ビジネス書業界の裏話

ビジネス書の読者とはどんな人なのだろうか

2016.05.12 公式 ビジネス書業界の裏話 第7回

私のドッキリ体験

本というのは、読者がいてはじめて本となる。
読者のいない本は、単なる記録だ。
それでは、ビジネス書の読者とはどんな人なのだろうか。

前回、前々回とエッジの立ったエピソードをメインに紹介した。そのせいで、ビジネス書の読者について誤った印象を持たせてしまったかもしれないが、結論からいうと、ビジネス書の読者は概して質の高い人である。

学習参考書を買う生徒は、自発的な向学心によるものか、必要に迫られて仕方なくかどうかはともかく、勉強しようという動機から本を買う。ビジネス書の読者も、人によって目的に差はあろうが、勉強しようという動機から動いていることは間違いない。
ヒマつぶしでビジネス書を読もうなどという人は、そうそういないはずだ。

本のつくり手としては、より多くの人に読んでもらいたいと思っているが、残念ながら6000万人のビジネスパーソンが読者であるということは、実はほぼあり得ない。
ビジネス書読者のマジョリティが、ある限られたクラスの人たちであるというのは、私を含めたビジネス書の編集者が持っている実感である。

私は現役時代の25年間とフリーランスの期間を合計すると30数年間、出版業界にいることになる。
この職業人生で2回だけ、電車の中で自分がつくった(製造物責任者は作家だが、編集者は自分の関わった本をたいてい「自分がつくった」と言う)本を読んでいる人を見たことがある。

ひとりは昼下がりの山手線の中で、読者は30代くらいの男性ビジネスパーソンだった。
もうひとりは東北新幹線で、夕方に取材から帰る途中、通路を隔てた隣の席で出張帰り風の男性が読んでいた。

どこかで見たことのある本を読んでいる人がいるなと思って、さりげなく目を凝らしてみると、自分のつくった本だった。いずれのときも、ドキッとしたことを憶えている。
羞恥を覚える例えをすれば、まるで好きな人にバッタリ出会ってしまった少年のような心境であった。うれしくもあり、恥ずかしくもあるドギマギさだった。

日本国民はざっと1億2000万人であるので、120万部のベストセラーといえども、読者は1000人に1人である。したがって、いずれも2万部弱しか出ていなかった本で、この読者との邂逅(思いがけなくめぐり合うこと)は奇跡に近い。

一方、あまりドキドキしない読者との出会いもある。
出版記念の講演会のときは、どれだけ参加者がこようと不思議と落ち着いている。くる人のお目当ては作家であるから、こちらとしては少々他人事(社長が聞いたら怒るだろが)というところがあったし、どれだけの人がくるかもあらかじめわかっているので、前述の「車中でバッタリ」に比べると、意外性に乏しく刺激がないからかもしれない。

とはいえ、こういう一度に大勢の読者を見るチャンスは、年に1~2回しかないので、ビジネス書の読者がどういう人なのかを観察するには絶好の機会だった。

体感的ビジネス書の読者層

ビジネス書は、マネジメント系と実務系と人材育成系、それに自己啓発系に分かれるが、自己啓発系を除くと出版記念講演会の参加者は、大手企業であればマネージャー以上、中堅中小企業では、ほぼ社長、役員、部長クラスである。
稀に中堅・中小企業の課長という人がいる場合は、たいてい後継者だった。

これが自己啓発系になると、ぐっと年齢が若くなり、必ずしもビジネスパーソンとは限らなくなる。また、女性の割合も高くなる。
こうした読者傾向は、読者ハガキなどとも合致しており、リアルなセミナー、講演会はそれが「見える化」されたものといえる。

出版記念講演会の参加者名簿や読者ハガキは、データとしては確かなものである。しかし、読者ハガキを送ってくれる人や出版記念講演会にきてくれる読者は、ほんのひと握りに過ぎない。これらのデータだけで読者を語るのは、いわば象の尻尾を触って、これが象だと言っているようなものである。

ビジネス書に限らないが、読者の実相を掴むのは実に難しい。
そうはいっても、ビジネス書なのだから、読んでいるのはビジネスパーソンには違いないだろうと言う人がいる。それは恐らく間違ってはいないだろう。
ところが、それだけでもない傾向もある。

私は現役時代に800人の経営者と会っている。企業の幹部は、その3倍くらいの人に会っているだろう。その体験からいうと、ビジネス書の読者で最も多いのは、ビジネスパーソンではない。
私の体験からの独自の判定法であるから、正確性については担保しきれないが、規準軸は私という一定のめもりなので、目安にはなるだろうと思っている方法がある。それは、私のつくった本を何%の人が読んでいたかで比較する方法だ。
経営者800人のうちで、過去に私のつくった本を読んだことのある人は、多めに見ても3%程度であった。企業幹部では1%に届かない。

一方、経営コンサルタント、弁護士、税理士などのいわゆる士業の人たち(こういう人たちとは過去1000人以上と会っている)の場合では、ほぼ7%程度である。士業の人たちはあまり読者ハガキを出さないし、出版記念講演会にもこない。しかし、ビジネス書の読者率はかなり高いと思っている。

士業の人たちは、作家であり、または作家予備軍でもある。最もよくビジネス書を読んでいる読者は、実は作家なのである。
これは文芸でも同じではなかろうか。

次回に続く

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プロフィール

ミスターX
ミスターX

ビジネス雑誌出版社、および大手ビジネス書出版社での編集者を経て、現在はフリーの出版プロデューサー。出版社在職中の25年間で500人以上の新人作家を発掘し、800人を超える企業経営者と人脈をつくった実績を持つ。発掘した新人作家のうち、デビュー作が5万部を超えた著者は30人以上、10万部を超えた著者は10人以上、そのほかにも発掘した多くの著者が、現在でもビジネス書籍の第一線で活躍中である。
ビジネス書出版界の全盛期となった時代から現在に至るまで、長くビジネス書づくりに携わってきた経験から、「ビジネス書とは不変の法則を、その時代時代の衣装でくるんで表現するもの」という鉄則が身に染みている。
出版プロデューサーとして独立後は、ビジネス書以外にもジャンルを広げ文芸書、学習参考書を除く多種多様な分野で書籍の出版を手がけ、新人作家のデビュー作、過去に出版実績のある作家の再デビュー作などをプロデュースしている。
また独立後、数10社の大手・中堅出版社からの仕事の依頼を受ける過程で、各社で微妙に異なる企画オーソライズのプロセスや制作スタイル、営業手法などに触れ、改めて出版界の奥の深さを知る。そして、それとともに作家と出版社の相性を考慮したプロデュースを心がけるようになった経緯も。
出版プロデューサーとしての企画の実現率は3割を超え、重版率に至っては5割をキープしているという、伝説のビジネス書編集者である。

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