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5巻
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しおりを挟む■白き暗殺者
1
第四迷宮都市フィーアの、霧の地下迷宮。
俺――杖本優人は今、相棒のノアとの約束を果たすために、二人でその地下迷宮に挑んでいる。
たった二人で迷宮の最奥を目指すなど無謀もいいところだが、前回大人数で挑んだ攻略作戦は呆気なく失敗に終わった。実際、この霧の迷宮の性質を考えると、少数精鋭で挑む方が有利ではないかと思える。俺たちが精鋭かどうかは微妙だけれど。
それに、前回の攻略は失敗してしまったものの、他の冒険者たちとともにボス討伐にのぞんだノアは、すでに迷宮の奥底にいるダンジョンボスと戦った経験があるので、初めての攻略と比べれば、幾分か楽ではある。
そんな彼女の話によると、ボスの姿はこの迷宮に出現する魔物、フーデッドシーフやフーデッドラバーとほとんど変わりがないらしい。外見的な違いと言えば、真っ白なフード付きコートを羽織っているくらいなのだとか。
フーデッドシーフは黄土色のコート、フーデッドラバーは赤、フーデッドローグは青、そしてボスであるフーデッドアサシンは白と、見事に全員が色違い。
相変わらずゲームっぽい作りだ。
でも、肝心なのは外見じゃない。先の攻略作戦のとき、なぜボス攻略部隊は早々に撤退してきたのか。
その理由を聞いてみると、どうやらボスは偵察時には確認できなかったスキルを持っていて、リーダーのジークさんが安全を優先して早々に撤退命令を出したのだそうだ。
確かに、あのときの攻略部隊の負傷は酷かった。あと数分でも戦闘を続けていたら、死人を出すことになっていただろう。
第三迷宮都市ドルイのように、出入り口を魔物に塞がれなかったのは、不幸中の幸いだ。
そしてその、ボス攻略部隊を撤退に追い込んだスキルというのが……
「濃霧?」
「はい。ボス部屋内の霧を、さらに濃くするスキルです」
隣を歩く水色髪の少女が、前を見たまま答えてくれる。
お昼休憩を終えた俺たちは、第八層から第九層に続く階段を目指しながら、ボスの説明会を続けていた。
実際にボスと一度戦ったノアと違って、俺は狂戦士と化したクラスメイトの遠藤を誘導する部隊にいたので、実物を見ていない。事前に色々と聞いておく必要がある。
「そのスキルのせいで、ボス攻略部隊は撤退に追い込まれたのか?」
「はい。元々濃かった霧が、さらに濃さを増して、真っ白で何も見えませんでした」
彼女の説明を受け、俺はその光景を想像してみた。
今歩いている第八層の霧も、十メートル先だって満足に見ることができないほど。それがさらに濃くなったら、たぶん、本当に何も見えなくなってしまう。
ナイフのような刃物の両手を持つ、ボスの姿さえも。
「近くの人影がボスかどうか判断できませんから、無闇に攻撃するわけにはいきません。私なんて、前回はフード付きのマントを羽織っているってだけで、大槍で一突きされそうだったんですよ」
「へ、へぇ~……」
不満そうにぶーたれるノアに、俺は苦笑しつつ相槌を打った。
そして彼女の表情は翳りを帯びる。
「それで、混乱している間にボスが攻略部隊の人たちを攻撃したみたいで、気がついたら何人も倒れていました。たぶん、取り乱した味方の同士討ちも含まれているかと……」
「……うん」
おそらく、フーデッドアサシンの狙いもそこにあったんだ。
相手の思惑通りになって悔しい。いいように操られたみたいで怒りが湧く。怒りと悲しみと悔しさが入り混じったノアの気持ちは、とてもよく理解できる。
それにしても、ボスのスキルはかなり厄介だ。人影を捉えることはできても、敵か味方か判断のしようがない。
でもボスだけは目が利くのか、相手を見分けられる。
だけど、それなら……
「……俺たち二人だけなら、勝機があるんじゃないかな」
「えっ……どうしてですか?」
きょとんと首を傾げるノア。
俺は彼女の話から導き出した自分なりの考えを、できるだけ分かりやすく伝えた。
「大勢だと敵か味方か分からなくなるけど、二人だけなら敵と間違えることはほぼないはずだ。それに、フーデッドアサシンは、他の地下迷宮のボスと比べてHPが極端に低いって聞いた。たぶんこの地下迷宮の攻略法は、少人数で戦うこと。……だと思う」
言っているうちに自信がなくなってきて、声が尻すぼみになる。
実際にボスを見たわけでもない俺の見解が正しいかは分からないが、どうもここでは大勢だと不利になるような話ばかり聞く。
遠藤らとこの迷宮に挑んでいたクラスメイトの山下から聞いた話では、彼らも四人という少人数だったが、それなりに攻略を進められたらしい。
しかし、『擬態』のスキルで味方に変装した魔物に気づかず、負傷してしまったという。
なので、もしかしたらこの地下迷宮は大勢で入るものではなく、できる限り少ない人数――それこそ、一人か二人で入るのがベストなのではないかと、俺は考えたのだ。
「……なるほどですね」
俺の話を理解してくれたのか、ノアはうんうんと頷いた。
地下迷宮は確かに危険で恐ろしい場所ばかりだ。でも、そこには何かしらの攻略法が隠されている。
勇者としてダンジョン攻略に挑んでいるクラスメイトの橘さんと白鳥さんの話によると、第一迷宮都市アインズの地下迷宮では、ボスの巨大騎士――キングアーミーに、迷宮内部に落ちていた偽物の鉱石を吸収させて見事倒したのだとか。
橘さん曰く、まるでゲームの攻略法みたいだったらしい。
だから俺は、他の地下迷宮にも同じように攻略法が設定されているのではないかと考えた。それが今回の少数攻略法というわけだ。
まあ、全部の地下迷宮に攻略法が設定されているという根拠はないけど。
とにかく、この第四迷宮都市フィーアの地下迷宮では、大人数が不利になるのは間違いなさそうだ。
しかし……
「あっ、でも、二人だけだからといって、『擬態』のスキルを使われてしまったら、本人かどうか分からなくなりますよね? その場合、どうやってボスと戦えばいいんですか?」
純粋な眼差しを向けて、ノアが聞いてきた。
「えっ……? えっとぉ……」
それを受けた俺は、うまく答えられずに言い淀む。
確かに、『擬態』のスキルでノアか俺のどちらかに化けられたら、かなり面倒だ。
化けられた本人はともかく、もう一人は迂闊に手が出せない。
しかし俺は、一応その点も踏まえて戦い方を考えていた。
それがとても言いづらいことだったので、ノアの質問に困惑しているのだ。
だが、視線を彷徨わせていても解決にはならない。むき出しになった迷宮の岩肌と、雲のように白い霧が視界に飛び込んでくるだけ。
どの道、ボス戦の直前になったら言わなきゃならないんだからと、俺は照れ隠しに頬をぽりぽり掻きながら、ぶっきらぼうに言った。
「い、一緒にいるしかないだろ……ずっと」
「えっ……」
ぽかんと口を開けたまま、ノアの表情が固まってしまった。
俺は恥ずかしさのあまり、この場からダッシュで逃げ去りたい気持ちに駆られるが、鋼の精神力で何とかそれを抑える。
ボスが仲間の姿に変装するのなら、その前から相手とずっと一緒にいればいい。
常に離れないでいれば、たとえ偽物が近づいてきても、すぐに看破できるはず。少数だからこそ、二人だからこそできる攻略法だ。その意図が伝わっただろうか?
そう、これは真面目なボスの攻略法として提示したのだ。ノアと一緒にいたいからじゃない。
俺は頬が赤くなっているのを自覚しながら、隣を歩くノアをちらりと横目で窺った。
すると、なぜかノアは二、三度、自分の右手をにぎにぎして、俺が見ていることに気がつくと、さっと後ろに隠した。
そして、そっぽを向いて小さく頷く。
「そ……そうですね。そうするしかないですね」
「……?」
なんだろう、この反応。
俺と一緒にいるのは嫌なのか、それともノアも恥ずかしかったりするのだろうか。
どっちにしろ、若干気まずくなってしまった……
それから俺たちは、微妙な空気のままボス戦の事前会議を終えて、第九層に向けて歩を進めていった。
地下迷宮、第九層。
第八層よりも霧が濃く、道も緩やかなカーブから丁字路や十字路が連なり、複雑に入り組んでいる。地図があっても、この霧の中では簡単に道を見失ってしまう。
一度ボス部屋までの道のりを往復したはずのノアですら、完全に把握できてはいないようだ。
そして何より……魔物の数が異常なほど多い。
「ノア、あと二体隠れてるぞ!」
効果を反転し、相手にダメージを与える回復魔法――闇ヒールの光を灯した杖を敵に振るいつつ、相棒に叫ぶ。
「了解です!」
俺の警告に応えたノアが、青い大杖から氷の三角錐を三つ放つ。
ズドズドッ! という鈍い音に続き、女性の悲鳴にも似た甲高い叫び声が響き、二体のフーデッドラバーが霧の奥で光の粒子と化した。
それを見届けた俺とノアは、肩を上下させるお互いを見て、無意識にため息を漏らしていた。
こちらの人数が少ない事で魔物をやり過ごせる確率は多いのだが、一度戦闘になれば、周囲からワラワラと集まってきて苦戦を強いられる。
数日前の攻略作戦では、数に任せて突破したおかげでほとんど苦労しなかったというが、俺たちはこの通り二人だけなので、十数人分の働きを一人でしなくてはならない。
この地下迷宮の攻略法は少人数で挑むことだと結論付けたばかりなのに、早くもあと二、三人ほしいと感じてしまう。
きっとこの第九層が、地下迷宮を少数で攻略するための最大の壁なんだ。
そう思い、俺は霧を押しのけるようにして再び盛大なため息を吐いた。
「このままだと、ボス部屋に着く前に完全にバテちゃうよな。回復魔法で傷は治せても、身体的な疲れと精神的な疲れはとれないんだから」
降参とばかりに、分かりやすく両手を持ち上げてみせる。
「それに、なんだか敵が強くなってないか? 今までは効果反転させたヒーリング一発でまとめて倒せていたのに、この階層じゃできないし……」
――と、俺はそこで、隣を歩くノアの反応がないことに気づき、言葉を呑み込んだ。
いつもなら、俺がこうしてぐちぐち弱音を吐いていると、お姉さん風のツッコミが華麗に飛んでくるのだが、なぜか今回は俺の独壇場となっている。
戦闘続きで疲れたのかな、と思うが、俺よりも戦闘経験が豊富なはずの彼女が先にバテることなんかないと、その考えを速攻で否定した。
それにしても、先ほどからノアの青い瞳がずっと同じ場所を見つめているけど……
その視線が、俺の持つ白い杖に向いていることに気づき、俺は慌てて言い訳する。
「ち、違うからな! これはただ、ボス戦前にMPを切らさないために使っているだけで……」
これは第三迷宮都市ドルイのボス、キングトレントのドロップアイテムで、ボスを倒したクラスメイトの橘さんに譲ってもらった物だ。
この杖で放った魔法を相手に当てると、MPを吸い取れるという効果が付与されている。
そして俺が今腰に下げているもう一本の濃い茶色の杖――クルスロッドは、以前ノアに買ってもらった武器。特別な効果はない、少しばかり質素な代物だ。
彼女は俺がこの白い杖に乗り換えたのだと思って、怒っているんじゃないだろうか。
「別に、私は何も言ってませんよ。それに、そっちの杖の方が、この状況では相応しいと思います。MPが切れたら魔法使いは役立たずですから」
ノアは心なしかジトッとした目でこちらを見て、素っ気なく返した。
なんだろう? やっぱり怒っているような気がする。
単純な怒りなのだろうか? それともまさか嫉妬?
その答えが見つかるはずもなく、俺は無意味なフォローを続けた。
「ノ、ノアに買ってもらった杖は、俺にとっては一番使い慣れた大切な武器だ。この通りいつも腰に下げているし、迷宮の狂人と戦ったときだって、これを使ったし……」
霧の中に俺の声が虚しく溶けていくのみで、水色髪の少女は反応を示さない。
「そ、それにほら、これは相手のMPを奪っちゃうから、仲間を回復させるには不向きなんだよ。こっちが攻撃用で、クルスロッドが回復用……ってことでどう?」
何をこんなに必死になっているのやら……。自分でも呆れるほどだ。
ドギマギして待っていると、ノアは若干口調を和らげて答えてくれた。
「どう? も何も、私は何も言ってません。……でも、ツエモトさんがそうしたいなら、どうぞご自由に」
「……は、はい」
ふぅ~。無駄に緊張した。
こっそり安堵の息を吐いたのも束の間。ノアから鋭い指摘が入った。
「でも、味方を回復させるときは素手でいいんじゃないですか? クルスロッドには魔力ボーナスなどの効果はないんですし、回復用に杖を持つ必要はないと思いますよ」
……ごもっとも。
元々魔物に素手で直接触れずに戦うためのものだったクルスロッドの役目は、完全に失われたと言える。
反論の言葉が浮かばずに口をパクパクさせていると、ちょうどそのとき――
「おっ! あれ、階段じゃないか?」
霧の奥に、下層に続く階段らしきものを見つけた。
俺はこの気まずい空気を変えるべく、階段に向かって駆け出した。
ノアの咎めるような視線を感じたが、幸い、階段の正面に着いたときには、先ほどまでの雰囲気は完全に吹き飛んでいた。
第十層に続く階段。
下は深い霧が見えるだけだが、実体のない威圧感が多大な緊張を強いる。
「この奥が、ボス部屋だったのか?」
額に冷や汗が滲むのを自覚しながら、俺は声を落として問いかけた。
「は、はい。前回は攻略部隊の人たちと一緒だったので、あまり意識はしてませんでしたが、こうして二人だけでボスに挑むとなると、やっぱり少し怖いですね」
ノアが緊張の面持ちで大杖を両手で握り直すのが横目に見える。
俺も白い杖を握る右手にぎゅっと力を入れた。
そして、ノアの方に視線を向け、改まって声をかける。
「準備は良いか?」
それは、自分に対する問いでもあった。
「……はい」
俺たちは、大口を開けて一層濃い霧を吐き出す階段に向けて、足を踏み出した。
2
真っ白な霧に包まれて視界がおぼつかない岩の階段を、岩壁に手をつき、足で次の段をしっかり確認しながら、慎重に下りていく。
数日前の攻略作戦の時も、こんな風に攻略部隊全員がのそのそと歩いていたのだろうか。
ふと、そんな疑問が浮かぶが、ボス戦間際で変に気を散らすべきじゃないと思い、俺は口に出すことはしなかった。
しばらく階段を下りていくと、狭い廊下に出て、そこで足を止める。
どうやらここだけは少し霧の濃度が低いようで、おぼろげだが奥の様子が分かる。
狭い岩の道の先に広い部屋があるみたいだ。
たぶんあれが……
「……ボス部屋」
誰に言うでもなくそう呟くと、それを合図に俺たちは移動を再開した。
通路は広くないので、隣のノアと度々肩が触れるが、それに羞恥の意識を向ける余裕はなく、二人とも無言で足を動かす。
そして一層慎重な足取りで、大部屋を満たす濃霧の中に踏み込んだ。
それまでと打って変わって、掴めそうなほど濃密な霧に体を包まれると、隣にいるノアの姿はほとんどシルエットになってしまった。
「前回の攻略作戦の時も、こんなに霧が濃かったのか?」
部屋の構造のせいもあり、俺の声はやけに響く。
それに答えるノアの声も。
「いいえ。前回は部屋に入った直後は、通路とさほど変わらないくらいの霧でした。おそらく、ボスはもうすでに……」
その言葉に背筋が冷え、俺は息を呑む。
ボスモンスター、フーデッドアサシンは臨戦態勢ということだ。できる限り気配を殺していたつもりだったが、どうやら気づかれてしまったらしい。
俺たちは一層周囲への警戒を強めて、杖を構え続ける。
霧の奥に目を凝らしていると、大部屋の奥――真っ白な霧のせいで不確かなその空間が、一瞬だけ揺らいだように見えた。
突然、背筋に悪寒が走る。
「ノア!」
「――ッ!」
叫ぶや否や、俺は素早く彼女を抱えて左に飛んだ。
瞬間、俺の服の右袖が、正体不明の銀閃によって切り裂かれた。
ノアを抱えたまま地面を転がると、急いで体を起こして体勢を立て直す。
そして驚愕する。
先ほどまでノアがいた場所を、霧を押しのけるようにして細身の白い刃が一閃した。
高さはおそらく首筋。あの場に留まっていたら、間違いなく首を刎ねられていた。
恐ろしい攻撃速度に、容赦のない一撃。
いまだ霧が濃く、その刃の持ち主ははっきりと確認できないが、おそらくこの部屋の守護者、フーデッドアサシンだ。
シルエットのみを現したモンスターは、刃を引っ込めると、そのまま濃霧に溶け込むかのように姿を消した。
驚愕に目を見開いていた俺たちだが、敵を見失ったことで新たな危機感を覚え、再び周囲へと注意を払う。
先ほど見た一瞬の霧の揺らぎも見逃さないために、目を凝らして四方を警戒する。
知らず知らずのうちに、俺たちは背中を合わせて杖を構えていた。
「さっきのが、この部屋のボスなのか?」
攻撃されたとき、虫の羽音ほども足音が聞こえなかったが……
「はい。あの素早い一撃に白い刃。間違いなく、フーデッドアサシンです」
ノアは、先刻の一閃の恐怖がまだ残っているのか、若干声を震わせながら答える。
「前回も最初はそこまで霧が濃くなかったので、なんとか凌げてましたけど、今回は……」
「うん。気をつけないと、一撃でやられる。守りの姿勢でいって、無理だと思ったら即撤退だ」
「はい。……それと、さっきはありがとうございました」
背中に感じる彼女の体温も、お礼の言葉も、今はありがたがる余裕などなく、俺は額に冷や汗を滲ませながら視線を彷徨わせた。
あの素早さは脅威だ。さっきの空間の揺らぎを見逃していたら、最悪ノアはやられていた。
瞬き一つ許されない。
敵の攻撃に合わせて即座に効果を反転させた回復魔法で迎撃できるよう、右手の白杖を目の前に構える。
攻撃を待たずに、所かまわず範囲型の回復魔法――ヒーリングを撃ちまくる手もあるにはあるが、MP消費が激しい上に確実ではないので、それは最後の手段だ。
隙を突かれるリスクもあるし。
予め回復魔法の光を灯しておくために魔法名を口にしようとした。しかし……
「――ッ!」
眼前の霧が微かに揺らめく。
それをなんとか目で捉えて反応することができた。
だが、霧の奥から現れたそいつは……見間違いようもなく、ノアの顔をしていた。
「な……んで……?」
水色の三つ編みに、幼さが残る顔。大きくて澄んだ青い瞳も、全身青色の衣服も、すべてが背中を合わせているはずのノアにそっくりだった。
効果を反転させ、ダメージを与えるために抱いていた敵意が消え、杖を握る手の力が抜けていく。
研ぎ澄ました神経は完全に途切れ、俺の体を鉛のように重くした。
「ツエモトさんッ!」
だが、聞き慣れた水色髪の少女の声が、後ろから響いた。
次いで、俺の右腕に回された細い両腕が、力強く体を引く。
その直後、先刻見た白い刃が霧の奥から飛び出してきて、俺の頬を掠めた。
鮮血が散り、白い濃霧の背景に新たな色を加える。
その奥には、明らかにノアの姿をした刃の持ち主がいた。
見れば見るほど、あの水色髪の少女だ。顔も、格好も、嫌というほど似ている。なのに、それには似つかわしくない二本の白刃が、両手の袖から覗いている。
その異様な光景を前に、今まで抱いていた俺の恐怖心がさらに強まった。
「フロストランス!」
硬直する俺とは反対に、本物のノアは俺の後方から魔法を放った。
杖の先端からは巨大な氷の三角錐が三つ飛び出し、偽物の水色髪の少女に襲いかかる。
狙いもタイミングも完璧。
しかし奴は、先ほど俺たちに見せた凄まじい俊敏さでそれを難なく躱してみせた。
標的を失い、虚しく迷宮の地面に突き刺さった氷の槍を飛び越えて、再びフーデッドアサシンが刃を突き出してきた。
「ヒ、ヒール!」
俺は情けなく裏返った声で魔法名を唱えて、これを迎え撃つ。
いまだ恐怖心は消えないが、精一杯の敵意を抱いて魔法を発動した。
しかし……
「――なっ!?」
白杖の先端に灯ったのは、癒やしの力を宿す薄黄色い光だった。
こちらの意思に反して――むしろ潜在的な意識に従ってと言うべきだろうか――出てきたその光に唖然として、俺は再び固まってしまう。
そこに敵の刃が迫ってきた。
「フロストサイズ!」
またも水色髪の少女の声が後ろから響き、三日月状に湾曲した氷の牙が俺の視界の端から現れ、迫りくる白い刃を遮った。
ノアの持つ青い大杖の先端から大きな氷の牙が伸び、まるで鎌のようになっている。
甲高い音を響かせて、二本の武器がぶつかり合う。
フーデッドアサシンの刃は、氷の牙に防がれて寸前で停止した。
応援ありがとうございます!
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