転生王子はダラけたい

朝比奈 和

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8巻

8-3

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「フィル君、カイル君、待たせちゃってごめんね」

 ペコペコと頭を下げるシリルに、俺は席を立って「いやいや」と手を振った。

「大して待ってないから、気にしないで」

 それから、シリルの隣に立つ人をあおぎ見る。
 この人がシリルとディーンの父親、けんごうグレイソン・オルコットか。
 顔のいかつい人は今までに何人か会っているが、これほど怖い顔の人は見たことがない。たとえて言うなら、えん様。
 ディーンは眉の形や、眼光のきつめなところが似ているかな。片やシリルはにゅうな顔立ちだから、レイたちの情報通り、あまり似たところはないといえる。
 身長も高いし、体格も大きい。筋肉の盛り上がりは芸術的で、隣のカイルがため息をつくほど見事である。

「君がフィル・テイラ君。そして君がカイル・グラバー君だな」

 身をかがめて手を差し伸べてくれたので、俺たちは順番に握手をする。

「はじめまして。フィル・テイラです」

 俺は微笑み、カイルは少し緊張した様子でペコリと頭を下げた。

「カイル・グラバーです。お会いできて光栄です」

 グレイソンさんに促され、俺たちは再びソファに腰を下ろす。

「国を離れていたため対抗戦は観戦できなかったが、見事な活躍をしたらしいな。シリルからも、君たちがいかに素晴らしい友人であるか聞いている」

 シリルは少し照れた様子で、嬉しそうに微笑んだ。

「うん。兄さんと話ができるようになったのも、フィル君たちのおかげなんだよ。本当に感謝してるんだ」

 シリルの隣では、ディーンがピクピクと顔を引きつらせていた。
 それが視界に入って、俺は小さく笑い首を振る。

「僕らは大したことしてないよ。きっかけを作っただけで、頑張ったのはシリルだからね」
「頑張れたのは、フィル君たちがいてくれたからだよ。そうじゃなきゃ、きっとダメだった」

 シリルがうるむ目元をこすっていると、ディーンは俺たちに向かって頭を下げた。

「それに関しては、俺からも礼を言う。弟のためだと信じて疑わなかった自分の行動が、シリルを反対に追い詰めていたと知った。シリルに自信を取り戻させてくれたこと、兄として感謝したい」

 俺やカイルだけでなく、シリルやグレイソンさんもこの行動には驚いていた。
 特にシリルは、兄がそんなことをするとは思わなかったのか、目をまん丸にしている。
 グレイソンさんは、そんな息子たちの姿に頬をゆるめた。顔の迫力はそのままだったが、いくぶんか優しげな表情へと変わる。
 グレイソンさんは一度軽く頭を下げ、俺たちを見つめた。

「私からも礼を言いたい。ステアに留学させた後、ディーンとシリルの仲が悪化してしまい、その選択を後悔したこともある。だが、シリルは本当に良い友人に出会えたのだな」
「父さん……」

 シリルの目から、涙がボタボタと落ちた。
 ディーンはシリルの顔を、ハンカチで強引にこする。あまりに強い力だったためか、シリルの目元は少し赤くなってしまった。

「オルコット家の男子たるもの、そう簡単に泣くな」
「ご、ごめ……。ううん、ありがとう、兄さん」

 シリルは謝りかけたが、ディーンに向かって微笑んだ。ディーンはそんなシリルにかすかに頷く。
 本当に不器用な兄弟だなぁ。
 グレイソンさんは息子たちを微笑ましげに見ていたが、ややしてももを叩く。

「さて、シリル。名残惜しいが、ここにあまり長居しては、寮への帰りが遅くなるだろう」

 グレイソンさんの言葉に、シリルが慌ててソファから立ち上がった。

「あ、そうだね。ごめんね、フィル君」

 ディーンも立ち上がり、カイルに向かって言う。

「対抗戦でのお前の剣技はなかなか面白かった。また来ることがあったら、試合しよう」

 手を差し出され、カイルはその手を取って握手する。

「ありがとうございます。

 ディーンは俺にも握手しながら何か言おうとしたが、言葉が出る前に俺は笑顔で告げる。

「僕はその試合をてます」

 誘う前に断られて、ディーンは嫌そうな顔をした。
 だって、マクベアー先輩とも対等にやり合うディーンと試合なんて、大変そうだからやりたくないよ。
 グレイソンさんは豪快に笑って、俺たちの肩を叩いた。

「今度は他の友人たちも連れて、また改めて我が家に来て欲しい。その時は盛大にもてなそう」
「はい。今日はお会いできて嬉しかったです。また今度、お邪魔します」

 俺とカイルはそう言って、ニッコリと微笑んだ。


 オルコット家を出た俺たちは、ドルガドの街から森に向かっていた。
 少々面倒ではあるが、街の中でルリに乗って飛び立つと目立つため、人目につかないところに一度移動することにしたのだ。
 その道中、ドルガドにいないはずの人たちの後ろ姿を発見した。ティリア選抜メンバーである、主将のイルフォードと副将のサイード、そしてリンだ。
 俺の存在にいち早く気がついたのは、イルフォードだった。
 何の前触れもなくいきなり振り返って、俺たちの方へと歩いてくる。

「え? イルフォード先輩? そっち行ったらドルガドに戻っちゃいますよ!」

 驚いたサイードとリンも、イルフォードの向かう先に俺たちがいることに気がついたらしい。
 リンが俺たちを指さして、嬉しそうな声で叫ぶ。

「あー! カレーの天使様のフィル君!」

 対抗戦が終わってみたら、いつの間にかこんなあだ名がついてたんだよな……。すでに街外れに来ているからいいけど、大きな声でその名を呼ぶのはやめてくれ。
 リンたちは走ってやって来ると、イルフォードの両隣に並んだ。
 俺は彼らの顔を順番に見て、首を傾げる。

「皆さん、どうしてここにいるんですか? ティリアの方々はもう帰ったんだと思っていました」

 そう尋ねると、サイードとリンは途端にげんなりとした表情に変わる。

「帰る予定だったんだけどさ。今回の崩落事故はリンが原因だから、リンのお父上のお説教がね……。俺とイルフォード先輩は先に帰っていいって言われたけど、一応大将と副将でもあるから同席したんだ」

 サイードの説明に、リンがドルガドの出身だったことを思い出す。

「父上はグレイソン様と一緒に国を離れていたから、帰って来る前にティリアに逃げようと思ってたんだけど、その前に見つかっちゃったの。学校側にも許可を取って、私の退路を断った上でのお説教……」

 リンはゆううつそうに言うと、肩を落として頭をさする。
 もしかして、ゲンコツでももらったのだろうか?

「俺としてはその逃げようとしたことも、説教を長引かせた一因だと思うけどな。そんなわけで、俺たちはようやくティリア王立学校に帰るところなのだが……君たちは?」

 そう尋ねるサイードの隣で、イルフォードが俺の頭を撫でながら呟く。

「やっぱりびとだから、森にんでるの?」
「違います」

 脱力しながら、キッパリと否定する。
 本当に不思議な人だな。俺のことを本物のコロボックルと勘違いしてないか。

「ステアの対抗戦メンバーは優勝のご褒美としてお休みをもらったので、休暇を取っていました。それが終わり、ドルガドにいたシリルと合流して今からステアに帰るところです。ルリは馬車より移動が速いですから」

 俺の説明にサイードとリンは、合点がいったという顔をする。

「そうか。君はウォルガーを召喚獣にしているんだよな」
「君、グレイソン様のご子息だもんね。実家に帰ってたんだ?」

 リンに言われて、シリルはコクリと頷いた。俺は森の方向を指さす。

「もし良かったら、ルリでお送りしましょうか? 人のいない森から乗るので、少し歩かなきゃですが」
「えぇー! いいのぉー!」

 リンは大喜びで飛び跳ねたが、サイードは首を振った。

「いや、馬車を呼んであるから大丈夫だ。俺たちをティリアまで送っていたら、君たちの帰りが遅くなるからな。これ以上迷惑はかけられない」

 サイードが断ると、リンは残念そうな顔をしたが、すぐに俺に向かってにっこりと微笑んだ。

「今度ティリアの街にも遊びに来てね。ティリアは美的センスが刺激される楽しいところだから。対抗戦のお詫びと感謝を込めて案内しちゃうよ!」

 街か……。今回も別荘周辺と牧場だけで、王都までは行かなかったもんな。
 ステラ姉さんやアンリ義兄にいさんの話で、とても色彩溢れる街だと聞いて、観光をしたいと思っていた。
 次にある夏の休暇は、二ヶ月あった冬の休暇に比べて短いからな。
 無理してグレスハート王国に帰るよりは、ステアから近隣国を観光するのもいいかもしれない。

「嬉しいです。もしティリアに行くことがあったら、お願いしてもいいですか?」
「もっちろん!」

 リンは大きく手を挙げ、サイードは頷いた。
 イルフォードは俺の頭を撫でながら、優しく微笑んで言った。

「うん。約束」




 3


 俺とカイルとシリルがステア王立学校に帰ると、中等部の中庭はカラフルな飾り付けでいろどられていた。先生方が指示を出して、作業員が動いている。

「うわぁ、すごいね。何かお祭りの予定でもあったっけ?」

 俺がカイルとシリルに聞くと、二人は首をひねる。
 そうして中庭を眺めていたら、飾りの位置を確認しているデュラント先輩とベイル先輩を見つけた。
 先輩方も俺たちに気がついて、笑顔で手を振る。

「戻ったんだね」
「はい。ただ今戻りました。デュラント先輩、ベイル先輩、これは一体何の飾り付けですか?」
「対抗戦の祝勝会だよ。何せステアが優勝するのは二十五年ぶりだからね。それに、今回は三国友好が上手うまくいっただろう。きゅうきょ、祝勝会を行うことになったんだ」
「俺はデュラント生徒総長に頼まれて、飾り付けを手伝ってるんだ。祝勝会が始まる頃には、もっと華やかになる予定だよ」

 デュラント先輩とベイル先輩の説明に、俺たちは「なるほど」と頷いた。

「それは楽しそうですね。でも……デュラント先輩、対抗戦でお疲れなのでは?」

 心配になって尋ねると、デュラント先輩はにこりと微笑んだ。

「何日か休養したから大丈夫。それに、突然決まったことなので人手が足りなくて……。お祖母ばあ様も祝勝会に来るらしいから、生徒総長として恥ずかしいものはお見せできないしね」

 デュラント先輩のお祖母ばあ様ということは、現ステア王国女王がいらっしゃるのか。
 生徒総長としては、人任せにできないらしい。

「では、僕も手伝いますよ」

 俺がそう申し出ると、カイルやシリルも「手伝います」と手を挙げた。

「いいのかい?」

 躊躇ためらいがちに問われ、俺たちはコックリと頷く。

「はい。充分休養できましたし。それで……何を手伝えばいいでしょうか?」
「なら、シリル君はベイル先輩と一緒に飾り付けをお願いできるかな?」

 シリルは「はい」と返事して、ベイル先輩にぺこりと頭を下げる。

「フィル君とカイル君には、祝勝会に出す料理の手伝いをお願いしたいんだ」
「食材を切ったりするんですか?」

 カイルが尋ねると、デュラント先輩は首を振った。

「いや、メニューの考案が主かな。学校内の料理人たちを招集して頼んではいるんだけど、まだ何を出すのか決めかねているみたいでね」
「お手伝いはいいですけど……。専門職の方たちがいるのに、僕もそこに参加して大丈夫なんでしょうか? お邪魔になってしまうだけじゃ……」

 プロの中には、素人しろうとが入って来るのを嫌がる人もいるからなぁ。
 俺が少し不安に思って尋ねると、デュラント先輩が小さく噴き出した。そうして、笑いが止まらないのか肩を震わせる。
 デュラント先輩のそんな姿が珍しくて、俺たちはポカンとした。

「ご、ごめん。フィル君だから適任なんだよ。フィル君なら、きっと料理人たちも快く迎えてくれるだろう」

 にっこり微笑むデュラント先輩に、俺はどういう意味だろうと首をひねった。


 調理室に到着した俺は、デュラント先輩の言葉の意味を知ることとなった。
 俺の姿に、料理人たちがざわめきだす。

「彼が名匠ゴードン・ベッカーに認められし少年か」
「その名匠ゴードンから、とんでもない包丁と鍋を手に入れたらしいぞ」
「すげぇ、対抗戦で三国を料理でまとめた英雄かぁ」
「神聖な髪も相まって、こうごうしいな」

 せんぼうまなしとともに、ボソボソとささやきあっている内容が聞こえて、俺は顔を引きつらせた。
 ゴードン・ベッカーさんは、ドルガド王国が誇る世界に名の知れた名匠だ。昔は名剣を打つことで有名だったそうだが、今は武器制作をやめて包丁や鍋などの調理器具を作っている。だがそのどれも機能に優れているので、料理をする人にとってゴードンさんの調理器具はあこがれの品だ。
 俺はたまたまゴードンさんのお弟子さんのニコさんと仲良くなり、その紹介で購入することができたんだよね。

「ねぇ、カイル。僕、何だか伝説の包丁と鍋を手に入れた、料理界の英雄みたいになってるんだけど……」

 隣のカイルに小声で言うと、カイルはうつろな目をして言う。

「全て事実じゃないですか……」

 いや、うん、まぁ、状況的にはそう言えるかもしれないけどさ。でも、何でステアの料理人に、こんなに詳しく話が広まってるんだ?
 対抗戦の応援や引率でドルガドに向かったのは、中等部の生徒と先生だけ。
 高等部と初等部は通常授業だから、ここにいる王立学校内のカフェやレストランの料理人は残ったはずなのにな。
 生徒の噂を耳にしたにしては、詳細まで広まりすぎているというか……。
 俺が視線を浴びながらうなっていると、どこからか聞き覚えのある声がした。

「すみません。ちょっと、失礼します。前を通してください」

 料理人たちを押しのけて、ボルカ・イングさんが現れた。
 ボルカさんは同級生のオルガのお姉さんだ。ステア王立学校内のカフェ『森の花園』で調理を担当している。
 以前彼女がメニュー考案に行き詰まっていた際、スフレパンケーキのレシピを教えたことがあった。それ以来、何度注意しても、俺を様付けしてあがめている。
 ボルカさんは俺と目が合った途端、瞳をうるませ、指を組んで祈った。

「フィル様! 妹のオルガから、フィル様のえいゆうたんを聞きました! 私、フィル様の弟子で、本当に誇らしいです!!」
「弟子をとった覚えはないんですが……」

 俺がそう言うと、ボルカさんはしょんぼりと眉を下げる。

「じゃあ、ぼくでいいです」
「もっとダメですよ!」

 響き的に変な噂が立ちそうだ。
 なるほど。オルガから姉であるボルカさんへと情報が流れたわけか。オルガはレイに負けず劣らずおしゃべりだからなぁ。
 すると、ボルカさんの隣に一人の男性が並んだ。
 せいかんな顔つきで、見た目は四十代半ば、真面目な印象だ。

「私は森の花園で料理長を務めております。ブラン・オニールです。ブランと呼んでください。今回の祝勝会料理人のリーダーです」

 丁寧な挨拶とともに手を差し伸べてきたので、俺とカイルはその手をとって握手をした。

「よろしくお願いします。ブランさん。僕はフィル・テイラ、彼がカイル・グラバー。デュラント先輩からこちらでメニュー考案のお手伝いをするよう言われてきました。僕の意見が役に立つかどうかわかりませんが、頑張ります」

 そう言うと、ブランさんは頷いた。

「ライオネル殿下からお話はうかがっております。フィル・テイラ君の腕は、ボルカから聞いて充分承知していますからね。教えていただいたスフレパンケーキはうちの店で一番人気でして、感謝をしてもしたりないですよ」
「それは良かったです。早速ですが、デュラント先輩から皆さんがメニューを決めかねているとうかがったんですが……」

 俺が小首を傾げると、料理人たちは一気に顔を曇らせた。
 ブランさんやボルカさんも、困り顔でため息をつく。

「実は、祝勝会で今回話題のカレーを出すよう言われているんです。しかし、祝勝会は立食形式でして、どうしたらいいものかと……」
「カレーはとっても美味しいんですが、立食には不向きで……」

 そうか。確かに立食だと、とろみを強くしたとしてもカレーは食べづらいよな。
 参加者は子供が多いから、移動中にぶつかって、カレーが体や服にかかる可能性がある。
 立食なら、一口サイズでまめる形の軽食がベストだろうなぁ。
 俺は目をつむり、腕組みしてうなる。
 形状が問題だというなら、カレーパンみたいにカレーを包むとか?
 いや、カレーパンは立ったまま食べられるが、祝勝会で必要な量を考えると、パン生地を作ったりするのが大変そうだ。
 もう少し手軽に作れて、一口でまめて、持ち運びが安全……。

「あ、そうだ! カレーボール作りましょう!」

 俺が目を開いてそう言うと、料理人たちはキョトンとする。

「カレー……ボール? カレーをどうやって球状にするんですか?」

 カイルの質問に、俺はにっこりと笑って首を振る。

「カレーだけで球状にするんじゃないよ。カレーを冷やし固めたものを、つぶした芋で包んで揚げるんだ。あぁ、チーズを入れて、チーズボールもいいなぁ」

 じゃが芋と片栗粉と粉チーズを混ぜて、そこにカレーやチーズを具にして揚げたら、カレーボールとチーズボールができる。

「揚げると外はカリカリで、中はもっちり、具はトロッと溶けて美味しいんですよ」

 俺が説明すると、料理人たちがゴクリと喉を鳴らした。

「包んで揚げる。それは良いですね! それなら、こぼすこともないし、食べやすい」

 ブランさんは顔をほころばせる。その隣で、ボルカさんが感動に打ち震えていた。

「すごいです! さすが、カレーの天使様です!!」

 ……そのあだ名まで、オルガに聞いたの?

「あ、そうだ。チーズを入れるなら……テンガ」

 俺が召喚すると、空間がゆがんでテンガが現れる。

【はいっす! フィルさ……ぎゃっ! 知らない人がいっぱいっす!】

 サササと、俺の陰に隠れる。
 対抗戦でだいぶ知り合いが増えたはずだが、人見知りは相変わらずのようだ。
 俺は苦笑して、足に張りつくテンガを振り返った。

「テンガ。ティルン羊のチーズ出してくれない? そうしたら、控えていいから」
【は、はいっす!】

 テンガは自分を注視する料理人たちをチラチラと気にしながら、棒状にカットされ薄紙に包まれたチーズを何本か取り出す。
 俺はテンガを撫でて控えさせると、その紙を開けた。

「あの……先ほど、ティルン羊のチーズって言いませんでした? ってことは、ティリア王室印の最高級品のチーズですよね?」

 ボルカがチーズに顔を近づけ、クンクンとチーズの香りをいでうっとりとする。

「これをどこで……」

 料理人たちが信じられないと言った顔で、俺を見つめる。

「えっと……ティリアの方からいただいたんです。……友好の印として」

 そう言うと、料理人たちがどよめいた。

「さすが、三国を料理で繋いだ英雄だ」
「あ、あの、その名前で呼ぶのは……」

 そう言ったが、興奮気味の料理人たちには聞こえていないみたいだ。

「とりあえず、カレーボールの試作をしましょうか」

 ポンと肩を叩くカイルに、俺はコクリと頷いた。


   ◇ ◇ ◇


 明けて次の日の祝勝会当日。
 俺たち対抗戦メンバーは祝勝会が始まる前、校長室でステア王国のテレーズ女王陛下に謁見できることになった。
 しかも、一人一人にお言葉をかけていただけるのだ。
 主将のマクベアー先輩からはじまって、次は副将のデュラント先輩、それから三年、二年、一年生の順番になっている。俺は最後だった。
 順番が回ってくるまでの間、俺はドキドキしていた。
 テレーズ女王と直接お話するのも初めてだし、俺がグレスハートの王子だと知っている数少ない人でもある。こわもてのディルグレッド国王とは、違った緊張感があった。
 どう対応したらいいんだろうか。人の目もあるから、フィル・グレスハートとしてではなく、フィル・テイラとして話せばいいんだよな。
 テレーズ女王に対しシリルが恐縮しきっているのを横目に見つつ、静かに深呼吸しながら待つ。
 シリルの次は、カイルだった。

「カイル・グラバーです」

 カイルが頭を下げると、テレーズ女王は微笑んだ。

「剣術のワルズ教諭から、優秀な剣士の素質があると聞いているわ。将来が楽しみね」
おそれ多い言葉でございます」

 緊張したおもちでカイルが深く頭を下げると、テレーズ女王は優しく尋ねる。

「友人はたくさんできたかしら?」
「はい。素晴らしい先輩方や、友人たちに恵まれて、とても幸せです」

 その答えに、テレーズ女王は少しあんした様子を見せた。
 俺の身分だけでなく、カイルが獣人であることもテレーズ女王は知っている。カイルが学校で友人を作れているか、心配だったのだろう。彼女の表情には、あいすら感じられた。
 ルワインド大陸において、獣人の多くはしいたげられている。他の大陸の国々は獣人に対して悪くは思っていなくても、ルワインドの国々と対立したくないがゆえに、表立ってようしにくい状態だ。
 そんな中、ステア王国は獣人であるカイルの入学を許可してくれた。
 この学校にもルワインド大陸の生徒がいるから、念のため獣人であることは伏せたままではあるが、全ての人がテレーズ女王のような方だったら、カイルも自分を明かすことができるのだろうな……。
 そんなことを考えていると、テレーズ女王が俺の前に立った。
 デュラント先輩のお祖母ばあさんだというのに、にこりと微笑む顔は少女のようにれんだ。

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