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第五章

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◇◇◇

「エメラルド、これ、いいにおい!」

香ばしい魚が焼ける匂いをたどり、白いタオルを頭に巻いてバンダナ代わりにする男が網の上で魚を焼いて売っている店に導かれた。
くんくん、と焼魚の匂いをティアは大きく吸い込んだ。
だらだら、と涎が口の中に溢れる。

エメラルドに声をかけると魚を指差して振り向いた。そして、ようやく気が付く。エメラルドが側にいないことを。

「エメラルド、どこ?」

ティアの猫耳が不安げにぺたん、頭に伏せる。迷子の子供と同じように黄金の瞳が潤んだ。
心細い声が出る。ずっと一人でいるのは生まれたときからなので、当たり前なのだが、誰かと一緒に居て一人になる、のは始めてだ。

「……っ、」

たくさん、自分の周りには人がいるのに、心強くなるどころかたくさんの人の中にいると余計に寂しい心にさせる。
知らない人にとっては、人も光景の一つに過ぎない。
知っている人がいると、人はぱっと笑顔の花を咲かせる。

「エメラルド、…エメラルド」

ティアは面白眼鏡の下で涙を浮かべた。
怖くてその場から一歩も動けない。エメラルドが側にいたから、外に出れた。エメラルドがいたから、怖くなかったのだ。とティアは思い知った。

へたん、と力がティアの身体から抜け落ちて座り込んだ。

その時、積み荷を引いていた馬が暴走する。
ガコガコ!と大きな音を轟かせ丸い大きな太い木がティアに向かって来る。

「……っ、!」

ティアは動けず目を閉ざした。
すると、ガシッと身体を抱き締められる感覚を感じた。レミィに夜抱き締められて眠っているので、その感覚と同じだと思ったからだ。
そして、浮遊感。

「あっぶねー、…大丈夫か?じーさん」

若い男の人が聞こえる。不機嫌そうな低い声であるが、それは自分に向けられたものではない、と分かった。
ティアはおそるおそる目を開けた。

「ヘクション!…っ、悪い。今、俺すげー花粉アレルギーで。瑠璃の花があるとくしゃみ鼻水とまんねーの」

黒いマスクをした若い男、というかまだ少年という表現が近い。
珍しいライオンの半獣だ。ティアの弟と同じ。

「…だい、じょうぶ、だの。たすけてくれて、ありがとのう」

少年が顔を背けて再びくしゃみをする。
その時、ティアは慌ててずれた眼鏡をかけ直しておじいちゃんを意識しながらお礼を言った。

「まだ、天国に逝くの早いだろうからな」

くしゃみが止り、はーと落ち着いたと息を洩らす。少年は辛そうである。花粉性で微熱もあるらしい。意思の強そうな黄金色の瞳が潤んでいる。




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