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2巻

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 1


 俺の名前は不動慎ふどうしん。料理人をやっている。
 一年ほど前まで、日本でレストランを経営していた。
 経営、と過去形なのは、現在は経営している土地が違うからだ。
 それではどこなのかというと……異世界。魔法が存在する、地球とは別の世界でレストランを開いているのである。
 ある日、俺は突然、異世界の森の中に放り出された。たまたまそこに通りかかったスズヤさんという冒険者兼料理人が案内してくれたのは、料理の聖地と呼ばれる街だった。
 MP無限のステータスに加えて、地球のものを消費MP次第で何でも持ってこられる創造召喚そうぞうしょうかんというチート魔法。この二つをいつの間にか手にしていた俺は、日本で経営していた店をこちらの世界に召喚し、この世界で営業を始めたというわけだ。


「いらっしゃいませー!」

 今、元気いっぱいな声とともにお客様を案内したのは、俺の妻のエリ。
 つい先日結婚したばかりで式はあげてないが、エリの左手薬指には指輪がはまっている。
 彼女は元々奴隷どれいで、俺は当初、接客員を確保する目的でエリを購入した。狐族の獣人で頭とお尻には耳と尻尾が付いている。戦闘が得意な種族とされる狐族だが、一族で落ちこぼれ扱いされていた彼女は家族に捨てられ、奴隷になってしまったらしい。それでも、丁寧ていねいな言葉づかいや可愛かわいい笑顔は接客にもってこいだった。買った時は一五歳ぐらいだった見た目も、進化という異世界ならではのイベントもあって、すっかり大人のそれになっていた。
 現在は、俺の妻として、そして店に欠かせない接客員の中心として、働いてもらっている。

「はい、オムレツできた。運んでくれ」
「了解ニャ」

 俺が料理を出す声に返事をしたのは、最近やとった猫耳獣人のルミ。語尾に「ニャ」をつける女の子だ。接客にはまだ慣れておらず、少し危なっかしい部分もあるが、彼女なりに頑張って動いてくれている。元冒険者であり、従業員募集の依頼を受けて、こちらに転職した形になる。
 冒険者とは、ギルドから依頼を受けてモンスターの討伐とうばつや素材の収集、旅人の護衛などを行う、この世界ならではの仕事だ。俺もレストランを経営しながら冒険者の仕事をしており、現在ではそのランクをBにまで上げていた。
 それよりも……

「シャリアピンステーキ三つ、オムレツ二つお願いします」
「了解」

 注文が一気に入り、厨房ちゅうぼうが忙しくなり始める。丁度昼時になり、店はピークタイムに入った。キッチンには俺しかおらず、一人で全ての料理を作るのにも限界がきていた。
 ここ数日、店にくる客数が一気に増えすぎている。一昨日おとといと今日の来客数を比べても、倍近くの人数だ。
 ルミを雇ったことで接客の方は問題がなくなったが、次は調理の方が厳しくなっていた。
 せめてもう一人、今度は厨房の方で雇わなくてはいけない。

「七番テーブルさんのステーキがでてないニャ」
「一〇番テーブルのオムレツはまだですか?」

 このように、店として回っていなかった。
 やばいな、この調子で客が入ってくるとなると、やっていけない。今日を乗りきれるかも怪しいぞ。
 しかし、もう店はオープンしてしまった。今更、引くにも引けない状態なのでこのままやっていくしかないのだ。

「はい、オムレツ二つ。シャリアピンステーキはあと二分待って、今焼いてる。焼きあがったらここに置いておくから、サラダを皿に盛り付けて運んでくれ」

 時間がないなら工夫をするしかない。盛り付けも厨房が行うとどうしても時間をとられてしまうので、比較的簡単なものは、接客をしているエリたちに任せる。

「わかりました」

 瞬時にその意図を把握はあくしたエリが、素早く盛り付けていく。正確に盛り付けをする彼女に、俺は感心した。いやいや、感心している場合じゃないな。料理をさっさと作らなくては……
 こうして、レストランは営業していくのだった。


「途切れた……か?」
「そうみたいですね」
「つかれたニャ」

 結局、行列が途切とぎれたのは太陽もてっぺんを過ぎたところで、店の時計を確認すると午後の二時過ぎだった。今もポツポツお客様がいるが、このくらいは問題ない。もう既に、全ての客に料理を運び終えている。
 ところが、エリが突然厨房に入ってきたかと思うと、怖い顔で詰め寄ってきた。

「シン様、休憩きゅうけいを取りましょう。このままではシン様の体が持たないです」
「でも、営業中だよ」
「関係ないです。営業中であっても休憩時間を作るべきです。それに、人手が足りていないのであれば、夜の営業をやめるべきです」
「厨房は一人だから、営業中だと休憩は取れないし……それに、夜の営業は一応かせぎ時だよ?」
「そんなことはもっと店員を雇ってから言ってください。そもそも見ていて思ったのですが、この店は店員の数に対して広すぎないですか? 私が来るまで一人でやっていたなんて信じられないです。もっと考えるべきです」

 エリがここまではっきりと自分の意見を主張するのは珍しい。先日までは奴隷として働いていたため、何か思うことがあっても遠慮していたんだろう。結婚した効果なのか、こういったアドバイスをくれるようになったのは、ものすごく助かる。
 エリの言っていることはもっともだし、俺も薄々うすうす気づいてはいた。日本で営業していた時は、この店には最低でも一日五人は従業員がいたのだ。一人が休憩に入り、四人で営業。これがベストだからだ。
 そのことを考えると、今の状態はかなり苦しい。

「俺もそう思っていたんだ」
「思っていたならさっさと行動してください。今すぐにでもオーダーをストップするべきです」
「でも、昨日休みだった分、今日は働かないと。ストップするわけにもいかない」
「休息も仕事のうちです」
「店のことは俺が判断する。アドバイスはうれしいが……」
「ニャニャニャニャ」

 ルミが、俺とエリに挟まれてあたふたしていた。エリはちょっと不機嫌ふきげんになっている。
 俺のことが心配で言っているのはわかる。でも、仕事は仕事。店を開けたのなら、どんなにきつくとも最後までやらないといけない。

「心配するなエリ。倒れるまでやるわけではないから、今日は我慢がまんしてくれ」
「……わかりました。今日だけ大目に見ます」

 これでひとまず解決。後は仕事終わりに甘いものを出して機嫌を取っておこう。

「あの……すみません」

 すると突然、厨房に一人の男の子が入ってくる。
 綺麗な顔立ちをしていて、なかなか可愛らしい男の子だ。お客様だろう。
 三人しかいない従業員が全員ここにいるので、オーダーを聞ける人がホールに誰もいない状態だった。

「すみません。今すぐおうかがいしますので、席でお待ちください」

 エリが営業スマイルで優しく対応する。もうすっかり慣れた感じだ。

「あの、違うんです……僕……」

 男の子はその場にとどまった。そして俺に視線を向ける。何か決心したような眼だった。

「すみません。店長さん!!」
「ん?」
「僕を弟子でしにしてください!!」

 彼は、俺がはっきりと聞き取れる大きさの声でそう言った。

「弟子? えっ?」

 突然の言葉に、一瞬理解できなかった俺。
 どうして弟子になりたいのかわからない。そもそも、俺はこの男の子のことを知らない。店に来たことがあるのかも知らないのだ。なので、はいそうですかと素直に弟子にすることはできない。

「ダメ、ですか?」

 目をうるうるさせながら言ってくる。とても可愛いが相手は男だ。ときめくはずがない。

「ダメではないが……どうして俺の店なんだ?」

 とりあえず、弟子になりたい理由を知りたかった。丁度、店に人数が欲しいと言っていたところではあるのだ。

「それは……一目惚ひとめぼれです。この店の料理を食べました。僕が見たことのない料理、盛り付け方、そして初めての味。何もかもに感動しました」
「ありがとう」

 素直な意見に、思わず感謝の言葉が出た。ここまではっきり言ってもらえると、料理をしていてよかったと思える。
 料理人として一番嬉しいことは、お客様から感想をもらうことだ。それが良い感想だったら嬉しいし、悪い感想でもそこから改善することができるからな。

「だから、僕もそんな料理を作ってみたいと思いました!!」
「なるほどね……」

 理由としてはちゃんと筋が通っているが、志望動機としては少し弱いかもしれない。でも、こうして弟子になりたいと直接言いに来たことはめるべきだ。それほど感動してくれたということだろう。

「本当に俺の店でいいのか?」
「はい。この店でないとダメなんです」
「厳しいかもしれないぞ?」
「覚悟の上です」
「作り方とか味付けとか、いろいろと常識が変わってしまうかもしれないぞ?」
「それでもなりたいです」

 ここまで強く志望しているなら、断る理由がないな。よし、取るか、弟子。

「よし、いいだろう……君を雇おう」
「本当ですか!?」
「本当だ」
「ありがとうございます!」

 とても喜んでいる。

「よかったですね。探すと決めた従業員がすぐに見つかって。これでシン様も楽になります」
「いや、まだだよ。まずはいろいろと教えないとな」
「そうですね」

 俺の言葉を受けて、エリがにこやかに微笑ほほえんだ。
 ちゃんと教え込まないと使えないからな。まずは基本だけでも教えないと。
 昨日も休みだったが、明日も休みにするか。本来ならそんなことはけたいのだが、店が回らないと意味がない。一日でしっかり教え込もう。
 そうだ、まだ彼の名前を聞いてなかった。

「俺の名前はフドウシンだ。気楽にシンと呼んでくれ。君の名前は?」
「すみません、まだ名前を伝えていませんでした」

 そう言いながら、俺の方に近づいてきた。

「僕の名前はアカリです。これからよろしくお願いします、師匠ししょう

 師匠って呼ばれるのはなんだかこそばゆいな。
 そんなことを考えながら、手を取り握手あくしゅをする。

「……あれ?」

 ……アカリって、女の子っぽい名前だし、この手のやわらかさは……

「もしかして……女の子?」
「そうですけど……なんでですか?」

 俺が初めて取った弟子は、僕っの女の子だった。
 気づかなかった~。
 とりあえず話がまとまったところで、明日を休日にするという看板を店の表に立てて、仕事に戻る。アカリには店内で待ってもらうことにして、そのまま夜の営業をなんとかこなし、閉店の時間になった。


 営業終了後、俺は店の片付けをエリたちに任せて、アカリと一対一の面接を行っていた。厨房の片付けは俺が全部しておいた。

「アカリは、料理はしたことはある?」
「はい師匠、あります。小さい頃から家で料理をしていましたし、冒険者をしている時も食事は自分で作っていました」

 そうか、冒険者であれば街にいない時は自分で食事を作ることだってあるもんな。

「例えば、どんな料理を作っていた?」
「そうですね……レッドボアのステーキ、ムーンベアーのステーキはうまく作る自信はあります」
「うむ。そうか」

 料理名を聞いた俺は、もっともらしくうなずいた。
 ……いや、知らないよそんなモンスター!! 何だよ、レッドボアって。前に依頼で行ったウィンのレストランで食べさせてもらった、ボアロットの亜種か? もしそうならアレに似た味なんだろうけど、違いがあるのかもわからない。てか、ベアーとかもろ熊じゃん。
 それにしても、ある程度料理をしたことがあるようで安心した。まだ一四、五歳ぐらいに見えるし、ちゃんとした料理が作れるのか、心配していたんだ。
 とはいえ、うちの店の調理方法は、この世界のそれとは全然違う。うちで働くなら、まずは包丁の握り方から教えないといけないな。
 もっとも、アカリは料理の経験があるのだから、刃物の扱いはある程度は慣れているはず。つまり、教えれば包丁も使いこなせるはずだ。
 包丁を使って切ることができれば、後はいためる、る、す、げる、焼く、味付けだ。そのあたりが実に奥が深いところなのだが、こちらについても簡単なことならできるだろう。
 しかし、ここはれっきとしたレストランだ。簡単なことで満足してもらっては困る。ある程度、手間のかかる料理を作らなくてはいけないのだ。
 そのために、アカリにはまず、和食・洋食・中華の入門料理を学んでもらおうと考えている。

「シン様、片付けが終わりました」
「疲れたニャ~。明日が休みでよかったニャ」

 そう考え込んでいると、エリとルミが声をかけてきた。

「お疲れ様。ゆっくり休んでくれ。お風呂は沸かしてあるから入ってくるといい」
「やったニャ。エリ、行くニャ」
「わかりました。そこの方は?」

 エリがアカリに問いかけた。お風呂には入らないのかという意味だろう。

「まだ、話の途中なので僕は……」
「いや、入ってくるといい。彼女は俺の妻だから、親睦しんぼくを深めるつもりでな。話の続きは、また明日にしよう。遅い時間になってしまったし、部屋は用意しておくから、今日はうちに泊まりなさい」
「……わかりました、師匠」

 少し納得がいってないような様子を見せたアカリだったが、エリたちについていく。

「ああ、そうそうエリ。俺は疲れたから、アカリの部屋の準備が終わったら先に寝ておく。起こさないでくれよ」
「わかりましたシン様。おやすみなさい」
「おやすみ」

 挨拶をして、エリたちはお風呂へ行く。
 普通なら、お風呂をのぞきに行くところだ。
 ……が、一日中忙しかった疲れにはかなわない。というかエリは俺の妻であるわけだし、わざわざこそこそと妻の裸を覗く夫がいてたまるか。
 ルミとアカリについても、エリが一緒にいるのに、覗きに行くわけがないじゃないか。
 ということで、俺はいそいそとアカリの部屋の準備をして、自分の部屋で眠ったのだった。



 2


 翌朝。
 朝食を皆でとった後、アカリは一度、着替えや荷物を持ってくるために、宿に戻った。その間に俺は厨房の準備をしておく。
 エリとルミには好きに買い物をしてきていいと言ってお金を渡し、外出させている。邪魔じゃまとまでは言わないが、気が散るからだ。エリは最後までかたくなに拒んでいたが、ルミが引きずって連れて行った。
 現在店にいるのは、荷物を持って戻ってきたアカリと、厨房の準備を終えた俺の二人だけだ。

「それじゃあ、始めるか」
「よろしくお願いします、師匠」

 さて、さっそく修業を始めるとしよう。
 和食、洋食、中華料理にはそれぞれ、入門と呼ぶべき料理がある。
 これは、俺が通っていた調理師学校で習ったことなのだが、この入門の料理を覚えていれば、多くの料理に応用できるのだ。
 まず、洋食……これについては、この世界で既に作っているものだ。

「じゃあ、オムレツから作ろうか」
「あのオムレツですね、つい昨日、食べました。中がとろーり周りはふんわり。お店の代表的なメニューですよね。他の店でも同じメニューを出していますが、ここのお店のものは特別ですね」

 べた褒めだった。聞いていて恥ずかしい。
 さて、このオムレツは一見簡単そうに見えるが、その作り方は奥が深い。

「まずは卵を混ぜよう」

 俺は自分の手元で卵を混ぜながら、アカリに新しい卵と器を手渡し、混ぜるように指示する。

「この卵……見たことありません」

 それもそのはず。この異世界にはいない、地球のにわとりの卵だ。知らなくて当然だ。

「常識が変わるかもと言っただろ? いちいち疑問に思っていたら、どんどんわからないことだらけになっていくぞ」
「わかりました」

 アカリには、俺の魔法については教えないことにしている。信頼している相手以外には、バラさない方がいいだろうと考えてのことだ。もちろん、エリにもそう伝えてある。

「卵を混ぜたら塩を一つまみ入れる」
「入れました」
「では、焼きに入ろうか」
「味付けはこれだけなんですか?」

 アカリがびっくりした様子で尋ねてきた。

「そうだ。後はソースの味で食べることになる」

 料理とは、案外シンプルな味付けのものが多いのだ。

「卵を焼く前に、たっぷりの油を弱火で熱して、フライパンに油をなじませる。これを、油返しと呼ぶ」
「この作業をしなかったらどうなりますか?」
「フライパンに卵が引っ付いて、はがれなくなるな」

 まずは手本として俺が作ってみる。実際に見せないと工程はわかりにくいからな。


「油がなじんだら一度油を捨て、新しく大さじ一杯の油を入れる。白いけむりが出始めたら卵を入れる」

 後は一気に作るだけだ。俺の手元を、アカリは真剣に見ていた。技術を盗もうとしていることがよく伝わってきた。
 完成したところで、アカリにバトンタッチする。

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