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42話 揚水設備を作りました・前編

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  洗濯場がある河川敷や銭湯が建っている場所は、村の立地において比較的標高が低い位置にある。
 水は低い方へと流れるのが世の摂理……
 川が流れていると言う事は、つまりその場所がこの辺りでは一番低い所、と言う事になるのだ。
 この辺りは、決して高低差の激しい土地ではないが、それでも多少の起伏はある。
 具体的には、川から村の中心に向かって緩やかに上っているのだ。
 これが、村の中に水路を通せない最大の理由だ。
 水路を造るには、水を一度高い所まで上げなくてはならない。
 ではどうやって運ぶのか?
 川があるので、水車を使って水を汲む“水汲み水車”を造る、と言うのも一つの方法ではあるがそんな大型設備なんぞ造っている時間はない。
 元の世界なら電動ポンプで揚水する事も可能だが、この世界でそれは難しい。
 勿論、銭湯の給水設備の様に、魔術陣でポンプを作り出す事自体は可能だ。
 しかし、だからと言って長距離の送水が可能かどうかはまったくの別問題だった。
 単刀直入に言おう。
 今の俺に、高所への長距離送水を可能とする魔術陣を用いた道具を作る事は無理だった。
 厳密には“無理”ではないのかも知れないが、現実的に考えて運用可能な方法ではない。
 そんな方法は最早“無理”と言って差し支えないだろう。
 これは、俺の魔術陣の技術レベルがまだ未熟である事もる事ながら、物理的な問題の方が遥かに大きかったのだ。
 俺が作る魔術陣ポンプの基本構造は、吸水口付近の水を吐水口に向かって加速して水を押し出しているものだ。
 イメージとしては、竹筒で作った水鉄砲とか心太ところてんの押し出し機とか……そんなものに近いだろうな。
 銭湯の給水設備に使っている様な、高低差も距離も低く短いようなものなら初速の勢いで一気に押し出してしまえばいいが、それが長距離……それも上りとなると、そうもいかなくなってしまう。
 例をあげるとするなら、銭湯の給水設備に使っているポンプだが、これは高さにして約3m、そこからボイラー部分まで横に約2mの全揚程約5mをカバーしている。
 つまり、この水の汲み上げに使っている魔術陣には、高さにして3m分もの水の重量が稼動している間、常に負荷として掛かり続ける事になる。
 それだけではなく、更に横に約2m分の水を押し出すだけのパワーも必要となる。
 竹パイプの内径を約10cmと仮定した場合、このポンプの魔術陣には体積にして約23.5L……仮に、この世界の重力が地球と同等であるとするなら、重さにしたら約23.5kgの負荷を受けている計算になる訳だ。
 そこから横に2m分の水の重量……約15.7kgも負荷として加わる事を考えると……
 これだけでも、結構な負荷がこのポンプ魔術陣に掛かっている事が分かる。
 高々5m程度でこれだ。
 それが上りだけで、数十mの距離ともなれば同サイズの竹を使ったとして10m置きに約78.5kgもの負荷が掛かる計算になってしまう。
 大の大人1人を押し出すだけの出力が、ポンプ魔術陣には求められてしまうのだ。
 それも、距離が伸びれば伸びるほど、その負荷は大きくなっていく……
 魔術陣の出力を上げれば解決する問題ではあるが、しかしそれだけの出力を得るために、一体どれだけのマナを消費することになるのか……
 少なくとも、10mで銭湯で使っている魔術陣の3倍の出力は要求される訳で……
 考えただけで、ぞっとするな……
 銭湯の様に魔力貯蔵庫マナストレージを利用したとしても、瞬間でマナを使い切ってしまうのは火を見るよりも明らかだ。
 魔力貯蔵庫マナストレージとして利用している動物の骨だが、これだって別に無尽蔵に蓄えがある訳じゃない。
 無闇に使い続けていたら、それこそあっと言う間に底を突いてしまう。
 たまに自警団の人たちが、森で鹿っぽい動物とか、猪っぽい動物をとっ捕まえてきてくれるが、その骨だって銭湯に回されているのだ。
 ならば、低出力型の魔術陣を複数箇所に設置して、負荷を軽減出来ないか……と考えたが、これもあまり意味はないだろう。
 元々、10の力を持ったポンプを必要としている所に、1の力を持ったポンプを10箇所に渡って設置していたのでは、トータルで消費されるマナに変わりはないのだ。
 今必要なのは、ハイパワーで一度に沢山の水を揚水する設備ではなく、多少水量が少なくても低燃費で安定した揚水を可能とする設備なのである。
 と言う訳で、出来上がったのがこちらの商品になりますっ!

「おおぉぉ……こうやって見ると、やっぱすげーな……」

 今、俺の前にあるのは竹で作ったある装置だった。
 ここ数日、うちのじーさんと棟梁たちが協力して造っていたものがこれだ。
 棟梁の姿を、貯水池や水路の工事の方で見かけなかったのはこのためだ。

「おめぇはまたけったいなモン作らせやがって……しかも、こんなシンドイ所によぉ……」
「まぁまぁ、これで畑が全滅しなくて済むと思えば、安いもんでしょ?」

 朝一で川岸へとやって来た俺を目ざとく見つけたじーさんが、近寄って声を掛けてきた。

「話に聞いてはいるが、こんなもので本当に水を汲み上げる事が出来るのか?」

 同じようにして棟梁も寄ってきた。
 2人とも早いこって……

「ええ勿論。
 うまく行けば……ですけどね……」

 俺は今、教会の近くを流れている川……つまりは、銭湯の水を汲み上げている川の上流に来ていた。
 上流とは言っても、村の中で上流の方、と言うだけだが。
 少し遡っただけだというのに森の中を流れている所為か、流れる水の速さが結構速い。
 教会の近くを流れている川は、洗濯場のある方の川とは随分と様子が違うのだ。
 洗濯場のある川は、幅が広く水がゆったりと流れる、正に“川”っと言った感じだが、こちらの川はどちらかと言うと“沢”に近い感じがする。
 探せば、アユとかヤマメなんかが見つかりそうな雰囲気だ。……まぁ、いないだろうけどさ。
 でも、似たような川魚はいるかもしれないな。
 辺りには岩が多く、足場も悪い。
 そんな所で彼らが何をしているのかと言うと……言うまでもない事だろうが、水路に流す水を引くための設備を造っていたのだ。
 それが、今、俺の目の前にあるこの物体だった。
 それは、主に竹で構築された代物で、全長にして10mと少しくらいの大きな……と言うかとても長い物だった。
 それが、勾配の厳しい斜面に真っ直ぐに取り付けられているのだ。
 下の端は水中に浸かっていて、上の端は丘と言うか、坂道と言うのか……とにかく、この斜面が終わる所まで伸びていた。
 これが何かと言えば、ポンプだ。
 それも魔術的な力に頼った物ではなく、純粋に物理学によって作られた物だ。
 ……あっ!? 動力は魔術陣を利用しているが、あくまで動作原理においては魔術の利用はない。と言う事だと理解して欲しい。

「んじゃ、少し準備するから、作業が終わるまで待っててくれや。
 それが終わったら動作チェックをしようぜ」

 2人には申し訳ないが、しばらくは俺以外の人たちはやる事もない。
 なので他のメンバー共々いきなりの休憩スタートになってしまったが、仕方ないね。

 と、言うわけで俺は自分の作業に取り掛かる事にした。
 大型の竹ポンプは、その位置を保つため複数の台座によって支えられていた。
 その一つの前に俺はしゃがみ込む。
 そこには、魔術陣が刻まれた一枚のレンガの板が取り付けられていた。
 これは窯元のじーさんに下書きを渡して、作ってもらった物だ。
 細かく難しい魔術陣でない限り、下書きさえ渡せばあのじーさんはちゃんと作ってきてくれるので、俺としては大助かりだ。
 しかしこの魔術陣、実は未完成だったりする。
 別に、窯元のじーさんがミスをしたとか、そう言う事ではない。元々、未完成の下書きを渡しておいたのだ。
 完成品を渡して、うっかり動いてしまったではどんな事故に繋がるか分かったものじゃないからな。
 魔術陣は、完成していなければただの模様に過ぎないのだ。
 俺の作業とは、つまりこの未完成の魔術陣を仕上げていく事だった。
 数にして5~6個程度なので、そう時間が掛かるものでもないだろう。
 俺は、愛用の肩掛けカバンの中から一本の丸い棒と小瓶を取り出した。
 そして、小瓶の蓋を外して丸棒を小瓶の中へと突っ込んだ。
 丸棒にあらかじめ刻まれていた魔術陣が、俺からマナを吸い取っていく。
 丸棒を掴んだ指先から、あのチリチリとした感覚が伝わってきた。
 頃合を見て、小瓶から丸棒を慎重に引き抜くとそのを確認する。
 丸棒の先、そこから2~3mm離れた所で何かが高速で回転しているのが見えた。
 この“何か”とは、石を砕いて作った粉体だ。
 つまりは、砂だな。
 それを、気流を操作する事で任意の形状を保ったまま、超高速で回転させているのだ。
 今は、直径にして5mm、長さにして1cm程度の円柱形をしている。
 これ魔道具が何かと言えば、リューターだ。
 高速で対流している砂をヤスリの代わりにして、レンガを削るのだ。
 物を削ることを前提にしているので、砂の目は少し粗めだ。
 元にした石の素材が何かは詳しくは知らないが、結構な硬さをしていたので、レンガや木材なんかに魔術陣を彫る作業に重宝している。
 俺が回転する砂ヤスリをレンガへと押し付けると、レンガはみるみる削れて行った。
 やっている事自体は多少変則的ではあるが、似たような技術なら元の世界にだってある。
 サンドブラストと言う、砂などの研磨剤を吹き付けて物体を削る工法がそれだ。
 ガラス工芸や金属のサビ落としなんかに良く使われている。
 変わった使い方としては、ダメージジーンズを作るのにも使っているところがあったはずだ。
 と、まぁ、それはさて置き……
 俺は、未完成の魔術陣を次から次へと、手早く処理して行ったのだった。
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