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28話 棟梁無双
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銭湯の建設工事が着工して数日が経つのだが……
……クソ早ぇな、おい。
何と言うか、やっぱりプロが一人いるだけで、随分と違うものだと思い知らされた。
たったこの数日で、銭湯はすっかりらしい形になっていたのだ。
見に来る度に、どんどん進んでるんだよなぁ。
とん・てん・かん、とん・てん・かんと、作業音が鳴り響く中、俺はほぼ出来上がっている銭湯の外観を見上げて感嘆のため息を吐いた。
今日も学校終わりに、工事の進捗確認プラス作業のために、現場へと足を運でいた。
……と言っても、学校からは5分と離れていないご近所なんですけどね。
で、それが最近の俺の日課だった。
勿論、工事には毎日参加していた。学校が終ったあとは言うに及ばず、一時間目も参加出来るときは極力顔を出していた。
おかげで、作業に当たっている戻り組みの人たちとか、棟梁とは随分と仲良くなった。
そうそう、棟梁に選んだあの男性は、実は凄い人だった。
何が凄いって、作業速度が誰よりも速いうえ、指示の手際が半端なく良いのだ。
彼は実際の作業に入る前に、作業員を数人ずつのグループに分けた。
そして、一つのグループに一つの仕事を振り、それだけを徹底的に進めるように指示を出したのだ。
資材置き場から資材を運ぶだけのグループ、ひたすら木を加工するだけのグループ、レンガを積んでいくだけのグループと言った具合にだ。
“所詮は素人の集まりだ。連携を取った動きなんて出来るはずもない。
だったら、一つの事だけを覚えてそれだけを上達してもらった方が、全体の作業スピードの向上に繋がる”
と言うのが、以前棟梁と話した時に、彼が語った言葉……を要約したものだった。
棟梁は基本無口な人だ。
歳は、30代前後と言ったところだろうか?
間違いなく、うちのパパンよりは上だろう。
何時も眉間に皺を寄せて……所謂、むっつりとした表情をしている人だった。
そのくせ、仕事中は声を張り上げて、バシバシと指示を飛ばしている。
仕事以外の会話をほとんどしない、そんな人なので全然気づかなかったのだが……
実は、棟梁は村長のとこの三男だと言う事を最近知った。
……だから、そう言う事は先に言えよ村長ぉ~。
まぁ、村長のとこの家族構成なんて知ったところで何が変わる訳でもないけどさ……
俺は、銭湯の入り口を潜って中に入った。
すると早速、大きな広間に出る。所謂ロビーだな。
勿論、中は土足厳禁としてあるので、靴を脱いで下駄箱へと放り込む。
今はまだ何もないが、今後いろいろな物が置かれる予定になっている。
イスにテーブル……他にも色々だ。
で、ロビーの奥の左右に一つずつの入り口がある。
男湯と女湯の入り口だな。
今の所、どっちがどっちとは決まっていないので、取り敢えず右の入り口から中に入ることにした。
奥に進めば進むほど、あの新築独特な清涼感のある木の匂いが鼻を突く。
俺、この匂い好きだわぁ~、落ち着くわぁ~。
根っこにあるのが日本人としての感性だからなのか、それともただの好みだからなのか……
木の匂いと言うのを、身近に感じるととても落ち着くのだ。
最近では、畳のあの匂いが恋しい今日この頃である……
で、直ぐに広めの脱衣所へと繋がっているのだが、こちらもまた今のところはまだ何も無いただの広間だ。
もう一つの脱衣所も似たような状態だ。
近いうちに、ロッカーや衣服を入れる籠などを搬入する予定になっている。
その肝心のロッカーは、今うちのじーさん達が作っている最中だ。で、籠はばぁちゃんたちが作っている最中だ。
……最近、じーさんを酷使し過ぎている様な気がするな……
無理のさせ過ぎは、よろしくないよな。
これが、終ったら長めの休養をあげよう。で、肩でも揉んで、労を労ってあげよう。そうしよう。
過労で死なれちゃ、かなわんからな……
過労死した俺が、誰かを過労死させるとか……冗談にしても笑えねぇよ……
なんて事を考えながら、俺はそんな簡素な脱衣所を縦断して、正面にあった一つの扉へと手を伸ばす。
この向こう側が浴室だ。
扉を開くと、これまた、だだっ広い浴室が姿を現した。
10人くらいの作業を行っている人たちに、軽く挨拶をしながら俺は浴室をペタペタと歩いていく。
今はまだ、男湯と女湯を仕切る壁が作られていないので、端から端まで筒抜け状態だ。
完成形になると、広さはこの半分になる。
俺は別にこのままでも……ってそれはもういいか。
浴室はすべてレンガ製だ。
レンガと聞くと、あの赤茶けた色をイメーズしてしまうが、別にそんな事はない。
多少ちぐはぐ感は否めないが、浴室は全体的に白に近い砂色をしていた。
赤土から作られたレンガが、赤くなるだけであって、レンガがすべてあの色になる訳ではない。
うちの村で取れる粘土だって赤じゃない。濃い砂色をしている。
で、所々に色の違うレンガが混じってちぐはぐしているのは、あちこちから買い集めた結果だ。
レンガは粘土が採取された土地によって、出来上がる色が少しずつ変わるものだ。
だがまぁ、こうして組み上げてみれば、そのちぐはぐ感がかえってモザイク調を演出していて、なかなかオサレな見た目に仕上がっているではないか。
結果オーライと言うやつだな。
浴槽は勿論、床に壁、今はまだ無い仕切り用の壁もレンガで作る事になっている。
全てレンガ製にしたのは強度や耐水性を考えると、木よりはレンガの方が長持ちするし、メンテも楽だからだ。
ただ、屋根と天井周りだけは、木製だった。
天井にレンガなんて怖くて使えないし、湿気を排気する天窓も付けないといけなかったからな。
木の浴槽と言うのも、心惹かれるものがあったが、経費を考えると断念せざるを得なかった。
はっきり言って木は高いのだ!
サイズにもよるが、同じ体積当たりの価格がざっとレンガの2~3倍はするのだ。
うちの領主が、木の無断伐採を重罪扱いしている理由だな。
領主の事は、ウワサでしか知らないが、結構金にガメツい男らしい。
別に会いたいとも思わないし、会うことも無いだろうから、気にした事なんてないけどな……
俺が足を止めたのは、長い浴槽の丁度中間部分だった。
そしてここは、男湯と女湯を分ける境界になる部分でもある。
ここに、お湯を作るためのボイラーを設置するのだ。
浴槽部分はもう完成しているので、この加熱槽周りが完成すれば一応、試運転が可能な状態ではあった。のだが……
今はまだ半分も出来ていないんだけどなっ!
稼動チェックが、俺待ちってのはなんだか気が引けるが、だってしょうがないじゃないか……学校があるんですもの……
資材の運搬を担当してもらっている人たちには、村で作っている変な模様が入ったレンガは全て中央付近に運んでもらうようにお願いしていた。
あとは、このレンガを組み上げていくだけだ。
さぁーてっ!
では、今日も一日、お勤めに励もうではありませんかっ!
前回までなら、レンガを繋ぐ接着剤には、お湯で溶いた松脂モドキと黒石を砕いたものを混ぜ合わせたものを使っていたが、今回はあれの使用は見送った。
理由としては、あれはそこまでまとまった量を用意する事が出来ない事と、高温に弱いことが上げられた。
あの松脂モドキは熱湯に溶ける。
お風呂の温度……だいたい40℃くらいのお湯なら問題ないと思うのだが、絶対大丈夫と言う確信は持てなかった(川辺に作った試作風呂は、その松脂モドキを使って作ったのだが、3基とも未だ健在である)。更に、加熱部分の温度ともなれば、より高い温度になる事は必至だ。
今回は、建物の規模も大きく、しかも、中には大勢の人が入る事になる。
建物が崩れる可能性など、万が一、億が一にもあってはいけないのだ。
そのため、極力、不安要素は排除する方向で、今回の工事ではあの松脂モドキは一切使用していない。
では、代わりに何を使っているかと言うと、セメントだった。
そう、セメントが手に入ったのだ。
正確には、“石膏によく似た性質の鉱物が手に入った”のだ。
松脂モドキを使わない。と言うのは、早期の段階から決めていた。
なので、松脂モドキに代わる接着剤がないかと、資材調達の依頼のついでにイスュに相談した所、心当たりがあるとの事だったったので、今回用立ててもらったのだ。
それが、まんま石膏だった、と言うわけだ。
セメントとは、水なんかを加えたら化学反応を起して固まる物全般を指す言葉で、色々な種類のセメントがある。
ぶっちゃけ、アスファルトや樹脂だってセメントに分類されるくらいだ。
で、この石膏(確か、なんとかって名前があったが忘れたので、もう石膏でいいや)に砂を混ぜたものをモルタルと言う。
今回のレンガの接着は、全てこのモルタルを使っている。
正確な合成比率など、知るはずもないのでその辺りはまぁ……適当だ。
ただ、水は多くし過ぎない様にだけは注意していた。
水分が多過ぎると、強度が一気に低くなってしまうからな。
昔(生前基準)、大量の水でかさ増ししたコンクリートを建材として使って、数年後に建てたビルが倒壊した。なんて、ニュースがやっていたっけか……
ああいう風にはしたくない。
かと言って、水が少なすぎると、ぼそぼそになってしまい今度は施工し難くなるうえ、水と反応することで硬化するので、反応が十分に行われず強度が下がってしまう……難しいね。
しかも、厚みも厚過ぎても、薄過ぎても良い事がないため、丁度良い分量にするのに難儀した……難しいね。
俺は、近くで作業をしていたにーさんたちから、分けてもらったモルタルをペタペタレンガに塗ってはこつこつと新しいレンガを積んでいった。
そんな作業をどれくらい続けていただろうか……
突然、手元にぬっと影が差した。
何事かと見上げたら、そこには棟梁が立って俺の事を見下ろしていた。
相変わらず、眉間の皺がすごいな……
ただ立っているだけなのに、すげー怒っている様に見える。
「あっ、棟りょ……」
「貸せ……お前がやっていたんじゃ終らん……」
棟梁は、俺の言葉など無視して、俺からコテ(の代用に使っていた、ヘラの様なもの)を奪うと、サクサク作業を進めていった。
あれ?
これってもしかして、様ではなくて、本当に怒っているのではなかろうか?
……俺の仕事が遅いから。
「このレンガはここでいいのか?」
「あっ、はい……」
棟梁の言葉に、俺の声が若干引きつった……
そして、俺がまごついていた部分を一瞬で終らせてしまった。
「次は……?」
「あっ、足元にあるやつを左から順番に使います」
「ん……」
それだけ言うと、棟梁はまた作業を再開した。
少しして……
「この部分が分るのは、お前だけなんだろ?
作業は俺がやる。
だから、お前は次の分の用意と、指示だけ出していればいい……」
棟梁は作業を続けながらそう言って来た。
つまり“お前は遅くて仕事の邪魔だから、俺が代わりにやる。お前は準備と、指示だけしてろ”と言う事だな。
……これはまた、すまんこってす。
「では、一つよろしくお願いします棟梁」
俺は、棟梁に深々と頭を下げると、レンガの準備へと取り掛かった。
にしても……
棟梁ってば、左官業の経験でもあるのだろうか?
びっくりするぐらい、手際が良いのですが……
こっちの世界の建築技術についてはよく知らないが、こっちでもコンクリやモルタルなんかを使ったりするのだろうか?
今度聞いてみよう……
俺と棟梁が交代したことで、作業スピードが飛躍的に上昇し、加熱槽の製作はその日のうちに完成してしまった。
俺のあの苦労ってば一体なんだったのか……
もう、棟梁に全部お任せでいいんじゃないかな?
こうして完成した加熱槽は、余裕をもって2日の乾燥期間をおいてからテストを行った。
加熱槽の部分だけに水を入れて、魔術陣を起動。
水は何の問題もなく、短時間でお湯となった。
その実験風景を見ていた、作業員たちからは響きが起こったが、この反応にはもう慣れたものだ。
脱衣所のロッカーの搬入は終った。衣服をしまう籠の設置も済んだ。
肝心の男湯と女湯の向きも決めた。
で、その男湯と女湯を分ける仕切りの壁も直に完成する……
この調子なら、明日の夜には開店出来そうだな。
この銭湯にはいろいろと、趣向を凝らした物をふんだんに取り入れてみた。
これを見て、村人たちがどう反応するのか、実に楽しみだ。
帰りにでも、村の掲示板に銭湯のオープンのお知らせを載せる事にしよう。
……クソ早ぇな、おい。
何と言うか、やっぱりプロが一人いるだけで、随分と違うものだと思い知らされた。
たったこの数日で、銭湯はすっかりらしい形になっていたのだ。
見に来る度に、どんどん進んでるんだよなぁ。
とん・てん・かん、とん・てん・かんと、作業音が鳴り響く中、俺はほぼ出来上がっている銭湯の外観を見上げて感嘆のため息を吐いた。
今日も学校終わりに、工事の進捗確認プラス作業のために、現場へと足を運でいた。
……と言っても、学校からは5分と離れていないご近所なんですけどね。
で、それが最近の俺の日課だった。
勿論、工事には毎日参加していた。学校が終ったあとは言うに及ばず、一時間目も参加出来るときは極力顔を出していた。
おかげで、作業に当たっている戻り組みの人たちとか、棟梁とは随分と仲良くなった。
そうそう、棟梁に選んだあの男性は、実は凄い人だった。
何が凄いって、作業速度が誰よりも速いうえ、指示の手際が半端なく良いのだ。
彼は実際の作業に入る前に、作業員を数人ずつのグループに分けた。
そして、一つのグループに一つの仕事を振り、それだけを徹底的に進めるように指示を出したのだ。
資材置き場から資材を運ぶだけのグループ、ひたすら木を加工するだけのグループ、レンガを積んでいくだけのグループと言った具合にだ。
“所詮は素人の集まりだ。連携を取った動きなんて出来るはずもない。
だったら、一つの事だけを覚えてそれだけを上達してもらった方が、全体の作業スピードの向上に繋がる”
と言うのが、以前棟梁と話した時に、彼が語った言葉……を要約したものだった。
棟梁は基本無口な人だ。
歳は、30代前後と言ったところだろうか?
間違いなく、うちのパパンよりは上だろう。
何時も眉間に皺を寄せて……所謂、むっつりとした表情をしている人だった。
そのくせ、仕事中は声を張り上げて、バシバシと指示を飛ばしている。
仕事以外の会話をほとんどしない、そんな人なので全然気づかなかったのだが……
実は、棟梁は村長のとこの三男だと言う事を最近知った。
……だから、そう言う事は先に言えよ村長ぉ~。
まぁ、村長のとこの家族構成なんて知ったところで何が変わる訳でもないけどさ……
俺は、銭湯の入り口を潜って中に入った。
すると早速、大きな広間に出る。所謂ロビーだな。
勿論、中は土足厳禁としてあるので、靴を脱いで下駄箱へと放り込む。
今はまだ何もないが、今後いろいろな物が置かれる予定になっている。
イスにテーブル……他にも色々だ。
で、ロビーの奥の左右に一つずつの入り口がある。
男湯と女湯の入り口だな。
今の所、どっちがどっちとは決まっていないので、取り敢えず右の入り口から中に入ることにした。
奥に進めば進むほど、あの新築独特な清涼感のある木の匂いが鼻を突く。
俺、この匂い好きだわぁ~、落ち着くわぁ~。
根っこにあるのが日本人としての感性だからなのか、それともただの好みだからなのか……
木の匂いと言うのを、身近に感じるととても落ち着くのだ。
最近では、畳のあの匂いが恋しい今日この頃である……
で、直ぐに広めの脱衣所へと繋がっているのだが、こちらもまた今のところはまだ何も無いただの広間だ。
もう一つの脱衣所も似たような状態だ。
近いうちに、ロッカーや衣服を入れる籠などを搬入する予定になっている。
その肝心のロッカーは、今うちのじーさん達が作っている最中だ。で、籠はばぁちゃんたちが作っている最中だ。
……最近、じーさんを酷使し過ぎている様な気がするな……
無理のさせ過ぎは、よろしくないよな。
これが、終ったら長めの休養をあげよう。で、肩でも揉んで、労を労ってあげよう。そうしよう。
過労で死なれちゃ、かなわんからな……
過労死した俺が、誰かを過労死させるとか……冗談にしても笑えねぇよ……
なんて事を考えながら、俺はそんな簡素な脱衣所を縦断して、正面にあった一つの扉へと手を伸ばす。
この向こう側が浴室だ。
扉を開くと、これまた、だだっ広い浴室が姿を現した。
10人くらいの作業を行っている人たちに、軽く挨拶をしながら俺は浴室をペタペタと歩いていく。
今はまだ、男湯と女湯を仕切る壁が作られていないので、端から端まで筒抜け状態だ。
完成形になると、広さはこの半分になる。
俺は別にこのままでも……ってそれはもういいか。
浴室はすべてレンガ製だ。
レンガと聞くと、あの赤茶けた色をイメーズしてしまうが、別にそんな事はない。
多少ちぐはぐ感は否めないが、浴室は全体的に白に近い砂色をしていた。
赤土から作られたレンガが、赤くなるだけであって、レンガがすべてあの色になる訳ではない。
うちの村で取れる粘土だって赤じゃない。濃い砂色をしている。
で、所々に色の違うレンガが混じってちぐはぐしているのは、あちこちから買い集めた結果だ。
レンガは粘土が採取された土地によって、出来上がる色が少しずつ変わるものだ。
だがまぁ、こうして組み上げてみれば、そのちぐはぐ感がかえってモザイク調を演出していて、なかなかオサレな見た目に仕上がっているではないか。
結果オーライと言うやつだな。
浴槽は勿論、床に壁、今はまだ無い仕切り用の壁もレンガで作る事になっている。
全てレンガ製にしたのは強度や耐水性を考えると、木よりはレンガの方が長持ちするし、メンテも楽だからだ。
ただ、屋根と天井周りだけは、木製だった。
天井にレンガなんて怖くて使えないし、湿気を排気する天窓も付けないといけなかったからな。
木の浴槽と言うのも、心惹かれるものがあったが、経費を考えると断念せざるを得なかった。
はっきり言って木は高いのだ!
サイズにもよるが、同じ体積当たりの価格がざっとレンガの2~3倍はするのだ。
うちの領主が、木の無断伐採を重罪扱いしている理由だな。
領主の事は、ウワサでしか知らないが、結構金にガメツい男らしい。
別に会いたいとも思わないし、会うことも無いだろうから、気にした事なんてないけどな……
俺が足を止めたのは、長い浴槽の丁度中間部分だった。
そしてここは、男湯と女湯を分ける境界になる部分でもある。
ここに、お湯を作るためのボイラーを設置するのだ。
浴槽部分はもう完成しているので、この加熱槽周りが完成すれば一応、試運転が可能な状態ではあった。のだが……
今はまだ半分も出来ていないんだけどなっ!
稼動チェックが、俺待ちってのはなんだか気が引けるが、だってしょうがないじゃないか……学校があるんですもの……
資材の運搬を担当してもらっている人たちには、村で作っている変な模様が入ったレンガは全て中央付近に運んでもらうようにお願いしていた。
あとは、このレンガを組み上げていくだけだ。
さぁーてっ!
では、今日も一日、お勤めに励もうではありませんかっ!
前回までなら、レンガを繋ぐ接着剤には、お湯で溶いた松脂モドキと黒石を砕いたものを混ぜ合わせたものを使っていたが、今回はあれの使用は見送った。
理由としては、あれはそこまでまとまった量を用意する事が出来ない事と、高温に弱いことが上げられた。
あの松脂モドキは熱湯に溶ける。
お風呂の温度……だいたい40℃くらいのお湯なら問題ないと思うのだが、絶対大丈夫と言う確信は持てなかった(川辺に作った試作風呂は、その松脂モドキを使って作ったのだが、3基とも未だ健在である)。更に、加熱部分の温度ともなれば、より高い温度になる事は必至だ。
今回は、建物の規模も大きく、しかも、中には大勢の人が入る事になる。
建物が崩れる可能性など、万が一、億が一にもあってはいけないのだ。
そのため、極力、不安要素は排除する方向で、今回の工事ではあの松脂モドキは一切使用していない。
では、代わりに何を使っているかと言うと、セメントだった。
そう、セメントが手に入ったのだ。
正確には、“石膏によく似た性質の鉱物が手に入った”のだ。
松脂モドキを使わない。と言うのは、早期の段階から決めていた。
なので、松脂モドキに代わる接着剤がないかと、資材調達の依頼のついでにイスュに相談した所、心当たりがあるとの事だったったので、今回用立ててもらったのだ。
それが、まんま石膏だった、と言うわけだ。
セメントとは、水なんかを加えたら化学反応を起して固まる物全般を指す言葉で、色々な種類のセメントがある。
ぶっちゃけ、アスファルトや樹脂だってセメントに分類されるくらいだ。
で、この石膏(確か、なんとかって名前があったが忘れたので、もう石膏でいいや)に砂を混ぜたものをモルタルと言う。
今回のレンガの接着は、全てこのモルタルを使っている。
正確な合成比率など、知るはずもないのでその辺りはまぁ……適当だ。
ただ、水は多くし過ぎない様にだけは注意していた。
水分が多過ぎると、強度が一気に低くなってしまうからな。
昔(生前基準)、大量の水でかさ増ししたコンクリートを建材として使って、数年後に建てたビルが倒壊した。なんて、ニュースがやっていたっけか……
ああいう風にはしたくない。
かと言って、水が少なすぎると、ぼそぼそになってしまい今度は施工し難くなるうえ、水と反応することで硬化するので、反応が十分に行われず強度が下がってしまう……難しいね。
しかも、厚みも厚過ぎても、薄過ぎても良い事がないため、丁度良い分量にするのに難儀した……難しいね。
俺は、近くで作業をしていたにーさんたちから、分けてもらったモルタルをペタペタレンガに塗ってはこつこつと新しいレンガを積んでいった。
そんな作業をどれくらい続けていただろうか……
突然、手元にぬっと影が差した。
何事かと見上げたら、そこには棟梁が立って俺の事を見下ろしていた。
相変わらず、眉間の皺がすごいな……
ただ立っているだけなのに、すげー怒っている様に見える。
「あっ、棟りょ……」
「貸せ……お前がやっていたんじゃ終らん……」
棟梁は、俺の言葉など無視して、俺からコテ(の代用に使っていた、ヘラの様なもの)を奪うと、サクサク作業を進めていった。
あれ?
これってもしかして、様ではなくて、本当に怒っているのではなかろうか?
……俺の仕事が遅いから。
「このレンガはここでいいのか?」
「あっ、はい……」
棟梁の言葉に、俺の声が若干引きつった……
そして、俺がまごついていた部分を一瞬で終らせてしまった。
「次は……?」
「あっ、足元にあるやつを左から順番に使います」
「ん……」
それだけ言うと、棟梁はまた作業を再開した。
少しして……
「この部分が分るのは、お前だけなんだろ?
作業は俺がやる。
だから、お前は次の分の用意と、指示だけ出していればいい……」
棟梁は作業を続けながらそう言って来た。
つまり“お前は遅くて仕事の邪魔だから、俺が代わりにやる。お前は準備と、指示だけしてろ”と言う事だな。
……これはまた、すまんこってす。
「では、一つよろしくお願いします棟梁」
俺は、棟梁に深々と頭を下げると、レンガの準備へと取り掛かった。
にしても……
棟梁ってば、左官業の経験でもあるのだろうか?
びっくりするぐらい、手際が良いのですが……
こっちの世界の建築技術についてはよく知らないが、こっちでもコンクリやモルタルなんかを使ったりするのだろうか?
今度聞いてみよう……
俺と棟梁が交代したことで、作業スピードが飛躍的に上昇し、加熱槽の製作はその日のうちに完成してしまった。
俺のあの苦労ってば一体なんだったのか……
もう、棟梁に全部お任せでいいんじゃないかな?
こうして完成した加熱槽は、余裕をもって2日の乾燥期間をおいてからテストを行った。
加熱槽の部分だけに水を入れて、魔術陣を起動。
水は何の問題もなく、短時間でお湯となった。
その実験風景を見ていた、作業員たちからは響きが起こったが、この反応にはもう慣れたものだ。
脱衣所のロッカーの搬入は終った。衣服をしまう籠の設置も済んだ。
肝心の男湯と女湯の向きも決めた。
で、その男湯と女湯を分ける仕切りの壁も直に完成する……
この調子なら、明日の夜には開店出来そうだな。
この銭湯にはいろいろと、趣向を凝らした物をふんだんに取り入れてみた。
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