道を極める

ミシュラン星つきシェフの、夢を掴む超ポジティブ思考

2017.08.01 公式 道を極める 第25回 米澤文雄さん

「プラスの力はマイナスを超えられる」
ポジティブ思考で乗り切った最大のピンチ

米澤氏:「Jean-Georges」での仕事が板につくようになって、私はさらに新しい目標を掲げるようになりました。それは「日本人でのスーシェフ(副料理長)になった人物はいない」という事実を耳にし、「それならばいっそ、この1年でスー・シェフを目指して全力で頑張ってみよう」と思ったんです。自分にとっては高い目標でしたが、成し遂げるためにはどうすればいいかをひたすらに考え、がむしゃらになって仕事をしていました。そうして、「作業」にならないよう、再び自分の中でエンジンをかけて取り組むこと1年後、入店から数えて3年、ようやく納得のいく目標を達成することができました。

――日本人初の、スー・シェフ(副料理長)に。

米澤氏:でも、大変だったのはここからでした。今まで同僚だった人間が、突然指示を出すわけですから、周囲はそう簡単に私の指示を聞いてくれません。周りの料理人たちが戸惑いを覚えるのは当然です。指示を出しても、「言っていることがわからない、理解できない」と、言葉がわからないフリをされていたんですね。何を話しても無視される毎日で、仕事にならない。だんだん、言葉を発することすら怖くなってしまって……。

今まで、どんなに大変な状況でも「辞めたい」と思ったことはありませんでしたが、この時ばかりはさすがに参ってしまいました。仕事に行くのがはじめて「嫌」になり、日に日にやる気を失っていく……。そういう状況だった私を救ってくれたのは、同店のエグゼクティブ・シェフのひと言でした。

「君が今訴えている状況も含めて、僕は君の話を理解できないと思ったことは一度もない。“英語が話せない”のは、君の言い訳でしかない。理由は別のところにあるのだから、あとは周りを納得させるだけ。そのままの自分に自信を持って貫け!」と言ってくれたんです。

負のスパイラルの中で動けなくなっていた私でしたが、ようやく問題の本質が英語ではなく、自分の姿勢にあったことに気がつきました。そのひと言をきっかけに、自分の考えや行動をブレることなく伝え続けると、周りの状況も面白いほど変わっていきました。相手自身を変えることはできなくても、自分を変えることで、相手の反応も変わってくる。その姿勢こそが、人を動かす。それを示せるかどうかが、大きな差になることに、ようやく気づくことができました。

――置かれた状況を、“自分ごと”にしていく。

米澤氏:“自分ごと”にして、とにかく考えて行動する。「無視する奴が悪い」「言うことをきかないのが悪い」と“他人ごと”にしてしまっては、いつまでも知識と経験は財産として残りません。自分ごとにして、はじめて知識と経験は、財産になると思います。そして何かに一生懸命になっていると、周りが変わってきます。一生懸命、熱意を持って何かに取り組むというのは、人の心を動かす力を持っているんですよね。その行動が評価されるタイミングは、決まっていません。でも必ずその頑張りは評価され、自分にとって有益なものになると思います。自分ごとにして頑張ることで、絶対的な結果を勝ち取る。この繰り返しだと思います。

「再び日本での挑戦」
ジャン・ジョルジュ氏からの白羽の矢

米澤氏:憧れだったレストランでスー・シェフになるという目標も達成し、日本に帰って学んだことを存分に活かそうと考えていた頃、ちょうどニューヨーク・コンセプトのレストラン「57 FIFTY SEVEN」が開店することになり、同店のグランドシェフとして働くことになりました。そうして、お世話になった「Jean-Georges」に別れを告げ、2007年日本に帰国しました。

――いよいよ、日本で腕を振るう時が訪れました。

米澤氏:「57 FIFTY SEVEN」のほかに、古巣でもあった恵比寿の「MLB cafe」でオープニング・シェフとして働き、その後「KENZO ESTATE WINERY」では、エグゼクティブ・シェフとして、ワイナリーのある米国ナパ・バレーと日本を行き来しながら、料理の腕を磨き、自分の店を開くという目標に向かっていました。

ところが、ニューヨークから帰国して6年後、またもや転機が訪れます。自分が修行した「Jean-Georges」が日本に進出して、東京の六本木に彼の日本料理への想いを込めた店を開くというのです。 そして、さらに思いがけないことに、その「Jean-Georges Tokyo」のシェフ・ド・キュイジーヌを任せられないかと、直接ジャン・ジョルジュ氏から声をかけられたんです。

インターンの頃から夢見ていた「Jean-Georges」が日本にやってくる。しかも、その大きな舞台が今自分の目の前にある。ジャン・ジョルジュ氏は、「今回の東京店のシェフ・ド・キュイジーヌは、君が日本人だからお願いするのではない。君にだったら私の想いを任せられると思ったからだ」。そんな言葉に心動かされ、オファーを受けることを決めました。そうして、2014年、私は再び「Jean-Georges」の一員として、現場に立つことになったのです。

“美味しいと笑顔が溢れる料理”を届け続ける

――「相手に選ばれる行動」ができれば、自ずと道は拓かれていく。

米澤氏:そして、ポジティブに自分ごとで考えていく。料理長になりたかったら、「この人に任せたい」と思ってもらえるような働き方をすればいい。お給料を多くもらいたいと思ったら、「こいつにだったら、このくらい払ってもいい」と思ってもらう行動をすればいい。相手に選ばれる行動ができれば、自ずと道は拓かれていくと思います。頑張ってもダメだった場合、どこかで自分本位になっていないか見直した方がいいと思います。

私がお店でスタッフに言うことは、大体いつも同じです。相手にとって何が嬉しいことかを常に考えて現場に立ち、サービスをするということ。自分がお客さまだったら「それはハッピーか、それを食べたいか、その笑顔で迎えてもらいたいか、その身なりを見て嬉しいか、そのタイミングでドリンクを聞いてもらいたいか」そう自分自身に問うことで、自ずとサービスの姿勢がどこに向かっているかわかるはずです。

本質はすごくシンプルで、単純が故にそれを実行するのは難しい。シンプルなことにどれだけ真剣に取り組めるかが大切です。スキルは、時間をかければ誰しも一定のレベルは身につくものです。それは当然のこととして、お客さまが心地よいと思うことを、先回りしてできるかどうかが、料理人・サービスマンにとって何よりも大切なことですし、むしろそれ以上に必要なことはないとさえ思っています。

――新しい時代の中で、料理人としての挑戦は続きます。

米澤氏:新しい時代の流れは今、自分のいる飲食業界にも確実に訪れようとしています。数ある職業の中で、飲食だけ、大昔からビジネスのスタイルが変わっていません。ところが、IoTなど、技術が高度に発達した今、何かの拍子に、大改革が起きるかもしれない、一つの大きな転機にあるんじゃないかと思っています。それが、どんな形になるか、今はわかりません。ただ、考えようによっては、今まで料理人が目指してきた一つのゴール「オーナーシェフ」という以外にも、もっとたくさん可能性を広げるものになるかもしれないと考えています。

飽和状態にある東京のレストラン業界で、料理人という職業になかなか「夢」を感じにくくなってきている今、私は新しい料理人の道というのも、そうした新しい技術の中に見出し、示していきたいと思っています。そうして、自分が誇りに思う「料理人」を目指してくれる人がもっと増えて欲しい。美味しい食事には、誰もが喜んでくれます。それを作り出せる料理人という仕事は、やりがいのあるいい仕事だと私は信じています。そうして、自分の愛する料理の世界で挑戦を続けながら、「食した時に美味しいと笑顔があふれる料理」を、これからも皆さまにお届けしていきたいと思います。

 

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アルファポリスビジネス編集部は厳選した人物にインタビュー取材を行うもので、日本や世界に大きく影響を与える「道」を追求する人物をクローズアップし、その人物の現在だけでなく、過去も未来の展望もインタビュー形式で解き明かしていく主旨である。編集部独自の人選で行うインタビュー企画は、多くの人が知っている人物から、あまり知られることはなくとも1つの「道」で活躍する人物だけをピックアップし、その人物の本当の素晴らしさや面白さを紐解いていく。

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