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Interlude(1)

20 第三王子視点:今更言えない

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 ――どうして私は、今更こんな事に気づいたのか。
 第三王子は、深夜の馬車の中で憂鬱な気分になった。

「どうしたのだい? 珍しく大人しいね」
 そう言って涼しげに微笑むのは同乗する公爵だ。

「いえ、大した事ではないんですが」
 第三王子は苦笑する。
「ただ、久しぶりに会ったフレイア嬢が、とても美しくなっていたなと思っただけですよ」

 そう。はっとして見惚れてしまう程に、艶やかな赤髪に大人びて整った顔の彼女は。
 美しかった。
 冷たくつれない様子でも、つんとして横を向いたその顔も。
 思わず胸を高鳴らせてしまった程に……。

「そう。それはそうだろうね」
 にこにこと柔和に微笑む若き公爵は相変わらず底知れない。
「まあでも、君らは同い年という事で彼女と交流していたのだろう? 話も弾んだのではないかい」

 その言葉に、第三王子ならず彼の幼なじみもぐっとうめいた。

「そ、それは勿論……」
 同席など通常ありえない高貴な人物の言葉に、思わず引きつった笑いを浮かべて勢いで騎士爵息子が適当に言えば。
「そう。どんな風に盛り上がったのだい? 我が姫の事なら何でも知りたいんだ、是非とも教えておくれ」
 笑顔でそう突っ込まれるから、「ああ」 だの「うう」 だのと声にならない声を上げるしかない。

(ああ、馬鹿だなあいつ。叔父上の性格の悪さと異常な頭の回転の早さは知ってる筈なのに、まんまと引っかかって)

「ええと……そうですね、その、幼い頃の共通の友人の話などをしていたのですよ、ええ」
 片眼鏡を直しながら男爵家息子がそうフォローするが、そこにもまた追求が入るのだからますます彼らは追い詰められる。


 慌てる幼なじみ達を横目に、王子は考える。
 思えば、年の近い若々しい叔父には、思えば昔から苦渋を飲まされた覚えが多いなと。
(そういえば……フレイアと話そうとすると、この人が必ず現れていたような)

 兄の婚約者が同い年の子だからと仲良くするよう母に言われて、そのつもりでいたのに、何だかんだと誰かに邪魔されて、一対一で長い時間話しをした事がない気がするのだ。
 気がする、でなくおそらく……。

(邪魔していた、んだろうなぁ……)

 偶に見るフレイアは彼の兄か、公爵か、どちらかと一緒に居る事が多かった。
 王族の二人も見目良く、幼いフレイアは可憐であったから、それはとても美しい光景であったのだが。
 声を掛けると邪魔をされたと思ったか、兄も公爵も不機嫌になるものだから、控えめにしか接せない。
 まあ、考えてみればこちらも幼なじみらを連れていたのだから同条件と言えば同条件だったのか。
 それでも、七年も城内で会う事があれば話していた訳で、見知らぬ人という訳でもない。

 まあつまり。

(兄上の婚約者で、ちょっと話すだけの友人ぐらいの俺が、冷血女だの何だのと罵るのはマジでないよなぁ)
 という、王子の今更な後悔なのである。

 だがあの時は、そうしなければならなかった気がするのだ。
(何でだかどうも思い出せないが……フレイアという女に、強烈な反発を覚えていた事は確かだ)

 あれは数年前のこと。
 その頃には、王子の隣には小柄で素朴な少女がいて。

 ……しかし彼女を酷く罵った理由は朧気で、あの怒りの訳を謝る事も出来なくて。
(何だこれは。気持ちが悪い)
 王子は顔をしかめる。

「それで、君は? 甥っ子は彼女と何を話したのかな」
 叔父の言葉に、俯いていた彼ははっと顔を上げる。

「え、あ、はい……。兄上に彼女が婚約破棄されたと聞いて、それを慰めに」
「馬鹿かお前は」
「あーあ」

 何故か友人らが頭を抱えている。

「おや、そうかい。彼らが言う旧友を深める為の訪問ではなかったのだね? それはそれは」
 そう言って美麗に笑う叔父に、自分がうっかり口を滑らせた事に気づいた。

「僕の目を盗んで、彼女を口説こうなんて随分と偉い気になっているものだねぇ君たちは」

 図星を差された。そう王子は感じた。
 揺れる馬車の中、対面に座る公爵は端正な顔に冷たい笑みを浮かべて彼に言う。

「君達も、あの男爵令嬢とやらを好きだったのだろう? そしてかの令嬢に恋していた頃、随分と辛く我が姫に当たったそうじゃないか」
「それはっ……何故か、どうしても彼女が」

「憎らしく感じて? ……ふむ。どうやら君らも、軽微な精神操作でも受けていたものかね」
 その叔父の言葉に、彼はひどく動揺した。

「えっ」
「それ以外ないだろう? 偶に話すぐらいの顔見知りに対して憎悪を感じる程、君も暇な身分ではなかろうに」
「う、そう、ですが」
 彼は俯く。
 己とフレイアの関係の薄弱さに。
 それに、今となってはあの恋を後悔しそうになっているが、それでもピュアリアは初恋の人だ。
 そんな人に、操られていただなんて信じたくないが……。

「ふむ……。まあ、君にもカウンセリングが必要のようだ。君の友人達も一応、そうだな、週に一度は私の研究室へ来たまえよ。時間を作る」
「はあ」
「そんな、操られていたようなつもりはないのですが」
 友人らは首をしきりと傾げている。

「一応だよ、一応。魂魄や呪いといった分野は私の専門分野だからね。君らの魔力の状態を調べれば、王太子の治療の糸口が見えるかも知れない。呪いや洗脳といったものは必ず相手の痕跡が残るからね。あの青年を少しでも気の毒に思うなら、君らも協力したまえ」

「! ……はい」
 王子は顔を上げ、真剣な顔で頷いた。
 尊敬していた兄の事だ。これでも忙しい身だが、彼の為なら週一回ぐらいの時間ぐらい捻出して見せる。
 友人らも、同じ顔をして頷いてくれた。

「まあ、それはともかくとして。駄目だよ、彼女に今更恋なんて……君達には必要ない」
「それは、そんな……彼女には」
 そもそも会わせる顔がなかったのだから、告白まで至る訳がないと。

 そう考えて、王子はようやくその事実に至った。

 首筋から頬が、そして耳が、急に熱を持ったようにかっかと火照る。

「……っ私は、」

 二度目惚れだなんて、あんまりだろう。彼は両手で顔を押さえた。

 本当だ、今更だ。

 偶に話す程度の友人を酷く罵って、それなのにその人に恋をするなんて。

「こんなの、言えません。きっと……」

「ふうん、そうか。そうならいいけどね」

 ガタガタと馬車は進む。

 それきり、王城へ到着するまで誰もが黙ったままだった。
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