白の皇国物語

白沢戌亥

文字の大きさ
表紙へ
上 下
291 / 526
19巻

19-3

しおりを挟む

「殿下、なにとぞよろしくお願いいたします。あれはいくらこき使ってくれても構いませぬ。ですが、嫁御よめごと子どもだけは……」
「無論、そのつもりです。エーリケに貸しを作っておくのは悪くない」
「はい」

 エーリケに貸しを作るということは、リンドヴルム公爵家に貸しを作るということだ。
 今後の国政運営に大きな助けとなるだろう。
 レクティファールがきちんと損得を見据みすえていることに、カールは安堵あんどした。
 身内への親愛で国を動かすようなことがあってはならない。本質がそうだとしても、隠しきれるだけの建前を用意しなくてはならない。

「さて、義兄どのには何をしてもらいましょうかね」

 くく、とのどを鳴らすレクティファールを見詰め、カールは頼もしさとともに自らの家の未来について、一抹いちまつの不安を抱くのだった。


         ◇ ◇ ◇


「急募! あのクソ兄上をたたきのめす方法!!」

 談話室の中央でさけぶメリエラに、周囲の妃候補たちはそれぞれの感情を映した視線を向けていた。
 仕事から戻ってきた直後に奇行を見せられたフェリエルは非常に不機嫌そうに部屋に戻っていったし、寝起きのファリエルは寝惚ねぼまなこのまま幻を見たのだとすぐに部屋を出ていき、エインセルはわはははと指を指して大笑いし、常に変わらぬ表情のオリガはやっぱりいつも通りの顔だった。
 違ったのは、円卓の上にのぼってさけぶメリエラを必死に下ろそうとしているフェリスと、それを眺めながら余裕の表情を浮かべるリリシアだけだ。

「メリエラさま、すこしお行儀ぎょうぎが悪くありませんか?」

 どこか小馬鹿にした様子でたしなめるリリシア。
 メリエラはぎろりとそちらに目を向けると、その場で思い切り地団駄じだんだを踏んだ。
 優美な彫刻ちょうこくが施された円卓はそれによく耐え、持ちこたえている。

「うちでいちばん行儀ぎょうぎがなってない兄をどうにかする方が先よ!! なんなの、あの兄!!」
「なにって、メリエラのお兄さ――――ひいっ!?」

 なにを当然のことを、と口を挟もうとしたフェリスだが、自分を見下ろすメリエラの表情を見て顔面蒼白となり、口をつぐんだ。

「いいんじゃないの? 別に」

 ひとしきり笑ったエインセルが、リリシアの手元にあった茶器から勝手にお茶をれつつ、なんでもないことのように言う。
 リリシアはぴくりとまゆを動かしはしたものの、エインセルを止めようとはしなかった。エインセルの手付きは、行動と裏腹に洗練されたもので、茶器の扱いも上品だった。
 この茶器は、妃候補たちが使うためにレクティファールが用意したものだ。ただ、今はことのほかこれを気に入ったリリシアが、なかば専用のように使っている。もちろん、別に他の誰かが使ってはならないという決まりがあるわけでもない。

「男なんてみんな似たようなものでしょ? レクティファールだって、外で色々やってるんだし」

 エインセルの言葉に、リリシアとメリエラの動きが止まる。
 そして揃って苦虫をつぶしたような表情を浮かべた。

「ええ、そうですね。そうですとも、男なんて誰も彼も似たようなものです。わたくしたちがどれだけしたっても、それを当然のように扱い、好き勝手に振る舞うのです」
「そりゃあ、わたしたちは色々できないこともあるけど、せめて離宮に行きなさいよ。なんで違うところなのよ。わたし、その子知らないんだけどー!!」
「なんのための夜警総局ですか!! わたくしもなにも聞いてませんよ! ある日後宮に子どもを連れてきて、『この子の養育もよろしく!』とかいうつもりなんですね、そうなんですね、帰れる実家があるなら帰りたいです!!」

 それぞれ心中をき出すリリシアとメリエラ。
 メリエラをからかうためだけに余裕という仮面を被っていたリリシアまでもが、触発されて文句を垂れ流している。

「ぜったい悪影響を受けているに決まっています! メリエラさま、お兄様のしつけはちゃんとしておいてくださいませんか!?」
「できるならしてるわよ! でも聞くわけないじゃない!! レクトだって聞かないけど!! というか、レクトの方はあなたの責任でもあるんじゃないの!?」
「わたくしは精一杯お仕えしています! メリエラさんこそ、いつもやきもちばかりでレクティファール様のご心痛の種になっているのではありませんか!?」
「なによー!!」
「なんですかー!!」

 がるるる、と猛獣のごとく威嚇いかくし合うふたり。すべてをあきらめたフェリスが、エインセルのもとにやってくると、エインセルは新しい茶葉を用意して香り高い一杯をれた。

「大変だねえ。いや、わたしも原因のひとつだとは思うけど、このふたりっていつもこんな感じなの?」
「うーん、レクトがなにかやるとこんな感じかな。今回はエーリケ様のせいだけど」

 フェリスは香りを楽しみ、その宝石のごとき輝きの紅茶を口に含んだ。
 上品な苦みはすぐに消え、鼻を抜けていくのは、先ほどよりも強いお茶の香りだ。

「エーリケ様、レクトと仲がいいからね。メリエラやリリシア様が心配するのも分かるよ」

 またどこかで女性でも引っかけてくるのではないか、その疑念は常に後宮の女性たちの中にある。
 そして、ほぼ確実に正しい。

「でも、それがレクティファールの役目でしょう? 彼は王になる。王にとって身体で結んだ縁は武器になる。自覚した上で行動しているなら、わたしたちが止めるようなことじゃない」

 エインセルは磁碗じわんの中でくるくると回る砂糖を眺め、不思議そうに首をかしげる。
 彼女は小国に生まれ、血縁を武器とする中で育った。
 生きるために親は子を利用し、子は親を売る。それが当然のことであり、そこに善悪は存在しない。
 レクティファールについて皇国にやってきたあと、こうして後宮にいることも、彼女からすればごくごく当然のことなのだ。
 口さがない者たちが、エインセルのことをレクティファールによって小国から連れ去られた哀れな姫君だとささやこうとも、彼女はまったく気に留めない。

「うちの父親にくらべたらだいぶマシだと思うよ。だって、リリシアとメリエラがああやって取っ組み合いの喧嘩けんかできるんだから」

 ごろごろ、どかんどかん、にゃーにゃー、ふぎゃー、そのような騒々しい背景音楽とともに繰り広げられるひどい戦い。
 フェリスは、目をらしていた現実を急に突きつけられ、観念して溜息ためいきを漏らした。

「ねえねえ、ふたりともやめようよー」
「ふじゃけんじゃにゃいわよ!! わたひがわるいってにょ!?」
「いみゃのいみゃみゃできづかにゃいのが、そみょそみょいちばんわるいですにゃー!!」

 ほおを引っ張り合い、ごろごろと床を転がっては色々なものを跳ね飛ばす後宮の実力者ふたり。



 ――この有様をふたりの親や姉が見たら、果たしてどんな顔をするのかな。

「納得するんじゃないなあ」
「えっ!? エインセル、ボクもしかして口に出してた!?」
「うん」
「あああああっ! またボクやっちゃったー!!」

 頭を抱えて天をあおぐフェリス。
 もはや談話室は託児所よりも騒々しい場所に成り果てていた。

「――お茶」
「はいはい」

 そんな中でも本を読み続けるオリガ。
 エインセルが何を読んでいるのかとお茶を手渡すついでにのぞき込んでみれば、幼児期の運動についてまとめられた医学書だった。

「んん? 誰か知り合いに子どもが生まれるの?」
「――予習は、大事」

 オリガはそうとだけ答え、お茶を手に取る。
 そして一口お茶をすすってから磁碗じわんを側卓に置くと、表情を隠すように本を持ち上げた。
 その仕草をしばらく観察していたエインセルは、やがて納得したように何度もうなずくと、オリガに背後から抱きついた。

「もう、かわいいなあオリガは! うちの妹は気が強いのか、頭が万年お花畑のどっちかしかいなかったから、すんごくかわいい!」
「――読めない」
「あ、読み聞かせてあげようか?」
「はなして」
「ええと、まず幼児の行動原理は……」
「はなして」
「ねえ、オリガ、これもうちょっと前のやつのほうがよくない? というか、オリガの場合、子作りに耐えられる身体作りとかそっちのほうが先じゃないかなって、わたし思うんだ」
「はなして……」

 もはや誰も止める者はおらず、談話室は混沌こんとんそのものへと変化する。
 フェリエルが怒鳴どなり込んでくるまで、レクティファールの女たちの騒ぎは延々続くのだった。


         ◇ ◇ ◇


 結局のところ、同盟というものについて、皇国の見解は明確だ。
 皇国暦二〇〇九年黒の十二月二十二日の国民議会安全保障審議委員会にて、外務院副総裁が議員からの「皇国にとってもっとも相応ふさわしき友人はどこの国と考えているか」という質問に対して、こう答えている。
「えー、友人というものが同盟やそれに類するものを示しているなら、これは我国にもっとも多くの利益をきょうする国と考えます。つまり、我国が未来にわたり繁栄するかてを提供する国家や組織ということになります。
 利益というのは当然、経済的な利益に留まりません。軍事的には安全保障上の要地を提供する国。我国と軍事協定を結び、互いの国家を防衛する意志を持った国。また経済に置きましては、我国にすぐれた流通網を提供する国。その流通網を維持する国などもすぐれた友人と言えるでしょう。
 ですが、これらの国をあえて端的に申し上げるならば、我国が果たす義務に応じ、それと等価の責務を負う国や組織であります。
 その原則が守られるのであれば、規模の大小は二の次と我々は考えております」
 この返答は当然、皇国外交の基本的な方針として各国に知られることとなった。
 義務を履行し、責任を果たす国であれば、大小は問わない。
 外務院副総裁の言葉に対し、複数の小国が積極的な姿勢で皇国に同盟の申し入れをおこなった。
 皇国はそれにこたえ、先の原則が果たされると思われる国に対しては、相応の待遇を約束した。
 軍事的に重要な地域にある国に対しては、皇国軍の派遣部隊を受け入れさせた。これはその国の安全保障について、責任の一端を皇国がになうというもので、彼らは派遣部隊の背後にある皇国軍すべてを安全保障上の手札として使えるようになる。
 流通拠点として有用な南洋の島国家に対しては、この国の港を使用する皇国船籍の貨物船に対する税優遇措置を対価に、皇国の持つ流通航路への接続をおこなった。
 これは、皇国海軍巡察艦隊が遊弋ゆうよくする航路で、海賊などの襲撃の可能性が他の航路にくらべていちじるしく低い。つまり、「安全な航路を持つ流通拠点」としての利点を、島国家に与えることになる。
 ここで皇国が求めるのは、いずれも等価の義務だ。
 軍事・経済的拠点を提供し、その維持のために様々な負担をすることが軍事力、あるいは経済力を直接提供することにおとると、皇国は考えていない。
 同盟とはそんな次元で語るべきものではないのだ。
 最終的に双方が同じだけの安全保障上、経済上の利益を得られるなら、それは対等な同盟関係と言える。


「――逆に言えば、どれだけ長い付き合いがあっても、この等価の義務が果たされないなら、同盟国としては相応ふさわしくない。そうは思いませんか、ルーラ」

 夕暮れの光が差し込む執務室で、窓から見える皇都の光景を見詰めながら、レクティファールはかたわらにたたずむ秘書官に問いかけた。

「同盟国を友人と言ってもいいのでしょうか」
「友人関係も利益が絡むことは確かです。ただ、その利益が金銭的なものに限らず、精神的な満足感、幸福感にまで及んでいるだけで」
随分ずいぶんひねくれた解釈ですね、殿下。ご友人、あまり多くないのではありませんか?」

 ルーラの言葉は辛辣しんらつであったが、レクティファールにしてみればそのくらいでちょうどいい。友人関係について利益云々うんぬんを持ち出すのは、確かにひねくれていると言われても仕方のないことだからだ。

「友人関係は深く考えないことが礼儀と考えます。理詰めも結構ですが、理詰めだけで世が回っているわけでもありません」
「機人にそう言われると、随分ずいぶん新鮮です」

 ちらとルーラを見れば、彼女の表情は機人族らしくほとんど変化していない。
 しかしよくよく観察してみれば、多少なりとも気分を害していることが分かる。
 まゆの角度がほんの少し、けわしくなっていた。

「気分を悪くしたなら、すみません」

 レクティファールはこれ以上からかってもルーラの機嫌が悪くなるばかりだと判断し、謝罪の言葉を口にする。
 ルーラはそんなレクティファールの言葉を受け、数秒沈黙して「分かりました」とつぶやいた。

「では、殿下は騎士国との同盟の重要順位を引き下げるおつもりで?」
「絶対的な扱いは変わりませんが、まあ、他国を含めれば相対的に下がると表現してもかまいません。それを伝えるための航空機動戦隊の派遣です」

 戦龍母艦の派遣は、軍事的な示威行為だけではなく、ヴェストーレ半島の諸国家との合同訓練という意味合いもある。
 合同訓練というのは、有事の際にどの程度相手国を重んじるかの指標でもある。毎年定期的に大規模な合同演習を行う国は、軍事的にも重要な位置づけであり、数年に一度、儀礼的な小規模演習のみを行う国は、一部の例外を除いて重要度が低い。
 皇国が現在、有事に備えて直通の連絡手段を持っている国は六カ国あるが、その中に〈アルバンライツ騎士国〉は含まれていない。
 当代皇王が崩御した際、相手側から切断されたままになっている。
 帝国が勢いを増していた時期であり、国を守るために皇国と距離を置こうとした――というのは、騎士国側の説明であった。

「分からないわけではないので、今後政府と軍の実務者同士で、より発展した同盟関係構築のための協議を行うということになっているそうです。要するに、先送りですね、ええ」

 レクティファールは「騎士国との同盟深化は時期尚早」との外務院の意見をれ、実質的な時間稼ぎを容認した。

「我国は各国と様々な分野で協調する予定ですが、不安材料は少ない方がいい。同盟も協定も慈善じぜん事業ではない。不利益が利益を上回るような関係は、私の責任に反する」
「――私的な感情ではないのですか? 殿下は時折、理性より感情を優先させますから」

 レクティファールはルーラの顔を横目で見た。
 この秘書官は普段から直截的ちょくせつてきに言葉を発することが多かった。そのため様々な部署から煙たがられ、レクティファールの専属秘書官のような立場に追いやられている。
 ただ、レクティファールにとっては、メリエラたちの言葉に似て頼もしく感じられた。
 彼女たちはこの場に立つことができない。だから、ルーラのようにレクティファールの内心にまで踏み込もうとする者は貴重だ。
 危なっかしく、他の部署に回せないという現実もまたあるが。

「私的な感情もなくはないですよ、私にも経験はありますし」

 義姉を奪われそうになったとき、彼は私的な感情を元にして皇国の国益をもあがなう手段に打って出た。
 結果として公私ともに責任を果たすことになったが、それもまた自分のしたことの代価だ。

「エーリケという次期白龍公に恩を売るのは悪くありません。義兄という繋がりだけでは彼は動かせないでしょうし、これも将来への投資です」

 エーリケと緊密な連携が取れれば、将来的には皇国の益になる。
 皇王と公爵が連携することにより、国全体を動かすことも多少なりとも楽になるだろう。
 すでにレクティファールに個人的な忠誠を誓っているケルブと、妹を救ったことで貸しのあるフレデリック。そして友人といってもいい関係を築いているアナスターシャ。
 ここにエーリケが加われば、ほぼ四公爵の新世代を味方に付けたことになるのだ。

「そう単純に行きますか?」
「エーリケも莫迦ばかじゃありません。こういうきっかけでもあれば、それなりに自分の身の振り方も覚えるでしょう。もう彼はひとりで生きていくことはできないのですから」

 レクティファールと微妙な仲のまま、家族を守ることはできない。
 エーリケが家族を想うなら、何よりもレクティファールとの関係をより良いものにするしかない。
 リンドヴルム公爵家は貴族筆頭。皇王に最も近く、最も影響を受けやすい家なのである。

「リン殿を天涯孤独にしないためには、騎士国との関係は維持しなくてはならない。そしてそのためには、どうしても私の力が必要になります」

 もはや、この一件はリンドヴルム公爵家だけの問題ではない。
 皇国と騎士国の問題だ。

「軍を回し、他の半島の国々にも声を掛けています。私が表立って動くのは騎士国も望んでいないでしょうし、あとはエーリケとケルブの二人がどの程度まで話を詰められるかですか」
「最終的には殿下ご自身が騎士国におもむかれるので? また無茶をされると、わたしたちは非常に困るのですが」
「そうならないように、エーリケたちを支えてください。私だって明後日の、ウィリィアと街に出かける約束を放り出して追いかけ回されるのはごめんです」

 そんなレクティファールの本音に、ルーラは革張りの帳面を取り出して言った。

「――その際の宿泊場所はどちらに? 連絡先が分からないと困ります。あ、わたしも同伴させていただけるならそれでも構いませんが」

 愛人、ですし。
 ルーラは無表情に告げた。
 レクティファールはがくりと肩を落とし、ぽつりとつぶやいた。

「日帰りで」

         ◇ ◇ ◇


 ふたつの巨大な甲冑かっちゅうが剣を振り上げる。
 甲冑かっちゅうの動きに合わせて外套がいとうが躍り、土煙が舞い上がる。
 刃を重ねれば轟音ごうおんと衝撃が周囲へと広がり、その動きひとつひとつが小さな地震となって人々の身体を貫いていく。
 どちらの甲冑かっちゅうも、互いのすきを狙っては防がれ、また次のすきを狙って――という円運動を繰り返す。
 巨大な円舞。
 爆音と破壊の背景音楽。
 力と力の連弾。
 それは力を誇示こじし、次なる力を養うための修練だった。


「よく動くな! ヴァーンスタイン型は!!」

 青年がいる。
 金髪と碧眼へきがん、そして健康的な体格を、黒を基調とした軍装に包んでいる。
 彼は甲冑かっちゅうの円舞を見るために作られたやぐらから身を乗り出し、楽しげに笑っている。

「はっ! ようやく戦技しょうから配備された新型でありますので!!」

 青年の背後で、同じ意匠の軍装をまとった、青年よりいくらか年嵩としかさの男が、音に負けないように声を張る。
 男は手に持った用箋ようせんばさみに時折何かを書き込みながら、青年と同じものを見る。

「これで、帝国の新型に後れを取るようなことはありません! あとは配備状況ですが……」
「よい! 分かっている! 我らが戦技しょうの生産能力では、十年かかってようやく配備を終えられるというのだろう!? なに、今までと同じことだ! 十年後、いや、五年後には時代遅れになったこやつらをどう使うか、皆で頭を悩ませるのだ!!」
「ははっ!!」
「ウルセンは生真面目きまじめだからな、もう少し気を抜くことを覚えろ! 悩んだところで、我国の国力が増えるわけでもないのだからな!」

 ウルセンと呼ばれた男は、自分が仕える目の前の青年の言葉にわずかに目を伏せる。
〈アルバンライツ騎士国〉の精鋭、星光せいこう騎士団の騎士として目の前の青年に仕えるようになって、どれだけの時間が経っただろうか。
 十年、二十年、おそらくそのくらいだろう。
 自分が行儀ぎょうぎ見習いとして城に入り、次期大公たるこの青年の学友となったのが、己が八歳の頃。青年はそのとき五歳で、以来、自分を兄と呼んでしたってくれた。
 生真面目きまじめだけが取り柄の、面白くない子どもだと言われていた自分だが、弟のような公子にだけは年相応の笑顔を見せることができた。
 国を守るのではなく、弟を守るのだと騎士団に入り、頭角を現して出世街道に乗った。そこに公子との個人的な繋がりを感じないわけではなかったが、弟を守るためならば自分の汚名などまったく気にならなかった。
 自分にとって大切なのは、弟がすこやかに育ち、大公として国を率いるさまを見ること。
 そのためには、自分はどんなことでもする。

「――ウルセン様」

 背後に現れた部下が、耳元に口を寄せてくる。

「レイリンシア姫の行方ゆくえですが、以前不明です。ミハイロフ伯の居城にも出入りしておりません。大公様のもとにも現れていないようです。公都には他国の目も多いことですし、おそらくは別の場所におられるのかと」
「そうか、分かった。引き続き各所の監視を続けろ」

 そう、それがたとえ国にそむくような真似まねであったとしてもだ。


〈アルバンライツ騎士国〉大公公子アルシェラ・ガンダリアン・ド・アルバーン。
 今年二七歳になる若き大公家の跡継ぎは、部下の騎士ウルセンを伴って新型自動人形の視察を行い、戦略技術工廠こうしょう――戦技しょうの担当者を激励していた。

「よくぞあそこまで仕上げてくれた! ヴァーンスタインは我国の守護神となろう!」
「ははっ、恐悦きょうえつにございます」
「しかし、技術の進歩は留まるところを知らん。皇国は完全新機軸の自動人形を開発していると聞く、再びお前たちの力を貸してもらうことになるだろう」
「お任せください。身命をして、必ずや殿下の御目にかなう機体を造り上げてみせます!」

 技術者はそういって胸を張る。
 戦略技術工廠こうしょうの研究者といえば、この国でも有数の秀才として扱われる。
 当然、彼は自分の頭脳に自信を持っていた。

「今は皇国製自動人形を許諾製造し、それを改造するしかありませんが、殿下が大公となられる頃には、我国独自の自動人形を造り上げてご覧に入れます」
「ああ、期待している」

 アルシェラは微笑ほほえんでうなずき、技術者の手を固く握った。


しおりを挟む
表紙へ
1 / 4

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【完結】婚約破棄からはじまるラブライフ

恋愛 / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:63

チートなタブレットを持って快適異世界生活

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:639pt お気に入り:14,305

虐げられた第一王女は隣国王室の至宝となる

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:42pt お気に入り:611

神の審判でやり直しさせられています

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:305pt お気に入り:6,520

煌焔〜いつか約束の地に至るまで〜

キャラ文芸 / 連載中 24h.ポイント:63pt お気に入り:290

転生令嬢は庶民の味に飢えている

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:2,563pt お気に入り:13,927

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。