黒の創造召喚師

幾威空

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8巻

8-3

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   ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「チィッ! 数が多いな。ソアラ!」
「了解っ! 行っけぇ! ――天鋼糸断てんこうしだん!」

 暗く細い一本道が続く洞窟の中を、ツグナは愛刀である瞬華終刀しゅんかしゅうとうを縦横無尽に振るい、襲い来るモンスターを次々に蹴散らしつつ進んでいた。
 つい先ほど彼らの前に姿を現したのは、ブラックバットと呼ばれる、蝙蝠こうもりを人間の幼児サイズにまで大きくしたモンスターである。名前の通り、全身を真っ黒に染めた生き物で、洞窟などの暗闇を好む習性を持っている。
 特徴的なのは、ほとんどの動物にあるはずの目がないことだ。これはブラックバットが持つスキル「反響測定」に関係しており、発達した耳と自らの鳴き声で対象の位置を正確に特定することができるからだった。
 暗闇に慣れていない者ならば、闇に溶け込み、死角から獲物を仕留めるその術中に簡単にまるだろう。だが、ツグナ達は正確にブラックバットの位置を把握すると、ソアラのアシストで動きを封じ、一刀両断に斬り伏せた。

「大丈夫?」
「あぁ。寄って来たヤツは全部片付けたよ」

 松明たいまつを持つキリアが、暗がりにいたツグナに尋ねる。照らされた周囲に問題がないことを確認したツグナは、刀に付いた血を振り落とした。
 この洞窟に入る前の森でも、ツグナ達は数々のモンスターを倒していた。ゴブリンなどの比較的馴染みのあるものや、ワーウルフと呼ばれる狼のモンスター、ソリッドアウネラという酸性の粘液を吐き出す植物型のモンスターなどである。
 これらのモンスターは、他の地域でも棲息が確認できる存在だった。ゴブリンのランクは高くてもせいぜいE、ワーウルフとソリッドアウネラはDと、時折ギルドの討伐依頼で目にする種類に過ぎない。
 この程度の相手ならば、メンバーの誰に討伐を任せても問題はない。実際、五人で代わる代わる相手をしていたのだから。これほどの余裕を持てるのは、ツグナに限らず、ソアラ達もまたカリギュア大森林の中を日頃から駆け回っていることが可能にさせた芸当である。
 しかし、人の手が入っているはずもない洞窟の内部にはあかりもなく、進めば進むほど暗闇は容赦なくその色を濃くしていく。リーナが火系統魔法で作った松明がなければ、もはや一メラ先も見えない状況であった。
 そんな状況では、ソアラ達も十全の力を発揮することができずにいた。
 しかし、だからといってツグナ達が歩みを止めることはない。

「ううっ……暗いよぅ……」

 真っ暗闇にそこはかとなく恐怖を感じるのか、いつもはピンと立っているソアラの狐耳も、今ばかりはヘタリと頭の上に力なく倒れている。

「まったくね……この暗闇だと、一歩歩くだけでも神経を使うわね」
「そうだよねぇ……リーナ姉の言う通り、まだ入ったばっかりなのにもう疲れてきてるもん」

 げんなりとした顔で不満を吐き出すリーナに賛同しながらも、アリアは周囲の警戒を怠らない。
 魔法による灯りで視界は確保できるものの、その灯りに誘われるようにモンスターが寄って来る。進行ルートと危険な場所の確認、そしてモンスターの排除……この場所の攻略は、C+ランクの冒険者でも苦労するレベルであろう。

「にしても、この暗さは厄介だな」

 ツグナが渋い顔で頭を掻く。この環境下に棲息するだけあって、先ほどから相対しているモンスターはどれも気配を感知することにけたものばかりであった。
 他の冒険者ならば、既に神経が擦り切れ、身体を襲う疲労にを上げているだろう。しかしツグナはある程度の疲労感こそあるものの、歩けなくなるほどではない。それは彼の有する「気配感知」というスキルの恩恵があるからだ。
 このスキルは、視界が利かない状態でも、的確に相手の位置を特定できるものである。おかげで戦闘では不意打ちされる状況に陥ることがなく、洞窟内を歩き回るのにもさほど支障はなかった。
 かといって、他の仲間達はそのスキルを持っていないため、どうしても進行速度は遅くなってしまう。

「そうだね。モンスター単体での脅威はそれほど高くはないけど、この暗さだとね……死角から襲われたら、対処のしようがないもんね」

 ツグナの言葉に、かたわらにいたアリアがややげんなりした様子で同調する。

「暗闇だけじゃないわ。ここは足場も悪いわね。よくよく注意しないと突き出た岩に足を取られかねない。まさに天然の迷宮ってところだわ」

 松明を持ったキリアが洞窟の壁面や足元を照らしながら、さらに一行の気を重くさせる言葉を発した。洞窟内の壁は突き出た岩でゴツゴツとしており、足元には大小様々な岩石がそこかしこに転がっている。
 暗闇に加えて悪路も重なったために、ソアラ達の表情には疲労の色が濃くなり始めていた。

「でも、もう大分奥まで来たと思うのだけれど……まだ先が続いているのかしら?」
「さぁ……この洞窟がどこまで続いているかなんて分からないわ。ただ、さっきからスバルがそわそわしているのよね……」

 キリアがスバルを見ながら答える。当のスバルはちらちらとツグナ達を見ながら「早く! 早く!」と急かしていた。

「う~ん。確かに大分進んだとは思うんだけどな……」

 ツグナはそんなスバルに追い立てられるようにさらに奥へと進む。
 それから幾度かのモンスターとの戦闘を経ながら、暗闇の中を小さな光源を頼りに進んでいった彼らの前に待っていたのは――

「うおっ!? こりゃ広いな……それにあれは――水晶、か?」
「はぇ~、綺麗……」
「これは……凄いわね」
「――こんな場所があるだなんて」
「リーナ姉、すっごく綺麗だね! うっはー!」

 天井から無数の水晶が伸びる、巨大な空間だった。
 天井付近にある壁面の裂け目から太陽の光が降り注ぎ、それが当たる角度によって、水晶は赤、青、緑と色とりどりに光り輝く。
 まるで別世界とも表現できる幻想的な光景に、ツグナ達はしばしの間、ここに来た目的も忘れてただ見入ってしまう。
 そんなツグナ達の耳に、ふと声が届いた。

「うん? ……誰だ? 我の住処すみかに土足で上がり込んで来た愚か者は」
「キュルイッ♪」

 ズシリと腹の底に響く重低音が、ツグナ達を現実に引き戻した。広々とした空間にこだまするその声の調子は、ややとげがある。
 反射的に身構えるツグナ達だったが、スバルだけは嬉しそうな鳴き声を上げていた。

「うん……? この声は――」

 広間の奥にある暗がりから、地を震わせながら進み出て頭部を覗かせたのは――光沢を放つあわい水色のうろこを纏った、巨大な竜であった。



 第4話 竜の試練


 イシュヴァリテの住民から「呪い島」と呼ばれる孤島。そこで見つけた洞窟を進んだツグナ達を出迎えたのは、色とりどりの水晶が天井から伸びる巨大空間だった。きらびやかな水晶はさながらシャンデリアで、どこかの御伽噺おとぎばなしにも出てきそうなその光景は見る者を圧倒し、ここがモンスターのうごめく危険地帯だということを忘れさせてしまう。
 そして、そこに現れた一体の竜。
 その鱗は、雲一つない澄み切った空の色をそのまま宿したかとも思えるほどだ。一枚一枚があたかも稀少な宝石のようで、見る者を惹き付けずにはおかない魅力を放っている。


「これが……あの――」
「はわわわわ……」

 自分達の背丈の十倍に近い巨大な竜をの当たりにしたキリアとソアラは、歯をカチカチと鳴らして慌てふためく。

「リーナ姉……これはちょっと」
「えぇ。想像以上ね」

 リーナとアリアの双子姉妹も、威風堂々たる姿のこの竜が持つ力をぎ取ったのか、思わずそれぞれが携えている武器を握り締めた。
 ――強者。
 恐怖の象徴とも言えるカリギュア大森林を日常的に駆け回り、ハイレベルのモンスターを相手に戦うソアラ達でさえも、脳裏に浮かんだのはこの言葉だった。
 淡い水色の竜は、ツグナ達をひとしきり見回した後、鋭い牙が上下に生える口をガパリと開いて呟いた。

「ほぅ……こんなところに人間――しかもまだ年若い者達が来るとはな」

 巨大な竜はそれきり黙したまま、一行を見据える。透き通るような水色の鱗に映える黄色の両眼が、四人の心を鷲掴わしづかみにした。ただ見つめ合っているだけで心の奥底まで見透かされるようなのに、全く目を背けることができない。
 その場から微動だにせず、ただ立っているだけにもかかわらず、黄色の眼に宿る静謐せいひつさと峻厳しゅんげんさが、対峙するソアラ達を射抜いていた。

「うっ!? かっ、はっ……」
「はぁ、はぁ……」
「……」
「くっ!?」

 いつの間にか、この広々とした空間を丸ごと包んでいた緊張感に、ツグナとスバルを除く四人は思わず息を詰まらせた。
 肩を小さく上下させ、小刻みに吐息を漏らす彼女達に「何故?」と問うことはこくというものだろう。
 同じ竜であっても、今目の前にいる竜は、かつて遺跡迷宮で出会った震鉱竜アルガストとは異なる雰囲気を纏っている。触れれば切れてしまうほどに鋭利で冷たい空気が漂う広間で、彼女達は皆総毛立そうけだってしまった。普段から高レベルのモンスターを狩り、高難度のダンジョンに挑む彼女達でさえも無意識のうちに身体をこわばらせてしまうのだから、その圧倒的な迫力たるやして知るべしだろう。
 しかし、警戒を維持しつつ様子を窺う四人とは対照的に、ツグナは毛ほども緊張を感じていない様子で、一人スッと竜の前に出ると――

「アンタが――泡瀑竜か?」

 まるで気のおけない友人に対するような、砕けた口調で話しかけた。
 するりと零れ出たそんなツグナの言葉に、黄色の目がわずかに細まる。

「……左様さよう。我の名は『アングレイト』と言う。それよりも泡瀑竜などと呼ばれることが多いであろうがな。して、古代竜を連れた小さな黒き少年よ。お前は何故わざわざ、このような小さき島に訪れた? 無粋な真似がされぬよう、島の周辺には結界を張っておったのだがな」
「結界って……まさか、海が荒れたのとか上陸した際に叩きつけられた突風のことか?」

 アングレイトの言葉に思い当たる節があったツグナは、反射的に訊き返した。

「そうだ。もっとも、これまでにも何度か結界を破った者はおるが……全て無残に散ったな。お前達も同じ結末を望むか?」

 そう問いかけると同時に、アングレイトが発した凄まじいまでの威圧がツグナ達を襲う。
 自分の住処に入り込んだ輩に対して警戒するのは、人であれ竜であれ当然のことだ。しかしながら、その威力は尋常ではなく、軽くソアラ達のひざを地につけさせるほどだった。
 それも当然で、並の竜ならいざ知らず、「泡瀑竜」アングレイトは「震鉱竜」アルガストと同格の、高い知性を持つ特別な存在である。長い年月を生きてきた中でつちかわれた風格を備える竜の威圧は、端的に言えば付近に棲息する高位モンスターが泡を食って逃げ出すレベルなのだ。過去にアルガストと共に暴走したツグナと戦ったソアラ達四人も、心の中で「できるなら一刻も早くここから出たい」と思うに十分な迫力があった。

「あぁ、実はな――」

 そんな四人の思いなど露知つゆしらず、ツグナは普段通りの態度で、アルガストから告げられた言葉とその背景を語り始める。
 アングレイトがじっと黙ったままツグナの言葉に耳を傾けているさまは、さながら一枚の宗教画のように厳かなものだった。


「――というワケだ」
「ふむ……なるほど。おぬしが我の住処を荒そうという意図を持っていないことは分かった。面白い……奴がそこまで言うほどの人物か」

 ツグナの話を聞き終えたアングレイトは、顔をわずかに上げ、遠くを見ながらふと言葉を零した。その視線の先に何を見ているのかは、ツグナには分からない。ただ、二つの黄色い瞳の奥には、どことなく昔日の思い出への懐かしさが読み取れた。

「でも、不思議だったんだよな……何故『竜に会いに行け』って言ったのか、未だに分からないんだよ」

 眉間に皺を寄せながら首を捻るツグナに、アングレイトは一つの解を示す。

「それはお主の『決意』を貫く上で知らなければならないことだから、とアルガストが判断したためであろう。『何故、黒を身に宿す者がしいたげられるのか』をな」

 竜の口から告げられた言葉の意図が分からず、ツグナはますます眉間の皺を深めて首を大きく傾げた。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。それはアレだろ? よく言われる、『魔法理論』ってものの中に黒色がないからなんだろ? 加えて黒ってのは『むべき色』ってされてるようだし……」

 そのおかげでエラい目に遭ってきたんだが、とまでは言わずに、ツグナは一旦言葉を切る。一方、アングレイトはどこか含みのある物言いでツグナの疑問に答えた。

「確かにそれらは理由の一つである。だが――それだけが全てではないということだ」
「……何だと? どういう意味だ?」

 ツグナは反射的にピクリと眉を持ち上げて問いただす。だが、答えをかすツグナに、アングレイトは静かに首を横に振った。

「それ以上は、今この場では告げられんな。ただ、アルガストも告げたように、竜と出会い続ければ、いずれこの言葉の意味が分かる時が来よう」
「……」

 無慈悲に拒否の意思を突きつけられたツグナは、悔しさのあまり唇を噛んで俯く。
 ツグナにとって、七つの色と系統に分けられた魔法理論はまさに壁であった。
 忌み嫌われる「黒」を身に宿すツグナは、「忌み子」そのもの。けがれの象徴的存在であり、過去に何度も辛い目に遭ってきた。
 けれども、今のアングレイトの話からは、「黒」には魔法理論における扱いとは別の何かが存在するらしい、ということが伝わってくる。

「……今は、か。なぁ、どうしてもそれを教えてくれないのか?」
「あぁ……今のお前では、まだ資格が足りないからな」
「資格、ね……」

 ツグナは懇願するようにアングレイトの顔を仰ぎ見る。しかし、それから何度訊ねてみても、竜はそれ以上の情報については黙したままだった。

(魔法理論に忌むべき色……あの言いようじゃあ、『単にそうだから』ってワケでもなさそうだな。クソッ……『資格が足りない』か。そう言われてしまえば仕方がないか――)

 口惜しさに内心で小さく舌打ちするも、ツグナは前進の手応えを感じていた。それはアングレイトの口から出た「資格」という言葉のおかげだ。
 竜と出会え、とのアルガストの言葉に向き合ったおかげで、今度はアングレイトから「資格が必要」との新たな情報を掴めた。
「資格」が何を指すのかも、出会いを重ねた果てに何が待っているのかも、現状では分からない。だが少なくとも、これまで竜について調べてきたことが間違ってはいなかった、ということだけは理解できた。費やしてきた時間が無駄ではなかったことだけでも良しとしようと、ツグナは自らを納得させたのだった。
 そうして、あくまで固く口を閉ざす相手に、ついにツグナの方が折れた。

「分かったよ。なら、どうしたらその資格を手にできるってんだ?」
「ふむ……それには、我や他の竜が課す試練を、己の力で突破していくことだな。我が言えるのはそれだけだ」

 ギラつく鋭い牙を見せながら告げたアングレイトに、ヴァルハラのメンバーの表情が強張る。アルガストと並ぶ竜が課す試練――広間に響き渡るアングレイトの声は、それが生易しいもののはずがないとの思いを一層強くさせた。

「竜の試練だと? ――いいぜ。やったろうじゃねぇか! それが次に続く道というのなら、俺はそれを越えるだけだ!」

 アングレイトからの提案に、ツグナの身体が一瞬だけゾクリと震える。
 久しぶりの武者震いを感じて、ツグナは笑みを浮かべながら強く頷くのであった。



 第5話 降り立つ脅威


「うっあああああっ! つっかれたあああぁぁぁ……」
「疲れたも何も、貴方はつい先ほどまで寝ていたように思うんですが?」

 ツグナ達が「呪い島」の洞窟の中に足を踏み入れたのと同じ頃。イシュヴァリテの街の門を、一人の少女と一人の年若い女性が潜り抜けた。
 少女は真紅のローブを身に纏い、まるで人目を避けるようにフードを被っている。一方、女性は濃紺のドレス姿で、腰まで伸びた髪を後ろで一つにっている。その立ち姿はどこぞの高名な貴族かとも思わせ、あまりの美貌に声をかけるのを躊躇ためらわれるほどだ。

「だってさぁ……なーんかつまんなかったんだもん。道中寄って来るモンスターはどれも歯ごたえがなかったし、仕事内容も簡単過ぎだし」

 呆れ気味に呟いた女性に、少女は若干頬を膨らませながら不満を口にする。
 口に出されたことで、少女同様に溜め込んでいた鬱憤うっぷんがこみ上げてきたのか、女性は大きなため息を吐いて言葉を重ねた。

「まったく……『つまらなかった』って」
「だって本当のことじゃん」
「……あれだけ高火力の魔法をぶつければ、それはひとたまりもないでしょう。もっとも、寄って来るモンスターを一撃で消し炭にしてしまう貴方の方がよほど恐ろしい存在なんですけどね、『赤き火ロート』」
「えーっ? こんなちっちゃな子供に『恐ろしい』だなんてやめてよ~。確かに燃やした奴が赤い炎に包まれながら上げる悲鳴を聞くと、ゾクゾクするのは否定しないけどさ」

 少女はニッと口の端を持ち上げると、内ポケットから大きな棒付きあめを取り出して嬉しそうにめ回す。その可愛らしい仕草とは裏腹に、彼女の口から出た言葉は過激なものだった。

「それにしてもさ、アデーレは確か……『アレ』に選ばれてからまだそんなに時間が経ってないって言ってたよね? でも、ここに来る途中で戦ってた様子を見る限り、そんな風には思えなかったけど?」

 ロートがペロペロと飴を舐めながらぽつりと訊ねる。するとアデーレと呼ばれた女性は微笑みながら、小さく首肯して口を開いた。

「えぇ。そうですねぇ……あの力を得てからまだ一か月ほどでしょうか。最初は戸惑いましたけど、今ではそこそこ戦えるようになってきましたかね? ただ、何分なにぶんあの力は強大過ぎますから。完全にコントロールするにはまだまだ時間がかかるかと思います」
「ふーん。そんなもんなんだ……ま、私には分からないことだけどね。私は何も考えず、ただ人間を焼いているのがしょうに合ってるかなぁ……」

 ところどころ外見に似つかわしくない会話を交わしながら、ロートとアデーレは任務を終えて帰還する途中で偶然訪れたこの賑やかな街の中を、ぶらぶらと歩き続ける。
 通りに沿ってのきを連ねる店を冷やかしつつ進んでいたその時、そんな彼女達に後ろから声がかかった。

「そこのおねぇさ~ん♪ 今ヒマなの?」
「うん?」
「あらっ?」

 軽い調子で二人に話しかけたのは、しばらく前にソアラ達からキツイお仕置きを受けたばかりの冒険者ノグラスであった。
 彼は若干両頬を赤く腫らしながらも、これみよがしに自慢の金髪を掻き上げ、キラリと光る白い歯を見せつける。

「おねぇさん……って、私のことかしら」

 顎に指をあてがいながら首を傾げるアデーレに対し、ロートは「さぁ?」と棒付き飴を舐め回しながら、肩を竦めて関心がないことを態度で示す。

「そう! そこの貴女あなたです! そのくりっとした瞳に腰まで届く長い髪、そしてふわりと包み込むような眩しい笑顔っ! 極めつきは華やかなドレスに負けず劣らずの美貌! どうでしょう? もしお時間があるのなら、そこの喫茶店でお話でも……」
「……どうする?」
「いえ。どうする、と言われても……」

 よくもまぁ衆人環視の中で堂々とそんな歯の浮くようなセリフを吐けるものだ、と内心感心していた二人をよそに、ノグラスはさらに話を続けた。

「あぁ、でも待てよ……? 一応確認なんですけど、貴女達はあの少年の仲間だったりします?」

 ハッと何かに気づいた様子を見せたノグラスは、若干声のトーンを落として二人に訊ねた。
 あまりにも急な問いかけに、アデーレとロートは顔を見合わせた後で「少年? 仲間……?」と首を捻りながら互いに口にする。

「いやぁ、というのもね。見てくださいよ、この頬に刻まれた痛々しい跡を。これは先ほど声をかけた女の子達に手酷くやられたんですが……それが『黒い少年』のツレだったんですけどね。もうあんな思いはこりごりなんで、一応念のためにって」
「へぇ……黒い少年、ね。ちなみに、お兄さんがその人を見たのはどれぐらい前の話なの?」

 ロートが棒付き飴を口の中で転がしながら訊ねた。
 彼女からの質問に「確か一時間くらい前かなぁ」と当時の様子を思い出しながら呟いたノグラスは、気づかなかった。
 ――目の前に立っていた小さな女の子が見せる、狩人のような鋭い眼のことなど。

「ねぇ、その話……もっとよく聞かせてくれないかしら?」


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