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2巻

2-2

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 言葉に乗った思考から相手の胸の内を読み取れるコウは、レイオスの思考からは悪意や害意が感じられず、彼の事を良い人っぽいと認識した。沙耶華に対する気持ちも「興味がある」程度ではなく「いつも一緒に居たい」といった感じで、沙耶華に本気の好意を懐いているらしい事が分かる。
 一方の沙耶華は、王子様の気まぐれのせいで面倒な貴族令嬢達に睨まれるのは迷惑だと感じ、またレイオスが本気で自分を好いてるとも思ってない。そしてレイオス自身も、沙耶華が自分の気持ちを信じてないというか、そこまで本気であるとは気付いてない事に気付いている。
 沙耶華がレイオスを見る目は達観で、レイオスが沙耶華を見る目は情愛だ。

「コウや、そろそろ実験を開始するぞい」
〝はーい〟

 そこへ博士が声をかける。今日の実験は細い木板の上を移動する姿勢制御実験なのだが、コウが動かしている複合体には簡単過ぎる。そこで、片足で跳ねて移動するという、通常のゴーレムではまず不可能な動きを実験する事となった。
 また後でねーと沙耶華に手を振ると、コウはのっしのっしと研究所前の実験広場へと歩き出した。


「……んっ……ちょっと、まだコウちゃんが……」
「背中に目は付いていまい」

 そんな男女の声にちらりと精神体だけで振り返ると、背後でレイオスが沙耶華の唇を奪っている。が、これは王宮群の屋敷にいた頃からのいつもの行為だ。ぼしょぼしょと小声で抗議する沙耶華に構わず、レイオスがその口を塞ぐ。
 二人のやり取りから読み取る限り、「ハイハイ、唇吸いたきゃお吸いなさいな」と若干醒めた様子の沙耶華に対して、レイオス王子は「届け、俺の気持ち!」と心の叫びを籠め、すっかりすれ違っている。

『教えてあげた方がいいのかなぁ……でもなぁ』

 以前出会った少女アリスとの一件を通じて、無闇に他者の心の内を伝えたりしない方が良いという教訓を得たコウは、そういった行為を自重している。例えばガウィーク隊中で、カレンに対するダイドの気持ちなども――彼の場合は外見そとみにもバレバレではあるが――見て見ぬ振りをしているのだ。
 温度差のある口付けを交わす二人を尻目に、コウは片足跳び実験へと赴くのだった。


   ◆ ◆ ◆


 ズッシンズッシンと広場に複合ゴーレムの足型を残して実験を終えたコウは、午後からはガウィーク隊の訓練に参加する。王都を囲う重厚な壁の外周、険しい岩山のふもととなる外壁の裏側など人目に触れない場所で、陣形や連係攻撃の訓練を行うのだ。

「へぇ、レイオス王子に会ったのか」
「まあ気さくな王子様ですからねぇ」

 コウの話を聞いたガウィークとマンデルが王子の親しみ易さを話題にすると、カレンとレフが具体例を挙げる。

「あたし、てのうらにチュってされたコトあるよ?」
「……私もされた」

 あの王子も恐らくグループ戦に出てくるだろうと話し合う面々。レイオス王子が率いる冒険者グループは、一般には閉ざされた城の敷地内で訓練しているらしく、詳しい情報が集められない。メンバーも一流どころを揃えて来るのは間違いないので、一番の難敵になりそうだ。


 ガウィーク隊の陣形はガウィーク隊長とマンデル副長が前衛、レフ参謀とカレンが後衛、コウは双方の補佐に動けるよう真ん中に陣取る。
 陣形の中心は本来、司令塔となるガウィークの立ち位置なのだが、まだコウは前衛を任せられる程集団戦闘に慣れていない。いくらか経験を積んでいるとはいえ、未だその実力は未知数なのだ。参加メンバーの都合上、こういう配置になった。
 しかし、隊のナンバー1とナンバー2の背後に複合ゴーレムの巨体が控える陣形は、中々に威圧感を稼げる。その更に後方から攻撃術士と射手が狙っているのだから、後衛を護る壁役としても最適だ。対戦相手にはかなりの重圧プレッシャーを与えられるだろう。

「コウには序盤から魔術を使わせますか?」
「相手にもよるな、出来れば隠し玉にしておきたい所だが」
「……一つ、提案がある」

 戦術を話し合うガウィークとマンデルに、レフはコウの役割に撹乱かくらんの要素も入れようと提案した。適当に小さな虫などを用意してコウの身体にくっつけておき、複合体を異次元倉庫に隠して虫に憑依すれば、戦場を自由に移動する事が出来る。上手く使えばゴーレムが複数の魔術を使う以上の隠し玉になる筈だ、と。

「ふむ。あまり常用はできんが、効果は期待できるかもしれんな」

 特殊な存在であるコウにしかできない戦法になるので、ガウィークはそれに頼り過ぎないよう限定的なやり方として戦術に組み込もうと考えた。試合中は何度倒されようと薬なり治癒術なりを使って回復し、戦闘に復帰出来るという武闘会のルール的に、攻めの姿勢が基本となる。その為、通常はコウを軸にしてレフとカレンの援護を受けながら、ガウィークとマンデルで斬り込むスタイルになる。

「よし、とりあえずこの構成で幾つか試して、後は個々の動きを合わせていこう」
「……了解」
「おーっ」
〝おー〟

 夕暮れまで訓練を続け、そろそろ宿に引き揚げるという段になると、コウは草むらで甲虫を見つけ、複合体を異次元倉庫に片付けてその虫に憑依。レフのフードにくっ付いた。
 複合体コウがガウィーク隊と一緒にいる所をあまり見せないようにする事も、既に始まっている情報戦略の一環なのだ。

「コウちゃ~ん、ネコは~?」
〝近くにみつけたらね〟

 街の野良猫とて、そうそう簡単に憑依させてくれる訳ではない。犬や猫には精神体であるコウの姿が見えているので、油断しているか、こちらに興味を持つなどしてその場に留まっていてくれなければ、憑依可能な距離まで近付く事が出来ないのだ。
 日替わりする猫の抱き心地を楽しみにしているカレンは「そっかー」と残念そうに呟いたのだった。


 武闘会予選前日。
 各地より集まった有名冒険者グループ、武勲に名高い傭兵団から無名の戦士までが名を連ねる武闘会。予選の組み合わせが闘技場前の掲示板に貼り出されると、多くの参加者達が自分の対戦相手を確かめては続行か棄権かを選び、早くも勝敗が決まっていく。
 棄権の申し出があればその都度対戦表が書き換えられるので、この日の内に十四度も新たに対戦表が貼り出され、それからようやくそれぞれの対戦相手が確定した。対戦表の発表と貼り出しはもはや予選の予選とも言える。
 ここから先は参加費用が掛かり、本選に入れば棄権は不可。一応、故意に相手をあやめない事が規定に入っているので、運が悪くなければ敗北しても怪我だけで済む。
 怪我の程度は軽傷から冒険者として再起不能に至るまで様々ではあるが、怪我をさせるがわも同業者や世間での評判に関わるので、滅多にそこまで酷い事にはならない。
 掲示板前には、ガウィーク隊長とマンデル副長の姿もあった。

「うちの相手は〝紅狼傭兵団べにおおかみようへいだん〟か」
「正統派の中堅傭兵団ですな、まあ無難な所でしょう」

 対戦表に有名なグループがあればチェックしておこうと二人で掲示板を眺めていると、やはりレイオス王子率いる冒険者グループ〝金色こんじき剣竜隊けんりゅうたい〟があった。名前の由来は、伝説級である〝黄金の剣と竜〟の称号メダル取得を目的としているからだとか。
 他にも要注意グループを幾つかチェックして、宿に戻る。

「一つ、面倒な所がありましたね」
「ああ、ヴァロウ隊な……あそことは当たりたくないモノだ」

 ヴァロウ隊とは、ガウィーク隊と同じ〝戦斧せんぷと大蛇〟のメダルを持つ討伐集団である。ただし、ガウィーク隊が魔物の討伐を専門にしているのに対し、ヴァロウ隊は盗賊団など人間相手の討伐を専門にしている。
 傭兵団と違うのは、冒険者協会から仕事として討伐を引き受けるのではなく、自主的に盗賊達を探し出して討伐する集団である所。盗賊団から奪った財宝をそのまま報酬として懐に入れているので、戦功と共に悪名も広まっている。
 一般的な世評と冒険者協会の仕事に関する功績とは切り離されて評価される為、戦闘殺戮集団と呼ばれながらも実績を評価されて〝戦斧と大蛇〟のメダルを持つに至った。そういう意味ではガウィーク隊よりも戦闘力は高く、非常に手強い相手だといえる。

「まあ王子の所も大概反則じみてるんだから、向こうと当たってくれりゃあ助かる」
「ははは、違いありませんな」


 ガウィーク達が闘技場に出掛けていた頃、いつものようにアンダギー博士の研究所を訪れたコウは、明日からガウィーク隊の一員として武闘会に出場する為、暫く来られない旨を伝えた。博士達もその事は既に承知しており、頑張って来いと励ます。

「しっかり活躍してワシの名声に貢献するのじゃ。どれ、一つ餞別せんべつをやろう」

 博士がこっちゃ来いと、コウを研究所の奥にある屋内実験室に呼ぶ。

〝これは?〟
「サヤ嬢の異世界に関する証言からイメージを得て作った魔導兵器じゃ、持って行くがええ」
「多分、複合体あなたにしか扱えないでしょうけどね」

 魔導兵器を受け取るコウに、サータが苦笑気味に言った。
 博士が異世界の情報を基に作ったという箱状の魔導兵器を抱えたコウは、何となく知っているモノであるような気がした。欠けた記憶が反応するような感覚があるのだ。長めのベルトが付いており、肩に掛けて腰撓こしだめに構えながら使うモノらしいが、結構重い。

「本体の魔導器で精製した火炎玉を前方にある複数の管から順次射出する仕組みなんじゃがの、ちーとばかし反動が酷くてのう」

 最初は一本の管から一発ずつ火炎玉を射出する機構で進めていた。だが、細い管から射出する火炎玉は威力が低く、沙耶華の話にあった魔導技術無しでも高威力を誇るという異世界の武器には遠く及ばず、とても兵器と呼べる代物ではない仕上がりになったそうな。
 そこで負けてなるものかと奮起した博士は、得意分野である魔導器の改良に着手。沙耶華の持つ僅かな知識にならい、爆発によって威力を高めるという点を流用して、魔導器の中で小規模の爆発を起こして火炎玉の射出速度を上げる試作内燃魔導器を開発した。
 だが、一発で十分な威力を引き出せるまで出力を高めた結果、射出する際の爆発に魔導器本体が耐えられなくなった。ならばと本体の強度を連続使用に耐えられるまで上げてみたが、今度は持ち運びが困難な程の大きさと重量になってしまったのだ。
 これでは攻城戦などに使われる大型魔導砲を小さくしただけのようでインパクトに欠ける上、面白みがないと博士は考えた。そしてこういう射出系武器に良いアイデアはないものかと沙耶華に意見を求めてみた所――

「うーん、そういえばあのゾンビ映画で怪物が使ってた……えーとですね」

 こうして、複数の内燃魔導器を搭載して複数の管から連続で火炎玉を射出するという仕様の魔導兵器が出来上がった。
 威力もインパクトも十分だが、最終的に酷い反動だけは残っている。

「台座に固定しての屋内実験しかしておらんが、品質は保証するぞい。一応試し撃ちはしていくがよい」
「とても狙いなんてつけられないから、味方の居る方向に使っては駄目よ?」
「ヴォウウ(はーい)」

 ガウィーク達も知らない、博士達からの贈り物。連係の訓練は一応昨日終えてしまっているので、よく状況を見定めてから使うようにしなければならない。

『そうだ、ガウィーク達の言っていた、ボクだけの〝隠し玉〟にしよう』

 そうしようそうしようと「いい事を思い付いた」とばかりに、もらった内燃魔導兵器を異次元倉庫に仕舞うコウなのであった。



 3


 功績のあった冒険者に冒険者協会から贈られるメダルには、脱初心者クラスから熟練者クラスまで様々なランクがある。その中で熟練した冒険者である事を示すメダルが〝剣と猛獣〟であり、紅狼傭兵団はその〝剣と猛獣〟のメダルを持つ、中堅層の傭兵団であった。

「相手はあのガウィーク隊だ、まともに戦っても勝ち目は薄い」
「向こうは前衛主力メンバーの闘士と剣士が個人戦に出るって話だからな、恐らくグループ戦では隊長と副隊長を前衛にした構成でくるだろう」

 武闘会の予選でガウィーク隊と当たる事になった彼等は、闘技場の戦士控え室にて作戦の最終確認をしていた。紅狼傭兵団の隊長と参謀が敵味方に見立てた小石をテーブル上に並べ、全体の動きを説明する。

「そこで、こういう戦法をとる」
「一度しか使えない奇策だが、上手くいけば最初の奇襲で確実にどちらか片方は討ち取れる筈だ」
「後は援護のない方から数で押す訳か、速攻が決め手になるな」
「そろそろ時間だ、行こう」

 その説明に全員が納得し、ほぼ一か八かの作戦に賭ける事にした紅狼傭兵団は、戦いの舞台へと上がるべく控え室を後にした。


 王室が主催するこの大武闘会は、予選から名のある戦士達が剣を交えるとあって、王都の住人は勿論、近隣の街や村などからも多くの人々が観覧に押し寄せている。
 こういった大きな大会ではしばしば、後に世界で名を馳せる事になる戦士が活躍する場合もあり、メンバー募集中の集団にとっては優良な人材発掘の場になっていた。

〝凄い人だなぁ〟
「本選はもっと多くなるからな、今から慣れておけよ?」

 半分ほど地下に掘り下げられた、すり鉢状の円形闘技場。入場口が四箇所あり、うち二箇所が地下にある戦士の控え室と繋がっている。残り二箇所は猛獣や馬車などを通す為の広い大型通路で、猛獣の通路は奥の檻に、馬車の通路は闘技場の外に続く。
 土や砂の敷き詰められた戦闘区域は縦横二〇〇ルウカ。コウの知る単位で表すならおよそ九万平方メートルという巨大さを誇る。
 これから対戦する両者が姿を見せると、闘技場の進行官が声高に予選の開始を告げる。

「これよりーー! 王室主催、トルトリュス大武闘会のーー! 予選をり行うーー!」

 観客席からひと際大きな歓声が響き、ガウィーク隊と紅狼傭兵団それぞれが所定の位置につく。
 ガウィーク隊は複合体コウを中心にガウィークとマンデルが前衛、レフとカレンが後衛でそれぞれ等間隔に立つ。対する紅狼傭兵団は前衛四人、後衛二人という密集陣形を取っている。双方の間はおおよそ一〇〇メートルといった所だ。


「ガウィーク隊のあれって召喚獣か?」
「いや、新型のゴーレムらしいぞ」
「何でも元冒険者だった人間の人格を持っているとか」
「協会の冒険者名簿に登録されてるんだってな、例の変態魔導技師博士が絡んでるって話だ」

 予選の第一戦から見に来ているような観客は、各団体の情報にもそれなりに詳しい一般人が多く、彼等はこの頃街でよく見かけるコウについてもある程度の情報を掴んでいた。
 偵察も兼ねて見物に来ている冒険者グループや傭兵団の者達も、ガウィーク隊の隊員として扱われ、冒険者協会に一冒険者として登録されている一風変わった新型ゴーレムに注目していた。


 やがて試合開始の合図が告げられる。先に動いたのは紅狼傭兵団だった。全員が軽装の鎧に片手剣と小型の盾を装備したスタイルで揃えている紅狼傭兵団が、密集陣形を保ったまま真っ直ぐ突っ込む。

「どうやら向こうは速攻を狙ってるようですな」
「レフ、固まっている所へ範囲魔術を撃ち込め。カレンは敵が散らばらないよう左右を攻めろ。コウはそのまま待機だ」

 それを迎え撃つガウィーク隊は前衛の二人が若干内側に寄って後衛二人の射線を空け、遠距離攻撃で相手の出方を窺う。まだ魔術の有効射程外なので、レフは魔力を練りながら待機中。カレンは弓を構えて狙いをつけた。
 試合に使われる矢は、先端に円柱形の筒を被せたような特別製で、円柱の先についた僅かな突起が突き刺さる以外は殆ど打撃攻撃になるよう殺傷力が削がれている。
 ちなみに突起の長さは一ペイル、約一・五センチ程しかないので、当たり所が悪くなければ甲冑を着けていなくてもほぼ軽傷で済む。
 カレンの放った矢が風切り音を鳴らしながら紅狼傭兵団の前衛四人の両端を掠めて牽制すると、コウを挟んだ反対側でレフが杖を構えて魔力を編み始めた。


「よし、作戦通りいくぞ! ゴーレムは無視して構わない、狙いはあの魔術士だ」

 距離を詰めた紅狼傭兵団はレフが魔術の行使に入ったのを確認すると、全力突撃に切り替えた。カレンの攻撃に注意しながら陣形を崩し、個々がバラバラに動いているように錯覚させる。
 最初に固まって行動したのは範囲魔術を誘う為の策であり、絶妙なタイミングで散らばって見せる事で効率の悪さを演出して、範囲魔術の行使を躊躇させたのだ。
 そうして魔術が味方を巻き込んでしまう距離まで詰める事に成功。ガウィーク隊の前衛に三人一組で斬り掛かり、ゴーレムが援護に出て来るのを待つ。


 紅狼傭兵団の奇襲染みた速攻突撃戦法に対し、ガウィークとマンデルは背中合わせに陣取ってひたすら攻撃をさばきつつ防御に徹する。カレンとレフの援護は位置的に攻撃の性質や射線が限定されてしまい、特に威力を抑えた攻撃魔術は殆ど効果が上がらないでいた。

「コウちゃんっ、おねがい!」
「ヴォオウ」

 コウはカレンの射線を遮らないよう、レフの正面方向からガウィーク達の援護に向かうべく走り出す。そして異次元倉庫に並ぶ戦斧やら鉄槌やらから武器を選んでいると、コウが動いた事を確認した紅狼傭兵団は作戦を次の段階へと進めた。


「今だ、行け!」

 ガウィークと打ち合っていた紅狼傭兵団の団長が指示を出すと、二人の団員が盾を構えながらカレンに向かって駆け出した。実戦であれば彼等の持つ小型の盾など厚紙も同然なのだが、試合用の矢なら軽装の鎧と盾で十分防ぐ事ができる。
 足を狙って飛んでくる矢は跳ねてかわし、盾と鎧で身を護りながらゴリ押しで距離を詰める。カレンを狙う二人の紅狼傭兵団員に気を取られたコウが足を止め、そちらへ踏み出そうとしたその時――

「よし、次だ!」

 更に二人、ガウィーク達と打ち合っていた傭兵団員が、最初の二人とは逆方向からレフを狙って走り出した。残った傭兵団長と副団長はガウィークとマンデルを牽制しながら、ガウィーク隊の内側へと浸透していく。
 紅狼傭兵団はガウィーク隊の前衛が後衛の援護に行けないよう時間稼ぎをすれば良いので、実力で劣っていても牽制しながら逃げの一手で暫くは凌ぐ事ができる。その間に団員四人で後衛の二人を狙うのだ。
 射手も攻撃術士も、接近されてしまえば近接戦闘職に太刀打ち出来ない。たとえ格上の集団であろうと、その力関係に変わりはない。後衛の二人を落としてしまえば、ゴーレムを入れても三対六と圧倒的優位に立てる、そこからは堅実に数で押せば勝利は確実だろう。
 ここまで、ほぼ紅狼傭兵団の作戦通りであった。


『あ、あれ? どっちに行けば……』

 カレンへの攻撃阻止に向かおうとしていたコウは、レフを狙って真っ直ぐ向かって来る傭兵団員に戸惑い、再び足を止めた。このまま傭兵団員を迎え撃てば、カレンを狙う二人の迎撃に間に合わなくなる。かと言ってカレンの援護に向かえばレフが無防備になる。
 どちらを優先すべきか判断しきれずオロオロしているコウを尻目に、攻撃目標へと直走ひたはしる紅狼傭兵団員。人間の人格が宿っているらしいとはいえやはりゴーレムはゴーレムかと、コウに向けていた警戒意識を若干、攻撃術士の方に割く。

「コウちゃんっ、レフちゃんをおねがい!」

 自分の方は何とかするからと言うカレンの指示を受け、コウは背後をすり抜けて行こうとする傭兵団員に向き直るが、もはや武器を出して攻撃する暇はない。なんとか食い止めなくてはと動いたコウは、咄嗟とっさに足を引っ掛けようとした。
 しかし焦って急激な動作をしようとした為か、イメージと身体の動きにズレが生じてしまい、しゃがみ切る前に引っ掛け用の足が出た。

「ヴァ(あ)」
「ぐはっ!」
「なっ!?」

 間が悪かったのか良かったのか、通り抜けようとしていた傭兵団員の位置とタイミングが合ったらしく、その足は左横蹴りとなって直撃。真横に吹っ飛んだ傭兵団員はゴロゴロと二、三度転がって動かなくなった。気を失ったらしい。
 並んで突進していた傭兵団員は思わず防御体勢をとるが、この場合はそのまま走り抜けるのが正解であり、足を止めた彼の選択は間違いだった。
 コウは「武器を使うよりも直接殴った方が早い」と判断すると、引っ掛ける為に出して蹴りになってしまった足を軸に身体を引き寄せながら、守りを固めている傭兵団員に左腕を振り上げた。
 ワァッと会場が沸く。
 下からすくい上げるようなパンチを貰った傭兵団員は、ゴーレムの身長に腕の長さと更に人一人分程度を足した高さまで跳ね上げられた。
 殴り飛ばされたというよりも、振り上げた腕の先に引っ掛かるような形で放り投げられたこの傭兵団員は、落下の衝撃が原因で動けなくなった。しかし見た目は完全に強烈なアッパーカット。観客達の間では「顔が潰されたのではないか」とざわめきが上がっている。

「なんだあのゴーレムは」
「やたら動きが早いぞ、まるで人間みたいじゃないか」

 偶然とまぐれで何とか迎撃を果たせたコウは、今度こそカレンの援護に走り出した。レフも護身用に練っていた魔力を傭兵団員への牽制に回して援護する。カレン自身の弓の腕もあって、どうにか接近を防いでいた所へ、コウが飛び込み、壁となって立ちはだかる。
 通常、ゴーレムと言えばもっとノッソリと動くモノなのだが、まるで人間のような自然な動作で全力疾走して来た複合ゴーレムの姿に、観客も偵察グループも皆が度肝を抜かれた。王都内を巡る博士の実験で運動性能の高さもある程度は周知されていたとはいえ、ダッシュをかますゴーレムなど普通はあり得ない。


「いいぞコウ、その調子で行け!」

 足止めの牽制に徹する紅狼傭兵団の団長と激しく斬り結びながら、じりじり押し込んで来たガウィークがコウに声を掛ける。
 ガウィークの励ましから「接近格闘型と思わせられれば後の試合でも有利に事を運べる」という思考を読み取ったコウは、何かそういうイメージにぴったりな行動はないかと考える。その結果浮かび上がった異世界の記憶にある構えを実行した。
 きゅっと脇を締めて握った拳を眼前に構え、すたーんすたーんと軽やかにステップを踏む。ゴーレムの身体ではズシシーンズシシーンと重々しいが、先日の片足跳び実験で「飛び跳ねる」という動作に馴染んでいたが故の「慣れた動き」を演出できた。
 沙耶華に見せたなら「ボクシング?」と訊ねるであろう、異世界の拳闘スタイルだ。


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