婚約破棄? もちろん悲しみません。悪役令嬢ですもの。

ちゃっぴー

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「……おはようございます、シリウス様。そして、死んでください」

「おはよう、リコ。朝から情熱的な挨拶だね。だが、愛の告白にしては少し物騒じゃないかい?」

眩しい朝日の差し込む寝室。

私は、天蓋付きの豪華なベッドの端で、恨みがましい視線を隣の男に送っていた。

手首に繋がれた鎖が、シーツの上で冷たく光っている。

そうなのだ。

この『愛の逃避行防止ブレスレット』のせいで、私たちは昨夜、同じ部屋で(というか同じベッドで)眠る羽目になった。

「『半径三メートル以内』という制約は、睡眠時も適用される。私は合理的かつ効率的な判断をしたまでだよ」

「私のプライバシーという概念をどこへ捨ててきたんですか! 仕切り板一枚で済む話を、なぜ同じ毛布の中に潜り込ませようとするんですか!」

「君が夜中に逃げ出そうとして、私が感電死したら困るだろう?」

「そっち(電流)の設定、逆にしておけばよかったですわ……!」

私はボサボサの髪を掻き乱しながら、ベッドから這い出した。

体力的には回復しているが、精神的な疲労が凄まじい。

隣国へ高飛びして温泉に浸かっているはずの自分が、なぜか王都の魔王の隣で目覚める不条理。

「さあ、着替えて仕事に行こう。今日は例の『バルガス伯爵』が、君の復帰に異議を申し立てるために謁見の間に来る予定だ」

シリウスは、寝起きとは思えないほど整った動作でシャツのボタンを留め始めた。

その無駄に広い肩幅と引き締まった背中が目に入る。

(……くっ、顔だけでなく体まで無駄に良いのが腹立たしい!)

私は意識的に視線を逸らし、メイドを呼んで(というか鎖で繋がれたまま連れてこられたメイドに)着替えを手伝ってもらった。

          ◇ ◇ ◇

王城、謁見の間。

そこには、苦虫を噛み潰したような顔をした貴族たちが集まっていた。

中心にいるのは、恰幅の良い中年貴族――バルガス伯爵だ。

彼は、私とシリウスが「手を繋いで(実際は手錠で繋がれて)」入ってきたのを見るなり、大声を上げた。

「シリウス閣下! 説明していただきたい! なぜ、王子殿下を裏切り、婚約破棄された不届き者の令嬢を、閣下の補佐官などに据えているのですか!」

「不届き者、とは心外ですね」

私はシリウスの隣で、優雅に扇を広げた。

「私は殿下からの婚約破棄を正当な手続きで受理しただけ。現在はフリーの専門職として、クライヴ公爵家に雇用されている身です。文句があるなら、労働契約法に則って異議を唱えてください」

「やかましい! 女の分際で政治を私物化しおって! 閣下、この女は我が国の予算を私的に流用していたという噂もありますぞ!」

バルガス伯爵が、勝ち誇ったように指を指す。

周囲の貴族たちからも「そうだ、そうだ!」と野次が飛ぶ。

(ふふん。待っていましたわ、その展開)

私はチラリとシリウスを見た。

彼は私に「どうぞ」と顎で合図を送る。

「私的流用、ですか。……奇遇ですわね、伯爵。私も昨日、似たような記録を見つけたばかりなんです」

私は懐から、昨日シリウスに見せた『裏帳簿』――ではなく、そこから書き写した一枚の羊皮紙を取り出した。

「バルガス伯爵。去年の秋、王都の北側に建設予定だった『孤児院の支援金』……金貨五百枚が、なぜか伯爵が経営する秘密の賭博場の赤字補填に使われているようですが?」

「なっ……!?」

伯爵の顔が、みるみるうちに土気色に変わる。

「証拠ならありますわ。伯爵の愛人がつけていた家計簿、それから賭博場の裏帳簿、さらには資金洗浄に使われた商会の証言。……お聞きになります?」

「そ、そんなデタラメを……! どこでそんな情報を!」

「私の趣味は『情報収集』と『資産運用』ですの。お忘れですか? 私は八年間、この国の財布を握っていたんですよ。どの金がどこに流れて、誰の懐を温めているか……知らないとでもお思いで?」

私は一歩、彼に近づいた。

鎖がチャリ、と鳴る。

「伯爵。貴方の『私的流用』に比べれば、私の給料三倍アップなんて、可愛いものではありませんか?」

「ひ、ひぃ……っ!」

伯爵は腰を抜かし、その場に崩れ落ちた。

シリウスが冷酷な笑みを浮かべ、控えていた衛兵に命じる。

「連れて行け。公金横領および、国家反逆予備罪で取り調べだ。伯爵家の資産は全て凍結する」

「ま、待ってください! 閣下! 私は……私はただ……!」

見苦しい叫び声を上げながら、バルガス伯爵は引きずられていった。

さっきまで彼に同調していた貴族たちは、一斉に目を逸らし、蜘蛛の子を散らすように去っていく。

広くなった謁見の間で、シリウスが私の腰を抱き寄せた。

「見事な立ち回りだ、リコ。……惚れ直したよ」

「惚れ直さなくて結構です。今の仕事の成功報酬として、特別ボーナスを追加してください」

「金貨百枚でいいかい?」

「二百枚で」

「いいだろう」

シリウスは満足げに目を細めた。

この男、私を甘やかすことで、ますますこの生活から抜け出せなくさせるつもりだ。

「……さて、リコ。大きなゴミが一つ片付いたところで、次はもっと深刻な問題に取りかかろうか」

「深刻な問題?」

「ああ。……ギルバート殿下だ」

シリウスが執務室の方を指差す。

そこからは、「リコぉぉぉ! この字が読めないんだよぉぉぉ!」という、絶望的な叫び声が響いてきていた。

「あー……。あれ、殺してもいいですか?」

「残念ながら、次期国王候補だ。死なない程度に叩き直してやってくれ」

「……分かりました。教育的指導(物理)を含めて検討します」

私は拳をポキポキと鳴らしながら、鎖を引き摺って魔王の執務室へと向かった。

自由への道は遠い。

けれど、こうして誰かの鼻を明かしてやるのは、案外、私の性に合っているのかもしれない。

「さあ、シリウス様。仕事(ざまぁ)を始めましょうか」

「喜んで、私の悪役令嬢」

私たちは、地獄のような業務の山へと、足並みを揃えて飛び込んでいった。
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