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事例2 美食家の悪食【解決篇】

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「常識なの――。左右が対称的に美しいものは、その身なりも左右対称でなければならない。うっかりとして、その整合性が崩れるのは、まだいい。でも、自分から乱すなんて非常識なことを許せるわけがないの」

 先生はわけの分からないことを言い出す。それは明らかに、一般的な常識からは逸脱した、彼女だけの常識だった。尾崎は先生のほうをまじまじと見つめ、そして背筋がひやりとした。口調は冷静ながらも、その目は恐ろしいほどに血走っている。それどころか、唇の端からは、たらりとよだれが垂れる。

「だからね、私が正したの。間違いは正してやらなければならない。曲がったものを正すには――もう、食べるしかないじゃない? これくらい小学生だって知ってる常識よ」

 いいや、知らない。そんな頭のおかしな常識など、小学生どころか大人だって知らない。むしろ、それを常識として認識しているのは――捻じ曲がった異常な考えが正しいと思っているのは、先生こと中谷美華だけであろう。

「とにかく、その辺りの御託ごたくも署のほうで伺おうか。人を殺したら罪になる。それこそ、小学生だって知ってる常識だ」

 安野が拳銃を構えながら前に出る。もはや、先生の反応は自供と捉えても問題ないだろう。もっとも、自供などなくとも、ロジックの面で縁が完全に先生を追い詰めており、もはや先生が犯人であることに疑いの余地もないのだが。

「お、お、お、お、おっ! おかしくなーい? 私は何ひとつ間違ったことをやっていないし、むしろ間違いを正してやっただけじゃなーい」

 ある種の開き直りというやつなのであろうが、どうやら本人の理性が飛びつつあるらしい。吃音症とやらが顔を覗かせ始めた。

「もう、その考え方自体がおかしいんです。それさえも自覚がないのなら、もうどうしようもない。貴方は認めないでしょうけど、はっきりと言っておきます」

 縁はそこで大きく溜め息を漏らし、そして異常なほどに目を泳がせる先生に向かって、こう言い放った。

「貴方は狂ってる――。もはや、話し合う余地もなければ、互いに歩み寄る必要もない。何が悪いのかさえ分からないまま、理不尽に裁かれなさい。それが貴方にとって何よりの薬になる。もっとも、永遠に効くことのない薬でしょうけど」

 縁の一言に先生がぴたりと動きを止め、そしてうなだれる。どうやら観念したようだ。逮捕令状などはないし、現行犯というわけでもないが、とにもかくにも同行は促せることだろう。
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