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武田義信

埴原城(はいばらじょう)落城

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 城の位置は「城郭放浪記」を主に参考にしております。
 可能でしたら「城郭放浪記」を開いていただき、信濃をクリック、城郭分布図をクリック、拡大してみて抱けると城の配置と進軍経路が好くわかります。
 村井城は地図では小屋館となっています。

 6月17日『村井城(小屋館) 善信私室』

 諸将は、精力的に村井城の増改築に参加してくれている。自分達の命に係わるのだから、当然と言えば当然なのだが、塩や味噌味の利いた魚肉たっぷりの食事が目当てのようだ、当初4100兵で始めたはずが、将兵が家族を呼び寄せ工事に参加させたので人数が増えている。それだけ昨年の不作の影響が出ていると言う事だろう、今年の稲の刈り取りまでは、まだ少し時間が有る、早生わせ稲でもまだ刈り取るのは無理だ、これから食料不足が一番厳しくなる、人夫を集めるには一番頃合いともいえる、勿論足軽もだ。

 「若殿、銭の改鋳が順調でございます。」

 鮎川善繁が、俺の指示した鐚銭改鋳策の経過を報告し始める、今の甲斐の銭相場では、永楽銭1・精銭4・鐚銭10に成っている。勿論、貫高計算は永楽銭が基準だ、俺は積極的に鐚銭を受け入れた、永楽銭1に対して鐚銭9で受け入れたのだ。その御陰で、莫大な量の鐚銭が集まった、それを武田通寳に改鋳したのだ。亜鉛に余裕が有れば10文黄銅貨に、なければ1文銅貨に。それにより俺の軍資金は50倍に跳ね上がるだろう。全てを10文黄銅貨に代えれば90倍だがそこまで亜鉛に余裕はない、9倍になる1文銅貨に変える分も多い。

 だがまだ武田通寳を市場に流通させてはいない、非常時備蓄用にしている。この時期に流通させたら、周囲の大名は嫉妬と疑念を抱き、反武田大同盟を結成するかもしれない、それでは、早々に武田は滅んでしまう。今まで通り、東国では永楽銭を使い精銭と鐚銭を集める、西国では精銭を使い永楽銭と鐚銭を集める、集めた鐚銭は改鋳する!

 「善繁、麦焼酎と米麦の物々交換はどうなっている?」

 「食料不足で、米麦相場が高騰しております、その所為で取引が低調になっております。」

 商人は利が全て、米麦の刈り入れ後は米麦相場が下落する、だから米麦が安くなってから交換に来る心算だろう、だが此方としても麦焼酎は高値で売りたい、ならば鐚銭で売ってしまえば好い。

 「麦焼酎の銭売りを再開する、但し鐚銭だけでの取引だ、しかも鐚銭12枚で永楽銭1枚換算にする。改鋳用の永楽銭を集めるぞ。」

 「御意!」


6月18日『村井城(小屋館) 善信私室』

 「若殿、花岡城の人夫達が武装して集まり終わりました。」
 鮎川善繁が報告する。

 花岡城の増改築に集まっていた人夫達は、100単位の部隊に分けられ、三々五々、武具甲冑の保管されている善信領の城砦に行き、装備を整えた上で村岡城に集まった。武具甲冑は、それぞれの城で籠城時の為に配備されていた物だ。

 「明日は、人夫を加えた全軍で尾池砦の強化に行く、伝えておけ。」

 「理由を御聞きかせ頂けますか?」

 鮎川善繁が、周りにいる狗賓善狼以下の近習衆にも判る様に説明してくださいと、直接の言葉にしないで言ってくる、確かに噛んで含める様に説明しないと理解できない武士が多い、どれほど丁寧に説明しても理解できない者も多いのだが。

 「埴原城は、小笠原長時の城砦の中でも最も堅固だ、これを放置して林城に攻め掛かれば、背後を襲われる恐れが有る。かと言って、埴原城を力攻めすれば我が軍の損害が大きくなる。万が一攻め切れず撤退すれば、埴原城の軍勢が高所を利して攻め下ってくるだろう、そうなれば我が軍は大損害を受けてしまう。よって、山麓に有る尾池砦を強化して、埴原城に圧力を掛け雑兵の逃亡を誘い、守備兵が減ってから攻め取る。」

 「妙策でございます、諸将への連絡の手配りをしてまいります。」
 鮎川善繁はそう言って出て行った。
 

6月19日『尾池砦改め尾池城』

 諸将の軍勢と家族人夫、新たに集まった足軽、花岡城から連れて来た人夫、総計1万人以上になった。彼らの労働力を総動員して、尾池砦の堀を深くして土壁を厚く高くした、更に土塁の上には塀や柵を設けた。日常生活や籠城時の為に、屋敷や小屋・長屋も建設した、特に長屋は土塁上に建て塀と兼用させた。一時的な拠点に、無駄と言う考えを持つ者もいるかもしれないが、少しの油断で、首を取られることも有るのが戦国時代だ、埴原城の山麓と言う立地条件の尾池砦だから、高所を利して索敵され、隙を突いて攻め下られたら大損害を受ける可能性が有るのだ、だから皆必死で防衛力を強化する。勿論工事中は完全武装だし、物見も放ち、警備兵も油断なく配備している。増改築した城は、将来難民達の居住地となる、彼らの生産する商品を売って、軍資金にしてる俺には無駄にはならないのだ。

 工事は1刻(2時間)おきに休憩させる、休憩の前後には1万人で気勢を上げさせている、1万人の気勢は凄まじい大きさだ、これで少しでも埴原城の雑兵が逃げてくれれば死人が減るのだが、生きていれば武田の兵力に成る可能性も有るし、少なくとも労働力として活用できる、殺人は極力避けたいものだ。

 「善繁、警備の兵を残して村井城(小屋館)に帰るぞ。」
 俺は鮎川善繁に指示する。

 「御意、警備は誰に任されますか?」

 「元からの尾池砦の守備兵には昼寝をさせておったが、彼らだけだは駄目なのか?」

 「埴原城の者達からすれば、この砦の強化は生死にかかわりましょう、夜襲を仕掛けてくる可能性が高いと、先ほど思い至りました。それに、この工事の大音量と気勢です、城兵たちは寝れなかったようでございます。」

 俺は馬鹿だ、守備の大切さも夜襲の恐れも理解していたのに、夜警に就いて貰う城兵の安眠妨害は失念していた! 

 「今宵は眠いだろうが踏ん張って貰おう、元々の城兵に加えて足軽百人組を5組残そう、明日からは、夜警に動員する部隊は村井城(小屋館)で昼寝してもらう。」

 「若殿、我と犬が残りましょうか?」
 狗賓善狼が提案して来た。

 そうなのだ、度々素破で敵将を暗殺している俺は、夜陰に乗じて忍びこむ敵が恐ろしい、だから対策に犬狼をパートナーにした犬狼部隊を設立し、身辺を護らせているのだ。俺が可愛がっている日本狼、近習衆に育てさせている甲斐犬、なのにだ、俺が居なくなる尾池砦に犬狼部隊の配備することを思いつかなかった。俺にはこう言う抜けた所が有る、この抜け作振りの所為で首を取られなければ好いのだが。

 「嫌駄目だ、俺の身辺を護る御前達は手放せない、守備兵に踏ん張って貰おう。だが善狼の提言は素晴らしい、里で訓練している犬狼部隊で実戦に使える者はいるか?」

 「大丈夫です、御呼び出しを待ち望む手練れが50人はおります!」

 「では、それぞれ扶持銭10貫文と2人扶持(雑穀10俵)で召し抱えよう。」

 「有り難き幸せ! 皆喜びましょう。」

 「善狼が一人前と判断した者は全て召し抱える、特に下問せずとも儂の前に呼び出してくれ、召し抱えよう。」

 「承りました! 厳しく選別いたします、決して若殿の御期待を裏切るような者を推薦したりは致しません!!」

 「うむ、頼みおくぞ。」

 「善繁、日が落ちる前に村井城(小屋館)に帰り着くぞ、差配いたせ。」
 鮎川善繁に指揮を委ねる。

 「承りました。」


7月1日『尾池砦(尾池城) 善信私室』

 「黒影、埴原城の様子はどうだ?」

 「強制的に集めた農民兵と、銭雇いの足軽の逃亡が止まらないようです。」

 黒影達には損害が出ないように、埴原城を遠巻きにした場所で、逃亡兵を捕まえて貰っている、捕まえた兵は我が軍の足軽か人夫に採用している。小笠原長時の兵力を削減し、武田の兵力を増強する、尾池城を強化する事と合わせれば、一石三鳥である!

 「攻めるには頃合いと言う事か?」

 「今暫く御待ちになる方が好いかと思われます。」

 「理由は?」

 「逃亡に業を煮やした城代が、逃亡兵を切り殺したと、先程捕まえた兵が申しておりました。今暫く気勢を上げて、埴原城の守備兵に圧力をおかけに成れば、恐怖に駆られた雑兵は城代達を増悪する様になりましょう、その後に城攻め為されれば、雑兵共は抵抗することなく降伏するか、寝返って城代達に刃を向けましょう。」

 「好い策だ、今暫く築城と気勢に専念しよう。」


 『林城』

 「将監(しょうげん)! 甲斐の鬼畜が尾池砦を強化しておるのを見逃してよいのか!」
 小笠原長時は、後見人で有る神田将監に苛立ちを隠さず、叩き付ける様に話しかける。

 「鬼畜共は1万の兵を集めておりますが、我らの城に集まった兵は3000少し、この兵力差で城攻めは無理でございます。」

 「ならば、3000兵を率いて埴原城に籠ってはどうじゃ!」

 「我が鬼畜共の軍師なれば、埴原城の抑えに4000兵を残し、残った6000兵でこの林城に攻め掛かる策を提案いたします。」

 「糞! 糞! 糞! 城攻めも出来ぬ、埴原城に援軍にも行けぬ、我の威信は地に落ちてしまうではないか!、どうにか致せ将監。」

 「されば、埴原城を放棄して将兵を救いなされませ。」

 「我が最強の城を、戦いもせず明け渡せと申すのか! この戯けが!!」

 「このままでは、埴原城が落城するのは時間の問題、なれば城を放棄して将兵を救い、信濃の国衆の心を掴みなされませ、更に守備兵を無駄に死なせず、林城に迎え入れれば500の兵力が増えます、3000の兵力しかない我らには、500の兵を無駄死にさせる余裕はございません!」

 「え~~~~い、糞! やむを得ん、埴原城代に城を捨てて我が下に集うよう使者を出せ!」

 「承りました。」


 7月10日『尾池砦(尾池城)』

 「若殿!埴原城が燃えておりまする!!」
 漆戸虎光が、慌てて駆け込んで来た。

 「うむ、判っておる、小笠原長時が守り切れぬと判断したのであろう。好き判断だ、無駄死にさせるよりは、林城の手勢に加えた方が有効に使える。」

 「若殿!そこまで分かっておられるのなら、何故追い討ち命じられないのですか、急ぎ御命じ下さい。」

 「虎光、逃亡兵を討ち取り、小笠原長時の兵力を減らすのも1つの策だが、それよりも小笠原勢に合流させて、我ら強さを広めさせるのも1つの策じゃ、今大切なのは堅固な埴原城の火事を消化し、確実に我らの物にすることじゃ。」

 
 「は!諸将に指図してまいります!」
 近習衆が俺の指図を伝えに駆けだしていった。

 こうして俺は、将兵に損害を出す事無く埴原城を手に入れた。
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