11 / 28
11
しおりを挟む
「……ラングレー嬢。少し、時間はあるか」
訓練終わりの夕暮れ時。
いつものように演習場の隅で「サイラス様の汗拭きタオルになりたい」という不敬な看板(自作)を掲げていたミミルのもとに、当の本人が歩み寄ってきた。
「サイラス様! もちろんですわ! 私の時間はすべて、貴方の筋肉の成長を見守るために捧げられていますもの。……あ、もしかして、次の差し入れのリクエストかしら?」
「いや、そうではない。……貴様、この街の『菓子屋』に詳しいと言っていたな」
サイラスは周囲を気にするように視線を泳がせ、声を潜めた。
その耳の先が、夕日のせいか、あるいは別の理由か、ほんのりと赤い。
「ええ、もちろんですわ。私の胃袋は、この王都にあるすべてのパティスリーの地図を網羅しております。……それが何か?」
「……実を言うと、近々、部下の妹の誕生日に贈る菓子を探していてな。だが、俺のような男が一人で甘味処に入るのは……その、落ち着かん」
サイラスは不器用そうに首筋を掻いた。
その仕草で浮き上がる前腕の血管に、ミミルの視線が吸い寄せられる。
(……なんですって? これは、いわゆる『お店を案内してほしい』という名の、エスコートの打診!? 二人きりで甘いものを囲む……それって、世間一般では『デート』と呼ぶのではありませんか!?)
ミミルの脳内では、すでに結婚式の披露宴メニュー(牛の丸焼き付き)の選定が始まっていた。
「お任せください、サイラス様! その重大な任務、この食の探求者ミミルが、命……いえ、お腹を懸けて完遂させてみせますわ! さあ、今すぐ参りましょう! 日が暮れる前に、最高のタルトを捕獲するのです!」
「ま、待て。今すぐか? ……おい、引っ張るな」
ミミルはサイラスの逞しい腕(触り心地は最高級のラバーのようだった)を掴み、猛烈な勢いで街へと連れ出した。
やってきたのは、王都でも一、二を争う人気カフェ『ラ・シュクル』。
パステルカラーの装飾が施された可愛らしい店内に、銀色の鎧を纏ったままの巨大な騎士団長と、目が血走った公爵令嬢が足を踏み入れる。
「いらっしゃいま――。……ひっ、さ、サイラス団長!? な、何か不備でもございましたでしょうか!」
店員が震え上がるのも無理はない。
「鉄血の守護者」が、今にも剣を抜きそうな険しい顔(ただ緊張しているだけである)で店内に立っているのだから。
「……気にしないでちょうだい。この方は今日、私の『護衛』兼『お食事相手』ですわ。一番奥の、筋肉がよく映える……いえ、日当たりの良い席をお願いします」
ミミルは優雅に店員をあしらい、サイラスを席に座らせた。
目の前に並ぶのは、季節の果物をふんだんに使った色とりどりのケーキ。
「さあ、サイラス様! まずはこの『完熟苺のミルフィーユ』から攻めましょう! パイ生地の層の重なりが、まるで貴方の鍛え抜かれた腹筋のようですわ!」
「……。例えが食欲を削ぐぞ。……。だが、これは確かに、美味そうだな」
サイラスは小さなフォークを、その大きな手で器用に操った。
一口、ミルフィーユを口に運ぶ。
その瞬間、彼の眉間の皺がふわりと解け、瞳にトロンとした光が宿った。
「…………美味い。このクリームの甘さと、苺の酸味。……疲れた体に、染み渡るようだ」
「(キターーーッ!! サイラス様の『甘味悦楽顔』、頂きましたわ!!)」
ミミルは心の中でガッツポーズを決めつつ、自分も『特大モンブラン』を口に放り込んだ。
「んん~っ! 栗の濃厚な風味が鼻に抜けますわ! これを食べながらサイラス様を眺める……。ああ、これ以上の贅沢がこの世にあるかしら!」
「……。ラングレー嬢、お前、さっきから俺の顔ばかり見て、自分のケーキを味わっているのか?」
「味わっていますわよ! 味覚はモンブラン、視覚はサイラス様。五感すべてを使って、この『デート』をフルコースで楽しんでおりますの!」
「……デート、だと?」
サイラスがフォークを止めた。
その顔は、今や苺よりも赤くなっている。
「……勘違いするな。俺はただ、贈り物の下見に……」
「あら、下見でも何でも、男女がケーキを分け合えば、それは立派なデートですわ。……それとも、私と一緒では不満かしら?」
ミミルは、わざとらしく少しだけ眉を下げ、上目遣いでサイラスを見つめた。
これでも元・婚約破棄される予定の悪役令嬢。
「しおらしい美少女」を演じる技術(ただし胃袋は満腹)は持っている。
「……。不満なわけがあるか。貴様といると、その……毒気が抜ける。王子とのことで、もっと沈んでいるかと思っていたが……」
「殿下のことは、もう消化済みですわ。……それより、サイラス様。お口にクリームがついていますわよ」
ミミルは身を乗り出し、ハンカチで彼の口元をそっと拭った。
数日前、彼にされたことの意趣返しだ。
「……っ! ……自分でやる」
サイラスは慌てて顔を背けたが、その態度は明らかに動揺していた。
普段、戦場で千の敵を相手にする男が、一人の食いしん坊令嬢に翻弄されている。
「ふふふ。では、次はあちらのショコラ専門店へ参りましょうか? 部下の方の妹さんのため……ではなく、サイラス様の『本当の好み』を、私がじっくりと鑑定して差し上げますわ!」
「……。ほどほどにしろよ、ミミル」
さらりと名前で呼ばれたことに、ミミルの心臓が跳ね上がった。
(……今、名前で呼びましたわね!? これは、デザートどころかメインディッシュに突入する勢いですわ!)
夕暮れの王都。
美味しい香りと、少しの甘い緊張感に包まれながら、二人の「自称・下見、他称・デート」は続いていく。
ミミルの胃袋と恋心は、かつてないほどの満腹感へ向かって加速していた。
訓練終わりの夕暮れ時。
いつものように演習場の隅で「サイラス様の汗拭きタオルになりたい」という不敬な看板(自作)を掲げていたミミルのもとに、当の本人が歩み寄ってきた。
「サイラス様! もちろんですわ! 私の時間はすべて、貴方の筋肉の成長を見守るために捧げられていますもの。……あ、もしかして、次の差し入れのリクエストかしら?」
「いや、そうではない。……貴様、この街の『菓子屋』に詳しいと言っていたな」
サイラスは周囲を気にするように視線を泳がせ、声を潜めた。
その耳の先が、夕日のせいか、あるいは別の理由か、ほんのりと赤い。
「ええ、もちろんですわ。私の胃袋は、この王都にあるすべてのパティスリーの地図を網羅しております。……それが何か?」
「……実を言うと、近々、部下の妹の誕生日に贈る菓子を探していてな。だが、俺のような男が一人で甘味処に入るのは……その、落ち着かん」
サイラスは不器用そうに首筋を掻いた。
その仕草で浮き上がる前腕の血管に、ミミルの視線が吸い寄せられる。
(……なんですって? これは、いわゆる『お店を案内してほしい』という名の、エスコートの打診!? 二人きりで甘いものを囲む……それって、世間一般では『デート』と呼ぶのではありませんか!?)
ミミルの脳内では、すでに結婚式の披露宴メニュー(牛の丸焼き付き)の選定が始まっていた。
「お任せください、サイラス様! その重大な任務、この食の探求者ミミルが、命……いえ、お腹を懸けて完遂させてみせますわ! さあ、今すぐ参りましょう! 日が暮れる前に、最高のタルトを捕獲するのです!」
「ま、待て。今すぐか? ……おい、引っ張るな」
ミミルはサイラスの逞しい腕(触り心地は最高級のラバーのようだった)を掴み、猛烈な勢いで街へと連れ出した。
やってきたのは、王都でも一、二を争う人気カフェ『ラ・シュクル』。
パステルカラーの装飾が施された可愛らしい店内に、銀色の鎧を纏ったままの巨大な騎士団長と、目が血走った公爵令嬢が足を踏み入れる。
「いらっしゃいま――。……ひっ、さ、サイラス団長!? な、何か不備でもございましたでしょうか!」
店員が震え上がるのも無理はない。
「鉄血の守護者」が、今にも剣を抜きそうな険しい顔(ただ緊張しているだけである)で店内に立っているのだから。
「……気にしないでちょうだい。この方は今日、私の『護衛』兼『お食事相手』ですわ。一番奥の、筋肉がよく映える……いえ、日当たりの良い席をお願いします」
ミミルは優雅に店員をあしらい、サイラスを席に座らせた。
目の前に並ぶのは、季節の果物をふんだんに使った色とりどりのケーキ。
「さあ、サイラス様! まずはこの『完熟苺のミルフィーユ』から攻めましょう! パイ生地の層の重なりが、まるで貴方の鍛え抜かれた腹筋のようですわ!」
「……。例えが食欲を削ぐぞ。……。だが、これは確かに、美味そうだな」
サイラスは小さなフォークを、その大きな手で器用に操った。
一口、ミルフィーユを口に運ぶ。
その瞬間、彼の眉間の皺がふわりと解け、瞳にトロンとした光が宿った。
「…………美味い。このクリームの甘さと、苺の酸味。……疲れた体に、染み渡るようだ」
「(キターーーッ!! サイラス様の『甘味悦楽顔』、頂きましたわ!!)」
ミミルは心の中でガッツポーズを決めつつ、自分も『特大モンブラン』を口に放り込んだ。
「んん~っ! 栗の濃厚な風味が鼻に抜けますわ! これを食べながらサイラス様を眺める……。ああ、これ以上の贅沢がこの世にあるかしら!」
「……。ラングレー嬢、お前、さっきから俺の顔ばかり見て、自分のケーキを味わっているのか?」
「味わっていますわよ! 味覚はモンブラン、視覚はサイラス様。五感すべてを使って、この『デート』をフルコースで楽しんでおりますの!」
「……デート、だと?」
サイラスがフォークを止めた。
その顔は、今や苺よりも赤くなっている。
「……勘違いするな。俺はただ、贈り物の下見に……」
「あら、下見でも何でも、男女がケーキを分け合えば、それは立派なデートですわ。……それとも、私と一緒では不満かしら?」
ミミルは、わざとらしく少しだけ眉を下げ、上目遣いでサイラスを見つめた。
これでも元・婚約破棄される予定の悪役令嬢。
「しおらしい美少女」を演じる技術(ただし胃袋は満腹)は持っている。
「……。不満なわけがあるか。貴様といると、その……毒気が抜ける。王子とのことで、もっと沈んでいるかと思っていたが……」
「殿下のことは、もう消化済みですわ。……それより、サイラス様。お口にクリームがついていますわよ」
ミミルは身を乗り出し、ハンカチで彼の口元をそっと拭った。
数日前、彼にされたことの意趣返しだ。
「……っ! ……自分でやる」
サイラスは慌てて顔を背けたが、その態度は明らかに動揺していた。
普段、戦場で千の敵を相手にする男が、一人の食いしん坊令嬢に翻弄されている。
「ふふふ。では、次はあちらのショコラ専門店へ参りましょうか? 部下の方の妹さんのため……ではなく、サイラス様の『本当の好み』を、私がじっくりと鑑定して差し上げますわ!」
「……。ほどほどにしろよ、ミミル」
さらりと名前で呼ばれたことに、ミミルの心臓が跳ね上がった。
(……今、名前で呼びましたわね!? これは、デザートどころかメインディッシュに突入する勢いですわ!)
夕暮れの王都。
美味しい香りと、少しの甘い緊張感に包まれながら、二人の「自称・下見、他称・デート」は続いていく。
ミミルの胃袋と恋心は、かつてないほどの満腹感へ向かって加速していた。
0
あなたにおすすめの小説
一夜限りの関係だったはずなのに、責任を取れと迫られてます。
甘寧
恋愛
魔女であるシャルロッテは、偉才と呼ばれる魔導師ルイースとひょんなことから身体の関係を持ってしまう。
だがそれはお互いに同意の上で一夜限りという約束だった。
それなのに、ルイースはシャルロッテの元を訪れ「責任を取ってもらう」と言い出した。
後腐れのない関係を好むシャルロッテは、何とかして逃げようと考える。しかし、逃げれば逃げるだけ愛が重くなっていくルイース…
身体から始まる恋愛模様◎
※タイトル一部変更しました。
三度裏切られたので堪忍袋の緒が切れました
蒼黒せい
恋愛
ユーニスはブチ切れていた。外で婚外子ばかり作る夫に呆れ、怒り、もうその顔も見たくないと離縁状を突き付ける。泣いてすがる夫に三行半を付け、晴れて自由の身となったユーニスは、酒場で思いっきり羽目を外した。そこに、婚約解消をして落ちこむ紫の瞳の男が。ユーニスは、その辛気臭い男に絡み、酔っぱらい、勢いのままその男と宿で一晩を明かしてしまった。
互いにそれを無かったことにして宿を出るが、ユーニスはその見知らぬ男の子どもを宿してしまう…
※なろう・カクヨムにて同名アカウントで投稿しています
【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?
はくら(仮名)
恋愛
ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。
※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。
【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!
聖獣の卵を保護するため、騎士団長と契約結婚いたします。仮の妻なのに、なぜか大切にされすぎていて、溺愛されていると勘違いしてしまいそうです
石河 翠
恋愛
騎士団の食堂で働くエリカは、自宅の庭で聖獣の卵を発見する。
聖獣が大好きなエリカは保護を希望するが、領主に卵を預けるようにと言われてしまった。卵の保護主は、魔力や財力、社会的な地位が重要視されるというのだ。
やけになったエリカは場末の酒場で酔っ払ったあげく、通りすがりの騎士団長に契約結婚してほしいと唐突に泣きつく。すると意外にもその場で承諾されてしまった。
女っ気のない堅物な騎士団長だったはずが、妻となったエリカへの態度は甘く優しいもので、彼女は思わずときめいてしまい……。
素直でまっすぐ一生懸命なヒロインと、実はヒロインにずっと片思いしていた真面目な騎士団長の恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID749781)をお借りしております。
【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される
風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。
しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。
そんな時、隣国から王太子がやって来た。
王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。
すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。
アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。
そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。
アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。
そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】
iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる