、深夜にこっそりお砂糖たっぷりのお菓子を食べていらっしゃるのね。分かりますわ、そのストレス。でも、我慢は体に毒ですわよ? ほら、この特製カツ、一切れ差し上げましょうか?」
「なっ……な、なな、なんですって!? わたくしが深夜にお菓子を!? デタラメを言わないで!」
カレンの顔が真っ赤に染まる。
実際、彼女はジュリアスの前で「小鳥のような食事」を演じる反動で、毎晩自室でクッキーをドカ食いしていたのだ。
「図星ですわね。カレン様、幸せを掴むにはまず、自分の胃袋に正直になることですわ。……殿下、あとのことはお任せしますわね。私はサイラス様と、午後の『背筋鑑賞会』の約束がありますので」
「待て! ミミル! 話はまだ終わって――」
「殿下、しつこい男はカロリーが低い割に胸焼けがしますわよ。お気をつけて」
ミミルは、完璧な淑女の微笑みを浮かべ、サイラスと共に再び訓練場の奥へと消えていった。
後に残されたのは、図星を突かれてプルプルと震えるカレンと、かつての婚約者に「低カロリーな男」と断じられたショックで立ち尽くすジュリアスだけだった。
(おかしいわ……。私が勝者のはずなのに、どうしてこんなに惨めな気持ちなの!?)
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