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2巻
2-1
1
応接間と呼ぶには少々絢爛過ぎる雰囲気の一室。あまり慎ましさの感じられない調度品の並ぶこの部屋の中で、長いキセルをくるりと反して煙草盆に灰を落とした壮齢の女性が、若干強めの語調で言い放つ。
「お断りだね、うちの娘達にそんな危険な真似はさせられないよ」
「いやいや、危険はほぼないんじゃよ。ただ使えるかどうかが分からんダケでのう」
女性と対峙する白衣の老人――アンダギー博士は、これだけ出すから誰か紹介してくれんかと、棒状に纏めたギルド金貨の束をテーブルに置く。一本に付き一〇枚で纏められる束が三本。王都の下街に庭付きの家を建てられる程の金額である。
「幾ら積まれようと、うちは――」
「やります!」
金貨の束を前にしても態度を変えず、老人を追い返そうとした女性の後ろから、お茶の用意をしていた下働き姿の少女が声を上げた。
「っ! サヤ、あんた何を言って……!」
「おおっ、君、やってくれるかね」
「待ちなって、勝手に話を進めるんじゃないよ! この娘はダメだ」
「お願いします! わたし、お金が必要なんです!」
◆ ◆ ◆
グランダール王国の王都トルトリュス。魔術研究棟の施設群を抜ける通りを、一体の甲冑巨人がノシノシ歩いていた。誰かに使役されているゴーレムではなく、自我を持ち、自律して行動する生きた甲冑。珍しいゴーレムの冒険者として認知されている複合体であった。
一応〝魔法の道具〟として扱われる召喚獣やゴーレムには、通常の武器や防具その他の道具と同じように、色々なタイプがある。一体当たりのコストも違えば、性能の良し悪しも様々だ。そんな中でも、極めて特殊な素材で構築され、圧倒的な潜在能力を秘めるこの複合体は規格外の最高級品と言えた。彼が街を歩く姿はここ最近よく見られ、付近を巡回する警備の兵も「ああ、今日は実験の日か」とのん気な様子で見送り、誰何する者はいない。
やがて通りの先にある広場に出た甲冑巨人は、管と歯車が混沌と絡み合うオブジェの塊と化した研究所に入っていく。
「ヴォヴォーウヴォオ〝ハカセー来たよー〟」
「あらコウ、こんばんは。博士は今ちょっと外出してるのよ、もう少し待ってね」
出迎えたサータ助手によると、複合体に備わっている予備機能実験を行う為、アンダギー博士は実験場となる、ある場所まで交渉に行っているらしい。暫く待っていると、黒塗りの豪華な馬車が広場の研究所前に乗り付けた。その車窓から、当の博士が身を乗り出す。
「おおっ、来ておったかコウ。早速じゃが街へ出るぞい、サータも準備は出来ておるな?」
「はい、博士」
大きな鞄を抱えて小走りに出て来たサータが博士の隣に乗り込むと、馬車はゆっくり走り出す。
「少々目立つかもしれんが、夜間の並走性能実験に丁度良いわい。宣伝も兼ねて隣を付いて来てくれるかの」
〝はーい〟
馬を脅かさないよう、馬車より少し後方につけてコウは並走する。石畳を叩く蹄鉄と車輪の音に、ゴーレムの足音が混じって響く。
やがて行政府区画の門を潜って城下の街へと下りたコウ達は、まだ少し人通りの多い王都のメインストリートとなる中央通りを、若干の注目を浴びつつ駆け抜けて行った。
そうして辿り着いたのは、中央通りから一つ奥の道へ入った場所に立つ一軒の大きな館。見上げれば厚いカーテンの掛かった窓が沢山並び、薄らとした明かりを確認出来た。一般の宿にしては全体の雰囲気が少々豪華で、且つ妖しげな雰囲気に包まれている。
館の正面にある紅紫色をした大きな扉は半開きになっており、壁際では黄色を基調とする艶かしい衣装を着た女性が、通りを行く男達に媚びた仕草で声を掛けている。扉上部にある看板には〝胡蝶の館〟と書かれていた。
〝ここは?〟
「娼館じゃよ。さて、前からは入れんじゃろうから裏に回るぞ。こっちじゃ」
馬車を降りたアンダギー博士が館の裏手へと歩き出すので、コウも後に続く。
〝胡蝶の館〟とは、グランダール国内のそれなりに環境の整った街ならどこにでもある半国営遊興施設で、法に則って経営される娼婦の館である。
ここで働く女達は〝蝶婦〟と呼ばれる。表で客引きをしているのは、下働きの見習い期間を卒業して、実際に客を取る事が出来るようになった新米蝶婦である〝黄蝶〟達だ。
「今日の実験は、複合体の生殖器官がちゃんと機能するか否かを見るのじゃ」
「肉体を持ったあなたに性的欲求が生まれるかどうかも、観察の対象になるわ」
博士が実験内容を端的に告げると、サータがその目的を簡単に説明する。
「ヴォオオ……(性的欲求……)」
「まあ、器官と言っても普通に管がくっついとるだけで、排泄その他の機能まではないがの」
コウの肉体となっている複合体は、とにかく特殊な素材で組上げた擬似生命体なので、色々な要素を実験出来るよう様々な機能を搭載したらしい。なぜゴーレムや召喚獣の類に生殖器をつけようなどと考えたのかと問われたならば、博士は「需要があるからじゃ」と答えるのであった。
「擬似生命体にも色々な使い道があるのじゃよ」
「普通は戦闘用ゴーレムで試そうなんて人はいませんけどね」
カッカッと笑って多様性を語る博士に、サータ助手は一応突っ込んでフォローしておく。
〝なるほどー〟
コウは博士達の思考から、戦闘目的以外の召喚獣の用途情報を拾い、納得する。女性型召喚獣の研究や開発は随分進んでいるが、男性型召喚獣の研究はあまり盛んではないらしい。人気のない分野にこそ邁進しようとする所が〝博士らしい〟と言える。
館の裏手に回ると大きな馬車でも入れそうな搬入口が開いており、光沢のある銀色のシンプルなドレスを纏った女性が、長いキセルを手にして立っていた。彼女は館の蝶婦達を取り仕切る女主人で、皆からはマダム・サリーナと呼ばれている。博士が早速彼女に声を掛けた。
「待たせたな、部屋の準備は出来ておるか?」
「フゥー――そいつかい? 生きたゴーレムってのは」
「身体は複合ゴーレムじゃが中身はれっきとした人間じゃよ、名はコウじゃ」
「ふぅん――ちとデカイね……」
ゆったりとした仕草も色っぽく、流し目でコウを観察するサリーナは「本当にモノは大丈夫なのか」「万が一の時は身元引き受け人になってくれるのか」など、博士に色々と問い掛けては、フゥーっと煙を吐き出している。
「はぁ、まったく……あの娘も幾ら報酬がいいからって、こんな仕事引き受けるこたぁないのにねぇ」
気が進まなさそうな様子で煙と共にそんな呟きを吐き出したサリーナは、ぼ~っと突っ立っているコウをちょいちょいと指で呼び寄せると、大きく背中の開いたドレスから艶かしい肌を晒しつつ館の中へと入っていく。
「よし、行くぞコウよ」
「まずは全身の洗浄からですね」
〝はーい〟
搬入倉庫の一画を仕切って特別に作られた実験室にて、〝茶蝶〟の衣装を纏った少女がそわそわと落ち着かない様子で、魔導技師アンダギー博士と実験ゴーレムの到着を待っていた。茶蝶の衣装は、彼女がまだ客を取れない下働きの身にある事を示している。
少女が複合体性交実験の被験者に名乗りを上げたのは単純に、提示された報酬の大きさが理由だった。博士が提示した報酬額ほどの大金があれば、胡蝶の館を出て下街に家を買う事も出来る。
これまでに稼いだ分も合わせれば、この世界で静かに慎ましく生きていくのに十分な資金を得られる。
少々特殊な事情を経てここ王都トルトリュスにやって来た彼女は、その特異な経歴故か、世間から冒険王子と謳われるこの国の第一王子に大層気に入られた。
一時は王宮に住まうよう部屋を用意されたりもしたのだが、彼女と王子の関係は多くの貴族達を巻き込んだ権力絡みの騒動にまで発展してしまう。
紆余曲折あって王宮を出た彼女は、若い女性なら訳有りでも働ける胡蝶の館に入る事になったのだ。
「サリーナさんにはお世話になったけど、やっぱり普通の暮らしがしたいもんね……よし、頑張れわたし!」
ぐっと両手を握って自身を鼓舞していた少女だが、実験室に現れた巨漢ゴーレムを見た途端、思わず腰が引けてしまった。
「……だ、大丈夫よね……?」
急ごしらえの実験室にやって来たコウは、ベッド代わりの台座に腰掛けている少女に違和感を覚えた。グランダールに住む人々とは明らかに違う、彫りの浅い顔立ち。根本的な人種の違いを感じるその容貌に、コウは親しみのような印象を持った。
「この娘が今回の実験に協力してくれる蝶婦見習いの――えー、なんじゃったかの?」
「沙耶華です、皆からは沙耶って呼ばれてます」
「ヴォヴォーウ……〝こんばんはー……?〟」
博士に紹介され、コウは台座から立ち上がった黒髪の少女と挨拶を交わす。彼女の名前の響きにも、親しみのような、既視感にも似た違和感を懐く。
『んん?』
なんだろう? と首を傾げているコウに、とりあえず台座へ上がるよう指示を出した博士は、実験の準備を始めた。
実験といっても、性行為に至るまでと、その最中に複合体内を巡る魔力の流れを観測して記録するだけだが、ここで記録した測定情報は後々の召喚獣開発の糧となる。
「サヤ? 顔色が良くないね、気が変わったんなら止めとくかい?」
「いえ、大丈夫です」
マダム・サリーナが心配そうに声を掛けるが、沙耶華は気丈に笑って見せた。
仮設実験室には、複合体と幾つかの管で繋がれた魔力観測用の魔導機器が並べられている。イザという時の為に胡蝶の館お抱えの治癒術士も待機しており、サリーナも館の主として実験を見守るべく留まっている。
従って沙耶華はゴーレム相手に、何人もの人が見ている前で行為に及ぶ訳だ。これにはさすがに恥ずかしさが込み上げて、今更ながら躊躇した。だが、今回のチャンスを逃せば、いつか蝶婦として客を取る生活に突入してしまう。
今はまだマダム・サリーナの温情か、普段はお手伝いのような下働きの仕事と、時々会いに来るバカ王子の相手をする程度で済んでいるが、この先〝黄蝶〟に昇格すれば、他のお姉さま方達と一緒に店の前に立って客引きをしなくてはならない。
「ええい、ここで怯んでどうするわたしっ。ファイトだ!」
沙耶華はこの国の人々には分からない言葉、恐らくはこの世界に存在していないであろう故郷の言葉で、小さく自分を励ました。その小さな呟きにコウが反応する。
「ヴォオ、ウヴォヴォウ?〝今の、なんて言ったの?〟」
「え?」
突如、胸元に光の文字を浮かび上がらせて問い掛けるように唸るコウ。先ほど挨拶した時にも唸りながら文字を浮かべていたので、何か話し掛けられているらしい事は沙耶華にも分かるのだが、まだ文字の読み書きが拙いので内容を読み取れず、小首を傾げた。
「ええと、困ったなぁ……わたしこっちの文字はいまいちよく分からないんだけど……」
そう呟きながら、沙耶華が壁際の博士達に助けを求めようとした時、次に浮かんだ文字の羅列に一瞬思考が固まる。
「日本語!? それ、ひらがな……うそっ、あなた日本語が分かるの?」
〝あ、やっぱりこのもじでつうじるんだね〟
一方のコウも、いつもの「言葉に乗った思考」を読み取るという感覚ではなく、直接呟きの意味を理解出来た事に一瞬思考が混乱した。
最近は理解出来るようになってはいるが、コウは基本的に相手の言葉ではなく、そこに含まれる意識や思念を読み取ってその内容を把握し、意思の疎通を図っている。
コウにとってこの世界の人々が話す言葉は知らない言語であり、声に紡がれる言葉はあくまで音として認識していた。ところが、先程の彼女の呟きは、音ではなく言葉として直接意味を理解する事が出来た。
そして沙耶華が戸惑うように口にした独り言を聞き、コウはそれが自分の中の欠けた記憶に刻み込まれている言葉である事を認識した。
彼女がハッキリと反応した異世界の文字。日本語というモノらしい。
「うーむ、こりゃあいったいどうした事じゃ?」
突然、耳慣れない異国の言葉と、見た事もない文字とで会話を始めた沙耶華とコウに、アンダギー博士はポリポリと頭を掻きながら首を捻る。サータ助手はマダム・サリーナに説明を求めたが、サリーナも肩を竦めるばかりだ。
「彼女は呪術士や祈祷士の術を?」
「知らないね、ただあの娘が術士とかじゃないのは確かだよ。あの言葉だって意味は分からないが、時々独り言で話してるからねぇ」
ゴーレムや召喚獣の制御に影響を与える呪術語の類ではない事を理解したサータは、博士にコウから事情を聞くよう促す。興奮気味に会話をしていた沙耶華は我に返ると恥ずかしそうに顔を伏せ、コウからは彼女についての驚くべき情報が語られた。
「異世界からの来訪者とな?」
〝うん、上手く説明できなくてややこしいから今まで黙ってたんだけど、多分ボクも同じ所にいたんだと思う〟
沙耶華がこの世界に現れたのは一年ほど前の事だった。元の世界で旅客機の墜落事故に遭い、気が付くとこの世界にいた。王都のダンジョンで目覚め、モンスターに追われていた所を訓練中の騎士団に保護されたのだ。
騎士達にとっては見慣れない服装で丸腰、ダンジョンの探索許可書も身分を証明するモノも所持しておらず、言葉も通じない。暫く取り調べを受けた後、グランダールに害意なしと判断されて遭難者に指定され、温情で王都民として受け入れられた。
しかし当然ながらこの世界に身寄りはない。冒険者となれる程の力も知識もなく、意思の疎通さえも片言という状態では、まともな働き口など見つかるはずもなかった。王宮周辺の屋敷群に住まう事を許されていたりもしたのだが、そこでは連日偉い人達の騒動に巻き込まれるので、落ち着いて生活も出来なかった。仕方なく、健康な若い女性であれば誰でも働けるこの胡蝶の館で、蝶婦をする事になったのであった。
異世界から来たという話は周囲に上手く伝わっておらず、グランダールと同じくらい魔導技術の進んだどこか遠い国から転移事故でも起こして跳んで来たのでは? と認識されている。
「ふーむ、興味深い話じゃな。コウよ、同時通訳は面倒じゃろうから後で書類に纏めて提出してくれんかの? 実験は一旦中止じゃ」
博士はコウに沙耶華ともっと話をして色々聞き出しておくように指示すると、マダム・サリーナと何やら相談を始めた。コウは自身も沙耶華と同じ異世界人だった可能性を沙耶華に伝え、他にも同じように異世界から来た人間がいるかもしれないと会話を盛り上げる。
〝さやかはおうとからでたことはないの?〟
「うん、街の外って危ないんでしょう? わたし冒険者とかそういう素質ないから、街からは怖くて出られないわ」
〝そっかー〟
「もし他にもわたし達みたいな人がいるなら、会ってみたいわね……もしかしたら、帰り方とか分かるかもしれないし」
他者に乗り移る力を持つコウならば、冒険者として世界を巡り、同胞探しの旅をする事も出来るが、ごく普通の一般人でしかない沙耶華には少々酷だろう。ベッド代わりの台座の上で二人がそんな話をしている間、博士はサリーナから沙耶華の詳しい事情を聞き出していた。
「ほう、あの王子がのう」
「サヤはあんまり気がなさそうにしてるけどね、それが却って王子様の気を惹いちゃってるみたいでさ」
沙耶華が騎士団施設に保護されていた頃、〝ダンジョンで発見された謎の美少女〟という触れ込みに興味を懐いた冒険大好き王子こと第一王子のレイオスが、度々彼女の所を訪れていたという。一時は王宮区画である城下の屋敷群に招いて部屋を与えていたりもしたらしい。
取り調べと審査を終えて王都民に迎えられ、胡蝶の館に入った今でも、時々会いに来ていた。
当の沙耶華は屋敷群で取り調べを受けながら過ごした期間に、貴族令嬢達からの執拗かつ陰湿な嫉妬攻撃に曝されて辟易していたので、レイオス王子の事は適当にあしらっている。が、その素っ気ない態度がまた王子を惹き付けている事に気付いていない。
マダム・サリーナはレイオス王子の気持ちに配慮し、沙耶華には下働きと王子のお相手しかさせていない。勿論、単に沙耶華と王子を応援しようというだけではなく、この館に対する第一王子の覚えをよくしておく為でもある。
「しかし異界の存在に世界移動か……異次元倉庫の事といい、何か別次元への干渉に関する手掛かりが掴めるやもしれんな」
「この話、本気なんだろうね? ちゃんと面倒見られるのかい?」
「案ずるな、これでも養子の一人や二人普通に育てた経験もあるわい」
クワッカカカカと笑う博士は、サータ助手と胡蝶の館お抱え治癒術士を立会人として、マダム・サリーナが用意した書類にサインを入れた。
それは〝蝶婦見習いサヤカ〟の身元を引き受けるという保証誓約書。これにより沙耶華の身元がアンダギー博士によって保証されると同時に、その身柄は博士の元へと預けられる事が決まった。
「さて、サヤカ嬢や。ワシがお主を引き受ける事になったでな、明日からはワシの研究所に住まうが良い」
「えっ! い、いつのまに……」
〝ハカセはいいヒトだよー〟
懐かしい故郷の言葉に触れて感傷にふける間もない早業。沙耶華にとって身元引き受けの話は寝耳に水だが、マダム・サリーナが許可したのであれば逆らえない。「身元引き受けを申し出る者が現れた場合、館主が見定めてその可否を決める」、これは胡蝶の館に入る時の契約なのだ。
「いや~しかし思わぬ所で面白い研究対象が見つかったのう、クワッカカカカ」
「か、解剖とかされないよね……?」
〝だいじょうぶだよー、たぶん〟
「絶対って言ってーーっ」
コウを通じて異世界人である事が伝えられた沙耶華は、今後は博士の元で研究所の手伝いをし、研究対象になりながら、元の世界に還る方法を探す。
見た目もちょっと不気味なアンダギー博士に恐々としつつ、沙耶華は早速私物の整理を始め、お世話になった館の人達へお別れの挨拶に回る。コウが沙耶華との会話を書類に纏めてサータ助手に提出すると、今日はそのまま解散となった。
『さて、まだみんな集まってるだろうから、顔出しにいこうかな。ボクも隊のメンバーだもんねっ』
胡蝶の館を後にしたコウは適当な路地にいる猫に憑依すると、複合体を異次元倉庫に片付け、なじみのガウィーク隊が集まる酒場を目指した。王室主催の武闘会の予選が近いので毎晩作戦や情報の分析などが行われており、コウもグループ戦のメンバーとして連係の打ち合わせに参加するのだ。
「コウちゃんのえっちぃ~」
今日の実験は中止になってしまったが、胡蝶の館でとある少女に出会った事を話したコウは、なぜかカレンに指でつんつんされてしまうのだった。
2
アンダギー博士の研究所に新しく増えた研究対象兼お手伝いの少女が、同じく研究対象である複合体のゴーレムとお喋りをして過ごしていた。
「それでね、その人って本当は王女様なんだって」
〝へー、いろいろあるんだねー〟
博士の研究所に住み込んで働く沙耶華は、実験でやって来るコウとよく待ち時間などに話をする。博士曰く、同郷の者同士で会話を続けていれば、何かの拍子にコウの欠けた記憶が蘇るかもしれないので、どんどん話しなさいとの事だった。
沙耶華がこの世界に来てから出会った人達や経験した事などを話していると、ふいに来訪者を告げる鐘が鳴った。ごてごてした外装の研究所も出入り口の扉だけはシンプルな作りになっており、開閉によって小さな鐘が鳴る仕掛けが施されていて、あまり頻繁に開け閉めするとカンカン喧しい事になる。
その扉がノックもそこそこに開かれた。入って来たのは少年のあどけなさも残る精悍な顔立ちで、細かい刺繍の入った煌びやかな服装の青年だ。
「まさか博士に引き取られるとはな……枯れた老人がお前の好みなのか?」
彼は沙耶華の姿を見つけると開口一番、そう言い放った。
「気付いたらいつの間にか話が決まってたんです、人を老い専みたいに言わないでください」
「わしゃまだ現役じゃぞ」
沙耶華はいつもの調子で応対し、計測器の調整をしている博士が部屋の奥から抗議する。青年の名はレイオス。グランダール国王レオゼオスと、王妃エリシュオーネとの間に生まれた第一王子その人であった。
レイオスは博士の抗議を聞き流しつつ、沙耶華と向かい合っているコウを、値踏みするような視線で見上げる。
「これが噂の新型ゴーレムか、中身が人間というのは本当か?」
〝こんにちはー〟
「なるほど、文字で意思の疎通をする訳か。面白いな」
「サヤちゃんと同郷の人らしいんですよ?」
サータ助手が王子をお茶でもてなしつつ、複合体の中にいるコウについて説明する。性交実験の被験者に沙耶華が名乗りを上げて以来、この世界とは異なる文明を持つ別世界が存在しているらしい事など、中々に貴重な事実が幾つか明らかになっている。
「性交実験……?」
「ええ、この複合体には生殖器が備わっていますから、その機能実験に――」
「なにっ、コレとヤったのか!」
出されたお茶に口を付けながらサータの話に耳を傾けていたレイオスは、思わず沙耶華に詰め寄る。
「コレじゃなくてコウちゃん。実験は中止になったからしてませんっ」
少し顔を赤らめた沙耶華がきっぱり言い切ると、レイオスは「そうか」と安堵の表情を見せた。
コウと沙耶華はレイオス王子も交じえて、最近の王都や互いの近況について語り合う。レイオスは博士が沙耶華の身元を引き受けた事を評価していた。やはり働いている場所が場所だけに、いつ他の男を客として――と考えると、気が気ではなかったようだ。
「そういえば、コウちゃんは実験に来ない時って何してるの?」
〝ボクはガウィークたいのみんなとくんれんをしてるよ〟
「今のは何と答えたのだ?」
沙耶華がコウの書き出した異世界の文字の内容を伝えると、レイオスの表情に若干の鋭さが浮かんだ。
「ほう、お前も武闘会に出るのか」
コウがガウィーク隊として武闘会に出る事を聞いて、レイオスはそちらにも興味を持つ。もしコウが使えるゴーレムなら、是非とも自分の隊に引き入れたい――沙耶華とコウの両方を手に入れる良い方法はないものかと考えてみたりする。
(ロゼスなら何か良い手でも思いつくんだろうけどなぁ)
レイオスはふと聡明な弟の事を思い浮かべる。
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