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1巻
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気づくと僕の目の前に、美しい女性が立っていた。
「ようこそ、ルイ様。貴方様は勇者として選ばれました。これから勇者ルイとして異世界に転生し、魔王を倒す存在として人々に迎えられることでしょう。ですが、初めての異世界は戸惑うことも多いと思います。そこで、転生前に異世界を前もって体験できるチュートリアルを用意しました。異世界の色々なことを学べるように、ここだけのチュートリアルスキルも用意しております。ぜひチュートリアルをクリアして、クリア特典を手に入れ、異世界を堪能してくださいませ」
それが彼女――――天使様の最初の言葉だった。
これから勇者となり魔王を倒す。なんてワクワクする響きだろうか。
ただな…………僕はルイではない。僕はワタルという名前だ。
つまり、天使様が呼んだのは僕ではない。
ルイというのは、僕の前に立っている厳つい男のことなんだろう。
〇
「おい、おっさん」
目の前には厳つい男――――ルイと呼ばれた勇者が立っている。
「え、えっと…………」
「ちっ、あの時俺も一緒に事故に遭ったんだろうよ。おっさん、運がよかったな? 俺が勇者じゃなかったら、おっさんは転生することなく消滅してたぜ」
そう。
前世での最後の記憶は、普通のサラリーマンだった僕が、不良に絡まれている場面だ。
なんとか逃げおおせたと思ったが、不良の一人に追いつかれてしまった。その男が勇者くんだった。
飛び蹴りを食らい、転がった僕に勇者くんが近づいて殴ろうとした瞬間、居眠り運転と思われるトラックに二人まとめて轢かれてしまったのだろう。その瞬間の記憶はない。
そして、目が覚めたら、天使様が立っていたのだ。
「まあ、これも何かの縁だろうよ。俺は勇者として新しい人生を送る。おっさんもせいぜい楽しい異世界ライフを送れよ~」
そう言った勇者くんは、目の前にある建物に歩を進める。
ちなみに僕は勇者くんよりは年上だけど、大して歳は変わらなそうなのに……。
どうしてこんなことになったのだろう…………家には一人で僕を待っている母さんがいるのに…………本当ならば勇者くんを許せないが、平凡なサラリーマンだった僕は、喧嘩なんてとてもできる人間じゃない。
だから今は悔しいけど、生き残ることを最優先に勇者くんと一緒にチュートリアルとやらを受けようと思う。
これから異世界に転生しても安全だという確証はないからね。
なんて思ってたら、天使様が僕をチラッと見る。
「あら? 貴方は勇者様に巻き込まれてここに来たのですか…………? おかしいですわね。そんなはずはないのですが…………まあ、ここに来られたということから、転生できるのは間違いないですから、貴方にもチュートリアルを受けていただき、転生してもらいましょう。ただ、貴方は勇者ではないので、チュートリアル後に勇者様が授かるような特典はありません。ですので、自分で生き残ってくださいね」
勇者くんの後を追って建物の中に入ると、メイドの格好をした綺麗な女性がカウンターに立っていて深々と頭を下げた。
「ようこそ、勇者様。これからチュートリアルの説明をいたします」
「おい、早くしろ。俺はさっさとチュートリアルをクリアして特典をもらって転生してぇんだよ!」
「では、早速説明に入らせていただきます。現在、勇者様にはチュートリアルの間だけ使える特別なスキルが付与されています。これからそのスキルを使って扉の先のダンジョンに挑戦していただき、最後のフロアボスを倒すと、チュートリアルクリアとなります。クリアと同時に勇者様は転生し、特典が付与されます。勇者様の特典は、一つ目が加護【勇者】、二つ目が聖剣エクスカリバーでございます」
「ふん。取り敢えず奥の奴をぶっ倒せばいいんだな? どれどれ――――ああ、こうやって武器を出せばいいのか」
勇者くんがそう言うと、その手の中に鉄の剣が現れた。
その剣先の鋭さに驚き、僕は思わず尻餅をついてしまった。
「ん? がーはははっ! おっさん。心配するなよ。おっさんを殺しはしないぜ! ただ黙って俺の活躍を見届けてほしいからな!」
不良だっただけあり、剣を持っても全くひるまない勇者くんはすごいなと思いながら、どこか羨ましいとさえ思う。
「おっさん、じゃあな! 俺がフロアボスとやらを倒すまでのんびりしてろよ!」
そう言いながら勇者くんは扉の向こうに走っていった。
よほど転生するのが楽しみなんだろうな……。
そこでようやく立ち上がると、目の前のメイドさんと目が合ったけど、そのあまりの美しさに僕は目を逸らした。
「あ、あの…………チュートリアルスキルってどうやって確認するんですか?」
勇者ではない僕の質問に答えてくれるかは分からないと思いながら、一応聞いてみる。
「はい。目を閉じて心の中でステータスと念じると、確認することができます」
わあ、ちゃんと答えてもらえた!
言われた通り、目をつぶって心の中でステータスと念じてみる。
すると、頭の中にステータス画面が認識できた。
加護という項目に、【チュートリアル】と表示されている。その後には、こんなことが表示されていた。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
《スキル》
【チュートリアル終了】
【武器防具生成】
【成長率(チュートリアル)】
【経験値軽減特大】
【全ステータスアップ(レベル比)】
【コスト軽減(レベル比)】
【拠点帰還】
【レーダー】
【魔物会話】
【初級テイム】
【ペット召喚】
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
「わあ! できました! ありがとうございます!」
するとほんの一瞬だけ、それまで無表情だったメイドさんの美しい目元が動いた気がした。
ん? 僕のステータスが気になったのかな? だけどすぐにもとの表情に戻った。
「各スキルの詳細をお聞きになりますか?」
「えっ⁉ いいんですか?」
「はい。貴方様もチュートリアルスキルを獲得しているので、聞く権利がございます」
無機質な声だけど、どこか温かみも感じる。
「それではお願いします!」
どうしてだろう。メイドさんはほんの少し笑っているように見えた。
それからメイドさんは、一つ一つ丁寧に説明してくれた。
メイドさんの説明によると、チュートリアルスキルは全部で十一個。
まず一番目は【チュートリアル終了】というスキルで、チュートリアルのフロアボスを倒すと強制発動するものだそうだ。
メイドさん曰く、これが発動することによって、勇者くんには特典が与えられるらしい。けど、巻き込まれた僕は転生自体が特典になるので、勇者くんのような特典は与えられないとのこと。
そして二番目は【武器防具生成】。
勇者くんが剣を出したように、武器と鎧、盾、兜、ブーツ等を生成して呼び出せるそうだ。
レベルが上がれば、消費魔力が多く必要な強い武器や防具も出せるらしい。
三番目は【成長率(チュートリアル)】。
異世界では、レベルが上がるごとにステータスというのも上がるそうだ。
ゲームとかに出てくるレベルやステータスと同じ感覚だろう。
レベルが1上がる度に増えるステータス量――つまり成長率は、加護によりある程度決まっているそうで、異世界で最も高い成長率の加護はもちろん【勇者】だ。
だがチュートリアル中には【チュートリアル】という加護がつき、その成長率は【勇者】の加護の成長率の二倍になっているらしい。
ちなみに、(チュートリアル)と括弧書きで表示されているのは、このチュートリアル仕様の成長率が適用されているからのようだ。
四番目は【経験値軽減特大】。
レベルを上げるためには魔物を倒す必要があり、魔物を倒すと経験値を獲得できて、それが一定数値貯まるとレベルアップする仕組みだ。
このスキルはレベルアップに必要な数値が八割減るというスキルで、最弱の魔物を倒してもすぐにレベルが上がるそうだ。
五番目は【全ステータスアップ(レベル比)】。
このスキルは全ステータスに、数値がプラスされる。
スキル名にあるレベル比とは、レベルに応じて効果が高まるという意味のようだ。
異世界では能力を下げるスキル、つまりデバフスキルが存在するのだが、そのデバフスキルなどでステータスが下がったとしても、このスキルでプラスされたステータスはその影響を受けないらしい。
全ステータス九割減のようなデバフスキルを食らっても、このスキルがあれば一定のステータスが残るとのことだ。
六番目は【コスト軽減(レベル比)】。
これはとても単純らしく、スキル使用に対するコストを軽減してくれる。
スキルを使用する際に使う魔力を軽減し、スキル使用後に行動を制限するディレイも軽減してくれるのだ。
レベル99まで上げると最高軽減率に到達できて、コストを99%軽減するとのこと。
七番目は【拠点帰還】。
拠点として登録した場所に、いつでも転移できるスキルだ。
八番目は【レーダー】。
ゲームとかでよくあるマップのようなモノで、周囲の地形と存在全てが感知できる。常時発動しているパッシブスキルで、魔力の消費はしないらしい。
レベルが上がると感知範囲が広くなるらしいけど、レベル1でもチュートリアルゾーンは全部見えるみたい。
それと、全ての隠密スキルを見やぶれるらしい。
九番目は【魔物会話】。
異世界で脅威となっている魔物。魔物の中でも高位魔物ともなると高い知能があるそうだ。
そんな高位魔物たちと会話ができるスキルだ。
十番目は【初級テイム】。
弱い魔物をテイムできるスキルで、自分と波長が合う種類の魔物しかテイムできないそうだ。
でも、ステータスの数値が増えれば増えるほど、テイムできる数が増えるみたい。
最後は【ペット召喚】。
テイムした魔物は従魔として登録されるが、心を通わせた魔物などがペットとして判定されることがあるらしい。そんなペットをいつでも召喚できるスキルみたい。
そういえば、飼っていたコテツは元気にしているだろうか…………まだ小さな柴犬で、とても寂しがり屋だ…………。
コテツのことを思うと、ちょっぴり涙が出た。
もう二度と会えないと思うと悲しくなってしまい、どんどん涙が出て止まらない。
あの日、僕はどうしてあの道を通ったのだろう。
いつもの大通りを通っていれば、勇者くんに巻き込まれることもなく、母さんとコテツが待っている家に帰れたはずなのに…………。
「…………」
「メイドさん。説明ありがとうございました」
一生懸命に説明してくれたメイドさんに感謝を伝える。
「どういたしまして。異世界ライフを楽しんでくださいませ」
「はい! とても楽しみです! 勇者にはなれませんが、一生懸命に生きてみます!」
「…………」
返事はない。
僕はメイドさんに深々と頭を下げて、勇者くんが向かった場所に向かう。
しかし、その時。
――――『フロアボスが倒されました』
――――『これにより、スキル【チュートリアル終了】が強制発動しました』
――――『これにより、チュートリアルスキルは全て消滅します』
――――『これよりチュートリアルから転生に切り替わります』
ええええ⁉
勇者くん、もうフロアボスを倒したの⁉
建物内に響いた声に慌てていると、少しずつ視界がかすんでいく。
めちゃくちゃ眠い……。
チュートリアルも体験しないで転生するのか…………僕ってどこまでもどんくさいね。
メイドさん、せっかく説明してくださったのに、本当にごめんなさい。
でも異世界では頑張りますからね!
眠りに落ちていく途中で、さっきの声が続いている気がする。
だけど、眠すぎて…………何を言っているのかはよく分からない…………。
――――『チュートリアルが終了しました』
――――『チュートリアルスキルを観測しました』
――――『チュートリアルが完了していません』
――――『エラー、エラー、エラー、エラー、エラー』
――――『エラー、エラー、エラー、エラー、エラー』
――――『エラー、エラー、エラー、エラー、エラー』
――――『【大地の女神の加護】を確認しました』
――――『【大地の女神の加護】により、被験者を転生させます』
――――『転生者ワタルを確認。構成します』
第1話
ぐぅ~と腹が緊張感なく音を鳴らす。あ…………お腹空いた…………。
あれ? ここどこ…………?
空腹で目が覚めた。
あれ? 真っ青な空が広がっている。
それに僕を撫でるように優しく吹いている風がすごく気持ちがいい。
空腹だけど、身体はとても軽いので、上半身を起こす。
ん?
自分の腹を見つめると、そこにあるのはいつものぽよんぽよんした腹ではなく、スリムな腹だ。
スリムどころか、身体までめちゃくちゃ小さくない⁉ あれ? 手も足も短い⁉
視界を塞ぐ髪の毛が見える。手で触ってみると自分の髪の毛なのは間違いない。
なのに――――――
色が金⁉ 金髪になんて染めたこともないのに! それに髪めっちゃさらっさらじゃん!
ゆっくり何があったのか思い出す。
確か――――――
そうか、僕って異世界に転生したんだっけ。
ぐぅ~。
お腹空いたな…………。
ひとまず、心の中でステータスを意識してみる。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
《ステータス》
名前 : ワタル
種族 : 人族
年齢 : 八歳
加護 : 【チュートリアル】
【大地の女神の加護】
レベル: 1
HP : 10
MP : 10
STR: 1+10
VIT: 1+10
DEX: 1+10
AGI: 1+10
INT: 1+10
RES: 1+10
《スキル》
【武器防具生成】
【成長率(チュートリアル)】
【経験値軽減特大】
【全ステータスアップ(レベル比)】全ステータス+10
【コスト軽減(レベル比)】全スキル1%減
【拠点帰還】
【レーダー】
【魔物会話】
【初級テイム】
【ペット召喚】
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
あれ⁉
【チュートリアル終了】以外のチュートリアルスキルがそのまま残ってる⁉
それにチュートリアル中のステータスの加護部分には【チュートリアル】しかなかったのに、今は【大地の女神の加護】というものがある。
何が起きたか分からないけれど、転生したのにチュートリアルスキルがそのまま使えるってことでいいのかな?
ひとまず、スキルが使えるか試してみよう。
と思ったけど、使えるスキルあるのか?
【武器防具生成】にしてみようか――――――と思ったけど、なんとなく【ペット召喚】が気になる。どうしても飼っていたコテツの顔が浮かんでしまう。
ちゃんとご飯食べているのかな…………母さん、ちゃんと散歩に連れていってるのかな?
まあ、ダメもとで使ってみよう。
「スキル【ペット召喚】」
声に出して、自分で驚いてしまった。年齢が八歳なだけあって、声も幼いね。
直後、僕の目の前の地面に魔法陣が現れる。魔法陣が光り輝き、その中に小さなフォルムが現れ始める。小さなフォルムは段々形を作り――――――
「コテツ⁉」
僕が声を出すより早く、現れたその物体――コテツは僕に跳びついてきた。
「ワンワン!」
「コテツ⁉ 本当にコテツなの⁉」
「ワンワンワン!」
いつも通り元気そうなコテツが僕の懐に跳び込んできて、僕がそのまま倒れ込むと、コテツは僕の顔をこれでもかってくらい舐め始める。
「あははは~! くすぐったいよ~コテツ~」
コテツとじゃれ合って、まさかの幸せを感じて、気づけば僕の目からは大粒の涙が流れていた。
しばらく嬉しさのあまり時間を忘れていると、また勢いよく僕の腹が「ぐう~」と音を鳴らした。
「くぅん?」
「あはは…………そういえばお腹空いてたんだっけ。どうしよう? お金もないし、町も見えないし、何か食べ物がないか探してみようか」
「ワンワン!」
するとコテツが森の中に走っていく。
⁉
コテツ⁉ めちゃくちゃ速くない⁉ 前世とは比べものにならないくらい速いんだけど⁉
急いでコテツを追って走っていく。意外に僕もコテツほどじゃないけど、前世よりもだいぶ速く走れた。こんな風に走れるのも異世界のステータスのおかげかな?
平原を通り抜けて、森に入っていく。
スキル【レーダー】が常に発動していて、自分の心の中で見れるマップを辿り、コテツを追っていく。
コテツは青い点で表示されているけど、青は味方ということなのだろうか?
マップで止まっているコテツを見つけて、急いで追いつく。木の下までやってくると、嬉しそうに尻尾を振っているコテツが見えた。
「コテツ~速すぎるよ~」
八歳の子どもの身体では普通の木すら大きく見えるんだな。
大人になって感じなくなったけど、今は周りのものが大きくて、それだけでワクワクする。
コテツが、今度はなんと木に登っていく。
高くそびえ立つ樹木を見上げると、上まで登ったコテツが「ワンワン!」と鳴き、木の実を落としてくれる。
ステータスのおかげで、木の実を地面に落とさずに全て受け取ることができた。
十個ほど木の実を落としてくれたコテツが下りてくる。
応援ありがとうございます!
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