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閑話 壱
閑話 超身体能力 ミナギシ・ミツバ
しおりを挟む「助けて欲しいと泣く声が! 正義の味方を呼ぶ合図!」
いつも自衛隊の面々が訓練をしている空き地の真ん中で、ミツバが奇妙なポーズを取っていた。
そんな様子をじーっと眺めているのは、ケンイチとキョウジである。
「どこからともなく現れて、悪い奴らを皆殺し! その名も! ミッツバーマッ!!」
キメらしきポーズをとるミツバだったが、ケンイチとキョウジは一切リアクションを示さなかった。
ただ呆然と、呆れたような顔でその姿を見ているだけである。
暫くボーズを決めていたミツバだったが、おもむろにそれを解除すると、ドヤ顔チックな笑顔でケンイチとキョウジの方へと顔を向けた。
「というようなポーズを自衛隊で正式採用しようと思うんすよ!」
「やめとけ」
「うん。やめとこう。というかなんでこの状況でそんなことしてられるの」
ため息を吐きながら、キョウジは頭を掻いた。
ちらりと目を向けたその方向には、ロックハンマー侯爵が連れてきていた兵士の何人かが真剣な面持ちで並んでいる。
他の兵士とは多少違った服装から、彼らが皆部隊長などの幹部クラスであることが分かった。
そんな兵士達の中で取り分け緊張した様子なのは、今回ロックハンマー侯爵の副官としてやってきていた、セヴェリジェ・コールストだ。
鎧を着込み武器を携え、これから戦場にでも出るつもりなのかというほど気合が入っている。
「あー。何でこんな事に……」
頭を抱えてため息を吐くキョウジだが、今回に限って言えば彼は当事者ではなかった。
今起こっていることの中心人物の一人は、なんか妙なポーズをとって悦に入っていた、一切緊張感の無いミツバなのである。
騎士称号の取得も間近といわれるセヴェリジェが、ミツバの能力に興味を持ち、模擬戦を申し込んできたのだ。
どうしてもその実力を、肌で感じておきたいのだというのだ。
既に隣国の実験部隊を乗せた護送馬車も出発しているため、そういった事を行う余裕は確かにある。
本来ならば別に問題ないのだろうが、事はミツバとの模擬戦だ。
普通の生活をしていると忘れられがちだが、ミツバは普通の人間とは根本的な腕力が違う。
腕を振るえば岩を砕き、足で踏みつければ地面が陥没するのだ。
そんな化け物に限りなく近いミツバと、訓練とはいえ戦うというのは、そのままの意味で猛獣と戦うのと同じ意味を持つのである。
振り回した腕がうっかり当ってしまったりしたら、吹き飛ばされてしまうかもしれない。
それならいいほうで、もしかしたらあたった部分だけが吹き飛んでしまったりする恐れすらある。
そうなれば、かなりスプラッターなことになるだろう。
今回の申し出を受けたハンスもそう考えたのか、最初はとても渋っていた。
ミツバは一応ハンスの従者なので、模擬戦などをするときはハンスの許可が必要なのである。
だが、強烈なセヴェリジェの熱意に負けたのだとかで、結局許可を出してしまったのだ。
一応セヴェリジェも、騎士称号を持つ者に近い実力があるらしいので、何とかなるだろうという判断でもあった。
ハンス達の住む国において騎士の称号とは、一人で多大な戦力を有する人物に送られるものである。
実力は確かなのだから、よほどの事がない限り即死という事は無いだろう。
即死でなければ、治療魔法のキョウジがいる限り、どうにでも出来るのだ。
「しっかし、何でミツバとなんかやりたがるんだかな」
「まぁ、大方ミツバちゃんのデータが欲しいって所でしょうけど。命がけですね」
キョウジの見立て通り、セヴェリジェの大きな目的の一つはミツバの能力を見定める事であった。
四人の日本人の中で、もっともその能力が分かりにくいのが、ミツバなのである。
ケンイチは従えている魔獣が目に見えているので、一目で戦力が分かった。
キョウジも全ての怪我や病気を治せると考えれば、デタラメではあるが非常に分かりやすい。
コウシロウは兵士達の前で四六時中能力を使っていたので、どの程度のことが出来るのかよく分かっている。
では、ミツバはどうだろう。
今回ミツバがやった事といえば、隣国の兵士を力任せに捕縛した事と、魔法の直撃を受けた事ぐらいである。
どちらもムチャクチャな内容だ。
しかもそれを、当人は余裕を持ってこなしていたという。
直接打撃を与えてくる戦力の底が見えないというのは、味方であるとはいえ非常に不気味なはずだ。
戦場に立つ人間であれば、どれだけの実力があるのか知っておきたいと思うのが人情だろう。
「まあ、気持ちは分かりますけどね。実際どのぐらい爆発力があるのか分からない爆弾みたいなものですし」
「だな。爆弾娘っつーのがしっくりくるぜアイツはよぉ」
口で擬音を発しながら素振りをしているミツバを眺め、キョウジとケンイチは深いため息を吐く。
ミツバとの付き合いが長い二人ではあったが、未だにその限界などは見た覚えが無かった。
確かにそのあたり気にはなるのだが、大体が「まぁ、ミツバだし」で納得してきてしまったのである。
まあ、実際ミツバなので、それでいいといえばいいのかもしれないが。
「しゅしゅしゅしゅしゅしゅしゅしゅ!」
何が楽しいのか、口で擬音を出しながら高速パンチを打ち続けるミツバ。
素振りだからいいのだが、風切り音が非常に不気味だ。
なんともいえない不安感に、ケンイチとキョウジは表情を歪める。
そんな二人の目に、兵士達の方から近づいてくる人影が入ってきた。
なんともいえない不安そうな表情を浮かべたそれの人物は、ハンス・スエラーである。
「ミツバ。頼むからその速度で人間に当てるなよ。しゃれにならんぞ」
「うーっす!」
恐らく分かって居ないであろうミツバの返事に、ハンスは苦笑をもらした。
そんなハンスに、ケンイチとキョウジは軽く会釈をして挨拶する。
ハンスも手を上げて返すと、すまなそうな顔を見せた。
「二人ともわざわざ来てもらってすまないな。なにせ、何があるか分からないからな」
「いえ。俺はただの見学っすよ」
「そうなるといいんだが。最悪、ケンイチにミツバを止めて貰うかもしれないからな」
ハンスの言葉に、ケンイチは表情を曇らせる。
ケンイチが止めると言う事は、魔獣にミツバを止めさせることになるかも知れないと言う事だ。
まさに最悪の場合である。
「まあ、そうならんならそれに越した事は無いんだが。まあ、兎に角二人とも、よろしく頼む」
「うっす」
「無事に終わるといいんですけどね……」
なんとも不安げな顔で、三人はため息を吐いた。
元気なのは、拳を上に突き出してくるくる回りながらジャンプする、某格闘ゲームの対空技を繰り出しているミツバだけだ。
限りなく不安が溢れ返っているが、決まってしまったものは仕方ない。
「ミツバ。行くぞ」
「うーっす!」
返事だけはいいミツバを引きつれ、ハンスは兵士達の方へと歩いていくのであった。
空き地の中央には、ミツバとセヴェリジェが立っている。
少し離れた位置には、審判役であるハンスが居た。
何とか気分を切り替えたのか、ハンスは真剣な表情をしている。
ハンスはミツバとセヴェリジェの顔をしっかりと確認すると、勝敗条件の確認を始めた。
「もう一度確認を。セヴェリジェ殿は、ミツバの背負っている仮想荷物の破壊」
「はっ」
ハンスの言葉に、セヴェリジェは短く了解の意を伝える。
本来、模擬戦の勝敗条件は木剣が当ったら負け、などというのが一般的だ。
だが、相手はミツバである。
剣で斬り付けようが槍で突こうがへっちゃらなヤツを相手に、それでは意味が無い。
そこで、ミツバは御使い任務中である、という想定にし、背負っている荷物を破壊されたら任務失敗。
セヴェリジェの勝ち、という事になったのである。
ミツバの背中には、丁度背中の真ん中に来るように木箱が括り付けられていた。
動くだけで壊れる事は無いが、剣や拳で殴れば簡単に壊す事ができるだろう。
「ミツバは、セヴェリジェ殿を捕まえたら、勝ち。直接の打撃は禁止だぞ」
「はいっす!」
至極真剣な表情でビシリと手を上げると、ミツバは元気よく返事をする。
ミツバを良く知っている人間であれば不安感しか煽らない元気さだが、いまさらとめるわけにも行かない。
本来の模擬戦であれば、やはり攻撃を当てたら勝ち、という形になるのが自然だろう。
素手が武器であるミツバの場合、パンチを当てたら勝ち、などになるだろう。
だが、相手はミツバである。
うっかり力加減を誤って殴りつけたら、セヴェリジェが抉れてしまうかも知れない。
そこで、捕まえるという手段が考案されたのである。
実際ミツバの場合、その気になればウシを絞め殺すぐらい簡単にやってのけるのだ。
そういう意味では捕まえるというのも危険なのだが、殴りつけるよりは危険度は低いはずである。
ハンスはため息を吐きたいところをぐっと我慢すると、コクリと一つ頷いた。
「では、お互い怪我の無いように。礼を」
「おんしゃーっす!」
ハンスの合図に、ミツバは元気良く頭を下げる。
セヴェリジェは胸に拳を当てる略式礼をとると、剣の柄に手をかけた。
今回の模擬戦でセヴェリジェが使う剣は、木剣などではなく実物の剣である。
木の剣だとミツバを殴っただけでかけてしまったり折れてしまったりするので、役に立たないのだ。
「はじめ」
告げられた開始の合図に、ミツバはぐっと拳を握りこみ、セヴェリジェは抜剣する。
周りにいる見学者たちも、ぐっと緊張の色を高めた。
「セヴェリジェさんに怪我が無く終わってくれるといいんですけどね」
「まぁな」
こういう場合、普通は女の子の方を心配するものなのだろう。
だが、相手はミツバである。
殺しても死なないだろう。
ケンイチとキョウジは、深い深いため息を吐くのであった。
この世界には、信じられないほど強力な力を持った個人が存在している。
それは強力な魔法を持っているものであったり、途轍もない身体能力を持っているものであったりした。
多くの場合、そういった手合いと初めて出会うのは、実戦場であり、敵同士である場合が多い。
対策も心の準備も無くそんな相手と戦う事になれば、結果は知れているだろう。
子爵家の次男であるセヴェリジェは、家の軍事方面を担う事を決められて育てられてきた。
それには不満は一切ないし、そうするべきだと自身も思っている。
だから、少しでも多くの知識と経験を得るため、国内でも有数の年間出撃数を誇るロックハンマー侯爵の軍に志願入隊したのだ。
そんなセヴェリジェにとって、ミツバのような相手と訓練として戦えるというのは、得がたい機会なのだ。
その上、この模擬戦はミツバの実力を測るという、ロックハンマー侯爵直々の命令もある。
セヴェリジェにして見れば、この状況はまさに願ってもないものなのだ。
「ハンス殿が認めるその実力、確かめさせて頂きます!」
自身を鼓舞するようにそう言うと、セヴェリジェは手にした剣を勢い良く振り下ろした。
まるで地面に突き刺しでもするかのようなその動きで、剣の切っ先が僅かに地面に食い込む。
その瞬間、セヴェリジェの周囲の地面が、ほんの僅かに隆起する。
地面から突如として盛り上がったのは、拳大の土の塊だ。
それがセヴェリジェを取り囲む形で現れたのである。
セヴェリジェはそれを目の端で確認すると、剣を半回転させた。
地面に食い込んでいた剣で土をえぐるようなその動きにあわせ、土の塊が形を変えていく。
グネグネとその表面を波打たせ、ラグビーボール形へと変化していったのだ。
その変化が終わるのと同時に、セヴェリジェは頭上へと剣を振り上げた。
瞬間、セヴェリジェの周囲に生まれた土の塊が、何の支えもなく突然ふわりと飛び上がる。
浮遊した土の塊はそれぞれに等間隔で距離をとりながら浮上して行き、セヴェリジェの胸辺りの位置に来るとぴたりと停止した。
「おおー! すっげぇー! なんか魔法とか特殊能力っぽいっす!!」
セヴェリジュの周りを漂う土の塊を見て、ミツバは興奮した様子で声を上げた。
普段から本能に忠実な行動をしているためか、子供のようにキラキラと目を輝かせる姿がいつになく様になっている。
そんなミツバの仕草に一瞬気を削がれそうになるセヴェリジェだったが、頭を振ってなんとか気持ちを切り替えた。
「イタズラ好きな土の妖精、ソイルピクシーズのセヴェリジェ・コールスト。参ります」
頭上に掲げてた剣を構え直したのを合図に、セヴェリジェの周囲に浮いていた土の塊がその先端をミツバに向けた。
「いけっ! ソイルピクシーズ!」
気合の声と同時に、セヴェリジェは剣を指揮棒の様に振るう。
その瞬間、セヴェリジェの前方に浮いていた土の塊が、突然弾かれたように飛び出した。
まるで砲弾のような勢いで向う先に居るのは、面白そうにはしゃいでいるミツバだ。
普通の人間の目では追えないような速さで飛来する土の塊ではあったが、そこは人外の身体能力を誇るミツバである。
かすむような勢いで体を動かし、その場から動かずに軽々と土の塊を避けてしまう。
攻撃を危なげなくかわされたセヴェリジェだが、焦った様子も驚いた様子も無い。
それどころか、僅かに口の端を吊り上げてすら居る。
「そう簡単には、避けられませんよ!」
言いながら、セヴェリジェはクッと剣を動かす。
その動きに合わせるように、土の塊の動きが変化した。
何もない空中で、突然進行方向を反転させたのだ。
まるで壁にぶつかったボールのような動きにも拘らず、減速は一切ない。
流石のミツバもその動きには驚いたのか、とっさに土の塊に向って手を伸ばす。
「ふぁっ?!」
妙な驚きの声を上げながらも、ミツバの掌は的確に土の塊を捉えた。
ゴンッという、金属と金属がぶりかりあったような鈍い音が響く。
本来であれば土の塊には、人一人を殺傷するに十分な破壊力があったのだろう。
だが、相手があまりにも悪すぎた。
土の塊が超高速で直撃してきたにも拘らず、ミツバは微動だにせずそれを受け止める。
ミツバは僅かに眉をしかめると、土の塊を掴みぐっと指に力を入れた。
土の塊はかなり硬くなっているのか、ミツバの指が埋もれていく事はない。
その変わり、まるでコンクリートを重機で挟み潰しているかのような重々しい音が鳴り響き始めた。
まるで悲鳴のような一際大きな音が響くと、土の塊は爆発したように弾け飛び、ばらばらに砕け散る。
さすがに驚いたのか、セヴェリジェの表情が驚きに染まった。
「最高硬度のソイルピクシーズを、あっさりと……!」
「んえ? かたかったっすよ?」
歯を食いしばるセヴェリジェに対し、ミツバは手をにぎにぎさせながらあっけらかんとした顔と口調で言う。
素手で鉄のインゴットを引裂くミツバが硬いと言うのだから、セヴェリジェの言うように相当な硬度だったはずである。
まあ、何度も言うが相手があまりにも悪すぎるわけだが。
セヴェリジェは悔しそうに表情を歪めながらも、無理やりに笑顔を作る。
「いえ、貴女の力はわかっていました。今更驚いても仕方がない。私の魔法の中で最大殺傷能力を誇るソイルピクシーズの直撃でも揺るぎもしないだろうことも分かっていました。ですが!」
手にした剣を大きく振るうと、セヴェリジェは顔の前に剣を掲げた。
そして、まるで指揮棒を振るように上下左右に素早く剣を走らせる。
それに従うように、セヴェリジェの周囲に浮いていた土の塊が、セヴェリジェの前方へと集まった。
鋭角で素早いその動きは、ピクシー、妖精というよりも一種機械じみている。
「これだけの数全てを使えば、傷は負わせずとも背中の箱を破壊することは容易なはず! 行け! ソイルピクシーズ!」
高らかに声を上げ、セヴェリジェは剣を振り下ろす。
それを合図にしたように、土の塊は一斉にミツバへと殺到した。
ミツバとセヴェリジェの模擬戦を少し離れた場所で眺めながら、ハンスは低いうなり声を上げた。
セヴェリジェの使っている魔法の正体は、高硬度に押し固めた土の塊を相手に向かって飛ばすという、極ありふれた物である。
本来は一直線に飛ばして終わりである魔法なのだが、セヴェリジェの使っているのは其れを改良したものでった。
剣を媒介に地面に直接魔法を流し込み、高圧で土を圧縮。
ひとつの土の塊に複数回の魔法を吹き込むことで、方向転換も可能にしている。
もはや別物ともいえるレベルまで改良されている、実に良い魔法だ。
土の妖精、ソイルピクシーズとはよく名前をつけたものである。
おそらくハンスが飛び道具系の魔法を使えたとしても絶対につけないであろう名前ではあるが、これが若さということなのだろう。
制御も良く出来ているし、威力も十二分だ。
普通の人間であれば、おそらく一撃で勝負がつくだろう。
必殺の威力をはらんだ魔法が全方位から一斉に襲ってくるのだから、回避もしにくい。
受け止めるにもあまりにも威力がありすぎ、避けようにも数も多く速度も速い。
戦場で使えば、瞬く間に敵を壊滅させるであろう恐ろしい魔法だ。
もちろん、弱点はある。
隙がないように見える土の塊の軌道だが、ある程度の法則をハンスは見つけていた。
速度にしても、反応しきれないほどではない。
ハンスが戦うとすれば、懐に飛び込んで一気にけりをつけることが出来るだろう。
セヴェリジェの剣の腕を侮っているわけではないが、ハンスのそれは国内でも五本の指に入る。
魔術師殺しの相手をするには、セヴェリジェは少々若すぎるのだ。
そしてそれは、ミツバの相手をすることについてもいえるだろう。
おそらくセヴェリジェは、口に出して宣言することで、ミツバの注意をソウルピクシーズに向けさせているのだ。
そうしておいて、自身に強化魔法をかけ接近し、背中の箱を狙うつもりなのである。
まあ、悪い手ではない。
強化魔法を使っての移動は、かなりの速度を出すことが出来る。
相手が土の塊に集中していれば、高確率で接近することが可能なはずだ。
直線的な土の塊の動きに慣れさせておいてから剣で仕掛ければ、相手は戸惑い隙が出来るだろう。
だが、しつこい様だが相手があまりにも悪すぎるのだ。
最初から分かっていたことではあるが、ミツバは目線をほとんど動かしていない。
野生動物を凌駕しているのではないかという信じられないほどの感知能力で、接近してくる土の塊をすべて感知しているのだ。
そして攻撃を避けながら、時々土の塊を掴み、粉砕しているのである。
これは別に、時々しか掴めない、というわけではない。
その気になれば、ミツバはあっという間に全ての土の塊を叩き落すだろう。
それをしないのは、おそらくセヴェリジェをおびき出すためである。
遊んでいれば、そのうち焦れて相手が突っ込んでくると踏んでいるのだ。
ミツバは動物的な勘からなのか、そういった戦い方をすることがある。
人間の知恵でないというところが、ミツバらしいところだろう。
ハンスがそんなことを考えている間にも、ミツバとセヴェリジェの戦いは続いている。
後ろ、足元、頭上、などなど、上下左右前後さまざまな方向から飛んでくる土の塊を、ミツバは実に楽しそうな様子で避けまくっていた。
どうやら、もう魔法の動きに慣れてきたようだ。
恐ろしい適応能力の高さだが、これは普段ハンスと訓練していることに由来していたりする。
基本的に、ミツバには打撃や剣撃は通用しない。
そのためハンスは、普段から技術で翻弄する戦い方をしていた。
野生動物を凌駕する勘を持ってすらついていけないその戦い方は、徐々にではあるが確実にミツバの糧になっていたのだ。
ミツバは今、「とてつもない野生動物」から、「戦闘技術を持ったとてつもない野生動物」への進化の過程にあるのである。
戦い方に余裕が出てきたことに気がついたのか、セヴェリジェの動きに焦りがにじみ始めたことを、ハンスは感知した。
表情には一切出ていないし、常人であれば気がつかないであろう変化ではある。
だが、ハンスの観察力にかかれば、見抜くのは簡単だ。
これはもうすぐ勝負がつくな。
そんなことを考え、ハンスは小さくため息をついた。
まあ、何事も経験である。
若いセヴェリジェには、いい経験になるだろう。
そう考えると、ハンスは決着の瞬間を見逃さないようにと、改めてミツバとセヴェリジェの動きに目を凝らし始めた。
「ありゃもう決着つくぜ」
「え? そうなんですか?」
頬杖をつきながら言うケンイチに、キョウジは以外そうな顔で言った。
「おお。俺ぁケンカしかわんねぇーけどよ。ミツバのヤツ、セヴェリジェさんのまほーに慣れてきてんぞ。ああなったらキマリはもうすぐってもんよ」
「ミツバちゃんが勝つってことですか?」
「いや。それはわかんねぇなぁ」
ケンイチの答えに、キョウジは首をかしげた。
そんな様子を見て、ケンイチは肩をすくめる。
「慣れてきたときってのがあぶねぇっつーだろ? 似たようなもんよぉ。殺し合いならトモカク、今回は背中の箱こわしゃぁいいんだしよぉ」
「へぇー。そんなもんなんですかねぇ」
不思議そうな顔をしながらも、キョウジはこくこくと頷いた。
荒事に関しては、ケンイチに一日の長がある。
そのケンイチがそういっているのだから、そういうものなのだろうと思ったようだ。
「やぁ、お二人ともいらっしゃっていたんですねぇ」
からかけられた声に、ケンイチとキョウジは後ろを振り返った。
そこに居たのは、バスケットのようなものを持ったコウシロウだ。
いつもどおりのニコニコとした笑顔のまま、コウシロウは二人の横に並ぶ。
「こんな時間にどうしたんです? お店の仕込みの時間じゃないんですか?」
「ええ、早く終わったものですからねぇ。それに、今日はミツバさんの試合があると聞きましてねぇ。応援に来ようと思ったんですよ」
一際うれしそうに笑うコウシロウを見て、キョウジは思わず苦笑する。
凄腕の狙撃手であり、料理人であるコウシロウだが、ミツバの相手をしているときだけは、まるで孫を相手にしているような顔をするのだ。
普段から常に笑顔のコウシロウではあるが、ミツバと話しているときは崩れたような笑顔をする。
コウシロウ自身、孫がいたらこのぐらいかも知れないと、キョウジに話したりもしていた。
おそらく、仕込みは早く終わったのではなく、早く終わらせた、というのが正確なのだろう。
まるで、孫の部活の試合を観戦に来るおじいちゃんみたいだ。
キョウジのそんな感想も、あながち的外れではないだろう。
「試合っつーか、もぎせんっツーかっすけどねぇ。そのカゴ、なんすか?」
「ああ、これですか。終わったら、食べさせてあげようと思いましてねぇ。角煮を入れたおにぎりなんですよぉ」
コウシロウはそういうと、持っていたバスケットのふたを開けた。
中から取り出されたのは、大き目のおにぎりだ。
言っていたように、中身の具は角煮なのだろう。
そして、その瞬間。
思いがけないことが起こった。
「その角煮入りおむすびは自分にうってつけっすー!!」
突然、地面を揺らすような大声が響いたのである。
声の主は、もちろんミツバだ。
この瞬間、ミツバの集中力は全て角煮に向けられていた。
コウシロウの作る角煮は絶品で、ミツバの大好物でもあったのだ。
ミツバにとって、食べ物とはとても重要なものである。
ましてそれがうまいものとなれば、なおさらだ。
全力で角煮を自分のものにしなければならないという脊髄反射的な使命感に駆られたミツバはこの時、全ての行動を中断して叫んでいた。
そう、全ての行動を、である。
当然、セヴェリジェからの攻撃を回避する行動も、中断していた。
そうなれば、どうなるか。
「あ」
突然立ち止まったミツバを見て、セヴェリジェは思わずそうつぶやいた。
ちょうど全ての土の塊をミツバに向けて放った瞬間だったので、動きが止まったことに戸惑ったのだ。
「あ」
異口同音に、ハンスもつぶやいていた。
とはいえ、コウシロウが食べ物を持ってきたらしいことを察した瞬間からこの展開を察していただけに、あまり驚きは含まれていなかった。
ああ、やっぱり、といった意味合いの呟きだろうか。
「あ」
これは、キョウジの呟きだ。
完全に予想外だったのか、表情が引きつっている。
そして。
すさまじい炸裂音が、町外れの空き地に響き渡った。
文字通り全方向からミツバへ向けて殺到した土の塊は、その全身を強烈に殴打する。
とはいえ、ミツバにとっては虫が突っ込んできた程度の衝撃だ。
が。
背負っている荷物に関しては話は別である。
ミツバの背中にあった木箱は粉々に砕け散り、無残な木屑となって空中に四散した。
「あ」
そのときになって、ようやくミツバは自分のしていたことを思い出したようであった。
おもむろに背中に目を向けると、真剣な表情でじっと木箱があったはずの場所を見つめる。
そして、木箱が壊れていることを確認すると、ゆっくりとハンスへと顔を向けた。
「負けちゃったっす」
「……そうだな」
ハンスは額を押さえると、深い深いため息をつくのであった。
模擬戦に勝利したセヴェリジェではあったが、勝利に喜んだ様子は一切なかった。
むしろ若干へこんだ様子で、兵士たちに肩などをたたかれている。
少しはなれたところでそれを眺めながら、キョウジは表情を引きつらせていた。
「試合に勝って勝負に負けたって感じですかね」
「まあ、勝つには勝ったよなぁ」
キョウジの隣に立っているケンイチはそういうと、大きく頷いた。
そして、後ろのほうへと目を向ける。
そこにいるのは、ニコニコとした笑顔のコウシロウと、そのコウシロウが作ったおにぎりを口いっぱいに頬張っているミツバだ。
「うまいっす! やっぱりコウシロウさんの料理はさいこーっす!」
「いやいや。そういってもらえると、作ったかいがありますねぇ」
幸せそうな空間を前に、ケンイチとキョウジはなんともいえない表情でうなる。
「ミツバお前、あとでハンスさんに怒られっぞ……」
まじめに戦わなかったのだから、当然そうなるだろう。
もはやまじめとかそれ以前の状態なわけだから、お説教コースは確定なはずだ。
ミツバはおにぎりと角煮を頬張りながら腕を組むと、何かを考えるような様子でうなり始めた。
そして、かっと顔を上げると、人差し指を立てて言う。
「おいしいものを食べているときは、難しいことなんてかんがえちゃだめっすよ! 幸せをかみ締めることに集中するべきっす!」
ドヤ顔を決めるミツバに、ケンイチとキョウジは深い深いため息を吐く。
この後ミツバは夕食を抜きにされ絶望を味わうことになるのだが、そんなこととは露知らず、実に幸せそうな笑い声を響かせるのであった。
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