断罪中にお腹が鳴る!食欲に正直に生きたら騎士団長に胃袋を掴まれました

ちゃっぴー

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「……ラングレー嬢。少し、時間はあるか」


訓練終わりの夕暮れ時。
いつものように演習場の隅で「サイラス様の汗拭きタオルになりたい」という不敬な看板(自作)を掲げていたミミルのもとに、当の本人が歩み寄ってきた。


「サイラス様! もちろんですわ! 私の時間はすべて、貴方の筋肉の成長を見守るために捧げられていますもの。……あ、もしかして、次の差し入れのリクエストかしら?」


「いや、そうではない。……貴様、この街の『菓子屋』に詳しいと言っていたな」


サイラスは周囲を気にするように視線を泳がせ、声を潜めた。
その耳の先が、夕日のせいか、あるいは別の理由か、ほんのりと赤い。


「ええ、もちろんですわ。私の胃袋は、この王都にあるすべてのパティスリーの地図を網羅しております。……それが何か?」


「……実を言うと、近々、部下の妹の誕生日に贈る菓子を探していてな。だが、俺のような男が一人で甘味処に入るのは……その、落ち着かん」


サイラスは不器用そうに首筋を掻いた。
その仕草で浮き上がる前腕の血管に、ミミルの視線が吸い寄せられる。


(……なんですって? これは、いわゆる『お店を案内してほしい』という名の、エスコートの打診!? 二人きりで甘いものを囲む……それって、世間一般では『デート』と呼ぶのではありませんか!?)


ミミルの脳内では、すでに結婚式の披露宴メニュー(牛の丸焼き付き)の選定が始まっていた。


「お任せください、サイラス様! その重大な任務、この食の探求者ミミルが、命……いえ、お腹を懸けて完遂させてみせますわ! さあ、今すぐ参りましょう! 日が暮れる前に、最高のタルトを捕獲するのです!」


「ま、待て。今すぐか? ……おい、引っ張るな」


ミミルはサイラスの逞しい腕(触り心地は最高級のラバーのようだった)を掴み、猛烈な勢いで街へと連れ出した。


やってきたのは、王都でも一、二を争う人気カフェ『ラ・シュクル』。
パステルカラーの装飾が施された可愛らしい店内に、銀色の鎧を纏ったままの巨大な騎士団長と、目が血走った公爵令嬢が足を踏み入れる。


「いらっしゃいま――。……ひっ、さ、サイラス団長!? な、何か不備でもございましたでしょうか!」


店員が震え上がるのも無理はない。
「鉄血の守護者」が、今にも剣を抜きそうな険しい顔(ただ緊張しているだけである)で店内に立っているのだから。


「……気にしないでちょうだい。この方は今日、私の『護衛』兼『お食事相手』ですわ。一番奥の、筋肉がよく映える……いえ、日当たりの良い席をお願いします」


ミミルは優雅に店員をあしらい、サイラスを席に座らせた。
目の前に並ぶのは、季節の果物をふんだんに使った色とりどりのケーキ。


「さあ、サイラス様! まずはこの『完熟苺のミルフィーユ』から攻めましょう! パイ生地の層の重なりが、まるで貴方の鍛え抜かれた腹筋のようですわ!」


「……。例えが食欲を削ぐぞ。……。だが、これは確かに、美味そうだな」


サイラスは小さなフォークを、その大きな手で器用に操った。
一口、ミルフィーユを口に運ぶ。
その瞬間、彼の眉間の皺がふわりと解け、瞳にトロンとした光が宿った。


「…………美味い。このクリームの甘さと、苺の酸味。……疲れた体に、染み渡るようだ」


「(キターーーッ!! サイラス様の『甘味悦楽顔』、頂きましたわ!!)」


ミミルは心の中でガッツポーズを決めつつ、自分も『特大モンブラン』を口に放り込んだ。


「んん~っ! 栗の濃厚な風味が鼻に抜けますわ! これを食べながらサイラス様を眺める……。ああ、これ以上の贅沢がこの世にあるかしら!」


「……。ラングレー嬢、お前、さっきから俺の顔ばかり見て、自分のケーキを味わっているのか?」


「味わっていますわよ! 味覚はモンブラン、視覚はサイラス様。五感すべてを使って、この『デート』をフルコースで楽しんでおりますの!」


「……デート、だと?」


サイラスがフォークを止めた。
その顔は、今や苺よりも赤くなっている。


「……勘違いするな。俺はただ、贈り物の下見に……」


「あら、下見でも何でも、男女がケーキを分け合えば、それは立派なデートですわ。……それとも、私と一緒では不満かしら?」


ミミルは、わざとらしく少しだけ眉を下げ、上目遣いでサイラスを見つめた。
これでも元・婚約破棄される予定の悪役令嬢。
「しおらしい美少女」を演じる技術(ただし胃袋は満腹)は持っている。


「……。不満なわけがあるか。貴様といると、その……毒気が抜ける。王子とのことで、もっと沈んでいるかと思っていたが……」


「殿下のことは、もう消化済みですわ。……それより、サイラス様。お口にクリームがついていますわよ」


ミミルは身を乗り出し、ハンカチで彼の口元をそっと拭った。
数日前、彼にされたことの意趣返しだ。


「……っ! ……自分でやる」


サイラスは慌てて顔を背けたが、その態度は明らかに動揺していた。
普段、戦場で千の敵を相手にする男が、一人の食いしん坊令嬢に翻弄されている。


「ふふふ。では、次はあちらのショコラ専門店へ参りましょうか? 部下の方の妹さんのため……ではなく、サイラス様の『本当の好み』を、私がじっくりと鑑定して差し上げますわ!」


「……。ほどほどにしろよ、ミミル」


さらりと名前で呼ばれたことに、ミミルの心臓が跳ね上がった。
(……今、名前で呼びましたわね!? これは、デザートどころかメインディッシュに突入する勢いですわ!)


夕暮れの王都。
美味しい香りと、少しの甘い緊張感に包まれながら、二人の「自称・下見、他称・デート」は続いていく。
ミミルの胃袋と恋心は、かつてないほどの満腹感へ向かって加速していた。
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