道を極める

“命までとられるわけじゃあるまいし”
好きを極める「ハマり力」と「やわらかい軸」

2017.01.06 公式 道を極める 第11回 春風亭一之輔さん

「待ってました!」「たっぷり!」――客席から聞こえてくるかけ声に応え、観客を人情溢れる世界へすっと引き込んでくれる、落語家の春風亭一之輔さん。古典落語を中心に、座布団の上、右に左にの一人芝居で、いつの世も変わらない、人間の悲喜交々を魅せてくれます。入門から15年。「正直、辛いと思ったことは一度もない」と語る一之輔さん。真打ちへの「異例の昇進」とされる活躍の裏にあった、好きな道を進むための天性の「ハマり力」と「やわらかい軸」とは。落語に出会うまでの原点と節目を振り返りながら、一之輔流やわらかい道の極め方を伺ってきました。

(インタビュー・文/沖中幸太郎

「頼まれれば、どこへでも」
身体にハマる落語家という生き方

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)

落語家

1978年、千葉県野田市出身。埼玉県立春日部高校時代、浅草演芸ホールで「落語」に出会い、落語の道へ。日本大学芸術学部放送学科在学中は落語研究会に所属。同大卒業後、春風亭一朝の元に入門。前座から二ツ目、真打ちと異例の昇進で活躍。国内外、場所を問わず活動し、またテレビやラジオ出演、書籍の出版などさまざまなシーンで落語の魅力を発信し、裾野を広げている。公式サイトは【いちのすけえん】

――さまざまな場所で、一之輔師匠の落語を聴くことができます。

春風亭一之輔氏(以下、一之輔氏):おかげさまで、今年も「尻餅」つかずに年の瀬を迎えられそうです。「頼まれれば、どこへでも」……。寄席はもとより、人さまの庭先から海外まで、いろいろな場所でお噺(はなし)をさせてもらっています。ヨーロッパ公演は、お声をかけてもらって。全然自信がなかったんですけど、通訳さんと相談して、人類共通のテーマである、「夫婦、親子、よっぱらい、ケチ」など、人間模様を描いた演目をやりました。

お宅での落語も、お声がけによるご縁から続いてきてかれこれ10年ほどになりますが、幼稚園の年少だった小さなお客さんも、今では高校受験を控えるまで成長しました。

我々、噺家(はなしか)というのは言わば、「無駄」を生み出す存在で、社会が逼迫(ひっぱく)した時には、「落語なんて聴いている場合じゃない」と、真っ先にキャンセルされる存在です。お噺に呼ばれるということは、それだけ世の中に余裕があるということでもあり、これは大変ありがたいことだと思っています。

そもそも、元来フワフワとした性格の自分が、座布団の上でお話をして生きていける、自分の身体にぴたりとハマる、どこかゆったりとした「落語」という世界に出会えたこと。そんな性格の自分を活かしてくれた、師匠・一朝の元に入門できたこと。そして「春風亭一之輔」の落語を楽しんでいただけるということ自体、非常にありがたいことなんです。ですから入門して15年、いろいろなことがありましたが、正直一度も辛いと思ったことはありません。

気が小さすぎる少年が、人前で笑ってもらう落語に出会うまで

一之輔氏:入門してからの15年間も、それ以前も、私は「血のにじむような努力」というのをしたことがなく、小さなころからずっと、マイペースに自分の好きなことを見つけ、勝手にハマりながら進んできました。

私には、年の離れた姉が3人いまして。一番上は一まわりくらい違っていて、それからだいぶ離れて自分。7年越しの男の子誕生とあって、家人からはチヤホヤ(されていたと聞いています)。遊ぶ時は、だいたいお姉さんと一緒といった具合で、家の中で、「4人の母親」と親父に優しく育てられた甘えん坊でした。今でこそ、黙っているだけでしかめっ面と言われる風貌になってしまいましたが、そもそもの私は非常に繊細と言いますか、昔っから気の小さい奴でした。

――人前でお芝居して話すような性格ではなかった。

一之輔氏:人前で話をするどころか、なるべく目立ちたくないと、いつもビクビクしていました。それなのに、小学生になった初日。ピカピカの机と椅子を前に、先生から「大切に使いましょう」と言われた椅子をいきなり壊してしまった時は、相当なストレスでしたね。「起立、礼、着席!」の号令の、最初の「起立!」の時に、ほつれていたズボンを椅子に引っかけて、ベリベリ!っと。

椅子の合板部分が剥がれてしまったのですが、慌てて何事もなかったかのように取り繕い、誰にも見つからないようにずっと隠し通しました、1年間(笑)。掃除の時も、椅子の上の敷物がめくれてバレないようにそっと机の上に上げて……、この時は座布団に助けられました。

――そこまで気にすることはないだろう、って。

一之輔氏:今でもカミさんに言われていますよ、「細かい」って(笑)。そういう気が小さすぎる性格でしたが、小学4年生の時にはじめて人前でウケたことがありました。げんこつは当たり前の、ものすごく怖い男の先生が担任だったんですが、「クラス全員に1分間スピーチをやらせる」という、自分にとっては地獄のような時間があったんです。

無理矢理しゃべらされた内容は他愛もないことで、オチは「オナラをしました」とか、ありきたりな話だったと記憶していますが、なぜか大ウケ。その時はじめて人前でウケる快感と喜びのようなものを感じました。

――それで落語家を意識するようなことは……。

一之輔氏:事故みたいなもんでしたし、落語という存在も知らなかったので、それはありませんでした。ただその「事故」のおかげで、人前で話すことは、さほど苦にならなくなっていました。そのころ、なりたかったのは学校の先生。日本の歴史や三国志に興味があったので、歴史を教える社会科の先生になろうと思っていました。

落語との最初の出会いは、その翌年。小学校高学年に始まる「クラブ活動」で「落語クラブ」を選んだことがきっかけでした。ただこの時も、人が大勢いるところは嫌だったので、なるべく少人数のところ(サッカーは11人以上いるし、将棋は個人プレイで目立ってしまうから)という消去法で選んだものでした。なにか演目を覚えてやっていたんでしょうが、上下(かみしも)も気にせず、どこに向かってしゃべっていたのかも分からない、めちゃくちゃな「落語」でした。

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アルファポリスビジネス編集部は厳選した人物にインタビュー取材を行うもので、日本や世界に大きく影響を与える「道」を追求する人物をクローズアップし、その人物の現在だけでなく、過去も未来の展望もインタビュー形式で解き明かしていく主旨である。編集部独自の人選で行うインタビュー企画は、多くの人が知っている人物から、あまり知られることはなくとも1つの「道」で活躍する人物だけをピックアップし、その人物の本当の素晴らしさや面白さを紐解いていく。

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