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第五章 マルシカから第六王家の所領への関所まで
2、聖王都から伸びる影☆コレクションされた日本人
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☆☆☆アールファン聖王国
アークライト・R・アルファン公爵邸には、一人の日本人がいる。彼が、ここに来てから6年程の時が過ぎている。
彼のジョブは傍観者というレアジョブであり、セーフティゾーンというレアスキルを覚えていた。
彼は約20年前この異世界に転移して、スキルの恩恵で生き延びてきた。
当初の生活費は転移サポートの金で、その後は転移時の持ち物を売った。そして、その流れで物の売り買いを始める事になった。
安全に町を行き来できるスキルを持つ身に、行商人は天職と言ってよかっただろう。
空間に作用するスキルを持つジョブは相性が良かったようで、アイテムボックスのスキルも覚える事が出来た。
彼は異世界で順調に人生を送り、結婚をして子供にも恵まれた。
「おと~さん!」
「あなた、公爵様が……。お帰りになられるようです」
最愛の妻と子が、虜囚の部屋を訪れる……。
セーフティゾーンは、傍観者でいる限り安全が保障されるレアスキル。彼は自分ひとりなら、いつでも逃げ出す事ができる。
だが、彼は思い知っている。傍観者では、いられない事が世の中にはあるのだと……。
「エチゴヤ~、エチゴヤを呼んで参れ!」
公爵は、屋敷に帰ると声を上げた。
集まった家臣の前で、公爵はマルシカで手に入れたブランドボールペンを披露した。黒色、青色、赤色と、カチリカチリと色を変えながら、書いていく。
「このような品見たこともない」
「流石は公爵様です」
「なんとも、すばらしい……」
公爵は賛美の声に気をよくすると、自らがエチゴヤと呼んだ男を見て言った。
「これは、ダンジョンの品か? それとも……異世界の品か?」
エチゴヤと呼ばれる男は思う、公爵の部下で真偽のスキルを持つハッチがいる。うそは許されない。その男、エチゴヤは答えた。
「異世界の物で……ございます」
その言葉に公爵が破顔した。目がギラギラと欲望に輝いていく。
「これを見て、分かる事はあるか?」
「高級品のボールペンで、贈答品として送られる事が多い品物でございます。持ち主の名前が此処に……。姓は山本で名前は、かきくけこの音で始まる事を示しています」
「どのような名前だ? 性別は分からぬのか?」
「性別は分かりません。カズヤ、カズミ、カズト、カエデ、キミト、キョウイチ、キヨミ、キョウカ……名前は、多すぎて分かりかねます」
「まあ、仕方ないか……。ヤマモトの姓と異国風で、かきくけこの音で始まる名前か」
そう言うと公爵は、エチゴヤを見る……。そして、ニヤリと嫌らしそうに笑いながら呟いた。
「やはり、爺よりは若い娘がよいなぁ。その異世界人が、美しい娘だったら良いのだが……」
『すまない、すまない、すまない……』エチゴヤと呼ばれる男は、ひたすら心の中で謝る事しかできなかった。
「ハッチ?」
「ウソは、ないようでやす」
「うむ。……カーク! この異世界人を探し出せ! そして……分かっているな?」
☆☆☆
昨日、マルクマの町に着いた。今日もう一泊して、ボク達はマルクマの町をめぐる予定である。
商店を回り、必要な品物を買い足していく。冒険者ギルドに顔を出し近隣の情報を手に入れると、格闘スキル練習用の部屋を借りた。
この部屋は防音にも優れていて、意外と使い勝手が良いのだ。
お菓子で頑張りすぎて生成するのが遅れたけど、二人にはアウトドア用の腕時計をプレゼントしたいと思っている。
ぽち、たま、うさ子も懐いていて、命の恩人でもある。これからの旅で、時間を合わせることは大切な事だと思うのだ。
操作が複雑で教えるのに、時間を取られそうだ。と言うのも、後回しにした理由の一つだ。
アナログ針なので、時間だけなら分かり易いのだが、デジタル表示部分もあり、方位計、温度計、高度計、気圧計、アラーム、ストップウォッチと多機能なのである。
「ぽち、たま、うさ子、まわりは大丈夫?」
『『『だいじょうぶ~』』』
部屋に入ると、周囲の警戒を3匹にまかせる。3匹はキャリーバックから飛び出して、じゃれあい始めた。
「実は、お二人にプレゼントしたい物があります」
そう言うとボクは、腕時計を二人に差し出した。
最初、その正体が分からなかったようだ。まずマリアさんが気が付いた。
「これは、まさか……時計ですか?」
「……時計?」
「はい、腕時計です」
左手の腕時計を見せながらボクは言った。時計のベルトは調節可能なものだ。ブランカさんが、顔に疑問を浮かべたままマリアさんをみる。
「……とても、高価なものです。私が見たことのある時計は、小さな部屋ほどの大きさがありました。これは、とても人の作れるような物とは思えません」
「ダンジョン産……?」
「待ち合わせとか、作戦のタイミングを合せるのに便利なんですよ」
二人で顔を見合わせて、しばらくするとマリアさんが言った。
「こんな高価なものは受け取れません」
高価すぎて受け取れないとか、ブランカさんもマリアさんも良い人過ぎる。こんな二人だから受け取ってもらいたい。
「これは、ボクから二人への信頼の証です」
ハッとした表情を浮かべる二人に、ボクは畳み掛ける。
「この国で、知り合いのいないボク達が信用できる人は少ないです。ボク達が安心できる相手になっていただけませんか?」
ぽち、たま、うさ子も、ここぞと駆けつける。うるうるとした瞳で見上げた。
「出所は秘密にして、ダンジョン産という事にしておいてください。その他にも色々と秘密が多いですが……。よろしくお願いします」
「「その信頼、命に変えて……守ります」」
いや、そこまで言われると重いです。何か怖いです……。
そして昨夜、こちらの言語で書き直した要点のメモを渡し説明を始める。
説明が終わると、ブランカさんが助けを求めるようにボクとマリアさんを交互に見ていた。マリアさんは理解したようで、メモを確認している。
ボクはマリアさんに、丸投げする事を決意した……。
そっと目をそらすと、ブランカさんはマリアさんの方をじっと見つめ続けた……。マリアさんが気が付くまで。
「あ~っ、ブランカには……。理解できるまで、今夜にでも説明しておきます」
今夜ブランカさんは寝られるのだろうか?
問題は、時計の機能だけではない。この世界の一般人の時間の基準は、朝6時頃から2時間ごとに鳴る鐘の音と、影の位置なのである。
それに、今後この世界の時間の分割が一日24分割になるとは限らない。ボクらが慣れ親しんでいる時間の方式も知らなければ、なかなか難しいモノかも知れない。
日本人と見間違える異世界人は少ない。しかし居ない訳では、なかったりする。
潮流の関係で第一王家の所領の北の島に、東の海の向こうから今でも船が時々流れつく事があるそうだ。
そこから大陸に渡り何百年もの時がたった。今では少ないとは言え、珍しいというほどの人種的特徴では無くなっていた。
マルクマの町で、日本人に見える人を見つけてるとボクは小声で呟いた。
「ちゃちゃちゃ、にっぽん!ちゃちゃちゃ、にっぽん!」
この呟きに反応した人は、まだ居ないのだが……。
「な、何ですの? その《ちゃちゃちゃ、にっぽん!》というのは?」
「妙に、心躍る言葉ですね……」
マリアさんが聞き返し、ブランカさんが感想をもらした。ああ、東京オリンピック……見たかったなぁ。
今のところの異世界転移、日本からアールファン大陸に来る確率が非常に高い。そして転移サポートが必要になるのは10年に1度くらいである。
この異世界では、子供過ぎても年寄りすぎても生き残る事は難しいだろう。
あまり期待してはいけないのだ。
それでも出来る事は、しておくべきだろう。この世界の店に、日本製品が売られていないか? 日本人に見える人は、日本人なのかどうか?
異世界でも良い人達に恵まれた。同じ日本人同士なら、もっと信用できるに違いない。困っていたら助けて上げられる。助け合って生きていこう。
ボクは、そう思っていたんだ……。
アークライト・R・アルファン公爵邸には、一人の日本人がいる。彼が、ここに来てから6年程の時が過ぎている。
彼のジョブは傍観者というレアジョブであり、セーフティゾーンというレアスキルを覚えていた。
彼は約20年前この異世界に転移して、スキルの恩恵で生き延びてきた。
当初の生活費は転移サポートの金で、その後は転移時の持ち物を売った。そして、その流れで物の売り買いを始める事になった。
安全に町を行き来できるスキルを持つ身に、行商人は天職と言ってよかっただろう。
空間に作用するスキルを持つジョブは相性が良かったようで、アイテムボックスのスキルも覚える事が出来た。
彼は異世界で順調に人生を送り、結婚をして子供にも恵まれた。
「おと~さん!」
「あなた、公爵様が……。お帰りになられるようです」
最愛の妻と子が、虜囚の部屋を訪れる……。
セーフティゾーンは、傍観者でいる限り安全が保障されるレアスキル。彼は自分ひとりなら、いつでも逃げ出す事ができる。
だが、彼は思い知っている。傍観者では、いられない事が世の中にはあるのだと……。
「エチゴヤ~、エチゴヤを呼んで参れ!」
公爵は、屋敷に帰ると声を上げた。
集まった家臣の前で、公爵はマルシカで手に入れたブランドボールペンを披露した。黒色、青色、赤色と、カチリカチリと色を変えながら、書いていく。
「このような品見たこともない」
「流石は公爵様です」
「なんとも、すばらしい……」
公爵は賛美の声に気をよくすると、自らがエチゴヤと呼んだ男を見て言った。
「これは、ダンジョンの品か? それとも……異世界の品か?」
エチゴヤと呼ばれる男は思う、公爵の部下で真偽のスキルを持つハッチがいる。うそは許されない。その男、エチゴヤは答えた。
「異世界の物で……ございます」
その言葉に公爵が破顔した。目がギラギラと欲望に輝いていく。
「これを見て、分かる事はあるか?」
「高級品のボールペンで、贈答品として送られる事が多い品物でございます。持ち主の名前が此処に……。姓は山本で名前は、かきくけこの音で始まる事を示しています」
「どのような名前だ? 性別は分からぬのか?」
「性別は分かりません。カズヤ、カズミ、カズト、カエデ、キミト、キョウイチ、キヨミ、キョウカ……名前は、多すぎて分かりかねます」
「まあ、仕方ないか……。ヤマモトの姓と異国風で、かきくけこの音で始まる名前か」
そう言うと公爵は、エチゴヤを見る……。そして、ニヤリと嫌らしそうに笑いながら呟いた。
「やはり、爺よりは若い娘がよいなぁ。その異世界人が、美しい娘だったら良いのだが……」
『すまない、すまない、すまない……』エチゴヤと呼ばれる男は、ひたすら心の中で謝る事しかできなかった。
「ハッチ?」
「ウソは、ないようでやす」
「うむ。……カーク! この異世界人を探し出せ! そして……分かっているな?」
☆☆☆
昨日、マルクマの町に着いた。今日もう一泊して、ボク達はマルクマの町をめぐる予定である。
商店を回り、必要な品物を買い足していく。冒険者ギルドに顔を出し近隣の情報を手に入れると、格闘スキル練習用の部屋を借りた。
この部屋は防音にも優れていて、意外と使い勝手が良いのだ。
お菓子で頑張りすぎて生成するのが遅れたけど、二人にはアウトドア用の腕時計をプレゼントしたいと思っている。
ぽち、たま、うさ子も懐いていて、命の恩人でもある。これからの旅で、時間を合わせることは大切な事だと思うのだ。
操作が複雑で教えるのに、時間を取られそうだ。と言うのも、後回しにした理由の一つだ。
アナログ針なので、時間だけなら分かり易いのだが、デジタル表示部分もあり、方位計、温度計、高度計、気圧計、アラーム、ストップウォッチと多機能なのである。
「ぽち、たま、うさ子、まわりは大丈夫?」
『『『だいじょうぶ~』』』
部屋に入ると、周囲の警戒を3匹にまかせる。3匹はキャリーバックから飛び出して、じゃれあい始めた。
「実は、お二人にプレゼントしたい物があります」
そう言うとボクは、腕時計を二人に差し出した。
最初、その正体が分からなかったようだ。まずマリアさんが気が付いた。
「これは、まさか……時計ですか?」
「……時計?」
「はい、腕時計です」
左手の腕時計を見せながらボクは言った。時計のベルトは調節可能なものだ。ブランカさんが、顔に疑問を浮かべたままマリアさんをみる。
「……とても、高価なものです。私が見たことのある時計は、小さな部屋ほどの大きさがありました。これは、とても人の作れるような物とは思えません」
「ダンジョン産……?」
「待ち合わせとか、作戦のタイミングを合せるのに便利なんですよ」
二人で顔を見合わせて、しばらくするとマリアさんが言った。
「こんな高価なものは受け取れません」
高価すぎて受け取れないとか、ブランカさんもマリアさんも良い人過ぎる。こんな二人だから受け取ってもらいたい。
「これは、ボクから二人への信頼の証です」
ハッとした表情を浮かべる二人に、ボクは畳み掛ける。
「この国で、知り合いのいないボク達が信用できる人は少ないです。ボク達が安心できる相手になっていただけませんか?」
ぽち、たま、うさ子も、ここぞと駆けつける。うるうるとした瞳で見上げた。
「出所は秘密にして、ダンジョン産という事にしておいてください。その他にも色々と秘密が多いですが……。よろしくお願いします」
「「その信頼、命に変えて……守ります」」
いや、そこまで言われると重いです。何か怖いです……。
そして昨夜、こちらの言語で書き直した要点のメモを渡し説明を始める。
説明が終わると、ブランカさんが助けを求めるようにボクとマリアさんを交互に見ていた。マリアさんは理解したようで、メモを確認している。
ボクはマリアさんに、丸投げする事を決意した……。
そっと目をそらすと、ブランカさんはマリアさんの方をじっと見つめ続けた……。マリアさんが気が付くまで。
「あ~っ、ブランカには……。理解できるまで、今夜にでも説明しておきます」
今夜ブランカさんは寝られるのだろうか?
問題は、時計の機能だけではない。この世界の一般人の時間の基準は、朝6時頃から2時間ごとに鳴る鐘の音と、影の位置なのである。
それに、今後この世界の時間の分割が一日24分割になるとは限らない。ボクらが慣れ親しんでいる時間の方式も知らなければ、なかなか難しいモノかも知れない。
日本人と見間違える異世界人は少ない。しかし居ない訳では、なかったりする。
潮流の関係で第一王家の所領の北の島に、東の海の向こうから今でも船が時々流れつく事があるそうだ。
そこから大陸に渡り何百年もの時がたった。今では少ないとは言え、珍しいというほどの人種的特徴では無くなっていた。
マルクマの町で、日本人に見える人を見つけてるとボクは小声で呟いた。
「ちゃちゃちゃ、にっぽん!ちゃちゃちゃ、にっぽん!」
この呟きに反応した人は、まだ居ないのだが……。
「な、何ですの? その《ちゃちゃちゃ、にっぽん!》というのは?」
「妙に、心躍る言葉ですね……」
マリアさんが聞き返し、ブランカさんが感想をもらした。ああ、東京オリンピック……見たかったなぁ。
今のところの異世界転移、日本からアールファン大陸に来る確率が非常に高い。そして転移サポートが必要になるのは10年に1度くらいである。
この異世界では、子供過ぎても年寄りすぎても生き残る事は難しいだろう。
あまり期待してはいけないのだ。
それでも出来る事は、しておくべきだろう。この世界の店に、日本製品が売られていないか? 日本人に見える人は、日本人なのかどうか?
異世界でも良い人達に恵まれた。同じ日本人同士なら、もっと信用できるに違いない。困っていたら助けて上げられる。助け合って生きていこう。
ボクは、そう思っていたんだ……。
応援ありがとうございます!
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