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捕まった後のお話
43.窺っています。 <亀田>
しおりを挟む「良い雰囲気だな」
俺の胸に浮かんだ言葉をそのまま篠岡が発したので一瞬、心を読まれたのかと思った。少し離れた席の二人は、和やかに笑い合っている。確かアイツはレコーのメンテ担当……大谷の大学の同期だったと言う男だ。随分親し気な様子に、思わずそんな言葉が浮かんでしまった。
「お前より、よっぽどお似合いだな」
「……」
全くその通りなので、返す言葉も無い。
向かい合って微笑み合うあの二人が、現在付き合っている恋人同士だと言っても誰も違和感を訴えないだろう。こんなイマドキの洒落た店……いや『カフェ』か。若い二人にはよく似合っている。少なくともオッサン二人で向かい合っている俺達より……遙かに。
「周り女の子ばっかりだな?後はカップルか?……お前、激しく浮いているぞ、眼光鋭すぎ」
プププ、と嗤いながら口元を抑える篠岡に、つい苛立ってしてしまう。
「……お前だって似合って無いだろ」
「俺はまあまあ馴染んでるよ?部下の女の子達にたかられて、偶にこういうオサレ~な場所、出入りする事もあるからね」
ニッコリ柔和な笑顔を浮かべる篠岡は、確かに女性社員に混じっていてもさほど浮かない雰囲気を醸し出している。俺は腹立ち紛れに応酬した。
「おい、随分楽しそうだな?それ聞いたら奥さん、怒るんじゃないか?」
「まさか!節目に数人纏めて連れて行くだけで奥さんにはちゃーんと申告しているし、普段から奥さんが一番大事ってアピールは常に態度と言葉にしているから誤解なんかされないよ。そもそも普段の行いが違うからね?」
「……」
逆に当て擦られてしまった。普段のアピールが足りない俺と『違う』と言いたいのだろう。篠岡はニヤニヤしながら俺の弱々しいパンチをスルッと躱して鋭いジャブを打って来た。負けを認めるしかない俺は視線を逸らし、サッサと戦線を離脱する事にする。
逸らした視線の先では―――大谷とその友人と言う男が、話に華を咲かせている。話の内容は聞こえないが、楽し気な雰囲気だけは伝わって来るのがまた辛い。
「やっぱ悠長なコト言っている暇、無かったんじゃね?」
タラコパスタを口に運びながら、篠岡がニヤリとした。耳に痛い言葉を受け止めつつ俺は、唯一メニュー表の中で親しみが持てそうなカレーを大人しく大口を開けて掻っ込んでいる。しかし量が少ないな。もう食べ終わりそうだ。
「別に……単なる大学の友人だって言ってたし、大谷は彼氏がいるのに他に目を移すような……不真面目な奴じゃないだろ」
自分で言っていて苦しいのは分かっている。苦々し気にそう言うと、篠岡が背を伸ばして面白そうに目を見開いた。
「あらら、もう相手の素性抑えてんの?女性に対して常にドライだったお前がねぇ……変われば変わるもんだな」
そう、俺は今までの彼女に関しては―――男友達だろうが浮気相手だろうが、その相手の男についてほとんど興味を抱く事は無かったし、全く詮索しなかった。もう付き合い切れないと言われた時は落ち込んだし、浮気されたと知った時は確かにプライドを傷つけられた。けれども相手が俺から別の人間に興味を移した時点で、スッと気持ちが覚めてしまったのも事実だ。
だけど大谷に対しては、そんな風に諦める気持ちに到底なれそうもない。俺は初めて―――男女の関係に置いて嫉妬と言う感情を抱き、それを持て余しているのかもしれない。
「まあ確かに大谷ちゃん、浮気性とは対角にいるようなタイプに見えるけどね……でもさ、恋愛感情なんて誠実さと別の論理で動くものだからね。別に皆、好きになろうと思って相手を好きになる訳じゃないし」
篠岡が斜め上を見ながら、ランチプレートのおまけで付いて来たスープに口をつけた。
「さっき言ってた事と真逆じゃないか?お前は奥さんと信頼関係を築いているから、浮気を疑われないって言ってたよな」
「んー……厳密に言うと違うんだな。結婚は契約だから、奥さんを第一に優先するって俺は約束して、それを守れる人間なんだろうって奥さんは信頼してくれている。ただ俺の気持ちが契約で縛れるわけじゃない―――そんなのはハナから無理な話だからね。ま、それは俺だけじゃなくて、奥さんにも言える事だけれどね」
「随分ドライな言い方だな」
意外だった。幸せ家族って形容が付くくらい、子煩悩で奥さん孝行なコイツの言葉とは思えない。独身の俺から見ても理想的な関係に見えるのだが……。
「気持ちは不確かだから恋愛感情については先の事なんか分からない。だけどそれ以上に―――そんな不確かな気持ちに振り回されて失いたくない相手と、簡単に途切れてしまわない関係にするのが『結婚』なんだと俺は思うんだよね」
珍しくシリアスな表情の篠岡に、驚いた俺は思わず尋ねた。
「……篠岡、もしかして浮気したいと思った事があるのか?」
「いや、全く」
即答され肩透かしを食らった気分になった。そんな俺の気分を見透かしたように、篠岡が微笑んだ。
「俺が言いたいのはさ、そんな風に男女の関係は脆いもんだってこと。だから格好付けて愛情表現惜しんでいる暇があったら、年が上とか下とか、上司だ部下だとか関係なくドンドン前に出してかないと!どんな良い商品作ったって、広告も打たず説明せず―――アピールしない会社から誰が商品を買い続けたいと思う?稀には宣伝しない店で売れている物もあるし、そう言う物が好きなマニアもいるかもしれないけれど……お前はそんな営業、失格だと考える性格なんじゃ無かったのか?」
(―――だから、今まで振られて来たんだろう?)
まるで篠岡からそう言われているような気がした。
痛い所を突かれて言葉も無い。大谷を遠くに見やりながら―――篠岡の言葉を、俺はそう受け取った。
「……途切れさせたくない縁なんだろ?」
篠岡に視線を戻すと、もういつものニヤニヤ顔に戻っている。『シリアス篠岡』はアッと言う間に雲隠れしてしまったようだ。
「ま!大谷ちゃんは真面目そうだからな!多分他に気が移ってもちゃんと筋を通してから、付き合うだろ?少なくとも二股とかはないよ」
「『スジ』……?」
「ちゃんと別れてから、次行くでしょってコト!」
「……!……」
「ハハハ……お前、ホントに最近、面白いな~。そんな顔が見れるなんて、長生きはしてみるもんだな!ちょっと前ならそんなお前、想像も出来なかったぞ」
既に反駁する気力は失われていた。
如何にも楽し気に笑う篠岡を恨めし気に睨み、それから大谷を見やった俺の胸の内にはしかし、密かにある決意が芽生え始めていたのだった。
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