悪役を演じて婚約破棄したのに、なぜか溺愛モードの王子がついてきた!

ちゃっぴー

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「ミュール様、お客様です」

別荘での優雅な午後(という名の、リナとキース様による『どちらがミュールに美味しいクッキーを食べさせるか対決』の最中)に、メイド長が静かに告げた。

「お客様?」

私は首を傾げた。

ここは事実上の「監禁場所」である。

外部の人間が、そう簡単に立ち入れる場所ではないはずだ。

「どなたかしら? リナを連れ戻しに来た騎士団の方?」

「いいえ。隣国、ガルドニア王国のヴァレリオ子爵と名乗る殿方です」

「ヴァレリオ子爵?」

聞いたことのない名前だ。

キース様とリナが顔を見合わせる。

「……誰だっけ?」

「知りません。雑魚に興味はないので」

二人の反応は冷ややかだ。

しかし、隣国の貴族がわざわざ訪ねてきたのだ。

門前払いするわけにもいかないだろう。

「お通しして」

私は居住まいを正した。

今の私は「惨めな追放者」だ。

お客様の前では、その設定を守らなければならない。

私は急いで食べかけのクッキーを隠し、表情を「薄幸の少女」モードに切り替えた。



現れたヴァレリオ子爵は、いかにも「キザ」という言葉を擬人化したような男だった。

派手な紫色のスーツに、胸元には真っ赤なバラ。

髪をこれでもかというほど撫で付け、香水の匂いをプンプンさせている。

「おお……! 噂は本当だったのですね!」

ヴァレリオ子爵は部屋に入るなり、私を見て大げさに嘆いた。

「麗しのミュール嬢が、このような辺鄙な場所(王都から30分)に幽閉されているとは! ああ、なんと痛ましい!」

彼は私の手を取ろうとしたが、瞬時にリナが杖でその手を叩き落とした。

バシッ!

「触るな、菌が移る」

「痛っ!? ……な、なんだこの無礼な子供は」

「子供ではありません。この別荘の警備主任兼、お姉様の妹です」

リナが殺気立った目で睨みつける。

しかし、ヴァレリオ子爵は気にした様子もなく、私に熱い視線を送った。

「ミュール嬢。君の『悪役令嬢』としての噂は、我が国にも届いていますよ。妹君をいじめ抜き、婚約破棄された稀代の悪女……ゾクゾクしますねぇ」

「えっ」

私は目を輝かせた。

隣国にまで噂が!?

「そ、そうですか? そんなに有名ですか、私?」

「ええ、もちろん! 『あそこまで堂々と悪事を働く令嬢は、逆に魅力的だ』と、一部のマニアの間では大人気ですよ」

「マニア……」

響きは微妙だが、悪名が轟いているのは良いことだ。

私の努力は無駄ではなかったのだ!

「それで、今日はどのようなご用件で?」

私が尋ねると、ヴァレリオ子爵はニヤリと笑い、ポケットから一枚の契約書のようなものを取り出した。

「単刀直入に言いましょう。ミュール嬢、我が国に来ませんか?」

「え?」

「君のような悪名高い女性は、この国ではもう生きられないでしょう。ですが、我が家に来れば衣食住は保証します」

「まあ! 亡命の受け入れですか?」

なんて親切な人なのだろう。

追放された悪役令嬢を拾ってくれるなんて、物語の「救済ルート」みたいだ。

しかし、ヴァレリオ子爵は舌なめずりをして続けた。

「ただし、正妻というわけにはいきませんがね。君には、私の『第五愛人』としての地位を用意しました」

「……はい?」

「愛人?」

「ええ。君のような『傷モノ』の令嬢にはお似合いでしょう? 私のコレクションの一員として、夜な夜な私を楽しませてくれれば……ひいっ!?」

ヴァレリオ子爵の言葉は、途中で悲鳴に変わった。

なぜなら、部屋の温度が急激に氷点下まで下がったからだ。

「……ほう」

低い、地を這うような声が響いた。

それまで優雅に紅茶を飲んでいたキース様が、カップをソーサーに置いた音だ。

カチャン。

その小さな音が、まるで処刑開始の合図のように聞こえた。

「おい、ゴミ虫」

キース様がゆっくりと立ち上がる。

その顔には、完璧な笑みが張り付いている。

しかし、その背後には漆黒のオーラが渦巻き、幻覚かもしれないが、黒い翼が見えるような気がした。

「今、何と言った?」

「ひっ、で、殿下!? なぜここに!?」

ヴァレリオ子爵が腰を抜かす。

彼は私が一人で幽閉されていると思っていたようだ。

「第五愛人? コレクション? ……ふふ、面白い冗談だね。僕ですら、まだミュールに指一本(健全な意味で)触れていないというのに」

キース様が一歩近づく。

床の大理石が、彼が踏みしめた場所からピキピキと音を立ててひび割れていく。

「な、なな、何をする気だ! 私は外交官特権を持って……」

「そんな紙切れ、燃やせば灰だよ」

キース様の手のひらに、青白い炎がボッと灯る。

「君の国ごと、地図から消してあげようか? 更地にして、ミュールのためのバラ園にするのも悪くない」

「ひいいいいッ!!」

「お姉様を『傷モノ』ですって?」

さらに、反対側からはリナがゆらりと近づく。

彼女の周囲には、無数の魔法陣が展開されていた。

「お姉様は新品同様……いえ、至高の芸術品です! 傷どころか、ホクロひとつに至るまで国宝級の価値があるんです!」

「そ、それはどうも……?」

「それを『第五』? ふざけるな! 『第一』でもお断りだ! お姉様の隣に立てるのは、世界で私(と、百歩譲って殿下)だけなんだよ!」

リナが杖を振り上げる。

「『ヘル・インフェルノ(地獄の業火)』と『アブソリュート・ゼロ(絶対零度)』、どっちがお好みかしら? 交互に浴びれば整うかもね!」

「や、やめろ! 化け物か貴様らーッ!」

ヴァレリオ子爵は泡を吹いて気絶寸前だ。

私は慌てて止めに入った。

「待って! 二人とも、お客様に何を!」

「ミュール、下がっていなさい。これは害虫駆除だ」

「お姉様、汚れますから目をつぶっていてください」

二人は止まらない。

キース様の「魔王スマイル」と、リナの「堕天使スマイル」が完全にシンクロしている。

「待ってってば! 愛人はともかく、彼には感謝しなきゃいけないの!」

「「は?」」

二人が同時に私を見た。

「だって、私の悪名が隣国にまで届いていると教えてくれたのよ? つまり、私の『悪役令嬢計画』は大成功ってことじゃない!」

私は胸を張った。

「第五愛人というのも、いかにも『転落した悪女』っぽくて素敵じゃない! オファーをくれただけで光栄だわ!」

シーン……。

部屋に沈黙が落ちた。

キース様とリナは顔を見合わせ、深いため息をついた。

「……相変わらず、斜め上の解釈だね」

「お姉様のポジティブさは、時々狂気を感じます」

キース様は炎を消し、ヴァレリオ子爵の襟首を掴んで引きずり起こした。

「聞いたかい? 彼女は君の無礼を『光栄』だと言っている」

「は、はい……天使のようなお方です……」

「違うな。彼女は、君のような下衆な男の提案すら、自分のシナリオの一部として楽しんでいるだけだ。……つまり、君は彼女の物語の『端役』にもなれない」

キース様は冷たく言い放つと、窓を開けた。

「二度と彼女の前に現れるな。次にその薄汚い口で彼女の名を呼んだら……その時は、本当に国ごと買い取るからな」

「ひぃぃぃぃぃッ! 申し訳ありませんでしたァァァ!」

ヴァレリオ子爵は転がるようにして窓から逃げ出し、庭の噴水に頭から突っ込んで、そのまま姿を消した。

「あら、帰っちゃったの?」

私は残念そうに見送った。

「せっかく、『悪の華としての心得』について語り合おうと思ったのに」

「必要ないよ、ミュール」

キース様がハンカチで手を拭きながら、優しく私に微笑みかける。

「君は今のままで十分、魅力的だ。……悪い虫がつくほどにね」

「そうですよお姉様。虫除けスプレー(物理攻撃)の準備を強化しておきますね」

リナもニッコリと笑う。

「二人とも、手厳しいわねぇ」

私は肩をすくめた。

まあいい。

私の悪名が世界に轟いていることは確認できた。

今日はそれで良しとしよう。

私は食べかけのクッキーを口に放り込み、満足げに咀嚼した。

その背後で、キース様がエヴァン様に『隣国のガルドニア王国に、経済制裁の準備を』という伝言魔法を飛ばしていることになど、気づくはずもなかった。
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