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第一部 四季姫覚醒の巻
第二章 伝記進展 1
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一
20××年、四月初頭。京都府四季が丘町、花春寺如月邸。
榎は、仮住まいになっている二階の和室にいた。
部屋のど真ん中に置いた大きな鏡の前で、パンツ一丁で正座していた。
体は冷えきって、風邪をひきそうなほど寒かったが、緊張して顔だけは燃えそうなくらい熱かった。早く服を着ればいいと分かっているが、どうしても着る勇気が持てずにいた。
「えのちゃーん。もう、入ってもいいー?」
襖の外から、いとこの椿の声が聞こえてきた。
「だめ、まだ入っちゃだめ! 絶対にだめだよ!」
榎はすかさず、念を押した。
「もう三十分も篭ってるよ、えのちゃん。はやくぅ~、椿、待ちくたびれちゃったよぉー」
「分かってるよ、ごめん。あと一息だから! もうすぐ、決心が固まるから!」
榎は目を開じ、集中した。頭の中に渦巻くあらゆる雑念を追い払い、無となった。
精神統一は、武道を極めんとする者の、基本中の基本だ。幼い頃から剣道を習ってきた榎にとっては、得意分野だった。
心の準備は整った。榎は勢いよく目を開いた。素早く立ち上がり、側に畳んであった服を掴んで、袖を通した。
榎は、鏡に映った姿を凝視した。目の前には、紺色のスカートを穿いた榎が、しっかりと映し出されていた。
「着た! 着たぞぉー!! セーラー服!!」
榎はガッツポーズを決めて大声を上げた。いまだかつてない、勝利の余韻がこみあげてきた。
「やっと、着替え終わったー? 長かったねぇ。制服着るのに、時間かかり過ぎだよ」
襖が開き、椿が中に入ってきた。椿も榎と同じセーラー服を身に着けていた。
「だってさ、生まれて初めてなんだよ!? スカートなんて穿くの。減茶苦茶、緊張するじゃん。明日から毎日、着なくちゃいけないんだよ、似合わなかったら絶望的だしさ」
榎は真新しいセーラー服を試着するまでに、どれだけ強い覚悟が必要だったか、熱く語った。
「心配しなくたって、大丈夫よぉ。スカートの似合わない女の子なんて、この世にいないわ。えのちゃんだって、すっごく可愛いわよ」
椿に励まされるも、榎は鏡に映る制服姿の自分を見て、難色を示した。
「本当に、似合っているのかなぁ。足がスースーする。ヒラヒラが足に当たって、なんだか変な感じだ」
背の高い榎の制服は、特注サイズだった。スカートの丈も、標準のものより長く作られているが、榎には短いのではと感じられた。
「すぐに慣れるわよ。足に当たるのが嫌なら、えのちゃんもスカート丈をもっと短くしてみれば?」
スカートをはためかせる椿の足は、膝上のかなり上の方まで露出していた。パンツが見えそうだと、榎は内心、冷や冷やした。
「椿は短すぎない? たしか入学のしおりに、スカート丈は膝下三センチ、って書いてあったよ」
榎が注意すると、椿は強気な表情で榎を見上げた。
「長さが微妙すぎてダサいわ! やっぱり、足はギリギリまで出さなきゃ! ほら、えのちゃんも、腰のところ折り曲げて!」
「いいよ、あたしは ダサい長さでいいって!」
「もぉ~、えのちゃんってば、恥ずかしがり屋さんなんだからっ!」
榎のスカートを短くしようと手を出してくる椿を、榎は慌てて制止した。スカートを穿くだけでも、かなりの勇気を振り絞ったのに、ミニスカートにするなんて、気を失いそうだった。
「二人とも、着替えは終わったん? まあまあ、よう似合てるやないの。サイズも問題なさそうやねえ」
椿から逃げ回っていると、椿の母親――桜がやってきて、榎たちを絶賛した。
「でしょー? 椿、なに着ても似合うもんっ! もちろん、えのちゃんもね」
話題が変わり、椿の興味も榎から逸れた。一息つき、榎は椿と並んで縁側に立ち、空を見上げた。
「いよいよ、明日から中学生か」
「楽しみね、えのちゃん!」
笑いかけてくる椿に、榎も笑い返し、大きく領いた。
20××年、四月初頭。京都府四季が丘町、花春寺如月邸。
榎は、仮住まいになっている二階の和室にいた。
部屋のど真ん中に置いた大きな鏡の前で、パンツ一丁で正座していた。
体は冷えきって、風邪をひきそうなほど寒かったが、緊張して顔だけは燃えそうなくらい熱かった。早く服を着ればいいと分かっているが、どうしても着る勇気が持てずにいた。
「えのちゃーん。もう、入ってもいいー?」
襖の外から、いとこの椿の声が聞こえてきた。
「だめ、まだ入っちゃだめ! 絶対にだめだよ!」
榎はすかさず、念を押した。
「もう三十分も篭ってるよ、えのちゃん。はやくぅ~、椿、待ちくたびれちゃったよぉー」
「分かってるよ、ごめん。あと一息だから! もうすぐ、決心が固まるから!」
榎は目を開じ、集中した。頭の中に渦巻くあらゆる雑念を追い払い、無となった。
精神統一は、武道を極めんとする者の、基本中の基本だ。幼い頃から剣道を習ってきた榎にとっては、得意分野だった。
心の準備は整った。榎は勢いよく目を開いた。素早く立ち上がり、側に畳んであった服を掴んで、袖を通した。
榎は、鏡に映った姿を凝視した。目の前には、紺色のスカートを穿いた榎が、しっかりと映し出されていた。
「着た! 着たぞぉー!! セーラー服!!」
榎はガッツポーズを決めて大声を上げた。いまだかつてない、勝利の余韻がこみあげてきた。
「やっと、着替え終わったー? 長かったねぇ。制服着るのに、時間かかり過ぎだよ」
襖が開き、椿が中に入ってきた。椿も榎と同じセーラー服を身に着けていた。
「だってさ、生まれて初めてなんだよ!? スカートなんて穿くの。減茶苦茶、緊張するじゃん。明日から毎日、着なくちゃいけないんだよ、似合わなかったら絶望的だしさ」
榎は真新しいセーラー服を試着するまでに、どれだけ強い覚悟が必要だったか、熱く語った。
「心配しなくたって、大丈夫よぉ。スカートの似合わない女の子なんて、この世にいないわ。えのちゃんだって、すっごく可愛いわよ」
椿に励まされるも、榎は鏡に映る制服姿の自分を見て、難色を示した。
「本当に、似合っているのかなぁ。足がスースーする。ヒラヒラが足に当たって、なんだか変な感じだ」
背の高い榎の制服は、特注サイズだった。スカートの丈も、標準のものより長く作られているが、榎には短いのではと感じられた。
「すぐに慣れるわよ。足に当たるのが嫌なら、えのちゃんもスカート丈をもっと短くしてみれば?」
スカートをはためかせる椿の足は、膝上のかなり上の方まで露出していた。パンツが見えそうだと、榎は内心、冷や冷やした。
「椿は短すぎない? たしか入学のしおりに、スカート丈は膝下三センチ、って書いてあったよ」
榎が注意すると、椿は強気な表情で榎を見上げた。
「長さが微妙すぎてダサいわ! やっぱり、足はギリギリまで出さなきゃ! ほら、えのちゃんも、腰のところ折り曲げて!」
「いいよ、あたしは ダサい長さでいいって!」
「もぉ~、えのちゃんってば、恥ずかしがり屋さんなんだからっ!」
榎のスカートを短くしようと手を出してくる椿を、榎は慌てて制止した。スカートを穿くだけでも、かなりの勇気を振り絞ったのに、ミニスカートにするなんて、気を失いそうだった。
「二人とも、着替えは終わったん? まあまあ、よう似合てるやないの。サイズも問題なさそうやねえ」
椿から逃げ回っていると、椿の母親――桜がやってきて、榎たちを絶賛した。
「でしょー? 椿、なに着ても似合うもんっ! もちろん、えのちゃんもね」
話題が変わり、椿の興味も榎から逸れた。一息つき、榎は椿と並んで縁側に立ち、空を見上げた。
「いよいよ、明日から中学生か」
「楽しみね、えのちゃん!」
笑いかけてくる椿に、榎も笑い返し、大きく領いた。
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