心理学には「従業員沈黙」という言葉があります。
仕事について意見や情報を持っているのに、それを表へ出さないことです。
沈黙する理由はいろいろあります。
相手との関係を守るために言わないこともあれば、自分に不利益がありそうだから黙ることもある。
その中に、
「言ったところで何も変わらない」
と思って黙るものがあります。
研究では、これを「黙従的沈黙」と呼びます。
ちょっと言葉が怖い。
でも、身に覚えはあります。
「前にも言ったからな」
「どうせ上は聞かないし」
「もう自分の仕事だけやればいいか」
別に仕事を放棄するわけではありません。
頼まれたことはするし、会議にも出る。
ただ、「こうした方がいいんじゃないか」が少しずつ減っていく。
外から見ると、むしろ落ち着いた大人に見えるかもしれません。
でも、静かなことと納得していることは同じではない。
現場では何人も「このやり方、無理あるよな」と思っている。
でも誰も言わない。
上から見ると反対意見がないので、「特に問題はない」となる。
現場では、「いや、あるけど」と思っている。
そして、やっぱり言わない。
かなり静かなすれ違いです。
この「どうせ」を考えると、学習性無力という心理学の研究を思い出します。
1960年代、マーティン・セリグマンとスティーブン・マイヤーらが行った有名な実験があります。
自分では止められない嫌な刺激を経験した犬は、その後、逃げられる状況になっても逃げようとしにくくなりました。
そこから知られるようになったのが「学習性無力」です。
職場でも、少し似たことはあるのかもしれません。
提案した。
変わらなかった。
もう一度言った。
やっぱり変わらなかった。
上司に相談した。
「検討します」で終わった。
これを何度か経験すると、「もう言わなくていいか」となる。
これは、ある意味では合理的です。
変えられないものに毎回全力でぶつかっていたら、それこそ疲れます。
だから頭では、
仕方ない。
こういう会社だから。
自分にはどうにもできない。
と分かっている。
なのに、なんとなく心が重い。
僕は、ここが気になります。
本当に割り切れているのなら、もう少し軽くてもよさそうです。
ところが表面では「仕方ない」と処理しながら、仕事への気持ちは少しずつ重くなっていく。
実際、従業員の沈黙とバーンアウトには関連があることも報告されています。
もちろん、黙るから疲れると単純には言えません。
疲れているから言わなくなることもあるし、そもそも職場そのものがしんどいのかもしれない。
ただ、
「何も言わなくなったから、もう気にしていない」
とは限らないのです。