トップの力 ジョンソン・エンド・ジョンソンで学んだ経営の極意
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4タイプに分類される「点火する力」

私は、人間には次の4つのタイプがあると考えている。

自燃型自分で自分のやる気や意欲に火を点けられるタイプ。自分で目標を設定し、行動計画を立てられる、自分で自分をインスパイア(鼓舞)することができる自立自存型の人。この型の人は5%から10%である。

可燃型…人から励まされたり、動機づけをされることで燃えるタイプ。ただし自燃することはない。他人から火を点けられてはじめて燃える人である。80%以上の人がこの型である。

点火型…自分で自分のやる気や意欲に火を点けられるだけでなく、自分の周りの人間の心にも火を点けることができるタイプ。リーダーはすべからくこのタイプでなければならない。この型の人は約5%。

消火型点火型の逆に周囲の人のやる気に水をかけて、全体の士気を下げて回るタイプ。消火型のタイプは組織にいてほしくないが、現実には1~2%はいる。

企業のトップたる人間は、自燃型であると同時に点火型であるべきなのは、いまさらいうまでもないことである。

点火型の経営者の代表といえば、やはり本田宗一郎氏だ。町の小さな自動車修理工場の中でひとりミカン箱の上に立ち、従業員に向って「世界一の車をつくるぞ!」と大声を張り上げていたのが、まさに若き日の本田宗一郎氏である。

当時のホンダの従業員は、宗一郎氏の言葉を訝(いぶ)しく思ったことだろう。ホンダの従業員が宗一郎氏の本気を確信することになるのは、町工場に毛が生えたくらいのホンダが、当時の二輪の世界最高峰だったマン島TTレースへ参加するとぶち上げた時である。二輪車の世界でトップになるというのは、世界一の四輪車をつくるための布石である。「社長は本気で世界一の車をつくる気だ」と、宗一郎氏の情熱の火が社員に燃え移った瞬間である。

理想が心に火を点ける

人の心に火を点ける「点火型」であるためには、本人に燃えたぎる情熱がなければならない。だが、情熱だけでは社員の心に火を点けるには不十分だ。情熱の火を点すには、相手の心を引火点まで引き上げる必要がある。そのためにはいくつかの条件がある。その条件とは次の3つだ。

1.ゴールの共有
2.目標の共有
3.公正な評価と処遇

この3つの条件が、トップの情熱の火を部下に燃え移らせるための条件である。いま我々はどこに向かっているのかがわからなければ、人々は不安が募るばかりである。心に火が点くのは目指すゴールがあるからだ。ゴール、すなわち進むべき方向性を示すのはトップの仕事である。

大きな理想を掲げる人は大きな仕事をする。人が目指すのは理想の実現であり、理想はやる気の火種である。したがって、方向性を共有する社員はすぐに火が点く。ここでいう方向性とは「理念+目標+戦略」である。

理想というゴールがどこにあるかがわかったら、次は「何を」「いつまでに」「どれだけやるか」がわからないと迷いが生じる。迷いは心の炎の消火剤だ。社員を迷わせてはならない。

本田宗一郎氏は、マン島TTレースへの参戦を宣言した時、世界レベルの二輪マシンの開発と優勝までの時限設定をした。夢や理想は、時限設定をすることで目標となる。その目標を全員で共有し、社員一人ひとりの目標に落とし込んで、会社は理想の実現に向かって動き出すのだ。ホンダは4年でマシンを開発し、その3年後に優勝を果たした。

目標の共有も社員の心に火を点ける有効な着火剤となるのである。

あいまいな評価は会社を弱らせる

ビジネスパーソンにとって一番哀しいのは、自分のやった仕事の結果がどうだったのか、自分が会社にどう貢献したのかがわからないことだ。必ずしも自分の処遇だけを気にしているわけではない。

仕事の結果がよくても悪くても、きちんと評価されることで次の仕事の意欲につながる。評価をしないということには、強力な火消し効果があると心得ておくべきだ。また評価にとって重要なのは、まず「きちんと評価する」ということにある。次いで評価が公正であることだ。ゴール(理念)と目標が点火剤・着火剤であるのに対し、公正な評価と処遇は意欲を湿らさないための乾燥剤なのである。評価とは言い換えれば信賞必罰となる。信賞必罰の品質が悪いと火のつきも悪い。

信賞必罰の重要さについては『孫子』にも記されている。『孫子』では戦争をする前に、彼我(ひが)どちらの国が優位か「五事七計」を比較して判断するとしている。「五事七計」とは以下の点だ。

<五事>
(君主と民の一致団結度)
(自然環境)
(地形)
(リーダーの力量)
(制度)

<七計>
一.どちらの君主が人心を把握しているか
二.将軍はどちらが優秀か
三.天候・地形はどちらに有利か
四.規律はどちらが厳格に守っているか
五.軍隊はどちらが強力か
六.兵隊はどちらがよく訓練されているか
七.信賞必罰はどちらが厳しく行っているか

いくら制度がきちんとと整っていても、信賞必罰がきちんと行われていなければ、チームの力を弱くしてしまう。恣意的(しいてき)であいまいな信賞必罰は、人のやる気を奪うからだ。『孫子』もその点に注目して「七計」に加えたのであろう。

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プロフィール

新 将命
新 将命

株式会社国際ビジネスブレイン代表取締役社長。
1936年東京生まれ。早稲田大学卒。シェル石油、日本コカ・コーラ、ジョンソン・エンド・ジョンソン、フィリップスなどグローバル・エクセレント・カンパニー6社で社長職を3社、副社長職を1社経験。2003年から2011年7月まで住友商事株式会社のアドバイザリー・ボード・メンバー。2014年7月より株式会社ティーガイアの社外勤取締役を務める。
現在は長年の豊富な経験と実績をベースに、国内外で「リーダー人材育成」を使命に取り組んでいる、まさに「伝説の外資系トップ」と称される日本のビジネスリーダー。
代表的な著書に『他人力のリーダーシップ論』『仕事と人生を劇的に変える100の言葉』『経営者が絶対に「するべきこと」「してはいけないこと』(いずれもアルファポリス)などがある。

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