道を極める

「道を極める」スペシャル対談
大來尚順(僧侶)×立川志の春(落語家)
“古典”を土俵に挑戦する二人(後編)

2018.01.16 公式 道を極める 特別対談

答えのない道を進み続けるための「厳しい優しさ」

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挑戦は他者ではなく、自己探求の中にこそ存在した。では、その自己探求の道を進んでいく中で、答えをどうやって探し、また歩み続けていくのか。志の春氏は、そこに師匠からの「厳しい優しさ」があったといいます。大來氏は、さらに「思い通りにならないことを知ること」と、付け加えます。
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志の春氏:先ほど正解はひとつではない、という話をしましたが、その中で歩み続けることができたのは、やはり師匠の「厳しい優しさ」があったからだと思っています。

大來氏:「厳しい優しさ」が志の春さんの支えだったと……。

志の春氏:はい。ぼくたち噺家はお客さんの前でお話させていただく前に、必ず師匠に聴いてもらうんです。「あげの稽古」と言って。で、ぼくの師匠・志の輔からは、いつもその時に二言だけ返されるんです。

「それは落語じゃねぇ」
「落語にしてから持って来な」

って。

大來氏:具体的な箇所の指摘、「ここがよかった、あれがだめだ」とかは?

志の春氏:そういうのは一切ないんですね。その二言だけ。最初に師匠の前で噺を披露する時は、もって10秒。すぐに「落語じゃねぇ」と突き返されてやり直し。来る日も来る日もその繰り返しで、自分の中で、何がダメなのか必死で考えるんです。

「音か? 演じ方か? それとも間?」

毎回、試行錯誤しながら、徐々に師匠からのダメ出しの二言が10秒から1分、5分、10分と伸びていって、ようやく一席できあがるまで、半年はかかるでしょうか。ひと通り聴いてもらえたとしても、OKを貰うというよりは、「お客さんの前で勉強させてもらえ」って、よし正解だってわけにはいかないんですよね。

大來氏:手取り足取りではないのは、正解がひとつではないからですかね。

志の春氏:もし、答えを教えてもらうような稽古を付けてもらっていたら、例えば、具体的に「どこそこがよかった」なんて褒められてしまったら、次からそれに沿うように動きかねない。そういうことがなくてよかったなとは思いますね。厳しいばっかりは辛いけれど、厳しさの中に隠された優しさを読み取るというのは必要だと思うんです。もちろん、師匠に認めてもらいたいという気持ちは正直ありますよ。でもそれは、いつか「お前を弟子に取ってよかった」って。それだけで十分です。

大來氏:前編でお話しした論文を捨てられた話、実は後日談があって。あの時、八方ふさがりだった私は、もう開き直ったように自分のできることからやっていったんです。たとえ授業での発言が的を射ていないものだったとしても、つたない英語だったとしても、その場から逃げずに積極的に参加して、必死についていく。そうして自分のできることをやっていくと、自然と周りの状況も、いないと同然に扱われたクラスメートの反応も、好意的なものに変わっていきました。

そして卒業時、私の論文をゴミ箱に捨てた指導教授すら「君を誇りに思う」と言ってくださるまでになったんです。その時は、数年間の想いが一気にこみ上げてきて、泣き崩れましたよ。しかも、ゴミ箱に捨てられたはずの論文は取っておいてくれていて……。返してくれた時、そこにつけられていた評価は「A+」でした。

志の春氏:どこかの話じゃないけど、相手を思わない暴力(言葉でも実力でも)のような厳しさはダメかもしれない。けど「厳しい優しさ」は大切。そこをごっちゃにせず、見極めることが大事。「屈辱と反骨精神」がエネルギー源の、「根に持つタイプ」の自分としては特にそう思います(笑)。

大來氏:そのうえで、「思い通りにならないこと」も知っておく。

志の春氏:思い通りにならない、逆境を楽しんじゃうくらいの余裕があってもいい。

大來氏:ここでゴマを摺っておくと、そういう逆境を楽しむ余裕が生まれるのも、私たちのこうした活動にしても、厳しくも優しい家族の「おかげさま」だなぁとつくづく思います(笑)。

志の春氏:ぼくにも摺らなきゃいけないゴマがある(笑)。ぼくは前座を8年やって、二つ目になった時に妻と結婚したんですが、それについて取材記事なんかで「妻が支えて待ち続けた8年」とか書かれると、妻からめちゃくちゃ怒られるんです。別に待つだけの人生ではなかったと。「私も私の人生を楽しんでいたんだ!」って(笑)。今度文章になる時は、そこのところちゃんとしておくようにと言われたので、今ここで言います。ぼくの妻は8年間待ってくれていたわけではなく、結果的にぼくを捨てなかっただけです(笑)。

大來氏:やっぱり「厳しい優しさ」の支えが大事なんですね(笑)。

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アルファポリスビジネス編集部は厳選した人物にインタビュー取材を行うもので、日本や世界に大きく影響を与える「道」を追求する人物をクローズアップし、その人物の現在だけでなく、過去も未来の展望もインタビュー形式で解き明かしていく主旨である。編集部独自の人選で行うインタビュー企画は、多くの人が知っている人物から、あまり知られることはなくとも1つの「道」で活躍する人物だけをピックアップし、その人物の本当の素晴らしさや面白さを紐解いていく。

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