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第二部 少年期のはじまり

第百五話 ヴィオラの定宿

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 さて、ちょっと寄り道をしてしまったが、不思議な服屋での買い物の後は、まっすぐに目的の場所へと向かった。
 目的の場所、それはヴィオラがいつも王都での滞在場所としている定宿の事である。
 その宿の名前は、子猫の遊び場亭という、ちょっと変わった名前の宿だった。


 「さ、シュリ。行きましょ」


 いい買い物をしたためか、とてもご機嫌なヴィオラに手を引かれ、シュリは子猫の遊び場亭の扉をくぐる。
 すると、


 「へい、らっしゃーい!!」


 そこにはとても威勢のいい、二足歩行の白虎がいた。
 牙がずらりと並んだ口を開けて目を細める様子はとても凶悪だった。
 恐らく、シュリが一人でこの宿を尋ねたのだったら、即座に回れ右をしていただろう。


 「ちょっとぉ、ハクレン。相変わらず凶悪な笑い顔ね~。うちの孫が怖がってんでしょうが」


 シュリの体が強ばったことを敏感に察知したのだろう。
 ヴィオラはさっとシュリを抱き上げて、屈強な白虎を軽くにらんだ。
 白虎は困ったように肩をすくめ、


 「おいおい、来て早々そんなに責めてくれるなや。俺だって好きでこんな面してんじゃねぇんだからよ……って、いま、なんて言った?孫って言ったか??」


 申し訳なさそうに言った後、ヴィオラの孫発言に食いついた白虎は、まじまじとシュリの顔をのぞき込んでくる。
 その見た目は今にも食べられてしまいそうなほど怖かったが、中身はいい人だと分かったシュリは、ちょっとひきつりつつもなんとか笑みを浮かべた。
 ヴィオラはそんなシュリをハクレンと呼んだ白虎の方へ突き出して、


 「そうよぉ?私の孫。シュリっていうの。可愛いでしょ~」


 自慢げにそう言った。
 ハクレンの迫力のある顔が、今にも触れんばかりの距離に近づいて、シュリの顔が思わずひきつる。
 だが、ハクレンは他人のそんな反応に慣れているのか、まるで気にした風もなく、物珍しそうにシュリを眺めていた。


 「ヴィオラの孫にしちゃあ、上品そうな坊主だな。シュリ、だったか?怖がらせちまって悪いなぁ。俺ぁ、ハクレンって言うんだ。この宿の、厨房を担当してる。後でうまいメシを食わせてやるから、勘弁してくれや」

 「僕こそ、怖がっちゃってごめんなさい。シュリナスカ・ルバーノです。えっと、ハクレンさん?よろしくお願いします」

 「ハクレン、でいいよ。さんづけはくすぐったくていけねぇや。俺も、シュリって呼ばせて貰うよ。ヴィオラには昔から世話になってる。こちらこそ、よろしく頼むよ」


 ハクレンはにかっと迫力のある笑顔で笑い、大きな手でわしわしとシュリの首がもげそうな勢いでその頭を撫でてから、屈めていた体をまっすぐ伸ばした。
 その顔をヴィオラが見上げ、


 「そういえば、何で厨房担当のあんたがここにいるの?あんたが接客したら、お客さん、全部逃げちゃうでしょ?」

 「う……否定出来ねぇところがつらいな」

 「で、何組逃げられた?」

 「……五、六組は逃げられたかな。そんなわけで、お前さん達が本日最初のお客様だよ」

 「やっぱりねぇ……ね、ナーザはどうしたの?ジャズは??」

 「あ~、二人はちょっと、出かけててな……」


 ヴィオラの質問に、歯切れ悪く答えるハクレン。
 そんな彼の様子に、ははーんと訳知り顔をし、


 「なぁに?また夫婦喧嘩??」


 さくっと、つっこんだ。
 それを受けたハクレンがうぐっと苦虫を噛み潰したような顔をするのを面白そうに眺め、


 「まあその話は後で詳しく聞くとして、とりあえずは部屋で休ませてくれない?アズベルグからはるばる来たから疲れてるのよ」


 そう言って、部屋の鍵をさっさとよこせとばかりに、手のひらを上に向けてハクレンに突きつけた。


 「お、おう。いつもの部屋でいいよな?二階の角部屋だ。食事は朝食と夕食がついてるから、下に来てくれたら出してやる。湯がほしいようなら言ってくれ。それにしても、アズベルグとは、ずいぶん遠くから来たんだな。国境近くの地方都市だろ?確か。ま、つもる話は後にして、まずはゆっくり休んでくれ」


 ハクレンは手早く部屋の鍵を取りだしてヴィオラの手のひらに乗せると、二人を階上へと送り出した。
 ヴィオラは慣れた様子で階段を上がり、角の部屋の鍵を開けて中へ。
 そこは中々広い、手入れの行き届いた居心地が良さそうな部屋だった。
 ベッドが二つと、簡素なテーブルとイス。それから荷物を入れておくための収納が付いていた。

 ヴィオラはとりあえず、シュリを片方のベッドに降ろして、自分もその横にごろんと寝転がる。
 そしてそのままうとうとと微睡みはじめた。
 シュリはそんなヴィオラの顔をのぞき込んで、


 「おばー様、寝るの?」


 そんな風に問いかける。ヴィオラは半分寝かけたまま、にへっとゆるーい笑みを浮かべ、


 「ん~。ちょっとだけ。夕飯までに起きるわ。シュリも、ちょっと寝るといいわよ」


 そう言うと、シュリが返事をするよりもはやく眠りについた。
 シュリはその寝付きの良さに目を見張り、それから仕方ないなぁと微笑んでから、せっせとヴィオラの履いたままのブーツを脱がしてやった。
 そして、ベッドの足下にあった毛布をヴィオラの体にかけてやってから、自分ももそもそとその中へと潜り込んだ。
 そっとヴィオラに寄り添えば、彼女の腕が伸びてきて、ぎゅう~っと抱きしめられる。


 (ちょっと窮屈だけど、ま、いいか)


 そんな事を思いつつ、シュリは目を閉じる。
 今日はとにかく朝早くから色々な事があった。
 ちょっと昼寝くらいしても罰は当たらないはずだと思いながら、シュリもゆっくりと眠りの淵へと落ちていく。
 完全に眠りに落ちる直前、


 (あ、そういえば、ジュディス達に詳しい説明、してないや……)


 そう思ったものの、疲れ果てた体は思った以上に眠りを欲していた様で。
 それ以上の事を考えることすら出来ずに、シュリは心地よい眠りの中へと落ちていった。
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