ちゃんと働いているのに、なぜかずっとしんどい

「どうせ無駄」「言っても変わらない」――職場で昔ほど怒らなくなった人の心に蓄積される深刻な影

「経験は積んできた。会議でも発言できる。場の空気も読める。責任も役割も果たしているし、大体のことはわかる。毎日ちゃんと働いている――でもなぜかずっとしんどい」
「腹が立つはずのことに、何も感じなくなる。うれしいはずの評価にも、反応が薄くなる。休日に休んでも、回復した感じがしない。新しいことを考える余白もなくなる」――
このしんどさは、気のせいでも、年齢のせいでも、根性のせいでもない。本連載では、作業療法士としてのべ5万人の「働く人」と向き合ってきた著者が、「なぜかずっとしんどい」の正体に一つずつ名前をつけ、毎日の中で自分を取り戻していける小さな手がかりを提示する。答えは自分の中ではなく、働き方と身体の繋がり方の中にある。

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その場を収める「割り切り」の重たさ

いい歳をした大人が、扱いにくい上司や部下、無理を言う顧客に、その都度目くじらを立てるわけにもいかない。

相手にも事情がある。ここで言い返しても話が長くなるだけ。
経験を重ねると、そのあたりの見切りは早くなります。

だから、いったん飲み込む。
顔には出さず、できる範囲の対応をして、その場を終わらせる。

たぶん、若い頃より大人にはなった。

ただ、気にならなくなったわけではありません。
反応を表へ出さず、その場を収める方法を覚えただけです。

しかも、こちらが物分かりよく対応したところで、上司や部下との関係が変わるわけでも、顧客が次から無理を言わなくなるわけでもない。今日を荒らさずに終えただけ。

こういうことに囲まれたままで、本当にいいのだろうか。
大人になって身につけた「割り切り」が、いつの間にか諦めに近づくことがあります。

面倒くささと「まあ、いいか」

若い頃なら、もう少し言っていた気がします。
「それ、おかしくないですか」とか。
納得できなければ聞くし、改善した方がいいと思えば提案する。
理不尽なら、それなりに腹も立てる。
今考えると、まあまあ面倒くさい若者だった可能性もあります。

仕事を続けていると、全部に真正面からぶつかる必要はないことも分かってきます。
今ここで言う話ではない。
この人には、この言い方では届かない。
ここで争っても、お互い疲れるだけ。
「拾わなくていいボール」が分かるようになる。
これは経験で身につけた、かなり大事な処世術です。

ただ、
「今回は言わない」と、「言っても無駄だから言わない」は、見た目は同じでも、少し違います。
前者は、自分で選んでいる。
後者には、

どうせ変わらない。
また面倒になる。
もういいか。

という「どうせ」が混ざっている。
この「まあ、いいか」が増えてくると、少し話が変わります。

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プロフィール

三宮孝太
三宮孝太

作業療法士・修士。北海道の急性期病院で23年、のべ5万人の「働く人」のリハビリに関わってきた。働きながら身体を壊した人、心が動かなくなった人、彼らの人生に何度も伴走するうちに、なぜ真面目に働いている人ほどしんどさを抱え込んでしまうのかという問いに直面する。それをきっかけとして2026年、株式会社DIALOGを設立。企業の健康経営支援と、個人のコンディションを整えるウェルネス事業を通じて、「働きながら、自分を取り戻せる社会」を目指す。noteでは「3ちゃん|ごきげんナビゲーター」名義で、「しんどさ」をほどく言葉を日々綴っている。

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