Bグループの少年

櫻井春輝

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1巻

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   プロローグ



 人には分相応な立場というものがある。
 大きな役割を与えられる人間がいれば、小さな役割が相応ふさわしい人間もいる。それを大きく踏み外そうとすると、大抵は手痛いしっぺ返しを受けることになる。まれに上手くいく者もいるが、それがごく少数だということは明らかだろう。
 そしてこの手の役割の差は、学園生活でこそ顕著に表れる。
 例えば、中学、高校のクラスの場合、ある程度の時間を過ごせば、自然とグループが出来る。そして、そのグループは見えない壁のようなもので仕切られている。この壁こそがの象徴だ。単純で分かりやすいものを挙げるなら、容姿の違いなんかがいい例だろう。
 例えば男子は格好いい者同士で固まり、女子は可愛い子同士で集まる。一方で、外見的にあまりパッとしない者の周りには、何故か同じようにパッとしない奴らが集まる。どこの学校でも見られる光景だ。
 もちろん、容姿が優れていなくてもそのグループに溶け込める人間はいる。雑談が上手かったり、勉強が出来たり、スポーツの才能に優れていたり、つまりは何かしらの才能に特化したような奴らだ。陽気で人を笑わせる能力に長けた人間などはその典型といえる。
 こうした奴らが集まったグループは、クラス内ではもちろん、校内でもある程度目立つことになる。そしてそれに続くようにパッとしないグループがあり、更にもっと地味なグループがある。これを三段階で示すなら、目立つ者達をAグループ、地味なグループをC、その中間のグループをB(普通)と区分けできるだろう。
 人は異物には敏感だ。先に述べた「壁」の存在故、Cグループにいる人間がBグループに交じることは難しい。短い間ならともかく、長期間にわたって馴染むことはまず困難だ。
 もちろん例外はいる。A、B、Cなどに関係なく接触する、いい意味で八方美人的な者、あるいはどのグループにも属さず、特定の友人とのみつき合ったり、常に一人で行動したりする者。しかしそれもごく少数。普通は皆、新しいクラスが始まり、時間が経つことにより、分相応のグループに自然と所属していくものだ。
 ところが、ここにこれらの考察をし、その上であえてBグループを選んで所属している少年がいる。
 少年の名は、桜木亮さくらぎりょう。高校二年の十六歳で、ダサイ黒縁眼鏡をかけ、少しだけ短めの髪の毛を、寝癖の出ない範囲でセットしている。
 中背で、引き締まった肉体をしているが、服の上からはそうとは分からない。鼻が高く整った顔立ちだが、眼鏡のせいか、はたまた髪型のせいか、その顔立ちも目立たない。つまりは一見、ごく普通のどこにでもいる少年である。
 彼――亮は自身の高校生活に大きな不満もなく、穏やかに過ぎる日常におおむね満足していた。
 今でこそBグループの少年だが実はもともと彼は中学校時代、いわゆるAグループに所属していた。しかもAの中でも、悪目立ちする友人達に囲まれていたのだ。悪友達に影響され、振り回される日々はとても穏やかとは言い難く、非常に忙しないものだった。そこで、高校生活はせめてゆっくり過ごしたいと考え、受験勉強を必死に頑張り、彼らの行かない、もしくは偏差値の届かない高校を選んだ。
 そうして、今の高校に入学したのである。亮は穏やかに過ごすことを邪魔されないために、同じてつを二度と踏まないために、Aグループの人間には極力近づかないようにした。亮としては、Aグループでなければどんな立場でも構わなかった。
 理想を言えばCグループに入りたかったのだが、彼らとは会話も趣味も噛み合わないことが多く、気づけばBグループのクラスメイトとつき合うようになっていた。
 要するに、クラスをA、B、Cなどと分けて見ているところはあるのだが、あくまで、Aの人達に関わって振り回されないようにするというのが彼の最優先事項だったのである。
 俗に「高校デビュー」といった、入学を機にAグループに入ろうとする気概を表す単語があるが、彼の場合、この正反対に当たるだろう。
 言うならば「逆高校デビュー」である。
 晴れて「逆高校デビュー」を果たした亮は、Bグループの中でも特に目立たずに過ごすよう注意し、いるのかいないのか分からないという実に存在感のないポジションを得て、静かな高校生活を一年間、過ごすことに成功した。この一年で、亮は自分の選択が間違っていなかったことを確信し、絶対手放してなるものかと固く誓った。
 ところが、そんなBグループの学園生活を謳歌していた亮に、ある日思わぬ転機が訪れる。この日の出来事が果たして自分の高校生活にとってプラスだったのか、マイナスだったのか、亮は後々まで大いに悩んだところではあるが、結局のところ、未だにその結論を下せていない。



   第一章 運命のエンカウンター



 五月のある日、学校からの帰り道。
 頭上からは春と言うよりも、夏が近づいていることを感じさせる強い陽射しが降り注いでいる。
 平和な日常を満喫するべく、たまに一人で帰りたくなる亮は、例え遠回りになるとしても他の生徒がほとんど通らない裏道を歩いて駅に向かっていた。
 騒ぎ声が聞こえてふと目を向けると、そこは二十メートル四方の空き地で、亮と同じ学校の制服を着た女の子が、他校の男子生徒三人に囲まれていた。何やら言い争っているようだ。
 亮はその場を目撃した瞬間に、面倒はごめんだと足早に去ろうと考えた。しかし、後になって女の子が怪我などしたと聞いたら、さすがに後味の悪い思いをするに違いない。深く短く悩んだ結果、彼女が危なくなったら介入しようと、物陰からこっそり見守ることにした。
 どうやら男達の一人が女の子に告白し、一度断られたにもかかわらず、なおも強く迫っているようだ。少し遠いが、耳を澄ませばよく聞こえる。

「いいじゃねえか。せっかくこんな所まで来たってのに『ごめんなさい』の一言だけで、はい、さようならなんて気にはならねえんだよ。ちょっとお茶につき合ってくれってだけじゃねえか」
「そうそう。慰めのつもりでちょっとつき合ってくれたら俺達の気も済むしさ。何より君だって、告白をされて断るなんて後味悪いだろ? お互いのためにも、少しだけ頼むよ」

 軽い調子で仲間の一人が言い寄る。
 余りにもふざけた勝手な言い分に、亮は眉をひそめながら、女の子が無事にこの場を切り抜けることを切に願った――おもに自分の平穏のために。
 そんな亮の願いもむなしく、後ろ姿の女の子はうんざりしたような声を出した。

「そんなの私には関係ないじゃない。あなた達が勝手に来たんでしょ? 私がつき合わなくちゃいけない理由なんて、どこにもないと思うけど?」

 彼女の言い分はもっともだが、この場合、逆効果だろう。
 案の定、男達はいらついてきたようで、その内の一人が乱暴に女の子の腕を掴んだ。

「もういいから付いて来いよ。少しだけでいいって言ってんだから」
「ちょっと、放してよ!」

 女の子が抵抗するように持っているかばんを振り回すと、その鞄が彼女の腕を掴んでいた男の顔面に直撃した。衝撃で男が仰け反り、掴んでいた腕を放してしまう。男は痛みに顔をゆがめ、それを振り払うように顔をぶるぶる振った。

「痛ってえな!」
「何よ、あなたがいきなり掴んでくるから……放してよ!」

 今度は別の男が女の子の腕を掴み、首を振りながらさも残念そうに言う。

「あ~あ、こいつは本当につき合ってもらわねえとな。どうする? お前の家にでも連れてくか?」
「いいな、それ。じゃあ、俺の家に行きますか!」
「ちょっ、冗談じゃないわよ! 放して! 放してったら!」
「この……いい加減におとなしくしろよ!」
「きゃっ!」

 女の子は懸命に鞄を振り回して抵抗していたが、いきなり突き飛ばされ、驚きの声を上げて尻餅をついた。

「痛……! 何すんのよ! 警察呼ぶわよ!」

 彼女は気丈にも言い返したが、その声は少し震えて、隠し切れない怯えが表れていた。

「いいぜ、呼んだらいいじゃねえか」

 亮は思わず、はあ、とため息を吐く。
 普通なら、ここで誰かが助けに行けば、女の子にとってのヒーローの座は間違いないものだろう。と言うよりも、随分前から助けに行っても間違いなくヒーローである。
 でも、亮はそうしなかった。
 もちろん彼としてはいつでも女の子を助けることが出来た。だが、それをすると、後日彼女が助けられたことを友達に話したりして、自分のことが噂になるに違いない。それはとても面倒だ。
 亮にとってはヒーローになることよりも、今の、クラスでもいるかいないかのようなポジションを維持することの方が大事だ。なので、できることなら女の子が鞄を振り回し、それにより自力で逃げ出して欲しいと期待していた。
 とはいえ、やはり甘い考えは上手くいかないものである。
 結局、女の子を助けようと決めた亮は、これまで傍観していたことで悪戯いたずらに女の子に恐怖を与えてしまったなと、後悔のため息を漏らしたのだ。
 亮は眼鏡を外して胸ポケットにしまうと、足下にあった石を拾い、上空へと向かって投げた。
 石は山なりの大きな弧を描いて男達の背後に落下し、決して小さくはない音を立てた。
 その音に反応して男達が振り返ると同時に、亮は駆け出す。静かな足取りながらも、それは疾風を思わせる速さで、男達が首を傾げて振り返った時には、すでに女の子の前――つまりは、男達と女の子の間にまで到達していた。
 まるで足音がしなかったせいもあるだろう、振り向いたすぐ先で亮と目が合った男は、ビクッと驚いて後ろに仰け反る。そして、口を開きかけた直後、走っていた時の勢いも加えられた亮の蹴りを腹部に受けて、後方に吹き飛んだ。

「は?」

 そのすぐ右側にいる二人の男が、蹴飛ばされた友人を目の当たりにして、間抜けな声を出した。
 亮は背後で女の子が息を呑む音を耳にし、戸惑いの視線を首筋に感じながらも振り向かずに、背の後ろに回した右手をシッシ、と左に向けて振る。意味としては「あっちに逃げろ」だ。
 女の子はその意図を悟ったようで、頷くと素早く立ち上がり、亮に気をとられている男達を尻目に走り出した。

「ちょっ……てめえ!」

 彼女が走り去って行くのをつい見過ごしてしまった男達は、友人がやられたこともあり、怒りの形相で、拳を振りかざして亮に迫る。
 彼らの注意が女の子から自分に切り替わったことに、亮はほっと安堵した。
 どうやら思っていた以上に単純な連中らしい。
 軽くほくそ笑んだ亮は、余裕でかわせる相手のテレフォンパンチに動じず、一人が自分の蹴りの射程距離に入ったのを視認したと同時に、予備動作をまったく感じさせない動きで一閃、足刀そくとうを男の鳩尾みぞおちに突き刺した。
 カウンターの形で亮の足刀を受けた男は、短い苦悶の呻きを漏らすと、すぐに膝から崩れ落ちた。

「は!?」

 そんな一瞬のやり取りを見たもう一人の男は、素っ頓狂な声を上げ、目にした光景が信じられないと言わんばかりの顔で、慌ててブレーキをかける。
 それは偶然にも亮の射程距離からギリギリ外れていた。内心で舌打ちした亮だったが、男と目を合わせると、すぐさま男の背後に視線を移して叫んだ。

「こっちだ!  早く来い!」

 はっとなった男は慌てて後ろを振り返るが、そこには誰もいない。
 男が騙されたと悟る前に勝負はついていた。一気に距離を詰めた亮の回し蹴りが先ほどと同様に鳩尾に決まったのである。

「単純でありがとよ」

 実に嬉しそうな声色で呟く亮。男にはそれを聞く余裕もなく、苦悶に顔を歪ませて崩れ落ちた。
 亮が石を投げてからこの時点まで、二分と経っていない。鮮やか過ぎると言っても差し支えない手並みだ。
 気絶した男を見下ろした亮は軽く一息吐くと、外していた眼鏡をかけ直し、男の制服のポケットを探り始める。
 胸ポケットから生徒手帳、ズボンのポケットから財布と携帯を抜き出し、物色しようとしたところで背後に気配を感じ、ああ、忘れてた、と内心で呟き、苦笑を漏らす。
 そのまま女の子が逃げ帰っていてくれれば、クラスでも存在感のない自分のことだから、見つかることもなく、噂されることもなく終わっていたかもしれない。が、さすがにそれは都合がよすぎたようだ。
 助けてくれた人を残して、一人だけ逃げ去るのには誰しも抵抗があるだろうから、これも仕方がないことだと振り返る。しかしそこで、想定外の事態に絶句して固まった。
 目の前には、亮ですら学校で何度か目にしたことがある、特別目立つ特Aグループの超美少女、学校で一番有名なアイドルが立っていたからだ。
 その少女は小ぶりながら、思わず振り向かずにはいられないほどの整った容貌だった。うっすら茶色がかり、肩下までウェーブして流れる髪。細くも太くもない手足は、スラリと長く伸びている。
 声をかける前に亮が振り返ったせいで、美少女は少し驚いた表情をしたが、すぐにそれを引っ込め、ぺこりと頭を下げた。

「助けてくれて、ありがとう」

 彼女の言葉で我に返った亮は、この事態をいかに上手く乗り切るかで思考を高速回転させながら、学校で女子にいつも使う丁寧な口調で返事をする。

「い、いえ。どういたしまして……怪我はないですか?」
「あ、大丈夫です。どこも擦りむかなかったみたいです」

 女の子が両手を振りながら答えて、自然と亮は視線を下げた。
 なるほど、確かに土も血もついているようには見えない。細くてスラリと長く綺麗過ぎる足だ、とついれそうになったが、頭を振って雑念を追い払い、女の子と向かい合う。

「よかったですね。では、この連中が目を覚ます前に帰ったほうがいいですよ?」

 この子とは早く離れるのがベターだと考えてそう言うと、彼女は少し戸惑って問い返した。

「いえ、でも、そんな……あの、同じ学年の人ですよね? 二年生ですよね?」

 彼女は、言外に「早く帰れ」と意味を込めた亮の言葉に気づいたのか、気づいていないのか。亮には、敢えて気づかなかった振りをしているように見えた。
 そして彼女が戸惑ったのは恐らく、自分との会話をこれほど早く切り上げようとする男が珍しかったからだろう。これほどの美少女だと、言い寄る連中は多いはずだ。
 しかし、今の亮のような平凡に見える男の場合、これほどの美少女相手だと、気後れしてあまり話しかけられないことが多い。亮自身、そう見当をつけて自然に別れようとしたのだが、彼女は亮の婉曲表現を聞き流して、同じ学年であることを確認してきた。
 質問というよりも確認だったのは、胸ポケットの刺繍のラインを見たからだろう。
 亮の学校では胸ポケットのラインの色によって、赤は一年生、青は二年生、緑は三年生と区別していた。この場の二人の胸ポケットのラインは共に青である。問われたら、頷くしかない。

「ええ、そうですけど」
「あの、お礼をしたいんですけど……名前教えてもらっていいですか?」

 彼女は上目遣いで詰め寄る。破壊力抜群の顔だなと思いつつ、亮はやんわりと断った。

「いや、いいです。お礼ならさっき聞きましたよ?」

 亮は間違ったことは言っていない。「ありがとう」の一言を最初に聞いたのは確かだ。しかし、彼女の言うお礼が言葉以上のことを指しているのは、亮にも分かりきっている。

「いえ、そうじゃなくて……もっと別の形でお礼をしたいんです。あ、ごめんなさい、私の名前は藤本恵梨花ふじもとえりかです。二組です、二年二組」

 亮は舌打ちしそうになるのをなんとかこらえた。今の学校生活を守るのに一番大事なことは、Aグループの人達に名前も顔も認識されないことだ。
 そこで亮は、「人に名を尋ねる前に自分が名乗るべき」という大義名分を盾に、名前を聞かれてもスルーしていた。だが、女の子は名乗った上にクラスまで告げてきたのだ。
 ここまでされたらさすがに名乗り返さなくてはいけない。亮は一瞬、偽名と嘘のクラスを言おうかと考えたが、調べられたらすぐに分かることだ。後で何故嘘を吐いたのかと騒がれるのはかえって面倒なので、諦めのため息をこぼしつつ答えた。

「……桜木亮、八組です」
「桜木……リョウ? リョウはこの漢字で合ってますか?」

 彼女――藤本恵梨花はそう言いながら、指で「亮」の文字を空中に書いた。

「合ってるよ……よく分かったな、一発で。それで、あ~、お礼なんて本当にいいから。暗くなるし早く帰ったほうがいいんじゃないか?」

 名を知られて焦ったため、口調から丁寧さが抜け、段々と素の状態に戻ってきてしまう。これを恵梨花は親密な表現と解釈したのか、水を得たように強く言った。

「いえ、ダメです! もっと別のお礼をします……あの、よかったら、連絡先を教えてもらってもいいですか?」

 お礼をするのにそんなにこだわらなくてもいいのではと思うと同時に、こんな可愛い子と携帯番号を交換したことが他人に知られたら厄介になること間違いなし、と考えた亮は咄嗟に言った。

「あー、いや、じゃあ、お礼として、俺がこの連中にしたことを誰にも話さないって約束してくれないか?」

 我ながらこれはいいアイデアだと亮は思えた。自分は噂にならない、彼女はお礼ができる。まさに一石二鳥である。だが、そんな亮の意図など知る由もない恵梨花は、不思議そうな顔になる。

「えっ? どうして、そんな……?」
「ああ、そのほうが色々都合がよくて……」
「都合……? でも、そんなんでいいんですか?」
「俺としてはそれでいい。約束してくれるか?」
「え……うん、いいけど……」

 亮に釣られたのか、頷く恵梨花の口調も砕けてきている。
 それを聞いて安心した亮は、恵梨花が来る前に始めていた後始末の作業を再開する。手にもっている男のポケットから抜き出した携帯に触れ、その電話番号、アドレスのデータを自分の携帯に転送し、生徒手帳の顔写真と名前の載っているページを写真で撮る。
 更に財布を探って免許証の有無を確認し、それも携帯で撮ると、倒れている男の上にそれらを無造作に投げ捨てた。
 妙に手慣れた一連の動きを見た恵梨花が、怪訝そうに眉を寄せる。

「え……と、何してるの、桜木君?」
「後顧の憂いを断つことと、再犯防止」
「そ、そうなの……?」

 疑問符を顔中に貼り付けたような恵梨花に、亮は首を傾げたのち、見当違いなことを口にした。

「……ああ、まだ腹立ってるなら、今の内に好きなだけ殴るなり蹴るなり、踏みつけるなりしてもかまわないぞ?」
「い、いいよ! そんなの!!」

 恵梨花が慌てて両手と一緒に顔を振ると、亮はまたも首を傾げる。

「遠慮しなくていいぞ?」
「……え? 桜木君が、それ言うの?」
「なんか、間違えたか?」
「えっと……う、ううん。本当にいいから……」
「そうか」

 頷いた亮は、付け足すようにもう一度、言った。

「本当に遠慮しなくていいからな?」
「……う、うん」

 そう答えて頬を引きつらせる恵梨花の前で、亮は残りの男二人の服も漁っていく。
 その間、恵梨花は何やら考え事をしていたようで、亮が一通りの作業を終えて振り返ると、難しい顔で首をひねっていた。

「もう、帰ったらどうだ? ここから先は見てても気分がいいもんじゃないぞ?」

 自分の噂が恵梨花から広まることはないだろうと思い至った亮は、完全に口調を普段に戻した。
 そうしないと、話す内容まで丁寧になって、場のコントロールが難しいと思ったからだ。
 恵梨花は、しばらく帰ろうかどうか悩む様子を見せたが、亮への興味が湧いたのか、怖いもの見たさなのか首を横に振る。

「はあ……俺がこいつらにしたことは黙っててくれよな?」
「分かってる、約束したし」

 真面目な顔で頷く恵梨花に亮は肩を竦めると、倒れている男を足で突いて揺り起こした。

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