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 序章


 互いに触れ合う事の無い、異なる世界。時間の流れや、生命のり方を同じくしながらも、文明や細部を大きくたがえた世界が無数に存在する。それらの隣り合った世界と世界の隙間には、次元の回廊かいろうとも言うべき狭間の世界が広がっている。
 そして幾多いくたの平行する世界がそうであるように、狭間の世界にもまた文明と生命の営みが存在した。宇宙のような広大な空間、狭間の世界に浮かび漂う巨大な円盤状の大地では、国が建ち、繁栄し、衰退し、滅び滅ぼし、子が産み育てられ――連綿れんめんと続く人の営みによって、悠久の歴史が紡がれていた。
 そんな狭間世界の始まりから存在し、大地と営みを見守り続ける『意思』がある。この世界の神々とも言えるその『意思』は、大地の営みの維持と循環を促す為、定期的に異なる世界から使者をんだ。異なる世界からの来訪者は、狭間世界の大地に様々な波紋を呼び起こし、停滞を打ち溶かして新しい流れを作り、その大地の文明の循環に貢献する。


 狭間に浮かぶそうした大地の一つに、カルツィオと呼ばれる世界があった。このカルツィオを見守る『意思』によって喚ばれた、異なる世界からの来訪者――『災厄の邪神』田神悠介たがみゆうすけ
 彼の光臨と働きにより、当時カルツィオで栄えていた一つの文明は、大きな転機を迎えた。
 炎神ヴォルナー、水神シャルナー、土神ザッルナー、風神フョルナーという四柱の神がこの大地を創造したとする四大神信仰。その教えを軸に、それぞれの神の技として特殊な能力を身に宿す『神技人しんぎびと』と呼ばれる人々が世界の中心となっていた社会は、邪神を取り巻く様々な出来事を経て変革し、新たな時代を迎えていた。
 平穏をとしながらも、行く先々でトラブルに巻き込まれ続けた邪神・田神悠介。
 二大国の紛争から始まり、神技を宿さない『無技人むぎびと』と呼ばれていた民族と、彼等の王族の血統を古来護り受け継いできた白族はくぞく達との邂逅かいこう。白族の台頭による大国の滅亡。地下組織の決起と討伐によって拡散し、世界に混乱をもたらした造られし魔獣。
 破壊と創造による変革に包まれた世界は、やがて四大神のたみと白族という五つの民が共に手を取り合う共同社会を構築するに至った。この五族協和制の実現によって、カルツィオの長く停滞していた文明は、再び加速を始めていた。



 第一章 光と影の大陸


 太陽が大地の周りを回っているカルツィオでは、一年を通して日照時間の長さが大きく変化する。たとえば年末年始などは、太陽が大地の下側を横に回るので、しばらく夜が続いたりするのだ。
 現在は最も昼の長い時期を少し過ぎた頃である。五族協和制の定着を確実なものにする為、各国の王達を集結させての、『英雄ユースケ』による大演説が行われた日から十数日。五族協和制の成功のもとに平和と発展を謳歌おうかするフォンクランク国首都サンクアディエットでは、ヴォレット姫の女王戴冠に向けて着々と準備が進められていた。
 といっても、『炎壁えんへきの賢王』とうたわれる現国王、エスヴォブス王が健在である内は、これまでとそう変わりなく、少しばかりヴォレット姫のお稽古けいこ事が増えた程度であった。

「姫様はどこへ行かれたのだ……」

 朝から姿の見えないヴォレットを探して、宮殿上層階を歩き回っている赤髪の男性。ヴォレット姫の専属警護兼教育係を担う彼、クレイヴォルの呟きに、たまたま通り掛かった使用人が答える。

「ヴォレット様なら、闇神隊あんしんたいの皆様と宮殿の地下を探索すると言って出掛けられましたよ?」

 それを聞いたクレイヴォルは、『なぜまた宮殿の地下などに』とこぼしつつ後を追う。彼はここ、ヴォルアンス宮殿に勤める衛士えいしでもある。『宮殿衛士隊』という宮殿勤めのエリート衛士の中でも、王族の警護を専門とする『炎神隊えんしんたい』の隊長であった。
 そして『闇神隊』とは、邪神・田神悠介を隊長として編成された少数部隊。ヴォレット姫直属の宮殿衛士隊を指す。
 悠介が衛士のあかしたまわるべくエスヴォブス王に謁見した頃は、他の宮殿衛士や宮殿官僚達の間では『姫様のおもちゃ』などと揶揄やゆされていた。だが、今や『闇神隊長ユースケ』の名は、カルツィオ中で英雄としての名声を確固たるものにしている。そんな闇神隊長が本物の邪神である事を知る者は、ほんの僅かな内輪の人間に留まる。クレイヴォルは、その僅かな人間の内の一人であった。

「地下の階層に下りるには旧通路の鍵を――いや、ユースケ殿が一緒ならそもそも――」

 ぶつぶつと呟きながら去って行くクレイヴォル。この頃は以前のような近付きがたい雰囲気も薄れてきた。そんな仕事熱心な炎神隊長殿を見送り、使用人も自分の仕事に戻るのだった。


 街を拡張する度に上へ上へと増築が重ねられたヴォルアンス宮殿の地下部分は、時代ごとに内装様式も違っている。『時の支配者の趣味や当時の流行など、街の歴史的資料として非常に興味深い』とは、闇神隊の中でも一般民の立場に身を置く技術者系土技どぎ職人、ソルザックのげんである。
 彼は悠介がその邪神の力で作り出す様々な道具や機械を研究し、共に開発や発明品の製作を行う、技術的な面でのパートナーであった。彼の扱う生産系の神技は非常に精度が高く、鉱石の抽出や精製、鑑定など様々なシーンで悠介の道具造りの助けとなっていた。

「この辺りは急に雰囲気が変わっておるのう」

 地下六階層付近の、水没していないエリアを探索する悠介達闇神隊を引き連れたヴォレットは、太陽苔たいようごけという特殊な発光苔を光源に使う『リーンランプ』で足元を照らしながら呟く。

「特に戦乱の激しかった時代ですね。宮殿内でも度々衝突があったせいで、壁や床の彼方此方あちこちに修繕のあとが見られますよ」

 ボロボロにほつれて目の粗い網のようになった、元は立派な絨毯じゅうたんだったのであろう繊維をつま先でつついているヴォレットに、ソルザックがこの階層の年代について語った。

「そういや壁の装飾とか極端に少ないな」

 二人と並び歩く悠介が、その説明に関心を示す。そんな彼等のすぐそばで、闇神隊のメンバーの中でも副隊長的な立場にあるヴォーマルが、自身の神技で作り出した明かりを頭上にかざしている。どこか崩れかけているような危険な箇所が無いか、付近の壁や天井を目視で確認しているのだ。
 が、これは身に付いた危機管理に従った動作でしかない。
『ユースケ隊長』がこの場に居る時点で、その手の危険は存在しない事を、ヴォーマル達闇神隊のメンバーはよく分かっていた。

「ユースケ、この階に隠し部屋とかはないのか?」
「んー、ちょっと待ってくれ」

 ヴォレットから期待の眼差まなざしを浴びつつ、悠介はおもむろにカスタマイズメニューを開いて周辺の構造を調べ始める。
 このメニュー画面は、基本的に悠介にしか視認出来ない。この世界に喚ばれた際に与えられた特別な能力にして、神技人達が使う魔法のような能力である『神技』の力の枠を遥かに超える邪神の力――あらゆる物質に干渉し、その存在を書き換えてしまう能力『カスタマイズ・クリエート』。
 悠介をこの世界に喚んだ、この世界の神たる存在から、悠介が望んだ能力として与えられた力だ。もっとも、悠介は意図的にこの力を望んだ訳ではない。
 たまたま喚ばれる直前まで遊んでいたゲームの事を思い浮かべた為に、そのゲームのシステムをベースにした能力が与えられた、というのが真相であった。
 既に皆が見慣れた、空中に何かを描く悠介の動作と共に、判別不能な神技の波動が広がる。
 神技人は、皆体内に神技を扱う為の器官のような部分を持っている。その部分で神技の力をコントロールしたり、互いの神技が放つ波動を感じ合う事が出来るのだ。それらは大別して炎技えんぎ水技すいぎ、土技、風技ふうぎの四つに分けられる。
 強い力を持っていれば、それだけ神技の波動も強くなる。カルツィオでは基本的に一人一種類の神技を宿し、その属性は髪や瞳の色に表れる。炎技の民は赤、水技の民は青、土技の民は黄、風技の民は緑と、神技の波動と見た目の色によって見分けられた。
 悠介のような黒髪を持つ人間は、本来カルツィオには存在しない。この判別不能な神技の波動も、今やそれ自体が闇神隊長ユースケを示す波動であると、多くの人々に認知されていた。
 カスタマイズ画面内にこの付近一帯の構造を表示して調べていた悠介は、通路の一部に不自然な空間を見つけた。

「お、近くにそれらしい部屋があるぞ」
「おおうっ、あるのか!」
「おおっ、ありましたか!」

 わくわく顔で声を揃えるヴォレットとソルザック。ここへ来るまでの間、二つほど上の階でも隠し部屋や隠し通路を見つけた。
 そこでは当時の甲冑らしき物の残骸や、現在のカルツィオで流通している貨幣の『晶貨しょうか』が作られる以前に使われていたとおぼしき古い貨幣などが見つかり、歴史的資料として確保している。

「入り口は――あー駄目だな、完全にふさいである」
「という事は、シアの出番じゃな」

 ヴォレットがそう言って振り返ると、黄髪をサイドポニーに纏めた女性、ラーザッシアが、実験器具の入った鞄を掲げて軽快に応えた。

「はーい、任せて。イフョカちゃん、補佐よろしくね」
「は、はい、頑張ります」

 活発そうな彼女の要請に、緑髪で小柄な、いかにも一般人っぽい雰囲気の外見の少女が胸元で両手を揃えながら答える。
 アガリ症気味でよくどもってしまうイフョカは、伝達系風技の使い手だ。見た目は頼りないが、れっきとした闇神隊の一員で、悠介やヴォーマルと同じく、闇神隊の黒い隊服に身を包んでいる。
 ちなみに闇神隊の隊員達は、他の宮殿衛士隊の隊員達のような身分の高い者達で構成される宮殿勤めの衛士ではなく、一般民から雇用される神民衛士隊の出身である。
 闇神隊は元々、悠介隊長のみの一人部隊として新設された特殊な宮殿衛士隊だった。初任務の折、体裁を整える為にと適当に連れて行く部下を神民衛士の中から選んだのだが、その時にたまたま選ばれたメンバーが、今も正式なメンバーとして所属している。

「準備いいわよ」

 試験管のような器具を手に、壁の前に立っていたラーザッシアが合図を送る。完全に塞がれた状態の隠し部屋には、有害な空気が充満している事もあるので、壁に小さな穴を開けて空気のサンプルを採取し、危険が無いか調べるのだ。
 悠介がカスタマイズ能力で壁に小さな穴を開けると、イフョカが繊細な伝達系風技を使って部屋の天井付近と床付近、中央付近の空気を集める。それをラーザッシアの持ち込んだ鑑定用の器具の中に納めた。
 その結果、器具の中に見える毒物鑑定液に色の変化は見られず、異常無しの判定が下された。

「うん、大丈夫みたい」
「そっか、じゃあ入り口作るぞー」

 いつもの見慣れた光のエフェクトが発生し、壁に入り口が現れる。長い年月そこに留まり続けていたカビ臭い空気が流れ出し、通路の空気と交じり合って微かに風を巻き起こす。
 部屋と廊下の繋ぎ目などから、ここは元々部屋ではなく廊下の一部であったらしい事をソルザックが突き止める。明かりで中を照らし出すと、ガランとした石造りの空間が広がっていた。

「な~んもないな」
「なんじゃ、からっぽか」
「いや、奥の壁に何か見えますよ?」

 地下街の探索経験が豊富なソルザックが、さっそく何かを見つけて壁に駆け寄って行く。
『なんじゃなんじゃ』と後を追うヴォレットに、ノンビリ続く悠介達。壁には何か大きな、彫刻画らしきモノが広がっていた。
 炎技の明かりで彫刻画を照らし出したヴォーマルが興味深そうに訊ねる。

「ほう、これは壁に彫り込んであるのか?」
「ちょっと待ってください――うーむ、石の質が違う……しかも随分と古い」

 ソルザックの土技鑑定によれば、この彫刻画はここの壁石に彫り込まれたモノではなく、余所から持って来たかなり古い彫刻画を壁に埋め込んであるモノらしい。

「描かれているのは『天地創造』でしょうかね、二つの太陽に砕けた大地――いや、大地が形成されているところでしょうか」


 空に浮かぶ島のような複数の大地、また神や精霊を象徴する人型の姿が、互いの手を取り混じり合っているような構図。ソルザックの解釈を聞いていた悠介がポツリと呟く。

「天地創造か……そういえばこのカルツィオって、どうやってできたんだろうな」
「ん? そういえばユースケは前に言っておったな、この世界は『空飛ぶお皿』のような形をしておると」
「ああ、こっちに喚ばれる時にちらっと見た覚えがあってさ、最初に目覚めたほこらの天井にも描かれてたし」

 約三百年周期で変革をもたらす『邪神』が異世界から召喚されるというシステムが、何千年も続くカルツィオの大地。四大神信仰発祥の地とされたいにしえの大国ノステンセスには、邪神にまつわる情報が多く残されていた。
 ノスセンテスの首都だったパトルティアノーストは、現在は白族の王が治める無技人の国ガゼッタの首都となっている。そこに立つ中枢塔には、過去に光臨した邪神の造りし遺産が幾つかあり、『神眼鏡しんがんきょう』という、衛星のようなモノを空に打ち上げて地上を監視出来る道具もあった。
 このような高度な技術的発想を持った邪神も、過去幾度となく召喚されていたと考えるなら、カルツィオの全容を見渡せた邪神が居たとしても不思議ではない。

「ふーむ、この世界の歴史か。有史以前の世界の姿なぞ想像もつかんのう」
「この彫刻画が制作者の想像を元にした創作なのか、或いは当時の伝承などを参考にしたモノなのか、興味は尽きませんねぇ」

 古代カルツィオの歴史を紐解く素晴らしい発見だと、ソルザックはたたえる。そこへ――

「やっと見つけましたよ姫様っ」
「げっ、クレイヴォル」

 神技の波動を追ってここまで下りて来た専属警護兼教育係クレイヴォルが、いつもの決め台詞を放ってヴォレットを捕まえる。

「お稽古の時間です!」
「やじゃーーっ、まだまだコレからがいいところなのにー!」
「じゃあ今日はここまでだな、目印付けてに戻るか」

 地下探索が楽しくて仕方がないらしくゴネるヴォレットを余所に、手早く帰り支度を整えた悠介は床に丸を描いて『シフトムーブ』の態勢に入った。
 指定した床の一部を別の場所の床と入れ替える事で、そこに乗っているモノ諸共一瞬で移動させるという、ある意味反則技とも言える移動法である。

「戻るぞー、みんな丸の中に入ってくれー」
「むぅ、仕方あるまい。探索の続きは明日じゃ」

 しぶしぶ悠介の隣に立ったヴォレット。その傍らでは、ラーザッシアがイフョカをけしかけようとしている。

「ほら、チャンスよイフョカちゃん。もっとユースケにくっついちゃえ」
「えっ、で、でも……じゃまになるかも……」

 引っ込み思案で片思いなイフョカはあわあわするばかりだ。
 そんな彼女達の後ろに続くヴォーマルとソルザックは、先ほどの彫刻画について意見を交わしていた。

「戻ったら一度古代史の文献を漁ってみなくては」
「古代史関連の文献なら、宮殿図書館に揃ってたな」

 わいわいと皆で丸の中に収まり、地上階への帰還を待つ。
 サンクアディエットの街とヴォルアンス宮殿の歴史を探るこんな活動も、将来フォンクランクの女王になる者として教養を磨くのに良い勉強材料となる、と言って小言をかわそうとするヴォレットに、クレイヴォルは『では歴史の勉強科目を増やしましょう』とカウンターを放つ。

「ユースケ、クレイヴォルだけここに置いて行こう」
「無茶言うな、ヴォレット……戻るぞー、実行~」

 足元から発生する光のエフェクトに包まれ、地下階の床と地上階の床が入れ替わる。宮殿上層階の一室に帰還した地下探索隊はこれにて解散、今日の活動は終了した。

「あ、皆さんお帰りなさい」
「お? わざわざ待っててくれたのか」

 帰還場所の部屋では、闇神隊の隊服を纏った青髪の女性が、飲み物などを用意して出迎えてくれた。彼女は治癒系の水技を扱うエイシャ。曲者くせもの揃いな闇神隊の中にあっては良識人として定着している。
 今回の探索では、暗いところが苦手なエイシャの代わりにラーザッシアが治癒担当として参加していたのだった。
 エイシャが差し出したララの実ジュースを一気飲みして「ぶはー」とひと息吐いたヴォレットは、クレイヴォルと部屋を出ながら悠介に告げる。

「さーて、わらわはこれから楽しい楽しい稽古事じゃ。ユースケよ、今度はスンも誘って最下層を目指すぞっ」
「ああ、弁当でも用意して行こうな」

 若干、自棄やけ気味なヴォレットを苦笑まじりで見送った悠介は、これからラーザッシアを連れてスンの待つ『悠介邸じたく』へと帰宅する。
 エイシャとイフョカは『お疲れ様でした』と、ペコリと頭を下げて神民衛士隊の控え室に下りて行き、ソルザックは宮殿図書館の利用許可申請を出しに別館の受付へ向かう。ヴォーマルもそれに付き合うようだ。

「さて、帰るとするか」
「うふふ、お疲れ様」

 探索メンバー全員を見送り、漆黒のマントをぶわさっと翻し損ねて踏んづけそうになった悠介をねぎらうラーザッシア。
 彼女は、その両手首にめられた奴隷の証である黒い腕輪を隠そうともせず、ピトリと悠介の傍に立つと、おもむろに腕を絡める。

「やめいっ、あらぬ噂が立ってしまう」
「いまさらでしょ~」

 悠介をはじめ他の闇神隊員やヴォレット姫など、闇神隊の関係者は、皆ラーザッシアとも同輩のように親しく振舞っているが、本来彼女は悠介の奴隷という立場にある。
 ラーザッシアはかつて、滅亡したノスセンテスの特殊部隊に所属する篭絡ろうらく工作員だった。邪神をノスセンテスに亡命させる工作を担っていたが、陰謀渦巻く混乱の中、色々あって今は悠介の庇護ひごの下、平穏な暮らしをしている。
 幼少の頃から、国家の巨大な囲いの中で工作員として飼われて来た彼女にとって、悠介の下での暮らしは自由と楽しみに満ちた日々であった。そんな訳で、ラーザッシアは悠介に対する好意を誰はばかる事無く表現する。
 傍から見るといちゃついているようにしか見えない二人が上層階の廊下を歩いていると、前方から宮殿官僚の一団が現れた。
 宮殿内で最大の派閥であるイヴォール派、その中心的な人物であるヴォルダート侯爵と、彼の側近的な立場の貴族達だ。宮殿内では公然の秘密となっているが、少し以前までイヴォール派は反闇神隊活動に暗躍していた。
 現在は悠介の動力車事業に出資するなど、闇神隊との蜜月を装う事で、それまでの活動や工作で生じた様々な悪評というツケの払拭に腐心している。
 互いに控えめな会釈を交わし、静かにすれ違う悠介とイヴォール派。ヴォルダート侯爵は堂々と振舞っているが、彼の取り巻きは闇神隊長ユースケと目を合わせられない。特に言葉を掛け合うでもなく、両者はそのまま通り過ぎた。


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