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王都から馬車に揺られること二日。
私はついに、国境の街ベルクに到着した。
ここは隣国との貿易が盛んな宿場町であり、多様な人々が行き交う活気ある街だ。
石畳のメインストリートには屋台が並び、香ばしい串焼きの匂いが漂ってくる。
「ふう……やっと着いたわね」
私は深く帽子を被り直し、人混みに紛れながら歩を進めた。
背中のリュックには最低限の荷物と、全財産と、国家機密(裏帳簿)が入っている。
重たいけれど、心の軽さに比べれば羽毛のようなものだ。
「まずは宿を確保しないと。それから……ああ、あの屋台の焼き鳥、美味しそう!」
ジュウジュウと肉が焼ける音。
甘辛いタレの香り。
王城の食事は豪華だったけれど、毒見役が先に食べるせいでいつも冷めきっていた。
熱々の料理が食べられるなんて、それだけで涙が出そうだ。
私は屋台のおじさんに銅貨を渡し、焼き鳥を一本購入した。
行儀が悪いけれど、歩き食べだ。
パクり。
「んん~っ!」
口の中に広がる肉汁とタレのハーモニー。
これが自由の味。
これが庶民の贅沢。
「最高……!」
私は幸せを噛み締めながら、予約していた安宿『山猫亭』へと向かった。
安宿といっても、ここは温泉がついているのが売りの宿だ。
チェックインを済ませ、部屋に荷物を置くや否や、私は手ぬぐいを持って大浴場へと直行した。
「極楽、極楽~♪」
湯船に浸かり、手足を思い切り伸ばす。
天井を見上げながら、私はふと、置き去りにしてきた王都の方角を思い浮かべた。
「今頃、どうなってるかしらねぇ」
二日も経てば、さすがのギルバート殿下も事態の深刻さに気づいている頃だろう。
書類の山に埋もれて泣いているか、あるいは癇癪を起こして城中を走り回っているか。
どちらにしても傑作だ。
「まあ、誰か優秀な文官がサポートしてくれるでしょ。知らんけど」
私は無責任に呟き、お湯をバシャリとかけた。
もう私には関係ない。
明日には国境を越え、隣国へ入る。
そうすれば完全に逃げ切りだ。
「待っててね、私のスローライフ!」
私は湯気の中で高らかに宣言し、鼻歌を歌い始めた。
まさかその頃、王城で『悪魔』が動き出しているとも知らずに。
◇ ◇ ◇
王城、宰相執務室。
そこは、氷点下の静寂に包まれていた。
「……なるほど。状況は把握した」
重厚なデスクの向こうで、書類に目を通していた男が顔を上げる。
銀髪に、冷ややかな氷の瞳。
整った顔立ちは美貌と呼ぶに相応しいが、その瞳には感情の色が一切ない。
この国の若き宰相、シリウス・クライヴである。
彼は手元の報告書をパラリと放り投げた。
「つまり、ギルバート殿下がリコ嬢に婚約破棄を突きつけ、彼女はそれを受諾。即座に屋敷を出て行方知れず。そして現在、殿下の執務室は未処理の書類でパンク状態……と」
淡々とした口調が、逆に恐怖を煽る。
報告に来た文官たちは、直立不動で冷や汗を流していた。
「さ、左様にございます、閣下……」
「馬鹿なのか?」
「ひっ」
シリウスの低い声が室内に響く。
「殿下はともかく、なぜ誰も止めなかった? リコ嬢がいなくなれば、この国の行政機能の七割が停止することなど、幼児でもわかる計算だろう」
「も、申し訳ございません! 殿下が突然のことで……それにリコ様も、あまりにあっさりと……」
「あっさり、か」
シリウスは指先でデスクをトントンと叩いた。
そのリズムは、まるで死刑執行のカウントダウンのようだ。
「彼女はずっと待っていたのだよ。この瞬間をね」
「は……?」
「あの聡明なリコ嬢が、殿下のような無能に本気で惚れていると思っていたのか? 彼女にとって殿下は『手のかかる足枷』でしかなかった。婚約破棄は彼女にとって『釈放』と同義だ」
シリウスはふっと口元を緩めた。
その笑みは、美しいがどこか狂気を孕んでいた。
「ようやく鎖が外れたか。長かったな」
彼は立ち上がり、窓の外を見下ろした。
眼下には王都の街並みが広がっている。
だが、彼の視線はその遥か先、街道の方角へと向けられていた。
「閣下……? あ、あの、どうすればよろしいでしょうか。殿下は『リコを連れ戻せ! 指名手配しろ!』と叫んでおられますが」
「指名手配? 馬鹿な。そんなことをすれば、彼女は他国に亡命し、我が国の恥部を記した『裏帳簿』を外交カードとして使うだろう」
「う、裏帳簿……!?」
「彼女なら確実に持っている。王家の浪費、貴族の汚職、私の『個人的な趣味』の記録までな」
シリウスは楽しそうにクスクスと笑った。
文官たちは戦慄した。
宰相閣下の個人的な趣味……聞きたくない。絶対に聞きたくない。
「では、どうすれば……」
「放っておけ。殿下には『現在、全力で捜索中です』とでも伝えておけばいい。どうせ書類仕事から逃げたいだけだ」
「は、はい!」
「私は少し出かけてくる。数日戻らない」
シリウスはハンガーにかけてあった漆黒のマントを手に取った。
「えっ? どちらへ?」
「休暇だ。……落とし物を拾いにな」
シリウスはマントを翻し、執務室を出て行く。
廊下を歩きながら、彼は懐から一枚の地図を取り出した。
そこには、いくつかのルートに赤ペンで印がつけられている。
「東の港町はダミー。北の山越えは彼女の体力を考えれば非現実的。となれば、狙いは西。観光地を装いつつ、速やかに隣国へ抜けられるルート……」
彼の指が、地図上の一点をピタリと指し示した。
「国境の街ベルク。宿は……温泉好きの彼女なら『山猫亭』か、あるいは『白鳥の湯』あたりだろう」
シリウスの瞳が、狩人のそれに変わる。
「逃がさないよ、リコ。君は私のものだ」
彼は誰にも聞こえない声で呟いた。
「君のその類稀なる頭脳も、冷徹なまでの合理性も、そして意外と情に脆いその性格も……全て私が有効活用してあげる。まずは、そうだな……」
シリウスは懐から、魔法陣が描かれた特殊な手錠(拘束具)を取り出し、愛おしそうに撫でた。
「君を捕まえて、一生私の執務室から出られないようにしてあげよう」
王城の廊下に、背筋の凍るような冷気が走った気がして、すれ違ったメイドが悲鳴を上げて卒倒した。
◇ ◇ ◇
国境の街ベルク、宿屋『山猫亭』。
一階の酒場兼食堂は、夜になっても賑わっていた。
私は湯上がりの火照った体に、冷えたエールを流し込んでいた。
「ぷはーっ! 生き返る!」
周囲の視線など気にしない。
今の私は公爵令嬢でも王子の婚約者でもなく、ただの旅行者リコだ。
テーブルには、ソーセージの盛り合わせと、チーズのフライ。
どれもカロリーの塊だが、今夜だけは無礼講だ。
「お姉ちゃん、いい飲みっぷりだねぇ!」
相席になった赤ら顔のドワーフのおじさんが、ジョッキを掲げてくる。
「ええ、今日は記念日なんですの」
「ほう、なんの記念日だい? 誕生日か?」
「いいえ。『独立記念日』よ!」
私はジョッキをカチンと合わせた。
おじさんは豪快に笑い、私もつられて笑う。
ああ、楽しい。
こんな風に、誰にも気を使わずに笑ったのはいつぶりだろう。
王城では常に仮面を被っていた。
『完璧な婚約者』『優秀な補佐役』『冷徹な令嬢』。
どれも私であって、私ではなかった。
「もう戻らない。絶対に」
心の中で固く誓う。
エールを飲み干し、二杯目を注文しようとした、その時だった。
カランカラン、と入り口のドアベルが鳴った。
酒場の喧騒が一瞬、ふっと静まったような気がした。
冷たい風と共に、一人の男が入ってきたからだ。
漆黒のマントを目深に被り、顔は見えない。
だが、その長身と、周囲を圧するような独特の雰囲気は、ただの旅人ではないことを物語っていた。
(……何かしら、あの人)
私は少しだけ警戒して様子を伺う。
男はカウンターに近づき、マスターに何かを囁いた。
マスターが驚いたようにこちらを見る。
そして、震える指で私のテーブルを指差した。
(えっ?)
嫌な予感が背筋を駆け上がる。
男がゆっくりと振り返った。
フードの下から覗く、銀色の髪。
そして、私を射抜くような氷の瞳と目が合った。
「――みつけた」
その声を聞いた瞬間、私は酔いが一瞬で覚めた。
全身の血の気が引いていく。
ありえない。
なぜ、ここにいる?
「嘘でしょ……」
私はガタッと椅子を鳴らして立ち上がった。
男――シリウス・クライヴ宰相が、優雅な足取りでこちらに歩いてくる。
その顔には、今まで見たこともないような、極上の(そして邪悪な)笑みが張り付いていた。
「やあ、リコ嬢。奇遇だね。こんなところで会うなんて」
「……っ!」
奇遇なわけがあるか!
完全に狙ってきている!
私は反射的にリュックを掴むと、窓の方へ駆け出した。
「逃げるのかい? 食事はまだ途中じゃないか」
「食欲が失せましたの! ごきげんよう!」
私は窓枠に足をかけ、身軽に外へ飛び出した。
二階じゃなくてよかった!
着地と同時に、私は夜の闇に向かって全力疾走した。
背後で、シリウスの楽しそうな声が聞こえた気がした。
「鬼ごっこか。悪くない。……十秒数えてから追いかけてあげよう」
冗談じゃない!
私は死に物狂いで走った。
王城から逃げるよりも、この男から逃げる方が百倍難しいことを、私は本能で理解していたからだ。
国境の街の夜。
私の『優雅な逃亡生活』は、わずか二日で終わりを告げようとしていた。
私はついに、国境の街ベルクに到着した。
ここは隣国との貿易が盛んな宿場町であり、多様な人々が行き交う活気ある街だ。
石畳のメインストリートには屋台が並び、香ばしい串焼きの匂いが漂ってくる。
「ふう……やっと着いたわね」
私は深く帽子を被り直し、人混みに紛れながら歩を進めた。
背中のリュックには最低限の荷物と、全財産と、国家機密(裏帳簿)が入っている。
重たいけれど、心の軽さに比べれば羽毛のようなものだ。
「まずは宿を確保しないと。それから……ああ、あの屋台の焼き鳥、美味しそう!」
ジュウジュウと肉が焼ける音。
甘辛いタレの香り。
王城の食事は豪華だったけれど、毒見役が先に食べるせいでいつも冷めきっていた。
熱々の料理が食べられるなんて、それだけで涙が出そうだ。
私は屋台のおじさんに銅貨を渡し、焼き鳥を一本購入した。
行儀が悪いけれど、歩き食べだ。
パクり。
「んん~っ!」
口の中に広がる肉汁とタレのハーモニー。
これが自由の味。
これが庶民の贅沢。
「最高……!」
私は幸せを噛み締めながら、予約していた安宿『山猫亭』へと向かった。
安宿といっても、ここは温泉がついているのが売りの宿だ。
チェックインを済ませ、部屋に荷物を置くや否や、私は手ぬぐいを持って大浴場へと直行した。
「極楽、極楽~♪」
湯船に浸かり、手足を思い切り伸ばす。
天井を見上げながら、私はふと、置き去りにしてきた王都の方角を思い浮かべた。
「今頃、どうなってるかしらねぇ」
二日も経てば、さすがのギルバート殿下も事態の深刻さに気づいている頃だろう。
書類の山に埋もれて泣いているか、あるいは癇癪を起こして城中を走り回っているか。
どちらにしても傑作だ。
「まあ、誰か優秀な文官がサポートしてくれるでしょ。知らんけど」
私は無責任に呟き、お湯をバシャリとかけた。
もう私には関係ない。
明日には国境を越え、隣国へ入る。
そうすれば完全に逃げ切りだ。
「待っててね、私のスローライフ!」
私は湯気の中で高らかに宣言し、鼻歌を歌い始めた。
まさかその頃、王城で『悪魔』が動き出しているとも知らずに。
◇ ◇ ◇
王城、宰相執務室。
そこは、氷点下の静寂に包まれていた。
「……なるほど。状況は把握した」
重厚なデスクの向こうで、書類に目を通していた男が顔を上げる。
銀髪に、冷ややかな氷の瞳。
整った顔立ちは美貌と呼ぶに相応しいが、その瞳には感情の色が一切ない。
この国の若き宰相、シリウス・クライヴである。
彼は手元の報告書をパラリと放り投げた。
「つまり、ギルバート殿下がリコ嬢に婚約破棄を突きつけ、彼女はそれを受諾。即座に屋敷を出て行方知れず。そして現在、殿下の執務室は未処理の書類でパンク状態……と」
淡々とした口調が、逆に恐怖を煽る。
報告に来た文官たちは、直立不動で冷や汗を流していた。
「さ、左様にございます、閣下……」
「馬鹿なのか?」
「ひっ」
シリウスの低い声が室内に響く。
「殿下はともかく、なぜ誰も止めなかった? リコ嬢がいなくなれば、この国の行政機能の七割が停止することなど、幼児でもわかる計算だろう」
「も、申し訳ございません! 殿下が突然のことで……それにリコ様も、あまりにあっさりと……」
「あっさり、か」
シリウスは指先でデスクをトントンと叩いた。
そのリズムは、まるで死刑執行のカウントダウンのようだ。
「彼女はずっと待っていたのだよ。この瞬間をね」
「は……?」
「あの聡明なリコ嬢が、殿下のような無能に本気で惚れていると思っていたのか? 彼女にとって殿下は『手のかかる足枷』でしかなかった。婚約破棄は彼女にとって『釈放』と同義だ」
シリウスはふっと口元を緩めた。
その笑みは、美しいがどこか狂気を孕んでいた。
「ようやく鎖が外れたか。長かったな」
彼は立ち上がり、窓の外を見下ろした。
眼下には王都の街並みが広がっている。
だが、彼の視線はその遥か先、街道の方角へと向けられていた。
「閣下……? あ、あの、どうすればよろしいでしょうか。殿下は『リコを連れ戻せ! 指名手配しろ!』と叫んでおられますが」
「指名手配? 馬鹿な。そんなことをすれば、彼女は他国に亡命し、我が国の恥部を記した『裏帳簿』を外交カードとして使うだろう」
「う、裏帳簿……!?」
「彼女なら確実に持っている。王家の浪費、貴族の汚職、私の『個人的な趣味』の記録までな」
シリウスは楽しそうにクスクスと笑った。
文官たちは戦慄した。
宰相閣下の個人的な趣味……聞きたくない。絶対に聞きたくない。
「では、どうすれば……」
「放っておけ。殿下には『現在、全力で捜索中です』とでも伝えておけばいい。どうせ書類仕事から逃げたいだけだ」
「は、はい!」
「私は少し出かけてくる。数日戻らない」
シリウスはハンガーにかけてあった漆黒のマントを手に取った。
「えっ? どちらへ?」
「休暇だ。……落とし物を拾いにな」
シリウスはマントを翻し、執務室を出て行く。
廊下を歩きながら、彼は懐から一枚の地図を取り出した。
そこには、いくつかのルートに赤ペンで印がつけられている。
「東の港町はダミー。北の山越えは彼女の体力を考えれば非現実的。となれば、狙いは西。観光地を装いつつ、速やかに隣国へ抜けられるルート……」
彼の指が、地図上の一点をピタリと指し示した。
「国境の街ベルク。宿は……温泉好きの彼女なら『山猫亭』か、あるいは『白鳥の湯』あたりだろう」
シリウスの瞳が、狩人のそれに変わる。
「逃がさないよ、リコ。君は私のものだ」
彼は誰にも聞こえない声で呟いた。
「君のその類稀なる頭脳も、冷徹なまでの合理性も、そして意外と情に脆いその性格も……全て私が有効活用してあげる。まずは、そうだな……」
シリウスは懐から、魔法陣が描かれた特殊な手錠(拘束具)を取り出し、愛おしそうに撫でた。
「君を捕まえて、一生私の執務室から出られないようにしてあげよう」
王城の廊下に、背筋の凍るような冷気が走った気がして、すれ違ったメイドが悲鳴を上げて卒倒した。
◇ ◇ ◇
国境の街ベルク、宿屋『山猫亭』。
一階の酒場兼食堂は、夜になっても賑わっていた。
私は湯上がりの火照った体に、冷えたエールを流し込んでいた。
「ぷはーっ! 生き返る!」
周囲の視線など気にしない。
今の私は公爵令嬢でも王子の婚約者でもなく、ただの旅行者リコだ。
テーブルには、ソーセージの盛り合わせと、チーズのフライ。
どれもカロリーの塊だが、今夜だけは無礼講だ。
「お姉ちゃん、いい飲みっぷりだねぇ!」
相席になった赤ら顔のドワーフのおじさんが、ジョッキを掲げてくる。
「ええ、今日は記念日なんですの」
「ほう、なんの記念日だい? 誕生日か?」
「いいえ。『独立記念日』よ!」
私はジョッキをカチンと合わせた。
おじさんは豪快に笑い、私もつられて笑う。
ああ、楽しい。
こんな風に、誰にも気を使わずに笑ったのはいつぶりだろう。
王城では常に仮面を被っていた。
『完璧な婚約者』『優秀な補佐役』『冷徹な令嬢』。
どれも私であって、私ではなかった。
「もう戻らない。絶対に」
心の中で固く誓う。
エールを飲み干し、二杯目を注文しようとした、その時だった。
カランカラン、と入り口のドアベルが鳴った。
酒場の喧騒が一瞬、ふっと静まったような気がした。
冷たい風と共に、一人の男が入ってきたからだ。
漆黒のマントを目深に被り、顔は見えない。
だが、その長身と、周囲を圧するような独特の雰囲気は、ただの旅人ではないことを物語っていた。
(……何かしら、あの人)
私は少しだけ警戒して様子を伺う。
男はカウンターに近づき、マスターに何かを囁いた。
マスターが驚いたようにこちらを見る。
そして、震える指で私のテーブルを指差した。
(えっ?)
嫌な予感が背筋を駆け上がる。
男がゆっくりと振り返った。
フードの下から覗く、銀色の髪。
そして、私を射抜くような氷の瞳と目が合った。
「――みつけた」
その声を聞いた瞬間、私は酔いが一瞬で覚めた。
全身の血の気が引いていく。
ありえない。
なぜ、ここにいる?
「嘘でしょ……」
私はガタッと椅子を鳴らして立ち上がった。
男――シリウス・クライヴ宰相が、優雅な足取りでこちらに歩いてくる。
その顔には、今まで見たこともないような、極上の(そして邪悪な)笑みが張り付いていた。
「やあ、リコ嬢。奇遇だね。こんなところで会うなんて」
「……っ!」
奇遇なわけがあるか!
完全に狙ってきている!
私は反射的にリュックを掴むと、窓の方へ駆け出した。
「逃げるのかい? 食事はまだ途中じゃないか」
「食欲が失せましたの! ごきげんよう!」
私は窓枠に足をかけ、身軽に外へ飛び出した。
二階じゃなくてよかった!
着地と同時に、私は夜の闇に向かって全力疾走した。
背後で、シリウスの楽しそうな声が聞こえた気がした。
「鬼ごっこか。悪くない。……十秒数えてから追いかけてあげよう」
冗談じゃない!
私は死に物狂いで走った。
王城から逃げるよりも、この男から逃げる方が百倍難しいことを、私は本能で理解していたからだ。
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