ちゃんと働いているのに、なぜかずっとしんどい

仕事に熱い人は世界でたった2割。「昔ほど燃えない」自分を責めなくていい理由

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「このまま今の会社で働き続けていいのか」

少し前、ある知り合いから「このまま今の会社で働き続けていいのか」と相談を受けました。
仕事が嫌で仕方ない、という話ではありません。

任されたことはだいたいできているし、頼られればうれしい。
うまくいった日は、それなりに手応えもあるそうです。

ただ、40歳を過ぎたあたりから、仕事の見え方が変わってきた。
経験が増えた分、自分にできることは前より分かるようになった。
でも同じくらい、苦手なことや、この先も急には変わらなそうなところまで見えてしまう。

組織の中で自分がどのあたりにいるのか。
この先、どんな役割を任されそうなのか。
若い頃にはぼんやりしていた先の景色も、なんとなく見えてくる。

見えたら安心するのかと思ったら、そうでもないようでした。

「自分って、たぶんこのあたりまでなのかもしれない」

この言葉が、妙に残りました。
仕事ができなくなったわけではない。辞めたいとも言っていない。
ただ、以前ほど「この先」に気持ちが動かない。
これを単純に、年齢とともにやる気が落ちた、と考えていいのでしょうか。
どうも、それだけでは説明しにくそうです。

やる気のある40代は世界でわずか2割

仕事には情熱を持った方がいい。
成長したいと思うことも、上を目指すことも悪くありません。
ただ、それをずっと維持できることまで「普通」にすると、少し話が変わります。
Gallupの2026年版調査では、世界で仕事に高いエンゲージメントを示した従業員は20%でした。35歳以上では21%です。
もちろん、これは「8割の人にやる気がない」という意味ではありません。
エンゲージメントは、単純な仕事の好き嫌いを測っているものではないからです。

少なくとも言えるのは、強く仕事へ関与している状態が、誰にとっても常に当たり前というわけではないことです。
しかも、35歳以上の数字が特別低いわけでもない。
40代になったから、自動的に仕事への熱がなくなる、とも言えません。
では、あの「このあたりまで」という感じは何なのか。
ここで少し役に立つのが、キャリア・プラトーという考え方です。

「上がない」と「深まらない」は、けっこう違う

プラトーは、山を登ってきた途中にある平らな場所です。
キャリア研究では、昇進や役職の先が見えにくくなることを「階層的プラトー」と呼びます。
もう一つよく研究されているのが「職務内容のプラトー」です。
こちらは、今の仕事で新しく学ぶことや工夫する余地が少なくなった、と感じる状態です。
名前は固いのですが、分けてみるとけっこう重要です。

役職の先が見えたからといって、仕事そのものまで終わったわけではありません。
同じ肩書きでも、以前なら迷っていたことを判断できるようになる。
人に教えるようになって、逆に自分が分かっていなかったことに気づく。
そんなこともあります。

反対に、肩書きは上がったのに、毎年似たような仕事が続いて、面白さが薄れていくこともある。
組織図を見れば、上にどんな役職があるかは分かります。
でも、仕事がこの先どう深まるかまでは書いてくれません。

まあ、あれは基本的に箱と線ですからね。
「自分の底が見えた」と思ったとき、本当に見えたのは能力の底なのか。それとも、組織の中で上へ行く道の先なのか。

ここは、一緒にしない方がよさそうです。

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思っていた場所と、今いる場所が違う

もう一つ気になった研究があります。
キャリア・プラトーと仕事への態度を8か月追った研究では、昇進の先が見えにくいこと自体は、必ずしも仕事へのネガティブな態度と直接結びついていませんでした。

一方、仕事内容そのものに新しさを感じにくい状態は、仕事への満足度の低さや離職したい気持ちと関連していました。

さらに関係していたのが、「自分はこういうキャリアを歩むだろう」と思っていたものと、現実とのズレです。
これは、ちょっと分かる気がします。

若い頃は、経験を積めば仕事ができるようになって、そのうち次の役割が来る。
頑張った先には、今より少し大きな仕事がある。
そう思っていた方が、目の前の仕事を頑張りやすかった。

でも40代になると、会社のことも自分のことも、前より見えてきます。
役職には数があるし、自分にも得意不得意がある。
思っていたほど、仕事は一直線には進まない。

そこで、「あれ、こんな感じだったっけ」となる。
この違和感まで自分の能力不足にしてしまうと、少し話が大きくなりすぎます。
自分の底が見えたというより、若い頃に使っていた「上へ行けば順調」という物差しが、今の自分には合いにくくなっているのかもしれません。

「昔ほど熱くない」を、全部やる気の問題にしない

ここで急いで新しい目標を探す必要もないと思います。
「40代から本当にやりたいことを見つけましょう」
なんて言われると、私はちょっと面倒に感じます。
目標探しまで新しい宿題にしたくない。
その前に、昔ほど仕事に熱くなれないという感覚を、もう少し雑に扱わない方がいい。

昇進には前ほど興味がないけれど、仕事そのものは嫌いじゃない人もいます。
役職には興味がなくても、毎年似た仕事を繰り返すことに飽きている人もいる。
仕事は今でも面白い。
でも、以前ほど仕事だけに時間を使いたくなくなった、ということもあります。

これらを全部「やる気が落ちた」にしてしまうと、自分で自分を低く評価しやすい。
若い頃は、自分ができるようになることがおもしろかった人が、今は誰かに教えることに手応えを感じているかもしれない。

そう考えると、温度が下がったというより、気になる場所が変わっただけということもありそうです。

何の「このあたりまで」だったのか

最初の相談を、あとから何度か思い返しました。
今なら、
「何が、このあたりまでだと思ったの?」
と聞くと思います。

役職なのか。
今やっている仕事なのか。
それとも、昔ほど仕事だけに熱くなれない自分を見て、そう思ったのか。

40代になると、若い頃より見えるものは増えます。
自分が得意なことも分かるし、苦手なこともかなり分かる。
会社の中で変えられることと、たぶん簡単には変わらないことも見えてきます。

そのせいで、少し冷めたように感じることはあるのだと思います。
でも、それだけで「自分はここまで」と決めるのは、ちょっと早い。
昔ほど仕事に熱くなれないと感じたときは、次に何を目指すかより先に、
「自分は今まで、何を見て順調だと思っていたんだろう」
くらいを考えてみる。

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役職だったのか。
仕事ができるようになることだったのか。
それとも、別の何かだったのか。

あの人の「このあたりまで」という感覚も、まだ何の先が見えたのかまでは分かりません。
今のところ、私はそこをもう少し分けて考えてみてもいいんじゃないか、と思っています。

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プロフィール

三宮孝太
三宮孝太

作業療法士・修士。北海道の急性期病院で23年、のべ5万人の「働く人」のリハビリに関わってきた。働きながら身体を壊した人、心が動かなくなった人、彼らの人生に何度も伴走するうちに、なぜ真面目に働いている人ほどしんどさを抱え込んでしまうのかという問いに直面する。それをきっかけとして2026年、株式会社DIALOGを設立。企業の健康経営支援と、個人のコンディションを整えるウェルネス事業を通じて、「働きながら、自分を取り戻せる社会」を目指す。noteでは「3ちゃん|ごきげんナビゲーター」名義で、「しんどさ」をほどく言葉を日々綴っている。

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