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4巻

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 第1話 親睦会しんぼくかい……?


 ある日突然、若者限定のはずの勇者召喚に選ばれたえないおっさん、山田博やまだひろし四十二歳。
 神様から【超越者ちょうえつしゃ】【全魔法創造ぜんまほうそうぞう】【一撃必殺いちげきひっさつ】という三つのチートスキルを与えられた彼は、ヒイロと名を改めて、異世界を旅することとなった。
 妖精ようせいのニーア、SSランク冒険者のバーラット、そして忍者のレミーと共に行動していた彼は、最強種と名高いエンペラーレイクサーペントの牙を王族に提供したために、王都に呼び出される。
 道中で港街キワイルに立ち寄った一行は、街周辺の瘴気しょうきの調査と原因の排除はいじょを、教会の司祭シルフィーに依頼された。そして司祭に同行していた日本出身の勇者ネイと協力し、無事に依頼を達成したのだが、ヒイロの生み出した新魔法が派手すぎて、街ではちょっとした騒ぎが起きてしまう。
 騒ぎの原因だと特定されては厄介だと考えたヒイロ達は、勇者ネイを仲間に迎え入れると、慌てて街を飛び出して王都を目指すのだった。


 キワイルの街を逃げるように出発して五日が経った頃、ヒイロ達はクシマフ領と王都おうと直轄ちょっかつりょうとの領境を越えた辺りで野営を行なっていた。

「ここまで順調に進んでいますよね。この調子だと王都まで後どのくらいかかるんですか?」

 洗った米の上に白身魚の切り身を載せ、海藻かいそうで取った出汁だし醤油しょうゆを入れた土鍋を火にかけながら尋ねるヒイロ。それに対してテーブル席に座ってフルーツから作った食前酒を楽しんでいたバーラットが呑気のんきに答える。

「このまま順調に行けば三日から四日ってところだな。まぁ、このルートの一番の難所だった瘴気の周辺は越えられたから、この先はおおむね予定通りに行けるだろ」

 日が西の山に差し掛かり、赤い日差しに辺りが染まる穏やかな夕暮れ時。
 心地好い風に短い草花がなびく原っぱ、その中にポツンと置かれた場違いな丸テーブルは、ヒイロが時空間収納から出した物だ。
 う~ん平和です。などと思いながらヒイロが隣を見ると、道中の山道で採ったキノコ類を七輪しちりんで焼くレミーの姿があった。
 おかずも着々と出来上がりつつあり、後はご飯ががるのを待つばかり。ヒイロは立ち上がると、少し離れたところで一人こちらに背を向けて、あごに手を当てて何かを考えている様子のネイへと近寄っていった。

「どうしたんです、ネイさん?」
「あっ、ヒイロさん」

 背後から声をかけられたネイは、考え事を中断して振り返る。

「キワイルの街を出る時に、ギルドリングに表記される名前を変えられるかもしれないってヒイロさんが言ってたじゃないですか。だから、どんな名前がいいか考えてたんです」
「何かいい名前は浮かびましたか?」

 ヒイロに問われ、ネイは再び思考の世界へと足を踏み入れた。

「う~ん、本名は橘翔子たちばなしょうこなんで、それに近い名前の方が愛着が湧くと思うんですけど……ヒイロさんはどうやって今の名前を決めたんです?」

 いい名前が思いつかず、参考までにと聞くネイ。

「私ですか? 私はゲームなどで使っていた名前が咄嗟とっさに出ましたね」
「へぇ~、ゲームで使ってた名前ですか」
「ネイさんはゲームではどのような名前を使ってたんですか?」

 アニメに造詣ぞうけいが深い彼女ならば、ゲームをやっていてもおかしくないだろうというヒイロの質問に、ネイはもう遠い昔のように思えてしまう元の世界のことを思い浮かべる。

「私は、同性ならそのまま、男性ならショウって付けてましたね」
「ショウ……ですか。虫のようなロボットに乗ってた方ですね。確かあの方は妖精的なものと一緒に行動していましたけど……ネイさんも常にニーアを連れて歩きますか?」
「勘弁してください」
「それ、どういう意味?」

 ヒイロのボケに苦笑いで答えるネイの背後に、いつの間にかニーアが浮かんでいた。
 突然のニーアの声に「ひゃっ!」と可愛い声を上げたネイは、咄嗟にヒイロの横へと退き振り返る。そしてその視線の先で、普段表情豊かなニーアが無表情かつジト目でこちらをにらんでいることに気付き、浮かべていた苦笑いをらせた。

「べ……別に、ニーアちゃんを嫌ってるわけじゃないの。ヒイロさんのボケに咄嗟に返した結果と申しましょうか……」
「ふ~ん……」

 ネイはしどろもどろに、後半は敬語になるほど混乱しながら、必死に言い訳をひねしつつ助けを求めてヒイロへと視線を向ける。その言い訳にニーアは、ホバリングしながら腰に手を当てて、興味なさそうな返事とともに視線をヒイロに移す。
 ネイからは哀願あいがんされるような、ニーアからは冷ややかな視線を向けられたヒイロは、「ふぅ」と一つ息を吐いた後で微笑ほほえんだ。

「まぁ、そんな感じですよニーア。ネイさんは別に貴女を嫌ってるわけじゃありません」
「……そっ、じゃあいいや」

 ヒイロの顔をしばらく見つめていたニーアは、なく返事してアッサリと引き下がる。
 ネイはバーラットの方に飛んでいくニーアを笑顔で手を振りながら見送ってから、懇願するようにヒイロを見た。

「ヒイロさん! ニーアちゃんは本当に分かってくれたの? 後でちゃんと説明しといてくださいね」
「大丈夫ですよ、ニーアは本当に怒っていればその場でまくてますから。引き下がった時点で、分かってくれたってことです」
「本当~?」

 ヒイロは自分の話を聞いても不安な表情を引っ込めないネイに小さくため息をつきつつ、ニーアへ視線を向けて小さく微笑む。その視線の先には、さっきの不機嫌そうな雰囲気は何処どこへやら、バーラットと談笑するニーアの姿があった。

「ニーアは鬱憤うっぷんまない性分しょうぶんなんですよ。その辺のことで心配している時点で、ネイさんはまだまだパーティに馴染なじんでいないってことですね」
「そんなこと言われても、私はパーティに入ってまだ一週間も経っていないんですよ。皆の心理を理解するには時間が足りませんよ」
(ふむ、確かにそうですよね。でもまぁ、文字通り時間が解決してくれるでしょう)

 七輪に載ったキノコから醤油の香ばしい匂いが漂ってくる中、ネイが完全にパーティに溶け込むのを気長に待とうと、ヒイロは静かに微笑んだ。


 日がすっかり沈む頃、ヒイロのライトの魔法を照明代わりにして夕食が始まる。
 今日の夕飯は白身魚の炊き込みご飯と、キノコの醤油焼きにキノコの味噌汁。
 まずは炊き込みご飯を口に運んだヒイロとネイは、同時に微妙な表情を浮かべた。

「う~ん、醤油を入れた出汁にんでみたんですが、やっぱり魚臭さが抜けきってませんね。みりんが欲しいところです」
「それにこの魚、全然たいっぽくないよ」
「形がそれっぽかったのでもしかしたらとは思ったのですが、さすがに味までは似てませんでしたか」

 鯛めしを想像していた為に期待を裏切られてしまった感のある二人に対し、他の皆は美味しそうに炊き込みご飯を頬張ほおばる。

「そんなに不味まずいか? 俺には十分に美味しく感じるが」
「ですよね。とても美味しいです」
「んんん、ん~ん」

 バーラットの感想にレミーが賛同し、魚の切り身を口に頬張っているニーアもそれにうなずく。

「確かに不味くはないんですけど、目指した味には程遠いというか……」
「な~に贅沢ぜいたく言ってんだ。野営でこんだけの飯が食えるだけでありがてぇってもんだ。普通の野営での飯っていったら、硬いパンと塩のスープが定番だからな」

 そう言ってキノコの醤油焼きにかじき、美味しそうに酒で流し込むバーラットに、ヒイロは冷ややかな視線を向ける。

「バーラットの場合、そんな食事でもお酒があれば満足してたんじゃないですか?」

 ヒイロの返しに、バーラットは「違いない」と豪快ごうかいに笑う。そんな二人のやりとりを見て、ネイは少しうつむいた。

「ヒイロさんは私がまだパーティに馴染んでないと言ったけど、思ってみればヒイロさん自身、バーラットさんとニーアちゃんは呼び捨てなのに、私はさん付けで呼んでるよね。あれ、すっごい距離を感じるんだけど」

 声のトーンを下げ、俯いた状態から上目遣いに睨んでくるネイに対し、ヒイロはかつてのバーラットとニーアとの攻防を思い出して固まる。あの時も似たような状況でねばられ、結局さん付けをやめるまでしつこかった。
 そして、ネイの隣に座って彼女の発言を聞いていたレミーが、ハッとした様子でヒイロを見やった。

「ネイさん……いえ、あえてネイと呼ばせてもらいます」
「構わないわ。そっちの方が親近感が湧くもんね。それでどうしたのレミー」
「聞いてくださいネイ。ヒイロさんは私と出会って三十日近くになるというのに、まだ私のことをさん付けで呼ぶんですぅ! もしかして、ヒイロさんは私達のことを仲間とは思ってないのでしょうか」
「何ですって!」

 よよよとネイの肩にしなだれかかるレミー。ネイはそんな彼女の頭を優しくでつつ、キッとヒイロを睨む。

「何て酷い仕打ちをするんですか、ヒイロさん!」

 二人の芝居がかった糾弾きゅうだんに、ヒイロは頬を引き攣らせながら助けを求めてバーラットとニーアの方に視線を向ける。が、二人は我関せずといった様子で、黙々と食事を進めていた。

「バーラット、ニーア……」
「俺はとっくに二人とも呼び捨てだぞ」
「ぼくもそう。前にも言ったけどヒイロのそれ、すっごい他人行儀たにんぎょうぎだから」

 たまらず声をかけたのだが、返ってくるのは冷たい追い討ち。

四面しめん……楚歌そかですか……)

 周りに仲間無しと気付き、ヒイロは自分で何とかするしかないとネイ達の方に向き直る。

「これは、口癖くちぐせみたいなものなんですよ……大体、ネイさんとレミーさんだって私をさん付けで呼んでるじゃないですか」

 少しねたような口調のヒイロに、ネイとレミーはわざとらしく肩をすくめてみせる。

「ヒイロさんは年上だから、私達がさん付けするのは当然でしょう。実際、バーラットさんにはそうしてるもの」
「そうです。私達がヒイロさんを呼び捨てにしたら、おかしいじゃないですか」

 目上の者には敬称を使うという正論を持ち出され、ヒイロはぐうの音も出なくなる。そして仕方なく覚悟を決めてゴクリとのどを鳴らした。

(この問題を引きずると、後々まで尾を引くのはバーラットとニーアで実証済みですからねぇ……ここは折れてさっさとこの問題から解放されましょう。どうせ、何かのきっかけでもなければ、私はずっとさん付けで呼んでしまうでしょうし)
「ネイ……レミー……これでいいですか」

 ヒイロに呼び捨てにされたネイとレミーは満足そうに頷くと、視線を交わしてニッコリと微笑み合う。しかしその脇では、ヒイロ達のやり取りを黙って見ていたニーアがあきれたような表情でバーラットにささやいていた。

「名前の後の間……」
「そう言ってやるな。腰の低さが骨のずいまで染み込んじまってるヒイロの最大限の譲歩じょうほだろうからな。俺達の時みたく、慣れるまで待ってやればいいさ」

 突っ込みたくてウズウズしているニーアをなだめつつ、バーラットはヒイロ達三人の様子をさかなにニヤつきながらエールをあおった。




 第2話 勇者の話と新魔法


 ヒイロとネイ、レミーの間に一悶着ひともんちゃくあった夜から三日後。一行は順調に旅を続けていた。

「そういえば、ネイは勇者だったよな」

 ホクトーリク王国王都センストールまで後もう少しという距離に迫り、街道を行き交う人も増え始めた頃。バーラットは人が途切れたのを見計らって、唐突にそんな質問をネイにぶつけた。

「えっ! ……あっ、はい。そうですけど……」

 ある程度信頼を得られてからと思い、ギリギリまで待ったバーラットの質問は、それでもネイとついでに事情を知るヒイロまでもギクリとさせた。

「ヒイロもそうらしいが、勇者ってのは一体、何人いるんだ?」
「私と一緒に召喚されたのは、私を入れて十人でした。ヒイロさんを含めれば十一人ですね」
「ふむ……十人か……」

 ネイが緊張した面持ちで答えると、前を行くバーラットは顎に手を当てて考え込む。
 バーラットのそんな様子に、隣を歩くヒイロはドキドキしながら下からのぞむように彼の顔をうかがう。

「……もしかして、国に報告する為の情報収集ですか?」

 意を決し、恐る恐るといった感じでヒイロが問いかけると、バーラットは地面に向けていた視線を彼へと移し、意味ありげにニヤリと笑ってみせた。
 そのドラゴンすらおびえさせるような極悪な笑みに、正面から見たヒイロと横顔しか見えなかったネイは戦々恐々と顔を引き攣らせる。
 二人は『もしかして、バーラットは自分達を国に売るつもりではないのか?』などと思ってしまっていた。それ程までに、彼の笑みは見る者に不安を与えるものだったのだ。
 だが、次にバーラットから出た言葉は――

「違う。言い訳の為の情報収集だ」

 そんな二人の予想を裏切るものだった。

「言い訳ぇ?」

 要らぬ緊張から解放されたヒイロが気の抜けた返事をすると、バーラットは重々しく頷く。

「ああ、エンペラーレイクサーペントの牙の出所でどころは、どうしても国に報告しなければいけない。だから、それの言い訳探しだ」
「ふ~ん……で、なんかいいうそでも思いついた?」

 バーラットのあくどい笑顔に興味をそそられ、ヒイロの頭の上に寝そべっていたニーアが上半身を起こしてそう聞くと、彼は再び顎に手を当てた。

「そうだな……勇者が十人というのは、真実味を持たせるのに実にいい人数だ。エンペラーレイクサーペントは勇者が倒した……そして、ヒイロは偶然その場に居合わせて、落ちていた牙を拾ったことにする。どうだ、それらしいだろ」
「それは……なんとも」

 国に対して虚偽の報告を目論もくろんでいるバーラットへ、ヒイロは微妙な表情を浮かべる。そんな彼にバーラットは問題ないとばかりに、凶悪に見えるほど口角を上げて見せた。

「最初に勇者が十人いるらしいと言っておいて、その後にエンペラーレイクサーペントは勇者が倒したって報告するんだ。ヒイロも勇者だろ、俺は別に十人の勇者が倒したとは言わん。勇者ヒイロが倒したエンペラーレイクサーペントの素材をヒイロが手に入れたんだ。嘘は言ってねぇんだから問題はないだろ」
「大部分を真実で固めておいて、その中に嘘をひと欠片かけら混ぜる、あるいは与えたくない情報は口にしない。相手に与える情報を操作する場合の常套手段じょうとうしゅだんですね。お見事ですバーラットさん」
「ホント、バーラットって悪知恵が働くよね。本当に冒険者? 職業偽ってない?」

 バーラットの考えたシナリオに、バーラットの後ろを歩くレミーと、ヒイロの頭の上のニーアが楽しそうに賛成した。ニーアのようなどは下手をすればバカにしているようにも取れるが、バーラットは気にした様子もなくガハハと上機嫌に笑っている。そんな中、ヒイロとネイだけは微妙な顔をしていた。

「私達をかくまう為の方便ですから、ありがたく思うべきなんでしょうが……」
「国に対して偽るような真似をしていいのかな?」

 元々小市民のヒイロとネイはそんな大それたシナリオに合わせないといけないのかと思うと、今の時点で緊張してしまっていた。

「別にいいんだよ、嘘は言ってないからな。それで他の勇者達は今、何処にいるんだ?」
「……チュリ国。シコクに封じられていた魔族達が結界のほころびから抜け出し、チュリ国のカマオス領をまたたに制圧したの。私達は魔族からカマオス領を奪還する為に戦ってたのよ」
「チュリ国……か、遠いな。神の召喚によりホクトーリク王国に降り立った勇者達が、チュリ国に向かう途中でエンペラーレイクサーペントを倒した……不可能ではないが、その道中の足取りが全くないのでは説得力がなくなる可能性があるな」

 バーラットとネイのやり取りを聞いていたレミーが、パッと手を挙げる。

「時間的にはどうなんです? 時間が経っていれば、冒険者のような一団体の足取りなんてなかなか追えるものではないと思いますが」

 レミーの提案に、バーラットは再び顎に手を当てて思案する。

「ふむ、エンペラーレイクサーペントの目撃情報は滅多にないから、いつまで生きていたかは確認のしようがないか。後は、勇者の方だか……ネイ、お前達はいつこの世界に来たんだ?」
「六十日くらい前、かな」
「六十日か……なら、移動距離も計算に入れて九十日くらいにすればいいな。調べられたらチュリ国に勇者が現れた時期はすぐにバレるだろうから、その辺にしとけば多少は説得力が出るだろう」
「そうですね。それだけ時間が経っていれば、足取りがつかめなくても怪しまれないでしょうし」

 話が白熱し、ヒイロと入れ替わってバーラットの隣を歩くレミーがそう言うと、同じくヒイロの頭からバーラットの肩へと移ったニーアが疑問をていする。

「でも、勇者に直接確認されたら、すぐにバレるんじゃない?」

 だが、レミーとバーラットはすぐにその疑問を否定した。

「調べるのはホクトーリク王国の諜報員ちょうほういんでしょうから、チュリ国の重要人物である勇者達には直接の接触はしないと思いますよ」
「ああ、そんなことをすれば、ホクトーリク王国がチュリ国を探っているとバレちまうからな。国に対してマイナスになるような行動を取るバカは諜報員にはいねぇよ」
「ふ~ん。じゃあ、これで王様達をだませるんだね」

 ニーアは、いたずら好きという妖精の種族特性を遺憾いかんなく発揮はっきして、楽しげな笑みを浮かべた。それにつられ、情報操作の確実性に手応えを感じたバーラットとレミーもニヤニヤと笑みをこぼす。
 そんな三人を、ヒイロとネイは後ろから嘆息たんそくしながら見つめていた。と、ひとしきりえつり満足したバーラットが不意に肩越しに振り返る。

「ところで、勇者の戦闘能力ってのはどんなもんなんだ」

 国への説明の理由付けという重荷から解放されたバーラットは、個人の興味からそんな質問をネイにぶつける。彼の唐突な言葉に、ネイは目を見開いて驚いた。

「えっ! 何でそんなことを? まさか、勇者達との敵対が視野に入ってるの?」

 バーラットの本性が酒飲みの『飲んだくれオヤジ』だと知らないネイは、彼のことをパーティの行動指針を示すデキる大人だと思っていた。そのバーラットが勇者の戦力を気にしたことにより、ネイに緊張が走る。
 しかし当の本人はというと、笑って手の平を振りながら、軽い調子でネイの心配を否定した。

「違う違う。ただ単に、気になっただけだ。ヒイロみてぇなのが他に十人もいたら、この世界が滅びるんじゃねぇかと思ってな」

 バーラットの言葉に全員が納得してしまう中、ただ一人ヒイロだけが慌てて声を荒らげる。

「ちょっと待ってくださいバーラット! 貴方は私をそんな風に見てたんですか?」
「なんだ、自覚がなかったのか?」
「あんなにとんでもない攻撃しといて、自分は無害だと思ってた?」

 ムッとするヒイロに、バーラットとニーアが反論してゲラゲラと笑う。
 ヒイロをからかう空気には混じれないが、バーラット達の言葉を否定できないが故に擁護ようごできないネイとレミーは、曖昧あいまいな笑みを浮かべたまま三人を生暖かい目で見守っていた。
 一方でムッとした様子のヒイロは、瘴気事件を解決するために海岸に大穴を空けたルナティック・レイのことを言われたと思い反論する。

「失敬な、アレは不可抗力ですよ。まさか、あんな威力の攻撃だとは思わなかったんです!」
「アレってどれのこと? 海岸沿いのこと? Gを殲滅せんめつした時のこと? それとも、ゴブリンの群れを一人で蹂躙じゅうりんした時のことかな?」

 ねぇ、ねぇと聞いてくるニーアにヒイロは何も言えなくなり、その様子をバーラットが大口を開けて笑う。
 そうこうするうちに再び街道を行き交う人々が現れ始め、妖精が珍しいことも相まって、一行は視線を集める。しかしそんな視線など気にせずに、ヒイロ達はワイワイ騒ぎながらセンストールに向かって歩を進め続けたのだった。


「それで他の勇者達だけど、私を含めてヒイロさんみたいな破壊神はいないかな」

 一通りバーラットとニーアがヒイロをからかったところで、人の通りが再びなくなったのを確認したネイが先程の続きを話し始める。その言葉には、ヒイロをからかうようなニュアンスがふんだんに混ざっていた。
 それを聞いたヒイロが『ネイさんまで……』とガックシと肩を落としたが、そんな彼に苦笑しつつネイは言葉を続ける。

「だけど、その中で一人、ある少年の持っていたスキルは、他の勇者とは一線を画してたかな……ヒイロさんには前にちょっと話したよね」

 ネイの言葉にヒイロが頷くと、バーラットが興味津々きょうみしんしんに聞いてくる。

「ほう……どんなスキルだ?」
「細かい能力は分からないけど、剣を振るったその軌道上の物を全て切り裂いてました」
「見えない斬撃ざんげきってわけか……斬撃を飛ばしているのか、見えない刀身が伸びているのかは分からんが、確かに厄介やっかいだな。振るった剣の軌道を見切れればかわすことも可能だろうが、死角からやられたらまず、避けようがない。受けが使えんというのも怖いな」

『全て』というネイの言葉に防具まで含まれると判断したバーラットは、武器やたてで受けてもそれごと斬られる場面を想像して渋面じゅうめんを作る。

「魔法の防壁なんかはどうなんですか? 例えば、ニーアちゃんのエアシールドとか」
「う~ん、魔法を切ってるところは見たことがないなぁ」

 レミーに小首をかしげながら答えつつ、ネイはふと、思い出したかのように未だにしょげているヒイロへと視線を移した。

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