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21巻

21-3

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「とはいえ、これはやはり手強てごわいな。うむ、しぶとい! 俺やアミアスはともかく、勝負が成り立つ者はあまり多くないか! うむ、情けなし!」

 愛馬の鞍上あんじょうで槍を一振りし、アルデスは群がりくる終焉偽竜を見やる。

「殺意無し! 敵意無し! 闘志無し! 魂無し! うむ、ちと槍の振るい甲斐がいに欠ける相手だが、それもよし! アミアス!」
「お任せあれ、兄上!」

 そう応えたアミアスは、愛騎たる牝鹿の鞍上から流星群のような密度とすさまじい速さで矢を放つ。
 これを避けきれなかった終焉偽竜のひたいや喉に次々と矢が突き刺さり、絶命しきらぬ終焉偽竜達が感覚器官を潰され、体勢を崩してその場でのたうち回る。
 これを機と見るや、アルデスの眷属けんぞくや他の戦神や武神、さらにオルディンを筆頭とする魔導の神々、そして神竜や龍神達も一切の手加減と容赦のない攻撃を開始した。
 終焉偽竜の群れと戦端を開く者達の中には、アルデスやケイオスらとは本来相容あいいれぬ大魔界の邪神達も無数に含まれていた。
 彼らは古神竜ドラゴンですら勝利出来ない前代未聞の存在を相手に、天地驚愕てんちきょうがくの同盟を一時的に結び、共に終焉竜の生み出した即席の破滅へと立ち向かう道を選んだのだ。
 そして邪神側に属するが他の邪神達から蛇蝎だかつの如く嫌われているカラヴィスも、今回ばかりは真面目まじめに気合を入れている様子。
 悪意だけを結晶化させて彫り上げたような笑みを口元に浮かべながら、つややかな五体に絡みつく、牙や目の生えた闇を一挙に広げている。
 カラヴィスの体から醜悪しゅうあくな闇が溢れ出て、津波の如く襲い掛かる。かたぱしから終焉偽竜に絡みついては口の中から体内に入り込み、またあるいは一斉に牙を突き立てて肉を貪りはじめる。
 ボリボリボリ、グチャグチャグチャと肉や骨を咀嚼そしゃくする無数の音が重なる中で、カラヴィスの憤怒ふんぬも憎悪も悔恨かいこんも止まらない。

「いやあ、まったく、ここまで、ここまでこの僕を虚仮にする奴が存在するとはねえ。ドラちゃん抹殺の片棒をかついだ僕が言えた義理じゃないけど――」

 一方の終焉偽竜達もただ食われるだけでは終わらない。
 大小の牙を不規則にやしている口を開き、その喉奥から灰色のブレスや火球を撃ち出して、破壊と忘却の性質を持つ闇を千々ちぢと砕く。
 カラヴィス自身にも灰色の炎や光が襲い掛かり、人間の女性を模した肉体は原形を留めないほどに破壊された。
 だが彼女は襲い来る激痛や悪寒おかんなどおくびにも出さずに、心中に絶えず湧き出る黒々とした感情を言葉にして吐き出し続ける。

「君達が僕の目を欺いてくれたおかげで……僕はドラちゃんに偽りの情報を伝えて、この事態を未然に防ぐ機会を潰す羽目になったわけ。これはもう頭に来るね! むかっ腹が立つ! 分かるかな? 分からないだろうな! 昔の僕にも今の僕の気持ちは分からないだろう! ああ、終焉竜! 終焉竜と名乗る敗残者共の寄せ集めが! その忌々しい姿も名前も、この世のありとあらゆる場所から、記録から、記憶から! 消し去ってもまだ足りない!!」

 終焉偽竜からの反撃で左半分の肉体を破壊されたカラヴィスが、感情を爆発させると、傷口から極彩色ごくさいしきの液体が噴出した。そこから次々と腕が生え、脚が生え、目が開き、口が開き、手当たり次第に呪詛じゅそを撒き散らす。
 先んじて終焉偽竜の群れに吶喊していたアルデスさえ、思わずぎょっとする狂奔きょうほんぶりだ。これでは敵味方の区別がついているかさえ怪しい。
 それを見ていたアルデスはすぐに決断した。

「よし、皆の者、構わん。やるならカラヴィスごとあの竜種モドキを叩き潰せ! カラヴィスの事だ。どうせ滅びやせん。どれだけ巻き添えにしたとしても、問題はあるまい。それに、誰の心も痛まないだろう。いや、ドランだけは気にするかな? ま、カラヴィス、ドラン、双方許せよ。非常事態だからな! ぬははははは!」

 カラヴィスが誰も彼もから心底嫌われ、忌避きひされているが故の即決即断であり、周囲の者達も躊躇ちゅうちょなくこの言葉に従った。
 アルデスの口にした通り、今は神々や竜種の領域を含めた世界存亡の非常事態であり、実際、この場にはカラヴィスに攻撃を加えるのに心を痛める神も竜も居なかったからである。
 無際限に広がり続けて、どちらが世界に終焉をもたらそうとしているのか分からないカラヴィスと終焉偽竜に対し、双方を巻き込む攻撃が繰り出された。ひょっとしたらこの際、カラヴィスも滅んでしまえ、と思っている者が多かれ少なかれいたかもしれない。
 一時的に同じ陣営になった神や竜からの攻撃を受けるカラヴィスだったが、今の彼女にとっては些事さじ。平時ならば――飽きるまでは――骨身に刻んで恨みを忘れないが、今だけは何よりも終焉竜という標的に全神経が向けられている。
 アルデスがそこまで把握していたかは不明だが、彼の判断はこの場において最良のものだったと言えるだろう。

「神々にばかり戦いを任せるな! バハムート様をはじめ七竜の方々が戦っておられる。同じ竜たる我らが率先して戦わずしてなんとする!」

 紫の鱗と五枚の翼を持つ神竜がえ、それに呼応して全ての竜達が咆哮ほうこうを上げる。
 ドランら古神竜には及ばずとも、神竜・龍神ともなれば大神にも匹敵する高位の存在だ。それより格で劣る真竜・真龍は支援に残し、無数の竜達が神々の戦列に加わる。
 彼らは、自分達を侮辱ぶじょくする為に存在しているとしか思えない終焉偽竜へ、殺意を剥き出しにして襲い掛かった。
 偽竜という存在は竜種にとっては、何よりも嫌悪が先に立つまがものだ。
 ましてそれを、竜種の原点である始祖竜から派生したなどとうそぶく終焉竜が生み出し、けしかけてくるとなれば、彼らの殺意と怒りは天井知らずにふくがる。
 乱戦の最中、一体の終焉偽竜にその他の個体が次々と群がり、見る見るうちに巨大で醜悪な姿へと変わりはじめた。
 頭部の目があるべき場所には大小無数の牙を生やした大きな口が開き、何本かある腕の掌に灰色の瞳が開いていた。
 みにくい集合体である巨大終焉偽竜は、神々よりも竜種達を優先して滅ぼすべき敵と認識したらしい。耳にした者の心を蝕む咆哮を響かせながら飛翔し、三つの口から白でも黒でもない灰色のブレスを放つ。
 色とりどりの鱗を持つ竜種達は、一斉に散開してそれを回避する。
 回避した先にも他の終焉偽竜が放ったブレスや光球、あるいは体当たりが撃ち込まれるが、竜種達にひるむ様子はない。
 逆に、敵に倍する勢いでブレスや竜語魔法を行使して反撃を開始する。
 普段は竜界で悠々自適ゆうゆうじてきに暮らしている高位の竜種達も、宿敵中の宿敵と呼ぶべき終焉偽竜を前にしては、普段の温厚さは欠片もなくなる。最強種と呼ばれるに相応しい戦闘能力を遺憾いかんなく発揮していた。

「グウォオオオオ!!」
「キィイイアー!」

 滅多に聞かれない竜種の戦いの叫びが何重にも重なり、何色もの炎や雷、竜巻が巻き起こり、終焉偽竜との間に無数の爆発と光と闇の乱舞が発生する。
 竜種達の中には竜語魔法で防御しつつ、自ら撃ち合いの真っただ中に突っ込み、終焉偽竜に直接牙を突き立て、爪で引き裂こうとする者達も少なくない。
 強すぎるあまりに闘争から遠くかけ離れ、長らく平穏の時を過ごした竜種達だが、今、勇ましく闘志を纏って戦う彼らの姿から、平穏による緩みや平和ボケした様子は感じられない。
 加速した神竜達が巨大終焉偽竜の灰色の皮膚に爪を立て、何本もの斬り傷を与えたものの、凶悪な毒性を有する灰色の血液が滝のように噴出し、回避を余儀よぎなくされる。
 鬱陶うっとうしい羽虫が離れたのを確認した巨大終焉偽竜が、全方位へブレスを放とうとして全身に新しい口を無数に開く。
 しかし複数の龍神達はこの瞬間を見逃さなかった。
 自身を一部に組み込んだ竜語の魔法陣によって生成した破壊エネルギーの奔流。
 時空や概念すら巻き込んで万物を粉砕する渦潮うずしお
 あらゆる物理的、概念的、因果的、法則的破滅を練り込まれた光線。
 ドラン達と終焉竜に比べればはるかに規模もエネルギーも劣るとはいえ、それでも宇宙を無限に等しい回数滅ぼし、また創造しうるだけの力が絶え間なく放たれる。
 終焉偽竜もやられてばかりではない。即席で作られた使い捨ての捨てこまといえども、生み出したのは始原の七竜を超える終焉竜だ。単体の強さは並みの武神や真竜・真龍を上回る。
 防御障壁を貫かれた龍神が細長い胴体に大穴を開け、破壊神の一柱は腕の一振りで喉を抉られ、体に巻き付かれた多頭の神竜が骨と内臓を潰された。
 戦端が開かれて僅かの間におびただしい血が流れ、尋常じんじょうではない痛みに苦しむ神と竜達の声が無数に響き渡る。
 無論、その中には、討ち取られて潰れた声を出す終焉偽竜も数えきれないほど含まれていた。
 この世界が始まって以来の善悪を問わぬ神々と高位の竜種が勢揃いしての戦いは、ますますもって激しさを増していく。
 前線から離れた後方で、完全武装のケイオスとマイラールは、姿を現した時から一歩も動かずに戦況を見ていた。
 周囲にはそれぞれの眷属である多数の神々がひかえ、主神が行なっている秘儀の支援に徹している。
 マイラールとケイオスが普段は用いない神器を纏っているのは、終焉竜と直接戦うだけが目的ではなかった。
 終焉竜と戦闘の成り立つ始原の七竜達にすじを与える為、二柱の神は終焉偽竜との戦いには加わらずにいるのだ。

「ケイオス、原初の混沌との接続はどうですか?」
「予定通りといったところだが、ドラン達の戦いがここまで苦しいものになったのは、予想外だ」

 眉をひそめるケイオスに、うれいを帯びた表情のマイラールが同意を示す。

「ただ古神竜の力の一部を奪っただけの、かつての邪神達の集合体であったなら、ここまでドラン達が苦戦する事もなかったでしょうに……。私達の目が節穴ふしあなだったと言わざるを得ませんね」
「だが、まだ取り返しはつく。そうでなければ我らばかりか我らの信徒も、そうでない者達も、ありとあらゆる生者、そして死者達の世界である冥界めいかいでさえも滅ぶ。そうするだけの力がアレにはある」
「間に合わせるしかありませんね」
「それしかない。終焉をまぬがれるには」

 至上の存在同士の激突に視線を戻した二柱の神の瞳に飛び込んできたのは、終焉竜の一撃で右半身を吹き飛ばされたドランと、腰から下が引き裂かれたアレキサンダーの姿。
 明らかに致命傷に見えるが、それもすぐさま再生が始まり、両者の傷は見る間に埋まっていく。さらなる終焉竜の追撃さえなければ二柱はすぐに戦線に復帰出来るだろう。
 当然それを妨げようと動く終焉竜に対して、残る五柱が全力で攻撃を加える。
 バハムートの放つ黒炎にヴリトラの起こすみどりの突風が加わり、黒い炎の竜巻が生じる。相乗効果によって内包するエネルギー量が何倍にも膨らんだ竜巻が、七竜を上回る終焉竜の巨体を呑み込んだ。
 この時点でドランとアレキサンダーの肉体は再生を終えていた。
 万が一の場合、二柱の盾となるべくそばに控えていたリヴァイアサンが、無傷の姿を取り戻した弟妹達に問いかける。

「今のところ再生に掛かる時間も消費する力も変わりはないようじゃな」
「〝今のところ〟に限った話だ。だが私達と違って、終焉竜は一切傷を負わないまま戦い続けている。このままでは私達の消耗が進み、均衡きんこうが崩れるのは目に見えているな。ジリ貧という言葉は知っていたが、こと戦いにおいて、私達がそれを味わう日が来ようとは……」

 ドランが終焉竜に天秤てんびんかたむきつつある現状を淡々と口にした。
 アレキサンダーは怒りのあまり牙をきしらせる。
 終焉竜がかつてない強敵であるのは理解していたが、よもやここまでの力の差が存在するなど、彼女の想像を超えた事態だった。
 ドランが終焉竜の一撃を受けて傷を負った最初の場面を目にした時も、アレキサンダーはすぐに現実を理解出来なかったほどだ。
 油断を誘う為の演技ではなく、本当に全力を出してなおドランが圧倒されていると理解した瞬間、彼女は我を忘れて終焉竜に襲い掛かっていた。
 そうして一切の容赦を捨てて挑みかかった挙句あげくにこのざまである。
 これまで真に敵わない相手などいなかったアレキサンダーにとって未知の体験であり、この上ない恥辱ちじょくに他ならない。
 憤怒のあまり鱗の色が赤く染まりそうな彼女の傍らで、ドランはバハムートとヴリトラの巻き起こした炎の竜巻の中からあと一つなく姿を現す終焉竜に、やれやれと言わんばかりに溜息を吐いた。

「負けるつもりはないが、これは本当に手強い相手だな。……ふむ」

 それは、ドランが戦場で初めて零した弱音よわねと言えたかもしれない。


     †


「一手、いや二手、足りないな」

 死者の世界にあって清浄なる天上楽土の如き場所――エリュシオンの一画で、冥界の管理者ハーデスは、友たるドラン達の戦闘を見ながらつぶやいた。
 私情を交えぬその評価は、ドラン達が勝利を得るのがいかに困難であるかを、正確に評していた。
 ハーデスは深い紫色のマントの下に黒曜石こくようせきを思わせる輝きを持つ鎧を身につけ、神々の目さえも欺く姿隠しのかぶとを被っている。さやに収まったままその手に握られた長剣は、鎧同様に深い闇と星の光を同時に閉じ込めたように黒く輝いていた。
 アルデスを筆頭とする戦神や武神を含む神々の中で一、二を争う剣士──それが冥界の管理者であるハーデスのもう一つの顔だ。
 冥界の管理者となってから滅多に使う事のなくなった愛用の神器を手にしたハーデスからは、大神の一角に相応しい威厳が満ち溢れている。凡百ぼんぴゃくの神ではその威光の前に存在を保つ事さえ出来まい。
 戦闘に臨むよそおいのハーデスの周囲には、死の女神タナトス、眠りの神ヒュプノスを筆頭とする眷属らが、微動だにせず控えている。
 タナトスは巨大な鎌を手に、ヒュプノスは無手むてだが、ハーデス同様に黒曜石によく似た金属製の鎧を纏っており、彼女らもまた戦いに相応しい出で立ちだ。
 さらに双子の神の背後に、黒紫色の冥界の鉱物で作られた鎧兜で武装した神々が石像のように無言で勢揃いし、いつでも主君の命令に準じて生命をささげる準備が出来ていた。
 さらにこの場には、ハーデス、無間むげんと並ぶ冥界の三貴神の人柱である閻魔えんまと、彼に率いられる地獄の獄卒たる鬼達もまた、地獄中から集まっていた。
 冥界の裁きの頂点に立つ閻魔は、平時と変わらぬ紫の道服に豪奢ごうしゃな装飾の冠、赤黒い肌に顔の下半分をおおう立派な黒髭くろひげといった装いだ。
 彼の配下の大きな体躯の鬼達は、手に金棒や刀剣、弓矢の類を手に持ち、地獄の罪人達を責め苛むのではなく、戦う為の用意を万端に整えていた。
 でっぷりと腹の出ている者もいれば、はがねのように鍛え抜かれた肉体の者もいる。
 鎧具足で身を固めている者、虎の毛皮の腰巻一枚と武器だけを手にしている者。
 赤や青、黒と様々な肌の色の者、さらには頭部が角の生えた牛や馬、犬や猫、蛇に亀といった動物の特徴を持つ者など、多種多様な顔ぶれである。
 老いも若きも、男も女も問わず、いずれも戦える鬼達ばかりだ。
 しかも、冥界の大神が率いる大軍勢はこれだけでは終わらなかった。
 本来ならば地獄の責めを受けているはずの亡者達もうじゃたちも、首や手にかせをつけられた状態でエリュシオンの果てに至るまで埋め尽くすほどの数が連れ出され、頭を伏せている。
 二度と冥界から連れ出される事のない大罪人である古の神々や神造魔獣しんぞうまじゅうたちだが、この度の終焉竜との戦いにおいて少しでも役に立つ力があると評価された者達である。
 今回の非常事態に際して、特例中の特例として冥界の獄から連れ出され、それぞれの意思を無視して強制的に戦場に投入される予定だ。
 彼らの中にはドランによって魂こそ滅ぼされなかったが、生命を絶たれて冥界に囚われた者も少なくない。
 そんな者達にとっては、ドランを助けに行くのが目的の一つである今回の参戦には忸怩じくじたるものがあるだろう。しかし、死者の世界であるこの冥界すら滅亡の危機にあるとなれば、そのような心情は無視されても仕方がない。
 他にも冥界にせきを置く多数の神々が、戦闘態勢で整然と並んでいる。
 冥界の開闢かいびゃく以来、これまでに至る死者を含む事で、冥界軍の総数は途方とほうもないものとなっていた。
 神々の魂も裁く冥界さえ滅ぼさんとする脅威を前に、この死者の世界を治める偉大なる者達も戦場に参戦すべく、大急ぎで戦支度いくさじたくを整えたのである。
 この場にいないのは、冥界の維持を任せる三貴神の一柱・無間と、冥界の維持に最低限必要な人員、戦いには連れていけないか弱き罪人、連れていくわけにはいかない輪廻りんねを待つ魂達のみ。
 終焉竜との戦端が開かれてからの短時間でここまでの用意を整えてみせたのは、称賛にあたいする早業はやわざだろう。
 そうして、いざ参戦という時に、先程ハーデスが口にした言葉を、閻魔が拾い上げて問いかけた。

「なるほど……終焉竜と相討ちに持ち込むのに一手、終焉竜を倒し生き残るのには二手が必要と見たか」

 普段と変わらぬ装いの閻魔に、ハーデスは長い睫毛まつげに縁どられたまぶたを閉じて、頷き返した。

「我らの参戦では〝一手〟にもならぬさ。冥界の参戦は終焉竜の予想の内にすぎないと、閻魔も理解しているだろう。終焉竜とやらが想定していない駒がなければ、一手を打つ事も叶わないというのが私の見立てだ」
「想定していない駒か。わしらが地獄の亡者共を戦場に連れ出すのも、終焉竜とやらは想定していると見るべきであるな」
「こちらに都合よく見落としているとは考え難い。最悪の想定の斜め上を行かれる程度の覚悟は固めておいた方が良い。そういう相手だ」
「確かに……存在そのものが最悪の想定を超えているな。ドランから奪った古神竜の力を持ち、原初の混沌を大量に食らって力をつけたばかりか、始祖竜の意志さえも引き継いでいるという。それが全て真実であるのならば、この世の開闢以来の脅威と評してなんら不足はない」

 およそ自分達の力が及ばない事態であるのを認めて淡々と言葉を交わす二柱の神だが、そこに絶望や諦観ていかんはない。
 そんなものを抱いたところでなんの役にも立たないのは明らかであるし、まだ彼らには打てる手が残されている。
 いよいよ参戦する前に、ハーデスは最後の一手を打つべく、マントのすそひるがえして閻魔に背を向けた。

素直すなおにこちらの言う事を聞くと思うか、ハーデスよ?」

 含みのある閻魔の質問に、ハーデスがつか足を止める。

「言い方次第だろう。以前、ドランと言葉を交わしたのが良い方に影響をもたらしている。〝世界の為〟では戦わなくとも、〝ドランの為〟と言えば了承するはずだ」
「ドランの為……か。確かに、今のアレならば二つ返事で頷きそうだ。ドランの徳と言うべきか?」
「ドランを父とあおぐあのレニーアという神造魔獣しかり、我らの友たる古神竜は、奇妙な縁のある相手には〝たらし〟になるようだ」

 そしてハーデスは未だ地獄に繋がれたままの大罪人と言葉を交わす為に、この場を後にした。

   
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